リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第十三話 戦場舞曲譚

 

 騎士団長からは言葉を承っている、という上官の報告にグランは胡乱そうな声を上げた。

 

「あの騎士団、ですか。しかし、我が方には軍備もあります」

 

「それでも、だよ。騎士団は発言力もある。今の王族は連中の言う事を聞いているほうが賢いのだとも思い込んでいる」

 

 グランは眉を跳ねさせる。それは自分の矜持を傷つけるのに充分であった。

 

「……我が《マイタケ》のほうが強い」

 

「それも客観的事象の前では打ち消されてしまう。相手は地上人だ。侮るなよ、中佐。地上人は幾度となく、このバイストン・ウェルに奇跡と騒乱を巻き起こしてきた。殊に三十年前には、な。伝説の聖戦士を忘れたか?」

 

「忘れるわけが……。しかしあれは遠方の国の伝聞。尾ひれがついているのかも」

 

「どうだろうか。案外、伝説とは伝え聞くよりも苛烈なものだよ。オーラバトラーがこの世界で標準的な兵器となるのに、たったの三十年だ。未だに新型オーラバトラーの製造には多大なるコストがかかるとは言っても、それでもやれない事もない。歯止めが効かなくなっているのはどこも同じ。群雄割拠の現状では、どこの領国が先んじてもおかしくはない」

 

 上官は嘆息を漏らし、椅子から立ち上がった。窓から望めるのは城の中庭である。

 

「戦争になるのは理解出来ます。そのような時にこそ、この命、役立つのだと」

 

「逸るな、中佐。君は我が領のコモンには珍しく多大なるオーラの洗礼を受けている。ゆえに《マイタケ》という試作機を任せた。あれでゼスティアの白いオーラバトラーを捕まえた事は評価していると言っている」

 

「ですが、逃げた獲物に頓着しては……!」

 

 意味がない、と歯噛みしたグランに上官は頷く。

 

「その通りだ。だからこそ、騎士団には従えと言っている」

 

「納得が! 騎士団は地上人の寄り集まり。……《ゲド》など型落ちです。あのようなもの、持っているだけでも他の領国には馬鹿にされる」

 

「面子などを気にしておる場合ではないのだ。使えるものは使う。それも騎士団長のお言葉だよ」

 

 その騎士団長は信用ならない地上人ではないか、とグランは吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。

 

「……オーラ力の強いものが国を統べる運命だと言うのならば従いましょう。ですが、そうではないはずです。全ては! 彼の領国が我が方の秘宝を持ち出したがため! 報復なのですよ、これは!」

 

「みだりにそれを口にするな。あくまでもこの戦いは専守防衛の理念に沿っている。侵略などと叩かれれば、埃が出るのはこちらなのだからな」

 

「……《マイタケ》はいつでも、ジェム領国のために戦えます」

 

 上官は笑みを刻み、頭を振った。

 

「良心的な軍人ほど死に急ぎやすい。悪魔にでもなれればまた別なのかもしれないがな。軍属や兵士達は騎士団に恐れを成している。君くらいだ、同じ土俵で戦おうなど。だが向こう見ずではないのはそのオーラ力を見ても明らか」

 

「……背中を預けられる相手とは、もう少し腹を割って話すべきでしょう。相手の情報をまるで得ていない」

 

「それが条件でもあるからな。騎士団はしかし、よくやっている。この間の強獣退治など、見たかね? あれは鮮やかであった」

 

「……自分のほうがうまくやれます」

 

「張り合うなよ。相手は地上人だ。コモンとはわけが違う」

 

「自分は意固地になっているわけではありません! ただ納得が欲しいだけなのです!」

 

 張り上げた声音に上官は目頭を揉んだ。

 

「……好きにやりたまえ、と言えればどれほど楽か。今はそうは言えない。分かれ、中佐」

 

 それが最大限の譲歩のようであった。この領国はもう地上人の助けなしでは回らないのだ。分かり切っていても、認めるのは別の部分である。

 

「騎士団の戦歴を目にしました。……白いオーラバトラーを退けた、と」

 

「敵も地上人を使ってきた様子だな。斥候に出していた兵士と相手取っていた半端なオーラの地上人とはわけが違う、別格を。確認した写真だ。これを見ろ、中佐」

 

 火の手が城下町に回る中、決死の覚悟で撮影されたのであろう写真には小型のオーラバトラーの姿があった。どこか女性的なデザインにグランは咄嗟に理解する。

 

「……鹵獲された《ゲド》が」

 

「その可能性が高い。だが、《ゲド》は知っての通り、取り回しの悪い地上人専用とも言える機体。それを改造し、小型化し、オーラ・コンバーターまで新造した。その意味は分かるだろう?」

 

「……白いオーラバトラーの使い手だけではない、という事ですか」

 

「未確定情報だが、相手が呼んだ地上人は二人以上かもしれない」

 

 だとすれば、自分が妙なところで意地を張ったところで仕方がない。地上人二人を相手にしてまで勝てるとは驕っていないからだ。

 

「……騎士団はしかし、地上人ですよ」

 

「君の心情はよく分かった。だが、それと領国の威信は別のところにある。軍属ならば、沿うべき口は分かるはずだがね」

 

 ここでどれほどまでに声を荒らげても意味はない。そう言われてしまえば、もうこれ以上の抗弁は。

 

「……失礼します」

 

 踵を返したグランへと上官が言葉を投げる。

 

「地上人というのは別に災厄の導き手というわけでもあるまい。仲良くやるんだ」

 

「仲良く……ですか。それが姫の、本意だとでも?」

 

「仲良くやっているうちには、姫にも危害はないだろうさ」

 

 それでも、とグランは拳を強く握り締める。

 

 ――守ると誓ったものにさえも、背を向けるのならば。

 

 今は現実を噛み締めるだけの大人として、言葉を絞るしかない。

 

「……姫の身の安全を」

 

「それは君次第だ」

 

 上官の部屋を後にしたその時、不意に地上人と鉢合わせた。見れば見るほどに、華奢で、オーラバトラーには乗れそうにもない四肢である。

 

 何よりも……女であるのに、自分よりオーラ力があるなど。

 

「准将殿はいらっしゃいますか?」

 

「……何の用だ。儂が聞く」

 

「いえ、准将に。直接伝えねばならないのです」

 

「儂が聞くと言っている。信用出来んのか」

 

「それは中佐の事でしょう?」

 

「貴様っ」

 

 手を払おうとして、地上人はするりと身をかわす。

 

「このお国のコモンは皆、水底にいるかのように動きが重々しい。我々、地上人とはわけが違う」

 

 グランは奥歯を噛み締め、地上人へと飛びかかろうとする。

 

 それを制したのは騎士団長であった。

 

「やめろ。中佐をからかうもんじゃない」

 

「ザフィール様。ちょっと遊んでいただけですよ」

 

 騎士団長――ザフィールは眩いばかりの青の眼差しでグランを見据える。

 

「すまなかった。戦士の矜持を、まだ理解し切っている者は少なくって」

 

「いや、構わんとも。……そっちがその程度だと言うだけの話」

 

「騎士団長を!」

 

「いい。中佐にはプライドがある。我々地上人とは違うんだ。分かれ」

 

 それが暗に馬鹿にされているようで、グランは今にも噛み付きかねなかったが、ぐっと堪えた。

 

「……騎士団長は王族お墨付きの実力と伝え聞く。それが白いオーラバトラー一匹に手こずった、という話とも」

 

「聞こえているぞ!」

 

「やめろ。事実だ。何も間違っていない。次は墜としますよ」

 

「次? 次がある身分か。そいつは傑作だねぇ」

 

「口争いしても仕方ないでしょう。准将への報告は」

 

「御意に。……中佐、遊んでくださってありがとうございます」

 

 皮肉たっぷりな声音にグランは殴りかかりそうになったが、すぐ傍にあるザフィールの双眸がそれを寸前のところで制していた。

 

「部下が発破をかけて」

 

「構いや……。だが教育くらいはしていただこう。それが礼節でもある」

 

「そうですね。ジェム領国の礼節を、わたくしは学ばせていただいているのです。それには礼儀で応じるのが正しい」

 

 口だけは減らない様子。地上人はどいつもこいつも口だけは達者だ。

 

「白いオーラバトラーの取り逃がし。責任くらいは取ってもらえるのだろうな」

 

「一命にかけて、と言いたいところでもありますが、わたくしの命は一国のために非ず。騎士は、守るべきと決めた君主のためにあるのです」

 

「……それを国と呼ぶのでは」

 

「いえ、国は、在るだけではただの土地、ただの大地です。だが人が根付けば、人が棲めばそれは変わってくる。穏やかな風が吹くか、争いの戦火が舞うかは、人次第なのですよ」

 

「……分かった風な口を」

 

「分かったのです。ここに来て、まずそれが」

 

 ザフィールが返礼し、踵を返す。その背中をグランは忌々しげに見据えていた。

 

 ――敵であれば斬るものを。

 

 だが自分は大義のため、国家のためにこの身を捧げた。軍人であるのだ。ならば、一時期の気の迷いで斬るべき対象を見誤ってはならない。

 

「……斬るべきは、あの白いオーラバトラー。それにゼスティアの連中だ。貴様は後にしておいてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合同軍事演習を、と執り行った戦いはほとんど一方的で、これでは相手にし損ねたな、というのがザフィールの純粋なる感想であった。

 

 大きく取られた敷地内でオーラバトラー同士が剣でぶつかり合う。単純な力比べのようで実はこれが一番にオーラに響く戦い方なのだ。

 

 剣では誤魔化しようがない。火器ならば性能で凌駕出来ても剣は力そのものだ。だからこそ、剣による模擬戦はジェム軍と騎士団の力の差を浮き彫りにした。

 

 嫌でも分かった事だろう、とザフィールは様相を目にして笑みを浮かべる。

 

 雅さの宿った笑みに《ゲド》に乗った者が反応して操縦席を開けた。

 

「騎士団長!」

 

 その一言で一気に注目が集まった。《ゲド》が寄り集まろうとして、軍人が声を飛ばす。

 

「演習中だぞ!」

 

「みんな。演習に集中してくれ。せっかく、こちらに合わせてくださっているんだ」

 

「はい! でも、騎士団長……これで本当に勝てる見込みが?」

 

「ジェム領の軍人は誉れ高いと聞いた。彼ら相手に立ち回らせてもらえれば上々だろう」

 

 その証拠に、とザフィールは戦場を見渡す。《ゲド》は一機も倒れていない。地に突っ伏しているのは軍の《ドラムロ》ばかり。

 

 ザフィールは演習場に飛び込む。《ゲド》が《ドラムロ》の関節を極めて動きを制していた。

 

「どうでしょうか! 我が方の《ゲド》部隊は! 悪くはない働きであると、お思いでは?」

 

『ふざけるな! 小賢しいんだよ、《ゲド》なんて使って……!』

 

「ですが、現状が皆さんと我々との違いです。《ゲド》は取り回しの悪い型落ち、その認識を改めてもらわなければ」

 

『だが! 《ドラムロ》ほどの汎用性はあるまい!』

 

「確かに、言う通りではあります。理にかなっている。ならば提案と行きませんか? 《ゲド》の足を止めず、《ドラムロ》の長所を活かす、作戦のご提案に」

 

『……騎士団の下につけと?』

 

 その言葉に軍人達も自分の言葉に聞き入っているのが窺えた。

 

「下も上もありません。手を取って戦おうと言っているのです。どうですか? 悪い話ではないでしょう」

 

 そうでなければ、《ゲド》を使い潰す事になる。国益から鑑みても、相手への交渉は決して悪循環ではないはず。

 

 数体の《ドラムロ》が戦闘姿勢を解いて聞く様子を見せた。それだけでも随分と譲歩であろう。だがこれは大いなる一歩だ。

 

「……皆さんに吉報がございます。それをお聞かせ願いたく」

 

『騎士団とやらの利益のためだろうに』

 

「無論、騎士団には利益を。ですが皆さんにはもっとでしょう。一機も墜ちずに済みますよ。これから先、常勝ですとも。我が方は」

 

 おだててやれば、オーラ力で劣るジェム領国のコモンは従うはずであった。その見立て通りの反応を見せるのが半数、とでも言ったところか。

 

 今は、その数でも充分。

 

「では皆さん。お聞きください。戦場を奏でる、という事を」

 

 

 


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