リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第十六話 妖精ノ巣

 

 そこまで、と声がかかって《ゲド》部隊が剣を仕舞う。

 

 まさか、と息を切らした兵士達はオーラバトラーから這い出ていた。

 

 勝負は一瞬であった。模擬戦とは名ばかり。剣を一度引き抜いた《ゲド》は《ドラムロ》を翻弄し、一方的な攻防が展開された。

 

 その様相にザフィールは首肯する。

 

「程度は、これくらいで分かるんじゃないですか?」

 

 兵士達は抗弁も発せられないほど疲弊している。まさか《ゲド》相手にここまで落ちぶれているとは誰も思わなかったのだろう。

 

「……地上人の、馬鹿オーラで」

 

「今のは、聞かなかった事に。それで? 軍部の実権をこの模擬戦を見て、決めるんでしたよね? 枢機卿」

 

 観覧席で自分と同じように模擬戦を見守っていた枢機卿は、杖型の生物を手離し、放心していた。まさか、とその声が震えている。

 

「これが……地上人の」

 

「そのオーラです。どうです? 四十四人のオーラバトラー使いは。圧倒的でしょう?」

 

「……だが、すぐに、というわけには」

 

「それは! お約束と違うではありませんか。まさか違えるとでも? 国家も貧弱、政治も機能していないこの国で、では何が力を持つか? ……それは純粋なる兵力のはずです」

 

「……確かに力は見せてもらった。だが一存ではないと! 言っているのだ」

 

「……つまり、領主様にお伺いを立てろと?」

 

「……領主様は疲れていらっしゃる。貴様らのような、地上人が触れていい存在では――」

 

「ではどうするのです。我々を飼い殺しにして、では勝てますか? この戦争。勝てないと! ハッキリ言えばどうなんですか! だから地上人を召喚した!」

 

「口が過ぎるぞ、たわけが! 貴様らの身分などこのバイストン・ウェルでは保証されておらん!」

 

「騎士として身を立てるのに、身分ですか。これは面白い事を仰る。我々が剣であるのならば、収めるべき鞘が必要です。その鞘、いくらでも取り替えは利く」

 

 言葉の意味するところを理解したのだろう。枢機卿は慌てて取り成した。

 

「何をまた! 言葉に気をつけるといい。騎士団の名に傷がつく」

 

「傷なんていくらでも癒えますとも。問題なのは、それこそ鞘の威信ではないのですか?」

 

「……分かった。領主様に口添えしておけば」

 

「よしなに。みんな! 騎士団は晴れて、ジェム領国を守れるようになった!」

 

 こちらの言葉に少女達はめいめいに歓声を上げていた。

 

「……しかし、何故召喚した地上人は女ばかり……」

 

「それは我々が、運命の姉妹だからですよ」

 

 分かるまい。この愚鈍なるバイストン・ウェルに堕ちただけのコモンには、地上人四十四人の力というものが。

 

 そして自分が見出した、その可能性にも。

 

「盛大なパレードが必要かな」

 

 枢機卿の皮肉にザフィールは笑みで返した。

 

「いいえ。我々は騎士。騎士とは即ち、守るべき花のためにあるもの。花さえ無事ならどうとでも。騎士の痛みは騎士にしか分からぬものです」

 

「それは、軍属とは何が違う? 軍とは分けたい、という方針であったな」

 

「軍は、いざという時に動けません。今のままの体制では不可能でしょう。ですが、騎士団を付属させれば動きやすくなる、と言っているのです」

 

「……要は軍のお抱えか。傭兵連中を招き入れたようなものだと」

 

「お好きに解釈を。ですが我々が呼ばれるべくして呼ばれた、地上人である事をお忘れなく」

 

 ふんと鼻を鳴らした枢機卿が捨て台詞を吐いていく。

 

「エ・フェラリオに魅入られたのだ!」

 

 立ち去ったその背中を止めるまでもない。兵士達は騎士団相手に怯え切っていた。思えば妙な話だ。地上界ではただの少女、まだ子供と侮られていた自分達が、このバイストン・ウェルでは大人達の力関係を左右するなど。

 

 ザフィールは歩み出て、剣を引き抜く。他の騎士達も剣を抜き、天に向けて掲げる。総勢、四十四の剣が一斉に天を衝いた。

 

「然るべき手順は踏んだ。あとは騎士の本懐を成し遂げるのみ」

 

 然り、然りと声が飛ぶ。波のようなその声音に兵士達がうろたえていた。

 

「我らは四十四にして、一の剣なり。心得よ」

 

 ザフィールが身を翻す。その時、走り込んで来た影があった。黒衣に身を包んだ少年である。彼はザフィールへと恭しく頭を垂れた。

 

「エ・フェラリオ、アルマーニ様がお呼びです」

 

「ご苦労。皆を労うように。して、容態は?」

 

 尋ねると、少年は頭を振った。

 

「芳しくは……。やはり五十人前後の地上人のオーラを受け止めるのには、如何に優れたエ・フェラリオとは言っても……」

 

「限界、か。案内してくれ」

 

「ザフィール様。お勤めはよろしいので?」

 

「もう済んだ。軍はわたくし達を重宝せねばならないだろう。《ドラムロ》ではいくら戦っても結果は出ない。求めているのが結果そのものなのだから、騎士の徴用は急務のはずだ」

 

「……ジェム領国のコモンは皆、オーラは低いのです。それをお分かりになってください」

 

 充分に分かっているつもりであった。土地柄か、あるいは血筋か、ジェム領国のコモン人が持つオーラ力はあまりに脆弱。

 

 それは他国から攻められれば一瞬で瓦解する国防を鑑みても明らかである。

 

 一握りのエースが活躍する、という国家は最早、それは国家としての緩やかな死と同義。

 

「グラン中佐は急いていらっしゃる。自分の御役御免になるのが怖い様子で」

 

 その言葉に少年が微笑む。

 

「あのお方らしい。グラン中佐は人一倍の努力家です。元々は弱いオーラであったのを、フェラリオとの邂逅で開花させられたとか」

 

「だからシルヴァー姫は大事なのだろう。分からなくもない」

 

「こちらへ」

 

 少年の示した先には扉がある。ノックしても返答はない。

 

「入ります。アルマーニ様」

 

 部屋の中央には星の印が刻み込まれている。天に向かって祈りを捧げる僧衣姿の女性が、祝福の光を受けていた。

 

 眩いまでに輝く、とはこのような事を言うのだろう。彼女は確かに特別な存在であった。

 

「……アオ」

 

 古い名で呼ぶ彼女はこの領国でも自分の出自に近い特異な人物。否、正確にはヒトではない。

 

 想像上の生物が数多く存在する中で異質な光を放つ種族――妖精ともあだ名される者達、フェラリオ。

 

 その中でも力を持つ種をエ・フェラリオと呼ぶ。

 

 アルマーニは自分を認めるなり、笑顔になった。ブロンドの髪が床に垂れている。

 

「もう、その名は捨てました。今はザフィールです」

 

「でも、あなたはアオでしょう? 会った時から変わっていないわ」

 

「一月も前ですよ」

 

「まだ一月よ。フェラリオからしてみれば、一瞬みたいなもの。まばたき一つ」

 

 実際にその通りなのだろう。コモン人もそうであるのだが、バイストン・ウェルの者達は基本的に長命だ。

 

 その代わり、様々なものが欠落している。

 

 フェラリオには知性が。コモンには力がない。どちらも兼ね備えているのが、地上人である。

 

 自分達の知力がこのバイストン・ウェルの歴史を大きく塗り替えたと言っても過言ではなかった。

 

「三十年も経つのね。地上人がオーラバトラー……あの忌むべき兵器を造ってから。それも、ちょっとまどろんだ程度でしかないけれど、それでも変わったわ。あのオーラマシンの放つ殺気みたいなの、あんまり好きじゃないのよ」

 

「ですが、今は選り好みもしていられません。コモンだって使う」

 

「それは、あまりに強過ぎるから。強い力は身を滅ぼすのだと、コモンでは理解出来ないのよ」

 

「失礼。今の言葉、コモン人に聞かれていればあなたの心臓は動いていません」

 

 あっ、と気づいたようにするこの女性はわざとやっているのではない。本当に、純粋に、この世界に対する知性が足りていないのだ。

 

 一挙手一投足で摘まれる命があるという想像力はまるでない。戦地でヒトが何をするのか。どれほどの非業の化け物に成り果てるのかをまるで知らぬ、そういう儚い存在。

 

「ごめんなさい。怒らせる気はなかったの」

 

「いいのです。わたくしは地上人ですから」

 

 その言葉にアルマーニは笑いかける。

 

「可笑しいわ。だってあなた、一ヶ月前にはまるで赤ん坊だったのに」

 

「そうですね。何も知らなかった。それをあなたが教えてくれた」

 

「ジェム領国の人々のオーラでは救えない、と判断したのよ。彼らでは届かない。ゼスティアに奪われた王冠には。決して」

 

 それだけ強い語調であった。フェラリオが人界に口を出すなどよっぽどだ。よっぽど勝ち目のない戦争だったのだろう。

 

「グラン中佐がいます」

 

「あの人は駄目よ。どこまで行ってもコモンには変わりはないわ。もし、ゼスティアがちょっと強い地上人でも呼んだら一瞬でしょう」

 

 その言葉に自然と思い返したのは前回の白いオーラバトラーであった。

 

 美しい緑のオーラを纏ったあの機体。ゼスティアの独断にしてはあまりに鋭い刃である。

 

 何者かが手を貸しているか、あるいはもう最悪の事態には転がっているのかもしれない。

 

 地上人の召喚。それには大いなる天の恵みであるフェラリオの力があればどうにかなる。

 

 それにあの声の持ち主、とザフィールは思いを巡らせていた。

 

 ――まさか、翡翠だと言うのか。

 

 剣道部で教えを乞うていたあの声によく似ている。剣筋も、まるでそっくりだ。

 

 だが、まさかという思いがあった。そこまで運命は自分達を弄ぶまい。作為的なものを、感じずにはいられなかった。

 

「アオ……? 何かあったの?」

 

「いえ、何も。騎士団の結成までは順調です。あなたの助言があっての事」

 

「コモンの方々の考える事は分かりきっているもの。何百年生きていると思っているの?」

 

 フェラリオはコモン人に侮辱される事も多いが基本的には彼らよりも長生きなのだ。当然、世の中はそれだけ長く見ている。ただし、目線が違う。それゆえに、全く分かり合えないのだ。フェラリオの俯瞰する世界と、コモンが実際に棲息するこの自然ではまるで別種。

 

 厳しい自然に対抗しなくてはいけないのは、地上と何も変わりはない。対抗し、拮抗し、そして凌駕するために兵器を開発するのも、同じ事だ。

 

「当然の帰結、というわけですね。しかしわたくし達のやり方には反発も多い」

 

「コモンはどうしても、ね。小さく物事を捉えがちなの。だから三十年前に浄化なんて起こったのよ。ジャコバ様を怒らせて」

 

 浄化、という言葉はフェラリオ独特の代物だ。世界を彼女らは「浄化」するための役割も帯びている。穢れの概念がここバイストン・ウェルにも存在する事に、まず驚きを隠せなかったものだが、その真実を聞いた時にはさもありなんと感じたものだ。

 

 人は人同士で争う。

 

 ゆえにこの世は不浄なる場所。

 

 ゆえに天上人が存在し、罰を下さなければならない。

 

 皮肉な事に幻想溢れるバイストン・ウェルでも、美しさだけが生き延びるわけではない。

 

 そうであったとすれば、よっぽど救いはあるのだが、やはり人が棲む以上、どこかで穢れる。どこかでどうしようもない、過ちが存在する。

 

 だがだからこそ、騎士は意味を成すのだ。この世界で大義を成すのならば剣を取るしかない。

 

 その教えだけが絶対だ。力は全ての流儀を超える。

 

「騎士団は確実に力をつけつつあります。敵国が攻めてきたとしても」

 

「そういえば、妙なオーラの流れを感じたわ。あれは……地上人だったのかしら?」

 

 白いオーラバトラーに乗っていた因縁を片づけるのには、まだ足りない。まだ、自分達は一端ですらないのだ。

 

「それが悪い流れであるというのならば、わたくしは断ち切ります。この剣は、ジェム領国のために」

 

 いずれは王族に傅くはずのこの身でも今はただここに召喚してくれた一人の女性のために。

 

 アルマーニはそれを目にして微笑んだ。

 

「無理はしないでね。あなたを死なせるために、バイストン・ウェルを選んだわけじゃないわ」

 

 承知しているとも。死に場所は、手ずから選んで終わるとしよう。

 

 


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