リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第十五話 災禍少女心中

 ユニコンと呼ばれる馬に似た生物を先導させ、巣穴までの経路を辿る。

 

『緊張してる?』

 

 ミシェルの通信にエムロードは返答していた。

 

「少し……。強獣ってのがどういうものなのか、まだ分からないから」

 

『私も強獣狩りは初めてよ。でもさほど難しくはないのは彼らが証明している』

 

 個別回線である事を理解したエムロードは、恐る恐る尋ねていた。

 

「それは……彼らコモン人が?」

 

『コモンのオーラ力で突破出来る程度の獣よ? 私達の敵じゃないわ』

 

「どうだかっ! 油断していると足元をすくわれるよ!」

 

 割って入った声にミシェルは皮肉を込めて言い返す。

 

『あら? メカニックしか能のない愚図なミ・フェラリオが偉そうに』

 

「愚図じゃない! あたしが見ないと《ソニドリ》の整備点検なんて誰も出来ないんだからっ!」

 

『それも、どうかしらね。《ソニドリ》はだって、ジェム領国に改造されたんでしょ? あなたの領分をもう通り越していると思うけれど』

 

 ミシェルの舌鋒鋭い返しにティマが呻る。

 

「まぁまぁ。ボクはティマを必要だと思っているんで」

 

『仲のよろしいことで』

 

 打ち切られた通信にティマが鼻を鳴らす。

 

「何さ! 一人じゃ何も出来ないのは、向こうだって!」

 

「ティマ。ボクもそうだ。地上人だっておだてられても、《ソニドリ》がいないと何も出来ない。ティマも」

 

「……エムロードくらい、地上人がみんな素直ならいいのに」

 

「それは難しいよ、多分。オーラ力ってそういうものでしょ?」

 

「強ければ強いほどに、ってね。……それもどうなんだか」

 

 腕を組んで憮然とするティマにエムロードは微笑みかける。

 

《ソニドリ》の視野は随分と明瞭になっていた。やはりジェム領国の改修は大きかったのだろう。初陣に比べて《ソニドリ》が急いていないのが伝わってくる。

 

「……これから向かう巣穴の情報、あれだけでよかったのかな」

 

「充分だと思うけれど。強獣なんて、ミシェルの言い分じゃないけれど脅威じゃないんだよ。だってオーラバトラーの基だもん」

 

「基礎自体は……こっちの世界でも確立されているんだ?」

 

「それも三十年前の技術革新が原因だったらしいけれどね。ショットだとか言う、研究者がいたみたい」

 

「……ボクはまだ、このバイストン・ウェルの事を何も知らないんだなぁ……」

 

「知ってもしょうがないって。《ソニドリ》を動かすのにも余計な知識は邪魔になるし……あっ、別にエムロードを軽んじたわけじゃ……」

 

「分かってる。ティマはそういう子じゃないでしょ」

 

 こちらの得心した言い草に、ティマは照れたのか頬を掻いた。

 

「分かってるのなら……いいんだけれど。見て! ユニコンが」

 

 視界の先にいるユニコンが立ち止まっている。もう目標の場所に辿り着いたらしい。

 

『全機、警戒を怠るな。巣穴から先は強獣の領域だ』

 

 ギーマの言葉にミシェルが言い返す。

 

『先輩ぶっちゃって。そんなに狩りの経験もない、お坊ちゃんでしょうに』

 

『それでも君らよりかはあるさ。強獣の外見はおどろおどろしいが、パワーもスピードも断然、オーラバトラーが上だ。臆する事はない』

 

『演説が向いているわね』

 

 ミシェルの批判にギーマはこちらへと回線を振った。

 

『エムロード。前は君に任せる。《ソニドリ》の性能ならばすぐに最下層まで降りられるだろう』

 

『私は反対したわよ? でも、聞かないから』

 

《ソニドリ》が《ドラムロ》と《ブッポウソウ》二機の間から前に出る。《ドラムロ》にはトカマクが乗り込んでいる。

 

 曰く、片脚でも出来る事はある、との弁だが誰も証明は出来なかった。

 

 そもそも他国の聖戦士が、何故、という部分が大きい。

 

《ソニドリ》のゴーグル型の眼窩が螺旋の形に地層が際立った巣穴を覗き込む。視界だけでどこまでも落ちていく感覚に、エムロードは寒気がした。

 

「……降りても上がれるんだよね?」

 

「上昇機能は問題ないわ。それに、最下層まで降りたって、言っても千メットもないはず。強獣は思いのほか、手狭に生活しているのよ」

 

 ティマの声に息を詰め、頬を張った。

 

「よし……。《ソニドリ》、先行します」

 

 主翼のオーラ・コンバーターが開き、《ソニドリ》がゆっくりと降下する。藍色の地層にはところどころ化石が散見された。

 

「あれは、強獣の骨?」

 

 異形の骨格にティマが補足する。

 

「あれは肉食強獣ね。ちょっと大きいだけよ。強くもない」

 

 当てにあるのか、という不安を抱いたまま、《ソニドリ》はさらに深部へと潜っていく。

 

 既に光は絶えていた。予め用意しておいたランタンを灯す。

 

 それでも絶対の暗闇は何もかもを吸い込んでしまうかのようであった。

 

「オーラ点火を。《ソニドリ》の性能なら」

 

 ティマから教わった方法でエムロードは剣を握り締めた。柄から《ソニドリ》の全身へと伝わるイメージを拡張させる。

 

「オーラ、点火」

 

 すると、《ソニドリ》の胸部結晶が薄く輝きを帯びた。今までと違い、暗黒には全く左右されない光である。

 

「オーラだけが、信用出来る光、か」

 

「もう最下層が見えてる。着地時の衝撃には備えて」

 

 ティマの指摘にエムロードは一呼吸ついてから、着地のイメージを伴わせた。足が地面につくと粉塵が舞う。

 

 青く染まった岩石を踏みしだき、《ソニドリ》が歩み出していた。

 

「横穴はないって聞いていたけれど……」

 

 それでも相当な広さだ。強獣が隠れるのにはもってこいだろう。

 

 慎重に歩みを進めていた《ソニドリ》は不意に肌を刺すプレッシャーの波を感じて足を止めた。

 

「どうしたの? 早く強獣をやらなきゃ」

 

「……おかしい。何でこんなに静かなんだ?」

 

「眠ってるんじゃ?」

 

「いや、生物の呼吸が感じられない」

 

 たとえバイストン・ウェルの強獣に呼吸の概念がなかったとしても、この数日間の鍛錬はエムロードにオーラを関知する術を身につけさせた。

 

 だからこそ、疑問なのだ。

 

 周囲に生物のオーラが全く感じられないのは。

 

「……逃げちゃった?」

 

「……かもね。もうちょっと調査してみようか」

 

 口にして歩み出した、その時であった。

 

《ソニドリ》の足が何かを引き裂いた。

 

 関知した刹那には、四方八方から迫る敵意に、エムロードは翻弄されていた。

 

 暗礁に染まった視野でも明瞭に結ぶのは、燃料に点火された火矢の数々だ。

 

「奇襲?」

 

「まさか! ここは野性の巣窟のはず!」

 

 ティマの声を半ばに聞きつつ、《ソニドリ》を後退させる。だが、主翼が触れ、またしても別の仕掛けを起動させた。

 

《ソニドリ》へと粘性のある液体がかけられる。

 

 最初、それが何なのか分からなかったが、ティマの叫びで無理やり理解させられた。

 

「可燃性の強獣の血……。まずいよ! エムロード!」

 

 言うが早いか、どこからともなく投げ捨てられた松明の火が《ソニドリ》を火達磨にする。操縦席まで沁み込んでくる敵意にエムロードは舌打ちする。

 

「ここは強獣の巣じゃなかったのか!」

 

 叫びは虚しく残響するのみ。ティマがいなければ今頃取り乱していただろう。

 

「落ち着いて! 《ソニドリ》はこの程度で焼けちゃうほどやわじゃ……」

 

 ない、と言いかけたティマの口を塞いだのはこちらの習い性であった。

 

 背後に感じた巨大なオーラの気配に《ソニドリ》を咄嗟に反転、飛び退らせる。

 

 その機転は結果として功を奏した。何かが先ほどまで機体のあった箇所を引き裂いたからである。

 

 闇の中、《ソニドリ》の放つ緑色のオーラが敵を照らし出した。

 

「これが……強獣?」

 

 疑問符を挟んだのは、それが事前説明されていたものとは全く異なっていたからだ。

 

 灰色のくすんだような装甲。赤い眼球が闇の中で蠢いている。鋭く伸びた主翼と、内側に折り畳まれた翅はまさしく――。

 

「……オーラバトラー?」

 

 ティマの声にエムロードは尋ねていた。

 

「もしかして……味方?」

 

 予め巣穴に張っていた友軍機かと思いかけたエムロードへと、不意に殺意の波が押し寄せる。

 

 迷いのないオーラの敵意に、瞬間的に結晶剣を引き抜いていた。

 

 同期した《ソニドリ》が肩口より剣を鞘から出現させる。神経が接続される感覚と共に、黒々とした剣へと血脈が宿った。

 

 内側から亀裂を走らせて砕け散った剣が輝きを宿す。緑色のオーラの具現たる刃にも敵は臆した様子もない。

 

 それどころか、オーラの眩さで敵の全容が窺い知れた。

 

 胸部には筋肉繊維が張り付いたような頑強さを思わせる鎧がある。結晶体は下腹部に集中していたが、他のオーラバトラーのようにパイロットを狙うのは難しそうであった。

 

 相手は鋭い鉤爪で何かを握り締めている。

 

 オーラの下に露となったそれに、エムロードは絶句する。

 

「……強獣を」

 

「それだけじゃないよ……。見て! 周りは強獣の死骸だらけだ……」

 

 剣の輝きが周囲を照らし出し、この一帯が陰惨な骸で形作られた墓場である事を告げる。

 

 灰色のオーラバトラーは青い血の滴る強獣の首を絞め、瞬く間に窒息死させる。唾液を垂らした強獣を、灰色のオーラバトラーは牙で肉を引き裂いた。

 

 喉元を喰らうその様子に、エムロードは及び腰になる。

 

「何だこいつは……。味方なのか、敵なのか……」

 

「答えなさいよ!」

 

 ティマの声に強獣を貪っていた相手の眼球が不意にこちらへと向いた。心臓を鷲掴みにされたような感覚にエムロードは剣を構える。

 

「味方ならば名乗れ! 敵ならば去れ!」

 

 精一杯、虚勢を張ったつもりであったが、相手のオーラバトラーは牙を軋らせ、翅を拡張させた。《ソニドリ》よりも強靭な翅が振動するも、ほとんど音はない。

 

 無音の相手にうろたえた《ソニドリ》は強獣を下ろし、その骸を踏み潰したオーラバトラーに完全にうろたえているようであった。

 

 機体の怯えがそのまま伝わってくる。

 

「……怖がらないで、《ソニドリ》。ボクらは……狩るために来たはずだ! 名乗らないのならば、討つ!」

 

 剣を手に、《ソニドリ》が主翼を広げ、翅を拡張させる。高速振動の域に達した《ソニドリ》の速度が相手へと即座の接近を果たしたが、灰色のオーラバトラーは瞬時に上方を取って見せた。

 

 その挙動はあまりにも今まで見てきたオーラバトラーとは異なっている。

 

「こんなに速く? だったって!」

 

 剣を掲げた《ソニドリ》が相手を追撃する。振るい上げた剣筋に、相手も腰から剣を抜き放っていた。

 

《ソニドリ》のものよりも遥かに大きく荒々しい、岩石そのもののような大剣である。

 

 打ち合った瞬間、膨張したオーラに《ソニドリ》の機体が震えた。

 

「押し負けている?」

 

 灰色のオーラバトラーが胸部より赤銅色のオーラを纏いつかせる。これは断じて味方のする行動ではない、とエムロードは説得を諦めた。

 

「……断る口のないのなら、斬り捨ててから事情は聞く!」

 

 弾き返し、胸部を狙おうとして、灰色のオーラバトラーの腰から何かが浮き上がった。

 

「節足?」

 

 ティマの声が弾け、不意打ちの節足による拘束が《ソニドリ》の剣を鈍らせる。節足とは思えない膂力に、エムロードは歯噛みした。

 

「こんなパワー……。ただのオーラバトラーじゃ……ない!」

 

 最早、敵として対処する。蹴りつけて距離を取った《ソニドリ》は腰からオーラショットを左手に保持する。

 

 薬きょうが飛び、火薬式のオーラショットの弾丸が敵へと吸い込まれるように着弾した。

 

 だが、それでも相手は倒れない。確かに胸部へと命中したかのように思われた弾頭は、浮かび上がった赤銅のオーラで遮られていた。

 

「こいつ……オーラで守ったって言うのか!」

 

「それだけじゃない……。エムロード! こいつはまずいよ! 逃げよう! 上昇速度では勝っているはず!」

 

「どういう論拠で……! でも!」

 

 今は飛び立つしかない。飛翔に入った《ソニドリ》へと、またしてもワイヤートラップが発動する。

 

 まさか、このオーラバトラーが張ったというのか。

 

 縄が四方八方より迫り、《ソニドリ》を羽交い絞めにした。少しパワーを上げれば解けない縄ではない、と感じたが、それは次への布石のためであった。

 

 思い知ったのは砲撃が頭部に着弾してからだ。

 

 自動的に狙いをつけるように設計された滑空砲が《ソニドリ》を襲う。

 

「こんな計算ずく……。この灰色がやってのけたって言うのか」

 

 相手はわざと《ソニドリ》と同じ高度まで達し、至近距離まで接近する。息がかかるほどの距離で見据えた敵の頭蓋の形状にエムロードは言葉を失った。

 

「こいつの頭の形……まさか、《ソニドリ》?」

 

 そう見間違うほどに、敵の頭部形状は《ソニドリ》と似通っている。観察の目を注いでいたエムロードへと、不意に接触回線が劈いた。

 

 狂ったような笑い声が操縦席に残響する。

 

『何こいつぅ……。《ゼノバイン》にすっごく似てる。ホラ! 挨拶しなさいよ!』

 

 相手のパイロットの声音にエムロードは驚愕を浮かべる。

 

「女の子の……声?」

 

『挨拶も出来ないの? 悪い子ねぇ……。だったら! お仕置きしないと!』

 

 胸部筋肉が膨れ上がり、内側から円筒状の物体が繊維を引き裂いて出現する。弾頭のようなそれが拡張し、装甲の継ぎ目から膨大なオーラを放った。

 

『オーラディスヴァール!』

 

 赤銅色のオーラが《ソニドリ》を包み込み、装甲の継ぎ目から沁み込んでくる。暴風のようなオーラの奔流に視界が埋め尽くされた。

 

《ソニドリ》と繋がっている箇所が熱を帯び、エムロードは操縦席で膝を折る。

 

「エムロード?」

 

「これ……は……。オーラが強いから?」

 

 剣を握り締めていた手の内側から痣が生じ、瞬く間に右腕を侵食する。エムロードは恐慌に駆られ、手を離そうとするも、まるで熱で無理やり繋ぎ止められたかのように掴んだ手は開けない。

 

 通信網から少女の哄笑が響き渡る。

 

『どう? どう? 気持ちいいでしょ? ホラ! 気持ちいいって言いなさいよ! 脳がとろけちゃう!』

 

 五感が鋭く締め上げられ、脳髄の思考が一点に至るまで削ぎ取られていく。エムロードは覚えず悲鳴を喉から迸らせた。

 

 それと同期した剣が敵オーラバトラーを切断するも、相手の装甲には傷一つない。

 

 どこか、醒めたような声音が滑り落ちる。

 

『なぁーんだ。弱っちいの。ちょっとはマシなのかな、とか思ったアタシがバァーカみたい。アタシを斬れないなら、もう生きていたってしょうがないよねぇっ!』

 

 灰色のオーラバトラーが赤銅のオーラを纏いつかせて大剣を振るい上げる。

 

 その剣筋が《ソニドリ》を叩き割るかに思われた。

 

 その時であった。

 

 五感に切り込んで来たのは銃声である。弾丸が灰色のオーラバトラーの胸部展開武装へと吸い込まれ、機能不全を起こした。

 

 赤銅のオーラの波が切れていく。

 

『あン? 邪魔するの? 誰よ』

 

「あれは……」

 

 ティマが天上を振り仰ぐ。エムロードは咄嗟の事にまだ痛みを引きずりながら面を上げた。

 

 闇を引き裂いて現れたのは茶褐色の甲殻騎士。

 

 剣を引き抜き、その姿が大写しになる。覚えずよろめいた《ソニドリ》を敵が突き飛ばし、降下してきたオーラバトラーと鍔迫り合いを繰り広げた。

 

 地層の壁へと叩きつけられた《ソニドリ》がようやく敵の攻撃の射程から逃れ、エムロードは肩で息をする。

 

 今の瞬間、死んでもおかしくはなかった。

 

 荒く呼吸するエムロードにティマが語りかける。

 

「大丈夫? ……それにしたって、あの機体は……《ゲド》? いえ、改良型ね。《カットグラ》、だったかしら」

 

《カットグラ》と呼ばれたオーラバトラーが灰色のオーラバトラーへと剣筋を見舞う。下段より振るい上げられた一閃を敵は受け止めるが、すぐさま返す刀が直角に折れ曲がり、銀閃が灰色のオーラバトラーを怯ませる。

 

『邪魔してるんじゃないわよぉ! 亡国の野良犬ぅ!』

 

「あれ……どう思う?」

 

 ティマの質問にエムロードは右腕を確認していた。痣が見当たらない。先ほどの現象は何だったのか、と呆然としているエムロードに、ティマが声を跳ねさせる。

 

「あれ! 嘘でしょ……、操縦席から出て!」

 

《カットグラ》のパイロットはなんと胸部結晶から這い出て銃撃を見舞っていた。勇猛果敢というよりも無策にしか見えないその戦術に敵が翻弄されたように後ずさる。

 

「敵の敵は味方……って事でいいのかな」

 

「分からない。……でもあのオーラバトラー、スゴイ。操縦しながら撃ってるの?」

 

《ドラムロ》や《ブッポウソウ》の操縦席の通りならば、あのパイロットは足だけでオーラバトラーを操っている事になる。そのような高等技術可能なのか、という疑念が思い至る前に、灰色のオーラバトラーが剣を薙ぎ払った。

 

「危ない!」

 

 思わず漏れた声に《カットグラ》のパイロットはすぐさま操縦席へと収まる。間一髪で、先ほどまで首があった空間は何もない空を裂いた。

 

 その大振りの隙を見逃さず、《カットグラ》が剣を関節部位へと叩き込む。灰色のオーラバトラーがたたらを踏んだ。

 

「圧倒してる……。勝てる、勝てるんじゃ……?」

 

 ティマの声に灰色のオーラバトラーが再び赤銅のオーラを放出した。《カットグラ》が飛び退った瞬間、敵オーラバトラーが翅を展開させる。

 

『……やるようになったじゃん。いいわ。ここは退いてあげる。《ゼノバイン》もお腹いっぱいだし、もう動く気はないってさ。よかったね、死ななくって』

 

 その言葉に《カットグラ》が刃を下段に構える。

 

「……逃がす気はないみたいだけれど」

 

 翅を振動させ、《カットグラ》が打突を見舞うも、その時には灰色のオーラバトラーが天高く飛翔していた。

 

 一気に巣穴の入り口まで飛び去った相手にエムロードは瞠目する。

 

「なんて、半端ないオーラの量……」

 

 赤銅のオーラがまだ空間に充満している。息を吸うだけで、刃のような攻撃的なオーラに肺を焼かれそうであった。

 

《カットグラ》は深追いしない。パイロットが這い出て何発か銃弾を見舞ったが、本人も効果はないと分かっている事だろう。

 

『狂戦士が……』

 

 不意に繋がった回線にエムロードは何か言葉を返そうとして、相手の切っ先がこちらへと突きつけられた。剣に宿った迫力に息を呑む。

 

 まかり間違えれば斬られかねない緊張感が漂う中、相手は尋ねていた。

 

『……ゼスティア領の新型、か。何の用でここに来た?』

 

「何の用って……あたし達は強獣を狩りに……」

 

 代わりに答えたのはティマである。返答に相手は《カットグラ》の剣を去っていった灰色のオーラバトラーへと向ける。

 

『あれを、知っていて狩りだと?』

 

「それは……分からなかった。知らなかったんだ」

 

 ようやく答えられた声に相手が鼻を鳴らす。

 

『少女騎士か。どういう気の迷いか知らんが、余計な事はしないほうがいい』

 

「何よ! そっちだって、展開しているのはゼスティアのオーラバトラーなんだから、迂闊な真似なんて――」

 

 ティマの声音に《カットグラ》が《ソニドリ》の首筋へと刃を添えた。覚えず息を詰まらせる。

 

『……失礼。聞こえなかった。迂闊な真似を? オレ達が? 随分と認識不足と映る。ゼスティアのオーラバトラー。ここで命を無駄に散らすか?』

 

 突きつけられた言葉の鋭さに、何も言い返せなかった。相手は本物の猛者だ。相手取るには今の自分では足らない。

 

「……戦う気はない」

 

『そのつもりがあろうとなかろうと、同じ事だ。我々が張っている場所に入ってきた』

 

「……来るって、いちいち言わなきゃいけないの?」

 

『ミ・フェラリオが黙っていろ。収まっている少女騎士。戦いには不慣れのようだな。だが並大抵のオーラではないのは分かる。……コモンにしては強過ぎるほどの』

 

 尋ねられても何も言えなかった。相手の無言の圧力を形にした剣の鋭さに、喉からまともな言葉が出なかったのもある。

 

『エムロード!』

 

 その時、割って入った声音にエムロードは反射的に《ソニドリ》を飛び退らせる。

 

 炸薬が弾け、《カットグラ》の視野を眩惑した。

 

《ブッポウソウ》が降り立つなり、剣筋を《カットグラ》に向ける。それだけではない。ギーマの《ドラムロ》が火線を張って《カットグラ》を追い込もうとする。

 

『ゼスティアの軍人か』

 

『間違えないでよね……。私は地上人! 聖戦士よ!』

 

『……騙るな、小童』

 

 剣と剣が弾き合い、火花を散らす。《カットグラ》が僅かに劣勢なのは、先ほどの灰色のオーラバトラーに力を削ぎ過ぎたせいか。

 

《ドラムロ》の弾丸が《カットグラ》のオーラ・コンバーターに着弾し、その動きを大きく鈍らせた。膝をついた相手へと《ブッポウソウ》が刃を突きつける。

 

『チェックメイトよ』

 

『……地上人のたしなみの言葉か。追い詰めた、という意味らしいな』

 

『従いなさい。あなたの仲間も我が方が包囲している』

 

『食えないものだ。巣穴に仕掛けたのはしかし、オレ達が先のはず。恨み言を聞くつもりはないぞ』

 

『ここまでやっておいてよく回る口ね。要らないのなら斬って捨てるわ』

 

『ゼスティアはいつもそうだ。手狭な領地と狭苦しい了見で他国をないがしろにする』

 

『国家への侮辱は、ここでは聞かなかった事にしてやろう』

 

 ギーマの声に相手は皮肉を込めた。

 

『……次期領主もいるのか。それは耳が痛い事だろうな』

 

『降りなさい。まずはゆっくりと、その《カットグラ》から』

 

 相手が結晶体を開き、操縦席から歩み出た。屈強な男であり、服飾は青みがかった布を何枚にも重ねている。旅人帽を被った男の左目には三日月のような深い傷跡があった。

 

『よく出来ました。さて、名乗る準備は出来ているかしら?』

 

「それよりも。その白いオーラバトラー、損耗しているぞ。いいのか?」

 

『目を離した途端に逃げられたんじゃ堪らないからね』

 

「場数はこなしているようだな。お前がちょっとでも目を離せば、こうであった」

 

 相手が指を虚空に持ち上げ、何かを引く。

 

 瞬間、爆薬が作動し、巣穴の地層を崩した。

 

『あなた……!』

 

「心配するな。これは相手が通過する際にしか効かない。これを晒した時点でもう抵抗の意志はない」

 

 男はこちらへと一瞥をくれるなり、フッと笑みを浮かべた。

 

「いい機体だが、まだまだだな。騎士として必要なのは何としてでも勝つという執念。それがまるでない」

 

『地上人だもの、そりゃ、あなた達ほどじゃないわよ』

 

「……そうか。膨大なオーラ力だとは思ったが、やはり地上人とは。しかし、いつの間に地上人を二人も? 確かゼスティアはジェム領国に侵略戦争を――」

 

 そこから先は《ブッポウソウ》の刃が遮った。

 

『お喋りは長生き出来ないわよ』

 

「そのようで。なに、疑問であっただけだ。オレ達の負けだよ、負け。これでいいだろ?」

 

『投降するのならば、ゼスティアの流儀に倣う。捕虜として扱わせてもらう』

 

「せいぜい、人道的に頼むよ。ああ、だがお前達は何も知らないんだったな。《ゼノバイン》の事も、何もかも。それなのに、捕虜というのはいささか扱いが雑ではないか?」

 

『ギーマ。客人として……もてなしましょう』

 

『……癪に障る』

 

 苦肉の策のようであったが、今は一つでも知らなければ読み負けるのは必定であった。先ほどの灰色のオーラバトラー。あれが何なのか。

 

 聞き出すまではまともな交渉条件には乗らなさそうである。

 

「……エムロード。大丈夫?」

 

「平気、ちょっと……想定外で」

 

「無理もないよ。何だったんだろ、あの無茶苦茶なオーラバトラー。今までの常識じゃない感じだった」

 

「見境のない感じ……味方じゃなさそうだけれど」

 

「敵、って断言するのも違うかもね。相手次第かも」

 

 顎をしゃくったティマは男を注視していた。こちらの視線が分かるはずがないのに、男は読めない笑みを浮かべている。

 

『まずは何者なのか。言ってもらおうかしら?』

 

「こんな強獣の巣のど真ん中で?」

 

 突きつけられた無言の剣の圧力に、男は自嘲気味に返す。

 

「ランラ・ローランド。ランラでいい。オレ達に、所属する国家はない。亡国の徒だ」

 

『国家を失ってまで、何のためにここまで来たの? 罠だって大掛かりに張って』

 

「そりゃそうだ。あれを狩らなければオレ達に未来はないんだからな。無頼漢の集まりが組織立った動きが出来るのも、あれへの執念の賜物さ。《ゼノバイン》、あの狂戦士への復讐を」

 

 忌々しげに放たれた名前に、因果が集約されているようであった。

 

 ――《ゼノバイン》。

 

 その名前と共に少女の声が思い出される。

 

 まだこのバイストン・ウェルには自分では及びもつかない事だらけであった。

 

 


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