リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

17 / 77
第十七話 災厄ノ王冠

 

 ユニコンでも乗せられないほどの大軍勢であるのは想定外であったが、相手も獣を使役しているので思ったよりも移動は楽であった。

 

 しかし、とギーマは後続する連中を見やる。《ドラムロ》の中だからこそ、相手への侮蔑の眼差しは届かなかったが、直接目にすれば険悪になっていただろう。

 

 服飾も、身なりも、どれもこれも汚らしい。無頼漢の集まりと評されたのは間違いではないようであった。

 

「……これではゼスティアの品位が下がる」

 

『そんな事を気にしている場合? 彼らの協力がなければ、《ゼノバイン》とやらに《ソニドリ》が墜とされていたのよ?』

 

 ミシェルの抗弁にギーマは鼻を鳴らす。

 

「墜ちたのならばそこまでであったのだろう」

 

『……プライドが高いのは分かるけれど、せっかく召喚した地上人を死なせるのは無為だって分からない?』

 

「分からないな。彼らは選んで来たわけではない」

 

『その弁だと、彼らも、だけれど』

 

「連中は思い思いに集ったのだろう。烏合の衆だ」

 

『出来ればその口、閉じていてよね。聞こえたらあんた、八つ裂きになるわよ?』

 

「すればいい。連中に噛みつかれる前に、喉笛を掻っ切って死のう」

 

『……本当にそれをしそうで怖いわよ、あんた』

 

《ドラムロ》にはダメージはない。だが、《ゼノバイン》と呼称された機体のデータを反映させていた。

 

 一瞬の交錯であったため、その姿でさえも定かではない。だが、《ソニドリ》のダメージは確固として現実であり、ジェム領国の技術と融合したあの機体でも押し負けた、という事実が何よりの証拠。

 

「……あり得ん。ジェム領国だけでも面倒なのに、新たな脅威を抱き込むなど」

 

『難民、っていう触れ込みなら、ゼスティアの株も上げられるんじゃ?』

 

「領地は狭いんだ。難民なんぞ上げておく場合ではない」

 

『それだけは反論出来ないわ。確かにゼスティアは狭い』

 

 領地である城と、それの有する僅かな敷地。周囲は断崖と森林に囲まれ、遊牧地帯が広がっているゼスティア。人が住む場所など城内くらいしかなく、民草は牧場で寝食を過ごす。

 

 兵士は志願制であり、強制的な搾取は少ない。

 

 ゼスティアがこのような制度に落ち着いたのは何よりも民が少ないからだ。今以上に民を増やせば国家は混乱する。しかし民を減らせば、搾取するものがなくなってしまう。

 

 ギリギリのバランスで成り立っている領国でどうやって難民など受け入れればいいというのだろう。

 

 やはりというべきか、ギーマはある結論に導かされていた。

 

「……難民の兵隊。そうするしか、道はあるまい」

 

『反発は来るとは思うけれどね』

 

「少しの反発ならばいいさ。今ある秩序を破るほうがまずい」

 

『王冠の事、バレれば失脚よ?』

 

「それは君もだろう。もう共犯者だ。わたし達は」

 

『一緒にしないで、って言いたいところだけれど、戻れないのよね。悲しい事に』

 

 ミシェルは秘密を共有している。問題なのはエムロードとアンバー。強力なオーラ力と乗機を持っているだけに厄介である。対応を間違えれば手痛いしっぺ返しとなるのは確実。

 

「……《ソニドリ》が我が方の味方であるうちは幸運か」

 

『エムロードと戦えなんて言わないでよ。私は勝てないわ。今のあの子でも、性能面で《ブッポウソウ》の上を行かれてる』

 

「弱気じゃないか、随分と。君らしくもない。前までなら、寝首を掻くくらいわけなかったはずだ」

 

『地上人同士、情があるのよ』

 

 どうだか、とギーマはその言葉の嘘くささを感じていた。一言二言で消えてしまいそうな信頼関係など、児戯に等しい。

 

「情、か。せめてその情が、足を引っ張らない事を祈るばかりだな」

 

『何よ、その言い草。あんただって、エムロードとアンバーは必要だって思っているんでしょう?』

 

「当然だとも。我がゼスティアのために、戦ってくれる騎士は多いほうがいい」

 

『……素直じゃないんだから』

 

 素直など、そのような感情は切り離すべきだ。殊に、これから先、民草を擁していくのに、情にほだされれば負けなのだ。

 

「……わたしは、いずれこの領国をバイストン・ウェル一にしてみせる。そのためならば、どのような汚名であっても……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軍の兵士達が騎士団に敗北した、という報は直ちにグランへともたらされた。

 

 軍を預かる手前、この結果は甘んじて受けるべきである。

 

「……ザフィール。地上人の騎士団が、我が軍属を」

 

「……如何なさいますか?」

 

 こちらを窺う兵士にグランはふんと鼻を鳴らす。

 

「知れた事。儂が戦果を挙げればいいだけの話だ」

 

 それは、と部下が止めにかかる。

 

「侵略になります!」

 

「侵略国だと、ゼスティアは触れ回っている事だろう。ならば、その汚名、着てみせる。たとえ過ちでも、我々ジェム領国に勝利を。儂は《マイタケ》で出る!」

 

 格納庫へと足を進めたグランは《マイタケ》の整備に入っている整備士達に声をかけた。

 

「どうか」

 

「悪くはありません。前回受けた傷も癒えています。ただ、今しがた入った情報ですが……」

 

 囁かれた情報にグランは目を瞠る。

 

「まことか? ゼスティアに援軍?」

 

「監視についていた《ドラムロ》部隊からの情報です。確かかと」

 

「……信じられん」

 

「こちらとしても事実情報とのすり合わせに混乱があります。ゼスティアの評価を正しく分かっていれば、援護などどの国だってするはずもありません」

 

「……分かっていないからこその地上人なのだろうからな。あの白いオーラバトラーの地上人は強かった」

 

 エ・フェラリオを使っての召喚。こちらのほうが兵力は上でも、一騎当千の攻撃力では難しいかもしれない。

 

 何よりも、騎士団と軍が足並みを揃える気は全くない。このままではジェム領国は空中分解だ。

 

「……どうなさいますか。これで《マイタケ》を出しても、やられてしまえば」

 

「……いや、そうなった時こそ分水嶺だろう。儂は諦めんよ。地上人とは言え、良識はあるはずだ」

 

「賭けると言うのですか! 中佐のお命で!」

 

「敵陣に踏み込むのもまた、軍師の務め。大軍よォ! 儂は《マイタケ》を使い、ゼスティアへと止めの一撃を放つ! 応える者は居るか!」

 

 その声音にオーラバトラーが手を掲げた。

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「では問おう! 貴君らの真の武功とは、これ如何に!」

 

『我らの武功、武勲は全てグラン中佐に預けましょう!』

 

「……感謝。感謝に尽きる。貴君らは前に出ぃ! 《マイタケ》を駆り、ゼスティアに奪われし王冠を、取り戻すぞ!」

 

 相乗する雄叫びにグランは瞼を閉じた。

 

 瞼の裏にはシルヴァー姫の姿が映る。王冠を何が何でも取り戻さなくては。そうでなくては何も成せぬ。何も、真っ当に成らぬ。

 

「……取り戻すのだ。全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「血ぃ抜きされていたのはある種の怪我の功名ですねぇ。このまま加工せずにすぐ使えますよ。《ソニドリ》の修復には三時間もあれば」

 

 整備班の声にティマは設計図の内側に線を引いた。

 

「ちょっとまだ、機体のがたつきが激しいのよ。もうちょっと安定させたい」

 

「エムロード殿は?」

 

「あの子は充分に。でも勝てなかった。《ゼノバイン》とか言う狂戦士を倒すのに、あれじゃって」

 

 思い返すだけでも怖気が走る。あのオーラバトラーには見境というものがなかった。

 

 まさに狂戦士。あんな敵を追って大陸を横断している者達も、恐るべき執念だ。彼らは帰る場所を追われ、行き着く場所も分からない旅路の中、同じ災厄に行き遭った、という共通項だけで結ばれた無頼漢の絆がある。

 

 恩讐の絆は、時に何よりも堅いであろう。

 

「……何かお考えで?」

 

「ゼスティアとの協定、っていう表向きの形だけれど、裏では結局、読み合いなのよ。それが辛くってね」

 

「ティマさんは《ソニドリ》に集中してください。俺達は他を万全にします」

 

「助かるわ」

 

 飛翔したティマが向かったのは決起集会の行われている中庭であった。

 

《ゼノバイン》を殺すためだけに集った者達はどれもが物々しく、義手義足はほとんど当たり前。中には武装を仕込んでいる者もいる。

 

 その中に《カットグラ》を動かしてみせたランラがいない事に気づき、ティマは声をかける。

 

「ねぇ、あんた達の長は?」

 

「向こうで話し合いだとよ。頭目はお忙しそうだ。それより、ミ・フェラリオの嬢ちゃん、こっちで酒でも飲んでいかねぇか?」

 

「遠慮するわ」

 

 あしらって、ティマはランタンの灯りが照らす一区画へと近づく。窓際にギーマが背を預けていた。

 

 ミシェルもおり、ランラへと問いかけている。

 

「《ゼノバイン》を追ってきたのは間違いないのよね?」

 

「ああ。オレ達はあれを追って……もうバイストン・ウェルの半分は行ったんじゃねぇかな」

 

「大陸の半分か。恐ろしい事を言うな。コモンでは大陸を渡り切り、海を超える事などあり得ないと言われているのに」

 

 その評にランラは得意気に笑みを浮かべる。

 

「なに、とんだ旅がらすってわけさ。そこの奴と一緒かねぇ」

 

 その言葉に座り込んでいたトカマクが顎をしゃくる。

 

「傷つくねぇ。おれは実質的には旅商人兼、吟遊詩人のつもりだったんだが」

 

「目的を知らず、あまつさえも何もない虚無に生きるというのか。貴様、それでも男に生まれたのか」

 

「言われちまっても、おれは地上人だ。あんたらとは生き方や考え方が違う」

 

 トカマクの言葉振りにランラは心底蔑みの言葉を投げた。

 

「そうであったな。地上人……穢れた地から訪れし異端者達。だがオレでも分かる。あの白いオーラバトラーじゃ、《ゼノバイン》には勝てない」

 

「何も一対一の騎士道ってわけでもあるまい。おれ達はもっと大きな目線で渡り歩こうと思ってるのさ」

 

「聞いたぞ。ジェム領国との対立だそうだな。協定関係、結ぶのはやぶさかではない」

 

「では……」

 

 期待に満ちた声を出そうとしたギーマをランラは制する。

 

「ただし、オレ達の引き入れ先を完全に誘致してもらう。宙ぶらりんのままじゃ、誰も落ち着けないんでね。兵士にしろ、民草にしろ、さっさと決めていただきたい」

 

 ギーマは苦渋に奥歯を噛み締めているのが伝わる。ミシェルがその議論に割って入った。

 

「……でもあなた達は、《ゼノバイン》を追っている。そう考えた場合、身分は逆に縛りになるのでは? 一国に契約書一つでしがらみを置くくらいならば、ないほうが賢明ではない?」

 

「勘違いをしているようだから言っておこう。オレは、別に構わんさ。《ゼノバイン》を追い詰め、この手で……潰すためならな。だが他の連中は違う。乳飲み子の時からずっと、オレ達に混ざっているガキだっている。女だてらに戦闘をやってのける奴も、両手がないのにまだ作戦を遂行する無茶な奴も……。そいつらに、落ち着ける場所を与えてやるのが、頭目ってもんだ」

 

「要するに、そっちも完璧ではない、と」

 

「全員が特攻覚悟ではあるが、オレはみんながみんな死ににいったって仕方がねぇと思っている」

 

「死に急いでいるのは案外、あなただけっていう事。分かりやすくっていいわね」

 

 ランラは肩を竦める。

 

「オレが一番、《ゼノバイン》を恨んでいる。これはマジにダントツだ。だから、殺し合うのならオレだけでいい。最後の最後、他の連中の身柄の保証は」

 

「なるほど。ゼスティアが請け負う、と言って欲しいわけか」

 

 ギーマの返答にランラは手を払う。

 

「要らないんなら別にいいぜ。ただ、その時には近い領国に同じ条件を突きつける」

 

「それは困るわね。ジェム領国の味方に回られれば我が方は不利になる。あなたの立ち回りを見たもの。兵士としては立派な動きだった」

 

「地上人に褒められて、これは喜ぶべきなのかねぇ」

 

「ミシェルは相当なやり手だ。彼女の賞賛は受けるといい。……して、他の者達の身分の確保、であったか」

 

 ランラは頭を振る。

 

「そいつが確約されないと、どうにもな」

 

「兵士身分では後々禍根を残す。市民としての権利ではどうか」

 

「それでいいのか? ギーマさんよ。市民に飢えさせないほどの政策が、今のゼスティアに出来ているのか」

 

 トカマクの声にギーマが睨みを利かせる。

 

「貴様はどちらの味方なのだ」

 

「おれは吟遊詩人さ。どっちの味方にもなる」

 

 のらりくらりとしたトカマクの声を受け、ランラが要求を突きつけた。

 

「で? 呑むのか? 次期領主」

 

 ここまで言われて呑まないわけにもいくまい。ギーマは苦渋の判断の末に、と言った具合に応じていた。

 

「……市民権でいいのなら」

 

「それだけじゃねぇ。飢えさせない、っていう制約も立ててもらおうか。それがないと、まともに任せられない」

 

「……領国の未来までは読めん」

 

「じゃあご破算だな。ジェム領国に行くぜ」

 

 身を翻しかけたランラに、ミシェルが呼びかける。

 

「――絶対に負けない」

 

 その言葉にランラは足を止めた。ミシェルが笑みを浮かべる。

 

「って言ったら、どうする?」

 

「……信用ならないと返すね」

 

「納得してもらえる条件はあるわ。こっちへ」

 

「ミシェル……! まさかあれを」

 

「見せないと納得しそうにないもの。ギーマ、あんたはあくまでも市民ではなく、いざという時には徴兵したい。そうでしょう?」

 

「それが本音なら、兵力は一人だって貸せないな」

 

「安心なさい。見れば分かる」

 

 全員が部屋を離れていく。ティマは部屋の中央に置かれた図面を注視していた。

 

 卓上の図面には今まで見た事のないオーラバトラーの設計図がある。

 

「……あれが、ランラ達の切り札?」

 

 窓際から離れ、ティマは格納庫へと再び戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 領主の姿を目にしてランラが感じたのは、やはり、という確信であった。

 

 ウラウは窓の外を眺めている。ランラは形だけでも、と傅いた。

 

「ゼスティア領の領主だと」

 

 しかしウラウは曖昧な言葉を放つのみである。

 

「風が……止んだようだな……」

 

「……いつからだ?」

 

「二年ほど前から。ゼスティアでオーラバトラーの開発を始めた辺りからだな」

 

 ギーマからしてみれば苦々しいに違いない。自らの父親の醜態である。

 

「看た事がある。オーラが今までほとんどなかった場所で、不意に高濃度のオーラマシンを製造し始めると、こういう症例が出る。他の人間には?」

 

「出ていない。領主のみだ」

 

「ある意味、致命的……いや、これは隠し通さなければならない事実だろう。一国の長が既に曖昧など。だが貴様、これをオレに見せて如何にしたい? もう治らんぞ、父上殿は」

 

「わたしも諦めている。見せたいのは……」

 

 ギーマが顎をしゃくる。ミシェルが歩み出て領主の座る玉座の奥に位置する宝箱を持ち上げた。

 

「……驚いたな。領主でさえもフェイクか」

 

「これこそが、ゼスティア再興に最も必要なもの」

 

 箱を開けた途端、黒々とした光が放出される。その禍々しさに、ランラは絶句した。

 

 この世の呪いを一身に受けてもこれほどのものはあるまい、否、これはそれ以上だ。

 

 恩讐、怨嗟、憎悪、醜悪……それらの言葉では飾り立てられないほどの暗黒が箱の底に沈んでいる。

 

 箱を満たしているのは並々と注がれた黒い泥であった。

 

「この泥は?」

 

「王冠から自然と染み出たもの。触れれば死に至る」

 

 ミシェルはしかし、素手である。

 

「……なるほど。オーラ力か」

 

「コモンは、ね。これを素手で触ればたちまち死ぬ。でも地上人なら死なずに済む」

 

 ランラはギーマが自分に言わせたい言葉を発していた。

 

「この王冠のために、命を張れ、か」

 

「それさえあれば、我が方はジェム領に負ける事はない」

 

「順序の逆転だろう? これがあるから、ジェム領国は襲ってくる。ともすれば、領主が曖昧なのもこれの呪いかもな。だが、お前達はそれを分かっていてもこれを渡すわけにはいかない、と……」

 

 得心したランラが首肯すると宝箱が閉じられた。確かにこの宝の放つ暗黒の瘴気はまるで別物だ。

 

「ともすれば……貴君の戦いを終わらせられるかもしれない」

 

「……なるほどね。順当な判断だ。この呪われたとんでもねぇ、お宝があれば《ゼノバイン》とやり合えるかもな。分かった。ジェム領に味方するのはちょっと考えさせてもらう」

 

 ただし、とランラは言いつけた。

 

「あんたらの完全な味方にもなれない」

 

「そのスタンスでいい。でも、私達はもう共犯者。これを見た時点で」

 

「地上人……賢しいねぇ。よくもまぁ、後戻りの出来ない状況を作る。オレがうんと言わなければ、この呪いをオレ達に被せるか?」

 

「それも考えのうちだ」

 

 ギーマは、しかしさほど考えていないのが窺える。ここで障壁となるであろうなのは、ミシェルとトカマク。この二人の地上人の考えがまだ読めない。

 

「……承知したぜ。オレはいいさ。身分を規定しない兵士にするがいい。だが! やっぱり譲れねぇな。他の連中の身分の口利き! これだけは絶対だ!」

 

 ここで声を張り上げなくては有耶無耶にされるであろう。ギーマが何か言いたげであったが、ミシェルが制する。

 

「いいわ。どうとでも身分は与えましょう」

 

「……従おう」

 

 不承ながらに、と言った様子のギーマにランラは頷いていた。

 

 これで協定は結ばれた。否、最早共犯関係である。

 

 それほどまでに、この宝はまずい。これだけは、絶対に外に漏らしてはいけないものだ。

 

 絶対悪とでも呼ぶべき代物である。こんなものをよく、一領国風情が持ったものだ。

 

 この闇はいずれ国を覆い、戻れない場所まで叩き落すであろう。

 

 それが予測出来ても、ここでは忠言する気にはなれなかった。

 

 彼らが行く破滅の道だ。自分には関係がない。

 

「めでたいところだが、一つだけいいか?」

 

「何かしら? 《カットグラ》に関してはこちらできっちり回収作業を行わせてもらうけれど」

 

「そうじゃないさ。あの白いオーラバトラーに乗っていた地上人に関してだ」

 

 それは完全な理解の外であったのだろう。ミシェルが唖然とする。

 

「……あの子に何が……」

 

「あのままじゃ、押し負ける。鍛錬の許可を。オレにくれ」

 

 その申し出にギーマが声を荒らげる。

 

「何を言って……! 彼女は地上人だ!」

 

「だからこそ、さ。あんなナマクラ剣じゃ、いざって時に腰が引けちまう。もっとマシにさせてもらう。これもあんたらの仲間になる条件だ」

 

 どうする、という問答の眼差しをギーマとミシェルが交し合う。それを割って入ったのはトカマクであった。

 

「いいじゃないか。エムロードが強くなる。別に悪い事じゃない」

 

「トカマク。……あなたは地上人だから」

 

「だからって何だ? ギーマ、おれ達は運命共同体だ。だって言うのに、いざって言う時に矛が壊れちゃ話にならないだろ? それはランラの言う通りだ。今のままじゃ、エムロードも《ソニドリ》も一線級とはいかない」

 

「……でも鍛錬は……」

 

「何が不満だ? 言ってくれれば対応するぜ?」

 

 こちらの読めない言動に相手は必死に思索を巡らせているのだろう。逡巡を挟んで、ギーマが声にした。

 

「……いいだろう。ただし、こちらも条件だ」

 

「ギーマ、何を……」

 

「地上人は二人、だ」

 

 その条件にミシェルが噛み付く。

 

「ギーマ! アンバーはでも……」

 

「戦えない、かね? しかしそれでは困るのだよ。いざという時には、ね。このゼスティアに召喚された以上、働きはしてもらう。試算上、最も強くとも使えなければ意味がない。ランラ、貴様には二人の地上人の教官をやってもらう」

 

「……ギーマ。あんた自分がやる自信がないからって……」

 

 ミシェルの声音に何か事情があるのは窺えたが、ランラは豪快に引き受ける。

 

「一人が二人になろうと同じだ。呑もう」

 

「助かる。ミシェル。我が方としても《ガルバイン》は出したくてね。これが最も手早い」

 

 ランラはギーマとミシェルの間に歩み入った。

 

「今日はさすがに休ませてもらうぜ。《ゼノバイン》を追って不眠不休でね」

 

「ああ、いいとも。温かいベッドを用意しよう」

 

 歩み去る間際、ミシェルが口走った。

 

「……あの子達には酷よ」

 

 その言葉の意味が、今はまだ分からなかった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。