リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二話 南無転生少女

 やぁ、と甲高い声が響き、直後、その一撃が吸い込まれるように相手の胴へと叩き込まれた。

 

 ストップウォッチを片手に計測していた少女は、防具を纏った相手へと手を振る。

 

「翡翠! 今の新記録!」

 

 両者、一礼を返し歩み寄られた彼女は防具を脱いだ。額に汗の玉が浮かんでいる。

 

 新記録と言われても、イマイチ、ピンと来なかった。

 

「何の記録?」

 

「相手を倒すまで! すっごいよ! 翡翠なら今度の県大会でも一番間違いなし!」

 

「そうかなぁ……」

 

 懐疑的な眼差しを翡翠と呼ばれた少女は壁へと向けていた。「県大会まで残り一週間!」と書かれている。

 

「マネージャーを務めているあたしの目を信じてよ。翡翠なら絶対、勝てるって」

 

「でもさぁ、剣道は一人で勝つもんじゃないし……」

 

 濁し気味に翡翠は言いやって防具を一個ずつ外していく。さらしを巻いた胴着姿に、少女は感極まったように頷いた。

 

「サマになってるよ!」

 

「……どうだか」

 

 サムズアップにも翡翠は乗り気ではなかった。少女は着替える間にも言葉にする。

 

「翡翠が主将になって、もう一ヶ月でしょ? 別に誰も責めちゃいないんだから」

 

「……よく、分かんないんだよね、ボク。そりゃ、剣道は嫌いじゃないけれどさ」

 

 どうにも実感が湧かないのだと、何度言ったところでそれは自分の中の問題に過ぎない。全体を預かる主将という立場ならば、迷っている場合でもなかった。

 

「……負い目、感じてる?」

 

「だから、分かんないんだって」

 

 軽装のジャージへと着替えて、翡翠は道場へと声を投げていた。

 

「あと十分間!」

 

 全員の了承の声が返ってくる。

 

「……今のだって、主将じゃないと言えないじゃん」

 

「どうだか。だってボク、別にレギュラーじゃなくっても」

 

「駄目だよ。そんな事言ってたら他の連中からの格好のいじめの的になっちゃう」

 

 翡翠はその言葉振りに嘆息をついた。

 

「……別にいいのに」

 

 対面から教師が歩いてくる。廊下ですれ違えば、ごきげんよう、と淑女の挨拶を交わす。

 

 それがこの女学校のしきたりだった。

 

 黴臭い、古びた因習だ、と翡翠は胸中に断じる。

 

「翡翠……絶対に目ぇつけられてるよね」

 

「ボクって言うからでしょ。……それも勝手じゃん」

 

 ポケットからカエルのストラップをつけた端末を取り出す。練習の終了時刻は五時の予定であった。

 

「ねぇ、翡翠ってば。あの事件は、さ。別に翡翠のせいじゃないから、主将になるのに、何も感じなくてもいいんじゃない?」

 

「年功序列? それも古くさいからやだな、ボクは」

 

 二年生が代々幹部を務めるしきたりの剣道部では、繰上げが行われた結果になる。

 

 一年生であるのに、主将身分など。

 

「……怒った?」

 

「怒ってないよ。でもさ、心配には心配」

 

 端末でニュースサイトに繋ぐ。呼び出した記事は毎日のように観ているスクープ記事であった。

 

『行方不明のN女学校のバス、依然として発見には至らず』という記事にうんざりする。

 

「修学旅行で一斉に二年生が消えちゃうなんて、運が悪かったんだよ、きっと」

 

 記事の内容を反芻する彼女に、翡翠はため息混じりに言いやっていた。

 

「……だからって、何もなかったようには振る舞えないよ」

 

 二年生の教室がある廊下には壁一面に「続報求む」の文字と共に一人一人の生徒の写真が貼られていた。

 

 そのうちの一枚を、翡翠は目に留める。

 

 防具を纏った少女は、髪をショートボブにしていた。自分は長い髪を結い上げているので、ちょうど正反対に映る。

 

 冷たい眼差しを湛えた少女であった。

 

 名前の欄には「城嶋蒼」と書かれている。

 

 蒼の張り紙の周りにはまるで卒業写真のように無数の生徒が自分の写真を貼り付けていた。それが彼女の人望を物語っている。

 

「……死んだわけでもないのに」

 

「だから、それも分かんないじゃん」

 

 本当に死んでしまったのかもしれない。翡翠は端末を弄りつつ、廊下を歩く。後に続いた少女は友人としての声を振り向けていた。

 

「あの、さ……これは新聞部の人間じゃなくって、友達として、なんだけれど、思い詰めないほうがいいんじゃない? だって二年の誰も、一人だって見つかっていないんだよ? バスだってどこに行ったのかも分からない。誰もせいでもないんだって」

 

 その慰めは余計に辛くなるだけだ。翡翠は憔悴した声を発していた。

 

「……ありがと、琥珀。でも、多分、それだって、誰かが罰を受けなきゃいけないだって、そういう風に出来てるんだよ」

 

「……でもそれは翡翠じゃないでしょ?」

 

「……どうかな」

 

 剣道部の主将になるために仕出かしたのだ、とでも噂が立てば面倒ではある。しかし、特段気にしているわけでもない。

 

 気を揉んでいる部分があるとすれば、自分の双肩にかかっている分不相応な身分と、周囲の期待の眼差し。

 

 当然と言えば当然。エースが消えたのだ。ならば、次のエースを探すのは道理に叶っている。その白羽の矢が自分に向けられただけの偶然。

 

 しかし翡翠はその偶然を恨んでいた。誰かからいわれのないバッシングを受けるのも疲れるのならば、主将の座なんて狙ってもいなかったのに、妙な噂話の中心になるのもうんざりであった。

 

「そりゃ、分かるよ。うちの学校の剣道部、強いもん。翡翠が嫌になるのは、ね。でもさ、蒼先輩がどうなったのか、翡翠は全く気にならないの? だって仲良かったじゃん」

 

 ――君の太刀が欲しいんだ。

 

 不意に脳裏を過ぎった言葉を、翡翠は無視する。その時、差し伸べられた手のビジョンにも。

 

「……それも、どうかな」

 

「分かんないなー。嫌だって言うんなら、辞めちゃえばいい話でしょ? 剣道部にこだわらなくたって、翡翠、運動神経いいし」

 

 そう容易く切り捨てられる問題でもない。無理やり自分が辞めれば、それこそ恨みつらみをぶつけられて学校に居辛くなるだけだ。

 

「……ここじゃない場所に行きたいな」

 

 窓に手をついて空を見やる。一面に広がる青空が憎々しいほどの晴天で、翡翠は顔を背けた。

 

「あたしは、さ。マスコミ志望だからどーとでもなるよ? でも翡翠って何でも出来ちゃうから、何にでもなれるじゃん」

 

「何にでも、か……」

 

 それが結局何かに結びつくとは到底考えられなかった。

 

 道場に戻る気にはなれずに、翡翠は一度、教室へと向かう。自分が入った途端、空気が張り詰めたのが窺えた。

 

「あー、はいはい。なに? そういう相談?」

 

 琥珀が茶化すが、彼女らは気にも留めない。

 

「……狭山さん。あなた、分かっていて?」

 

 前に歩み出た女生徒に翡翠は苛立ちをぶつけた。

 

「……何が」

 

「城嶋先輩よ。剣道部のみんなが噂しているわ。ひょっとして、バスをどうにかしたのはあなたなんじゃないかって」

 

「ちょっと! 言っていい事と悪い事くらい……!」

 

「いいよ、琥珀」

 

 制した翡翠は女生徒を睨みつけた。たじろいだ様子の相手は畳み掛ける。

 

「主将の身分は心地いいでしょうに!」

 

「どうだか。本当に心地いいと思うのなら、なってみれば?」

 

 挑発に女生徒は歩み寄って襟元を掴んだ。

 

「あなた……!」

 

「翡翠! 喧嘩なんて……!」

 

「ああ、一番に旨味なんて……ない!」

 

 手首をひねり上げると女生徒が悲鳴を上げる。

 

「誰か! 誰かこいつを……!」

 

 色めき立った教室に、翡翠は一瞥を投げる。

 

「始末しろって? やれば? やりたければ、教師にでもチクればいい」

 

 周囲がざわめく。琥珀が相手の女生徒に囁きかけた。

 

「……ほら。こんなところで目立つと、あんたに注目が行っちゃうよ?」

 

 その言葉で相手は引き下がる。翡翠は女生徒を突き飛ばしていた。

 

「乱暴なのね!」

 

 言い捨てた相手に、翡翠はジャージを脱いで制服へと着替える。

 

「まぁまぁ。仲良くやろうよ。せっかく、さ。世間は同情してくれてるんだよ? マスコミでは連日、謎の集団失踪事件の渦中ってね」

 

「それは……狭山さん、あなたが注目を浴びるためではなくって?」

 

「……どうやってボクがマスコミなんて操れるのさ」

 

 制服に袖を通し、スカートを履いたところで女生徒がいきり立った。

 

「悲劇の剣道部主将、立ち上げに必死の姿でも見せれば、充分に注目が行くわ!」

 

「……そんなの望んでいるって見えるの?」

 

「そうでなければ……城嶋先輩は何のために……」

 

「慕うのはいいけれどさ。お門違いだよ」

 

 鞄を手に、帰路につこうとする。琥珀が相手を言いくるめた。

 

「翡翠だけが特別ってわけじゃないし、ほら、あたし達だって充分にカメラに映れるよ?」

 

 それでも背にかかる言葉は非情そのものだった。

 

「……せいぜい、悲劇のヒロインを気取る事ね!」

 

 琥珀が充分に離れてから舌を出す。

 

「やめなよ。相手に合わせたって仕方ない」

 

「翡翠はオトナだね。そーいうところ」

 

「……馬鹿だって言われているみたいだけれど?」

 

「尊敬してる」

 

「嘘ばっかり」

 

 駐輪場に停めてある一台のバイクに翡翠は歩み寄った。琥珀へとヘルメットを手渡す。

 

 飛行機雲が彼方の空を横切っていた。

 

 蒸した夏の空気がまだ熱の燻る制服の中で汗を生じさせる。

 

「……夏じゃん」

 

「そうだね」

 

「あたし達、ずっとこのままなのかな。どこにも行けない、何にも成れないまま」

 

「どうしたの? 急に」

 

 バイクにもたれかかった琥珀は中空を見つめている。

 

「……何かに成れるって、多分一生の間で限られてるんだよ。翡翠は何かに成れそうじゃん」

 

「クラスメイトの敵? それとも、あいつの言うみたいに悲劇のヒロイン?」

 

「カッカしないでよ。一時的なものだって。だって、誰のせいでもない」

 

 そう、誰のせいでもない。蒼が消えたのも、二年生が失踪したのも誰のせいでもない。

 

 だが、誰かが責を負わなければみんなが納得する理由も作れない。

 

 翡翠はヘルメットを被って言い放っていた。

 

「敵が一人いればいいんでしょ? みんなの敵」

 

「誰かのせいに出来る間は幸せだろうって。だって、このまま一年経ったらあたし達だって二年生。もう一年経ったら受験シーズン。……ほら、思い出す暇なんてないんだよ」

 

 だから今だけは、思い出に浸れと言うのか。

 

 ――あなたにしか出来ない。

 

「……馬鹿馬鹿しい。誰にだって出来る」

 

「あたし達は何者でもないんだって。今は、マスコミもみぃーんな同情してくれる。でも、一ヶ月もすれば飽きちゃうの分かってるもん。謎なんて、この世にはもうほとんどない。端末でちょっと調べたら何でも出てくる。不思議も、謎も、分かんない事は何もない」

 

「将来も?」

 

 尋ねると、琥珀はウインクした。

 

「そっ。将来も。だから、今は楽しも? ね?」

 

「……分かんないのが琥珀には怖くないんだね」

 

「さぁね」

 

 キーを挿してアクセルを踏み込む。学校は校門からの山道を抜けた先にあり、小高い丘の上に建っていた。

 

 俗世から離れた場所に成り立つ、別世界の出来事。現実じゃないから、みんな騒げる。近くはないから、お祭りに出来る。

 

 でも近くなれば、きっと誰も騒がない。お祭りにもならない。

 

 山道に入るところでテレビクルーがワゴンを乗り付けていた。男達が煙草の煙をくゆらせている。

 

 こちらに気づいて数名がカメラを構えようとした。翡翠はわざと速度を上げて追い抜いていく。

 

 ピースした琥珀が滑稽に映った。

 

「……馬鹿みたいじゃん」

 

「本当だよ」

 

 山道を抜けるのには二十分ほどかかる。その後、潮風が強くなるのがこの街の特徴だった。

 

 山間にある学園と、港町の活気。渾然一体の空気は悪くはない景気をもたらしている。

 

 だがそれがイコール若者の覇気に繋がるかと言えばそうでもない。女学校の小娘は世間知らず、なんて言われたのも一時期の話。

 

 今の世の中、端末で全世界と繋がっている。本当に世間知らずは女学校なんかには入らないものなのだ。

 

 何も知らない純粋無垢な少女時代は、この世間では存在しない。

 

 早熟の少女達を抱えた街は闇雲に踊るだけであった。ちょっと降りれば遊び場なんて腐るほどある。

 

 海にまで行けば嫌な事の一つや二つは忘れられる。

 

 合理的に含まれた出来栄えに、大人達は満足している事だろう。

 

 自分達が若かった頃にはなかったものを、がモットーの街。海沿いに停泊している米国の戦艦が視界に入った。

 

「あっ、米軍じゃん」

 

 琥珀の声に翡翠はわざと無視する。国家戦略が変われば一番に影響を受ける街がここだと言う。

 

 そんな事は、青春の一ページにはどうだっていい出来事の一つだ。世界が滅びたって、多分自分は、端末をいじっているだろうし、隕石が落下してもその時にはSNSでつぶやいている。

 

 そういう風に、この世界は出来上がっているのだ。

 

 この国は、もう方向転換が利かないところまで来ている。自分達の世代を失敗だと断じる大人達。平気で「失われた世代」なんていう文頭を使いたがるのが上にいると思うだけで気が重くなってくる。

 

 何が失われたのだ。ただ世代間の格差が浮き彫りになっただけだ。失ったのは上の世代で、その清算をやらされているだけである。失うかどうかはこれからの話だろう。

 

「……強制的に失ったなんて、ゲームでもないのに」

 

「翡翠。ゲーセン寄ろうよ。絶対、今の気分なら出るって。ハイスコア!」

 

「……どうだか」

 

 加速度を緩めずに街へと続く林道に入りかけたところで不意に眩惑を感じた。

 

 太陽光線が屈折し、虹の位相が眼前に広がる。最初。それが体調不良のもたらすものだと誤認していたが、琥珀の声でこれが現実なのだと察知した。

 

「あれ? 太陽、あっちの方角だっけ? さっきと道、違うくない?」

 

 やはり道を間違えたのか。緩めようとしたところで、虹色の光が眼前を包み込んだ。

 

 方角が分からなくなる。どこをどう通っているのかも不明になった途端、道路が消え、バイクと共に落下したのが感じられた。

 

 どこまでも続く連綿とした虹色の空間を落ちていく。

 

 最初、事故にでも遭ったのだと思ったが、浮かんだ考えはしまった、よりも、ようやく、という実感であった。

 

 楽になれるならばこれもいいか、と落下に身を任せる。

 

 生き死にを考えずに済むだけでも儲けものだ。将来も、来週の話も、クラスメイトも、何もかも忘れられる。

 

 そう思った矢先であった。

 

 身体が重力を取り戻し、翡翠は唐突に地面へと叩きつけられた。

 

 背に走った痛みが現実だと訴えている。

 

 大方、ちょっとした眩惑で林道の端にでも落っこちたか。

 

「……琥珀、大丈夫?」

 

 面を上げた翡翠へと、輝く何かが突きつけられる。

 

 それが剣先であるのだと、実感出来たのは数秒後の事であった。

 

 相手は水色の髪を流した青年である。日本らしくない、赤茶けた服装に身を包んでいた。

 

「……地上人か。二人……召喚に応じたな」

 

 青年が剣を突きつけたまま、後ろに呼びかける。

 

 縄で縛られた女性が項垂れた状態で涙ぐんでいた。

 

「ああ……なんて事を……。オーラ・ロードを開くなんて」

 

「ジェラルミン・ジュラルミンは牢屋に入れておけ。召喚術を使ったのだ。それなりに体力を消耗しているはず」

 

 女性は衛兵に連れられて歩み去っていく。その視線がこちらを一瞥した。

 

 藍色の瞳に浮かんだ憐憫の情に、翡翠は言葉をなくす。

 

 直後、剣先が首筋に当てられた。

 

「立て。……女が二人、か。だが地上人ならば、オーラ力をそれなりに持っているはずだ。見せてみろ」

 

 何の事を言われているのだかまるで分からない。翡翠はまだ夢でも見ているのか、と頭を振ろうとして、不意に劈いた悲鳴に視線を向けた。

 

 琥珀が突然の出来事に腰を抜かしている。

 

「……何? ここ……。翡翠、変だよ……。お城だ、ここ……」

 

 その言葉でようやく、翡翠もここが城壁の中である事を窺い知った。青年は舌打ち混じりに衛兵へと命じる。

 

「小うるさい女だ。オーラ力を見せろと言っているのに。やはりオーラ・ロードを通った直後では認識が甘いようだな」

 

「小うるさいって……! 貴様こそ何だって言うんだ!」

 

 突っかかった翡翠に青年は眉を上げる。

 

「少しは喋れるじゃないか。それでオーラ力を見せれば百点なんだが、ただの女の地上人を召喚しただけならば……ジェラルミンも堕ちたものだ。オーラ・ロードを開けるのは何回でもじゃない、と、本人は言っていたがな」

 

「だからさっきからオーラだとか、ワケの分からない事を……!」

 

「翡翠……ここ、どこなの? ……怖いよ」

 

 琥珀を守るべく、じり、と後ずさる。その姿勢に青年が哄笑を上げた。

 

「これはこれは。まるで精悍なる騎士のようだ。女のクセに」

 

「女だから、何だって言うんだ!」

 

 覚えず相手の懐に潜り込もうと接近する。しかし、あまりに迂闊であった。相手は剣を持っているのだ。

 

 切り捨てられる、と判じた神経はしかし、思いのほか相手の速度が遅い事で難を逃れた。

 

 振り下ろすまでの速度がまるでスローモーションに映る。

 

 剣筋さえ見えればこちらのもの。翡翠は青年の手首を捩り上げた。

 

 驚くべき事に、相手の膂力は遥かに低い。まるで子供のように、簡単に組み伏せられてしまう。相手が痛みに顔をしかめ、剣を手離した。

 

「衛兵! 衛兵!」

 

 周囲の兵士が銃に見える武器を構える。その時には、翡翠は青年を前に突き出していた。

 

「撃てばこいつの腕を折る」

 

 その言葉振りに敵はうろたえたようであった。実際、ちょっとでも力を入れれば折れてしまいそうなほど、触れた感じの相手の関節と骨は軟い。

 

 成人男性の骨格とはまるで思えない。その感触に不可思議な感覚を抱いていると、警笛が宵闇を引き裂いた。

 

 見張り台から声が張り上げられる。

 

「敵襲! 十時の方向よりジェム領国のオーラバトラーです!」

 


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