リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十話 ブロークン・ウイング

「少佐。ここでは衛生服に着替えたほうがいい」

 

 そう助言されて、レイリィ・リムスンはようやく職務の状態に戻れた。先ほどまでから一つ事を考え過ぎている。

 

「……例の保護された」

 

 見透かされて、レイリィは、ええ、と声にしていた。

 

「妙ですよね。隔離地区は絶対に……外から入れるはずがないのに」

 

「あるいは、別であるかもしれんな。あちら側から来たか」

 

 まさか、とレイリィは口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「だってあんな場所……。穴倉です」

 

「穴倉から、いや、何もない地平からでも連中はやってくる。バイストン・ウェルの理は我々地上人にははかれない代物だからな」

 

 極秘事項の名前が飛び出した時点で、この会話は録音されたものではないのは明白。

 

 レイリィは眼前を行く上官に声を振り向けていた。

 

「では、彼……いいや、彼女もまた?」

 

「バイストン・ウェルの妖精か。今は」

 

「ターニャ医師が看てくれています。どうにも栄養状態も酷かったようで」

 

「向こう側の摂理は見えんな。相も変わらず」

 

 そう口にした上官の双肩は酷く疲弊しているようにも映った。無理もない。本国から急にこの島国へと管轄を寄越されて三年。彼はこの島国の辺境にある港町で、慣れない演説とたどたどしい日本語のスピーチのみで成り上がった。本国以上の地位をある意味では確約されている。

 

 しかしそれは、何も彼の手腕の手際のみではない。彼と本国、それにこの基地の者達は「ある秘密」を共有している。

 

 自分とて、それを知っている以上、本国での栄転は既に三十年先まで確約されているに等しい。

 

 下仕官から上級仕官に至るまで、「それ」に触れたのならば家族にさえも一生口に出せない秘密を抱え込む事になる。

 

 絶対の孤独、絶対の秘匿事項。彼らは教えを守り、三十年もの間、口を閉ざし続けた。その法則は今の世代も縛る。

 

 誰もが何も言えないまま、決定的な何かを口に出来ないまま、三十年。

 

 長かった、という感傷も口からついて出なければ、短い月日だったなどという強がりも出ない。

 

 彼らは等しく、同じだけの苦痛と沈痛に、己の身を浸し続けてきたのだ。

 

「向こうの御伽噺を知っているかね? 我々は元々、バイストン・ウェルで生まれ、その記憶を消されて、この世に生を受けた、という。二重の生誕だ。神でさえも恐れぬ異教徒の教えだよ」

 

 この地上で二度も生まれたのは後にも先にも一人だけのはずだ。そう信じて、レイリィは首から提げたロザリオを握り締めていた。

 

「まだそんなものを持っているのか。この基地で信仰は廃れたのだと思ったがね」

 

 上官の笑い声にレイリィはフッと笑みを浮かべる。

 

「廃れそうだからこそ、です。教えには縋りたい」

 

「真っ当な理由だ。開くぞ」

 

 隔離地区への扉に、レイリィは緊急用のマスクを着用していた。防護服に袖を通し、全ての安全装置を確認してから、首肯する。

 

 扉の向こうは絶対の闇であった。上官が片手を上げると、静脈認証が照合され、照明が長い廊下を照らし出した。

 

 檻が設置されており、中でひしめく怪物達をレイリィは横目に観察する。

 

 馬に似た非常に温厚な生物から、人の身の丈の三倍ほどはある異形の怪物まで様々だ。まるでここは怪物達の楽園。バイストン・ウェルの土が持ち込まれ、彼らの苗床になっている。

 

「バイストン・ウェルとこの場所は、縁あるようでね。何かの兆しに、結ばれた、と言ってもいい。道標……専門用語で言うのならばオーラ・ロード、か。謎の怪奇現象により、この港町の一区画は厳しく制限されている。我が米海軍によって」

 

「現れ続ける怪生物達……向こう側の生き物ですか」

 

「向こうの摂理が読めんと言ったのはこれもある。こっちでは二日と生きないものもあれば、二十年ほどずっと状態の変わらない生物もいる。少佐、子供が現れた、と言っていたな?」

 

「ええ。まだ男か女かも」

 

「これから見せるものに、嫌悪は示さないで欲しい」

 

「……どういう」

 

「来たぞ」

 

 眼前にした扉は今までの比ではない。隔壁に等しい重々しい門前に、レイリィは自ずと威圧されているのが窺えた。

 

「……厳重が」

 

「過ぎるかね? 見れば分かる。これでも譲歩しているほうだよ」

 

 上官の静脈と虹彩認証、さらに声紋認証が施された扉が重い音を立てて開いていく。

 

 中は廊下よりもなお濃い暗闇が支配していた。しかしレイリィはすぐには踏み込めないほどの威圧感が支配しているのを予見する。

 

「……少佐、何が見える?」

 

「これは……」

 

 暗がりの中に確固として存在する違和感。凝固したかのようにその場所に縫い止められたそれに、絶句するしかない。

 

「灰色の、これは生物じゃ……」

 

「察しがいいな。シークレットレポートナンバー、0013と該当した」

 

「まさか! オーラバトラー……ですか」

 

 覚えず声を荒らげたこちらに上官が目線を寄越す。しまった、とレイリィは目礼した。

 

「すいません……、資料でしか」

 

「その通りだろうな。これを実際に目にしたものでまともでいられた人間はいないよ。記録上ではね。三十年間の米軍でも、これの存在は秘匿され続けていた。現状の科学技術を大きく上回る大発見。あるいはコロンブスの卵か。これは我が地上界にはあり得るべくはずもない、異形だ」

 

 上官が指を鳴らすと重々しい音と共に投光機の光が機体に当てられる。灰色の機体は禍々しく尖っていた。

 

 各部には生物の意匠を色濃く引き継いだ部位がある。報告書通り、否、それ以上の「本物」にレイリィはただた感嘆する。

 

「……噂話では」

 

「フェアリーテイルで済めば、米海軍の精鋭をこんな島国のジャップ共に晒すかね? 我々は真面目に、これを解読する使命に駆られている。至極真っ当な意見として、狂っている、というのは受け取ろう。感想としては当たり前だ」

 

 灰色の機体に上官が触れる。その時、オーラバトラーがにわかに動き出した。

 

「お下がりください!」

 

「いい。パイロットがまだ中にいるんだ。措置を」

 

 その一言で電撃が内部へと流し込まれた。内側から劈いたのは少女の悲鳴だ。

 

 まさか、と息を呑んでいる間に、オーラバトラーの胸部が下がり、下腹部の結晶体からほとんど裸体に等しい少女が姿を現した。

 

 闇夜に近い灰色の髪に、赤い眼をしている。灰色のオーラバトラーに乗っていたとは思えないほどに華奢であった。

 

 彼女の身体に張り付いているのはまるで粘膜のような薄いスーツであった。それがさながら神経接続されているかのように、オーラバトラーと繋がっている。

 

「見たまえ。これがバイストン・ウェルの」

 

 おお、と感嘆の息を漏らす上官に、レイリィは先回りして首を横に振っていた。

 

「……まず安全を」

 

「そうだな。そうであった。急いてしまった。だが、安全だよ。まさか我が米軍が、オーラバトラーという鏡面の脅威に対して、何もこの三十年、してこなかったと思っているのかね? 既に相手の弱点は知り尽くしている。この地上界ではオーラと呼ばれる力は増幅され、そのマシンが生み出す兵力は核に匹敵する」

 

「……であれば余計に」

 

「まぁ、待て。それは過去の話だ。現状、この少女に核相当の力があるとでも? ……もう一つ。バイストン・ウェルのコモン人と呼ばれる原住民は地上界では長く生きられない。その力は極めて制限される。オーラバトラーが真価を発揮するというのに、まるで逆の現象が起こるんだ。興味深くはないかね?」

 

「……危険を取り払ってからでも」

 

「そうだな。君の言う事はもっともだ。特別班」

 

 上官が呼びつけるだけで、特殊武装服に身を包んだ別働隊が少女を回収する。皮膚の焼ける独特の臭いにレイリィは防護服の下で顔をしかめた。

 

 今の電撃はコモン人たる相手を生かすつもりのものではなかった。

 

 担架で移送される少女を横目に、レイリィは灰色のオーラバトラーへと魅了されたように歩み寄る上官を視界に入れていた。

 

「危険です」

 

「オーラバトラー研究は君達仕官の与り知らぬところで進んでいたのだよ。パイロットのいないオーラバトラーに危険はない。それはもう分かり切っている」

 

「……あの少女は?」

 

「解剖でもするか。あるいは本国の研究機関に送られるか。三十年前……一匹の妖精……ミ・フェラリオが伝えた情報が確かならばそれほど無碍には扱われないはずだ」

 

 上官は灰色のオーラバトラーが握り締めている材木に注視していた。ただの材木だ。それ以外の何にも見えない。

 

「……説明を願えますか? 子供と、これは関係があるので?」

 

「少佐。ミ・フェラリオが我々に伝えたのは、何もバイストン・ウェルの戦いだけではない。あの場所の叡智も、だ。これを」

 

 差し出されたデータカードをレイリィは防護服に読み込ませる。服装の内側で画面が展開した。

 

 金髪の眼だけは妙に炯々とした男が茶色いオーラバトラーを解剖している映像であった。

 

「ショット、と名乗る男だ。バイストン・ウェルに産業革命レベルの代物を持ち込んだ」

 

「……ロボット工学の」

 

「ああ、権威だよ。本来、彼は本国に永遠に名を刻まれる……そのはずであった。真っ当な道を歩んでいたのならば、ね」

 

「バイストン・ウェルに魅入られた」

 

 見透かした先を上官はやんわりと否定する。

 

「呼ばれた、と、彼の弁を借りれば。バイストン・ウェル側から、地上人を呼ぶ事は儘あるらしい。もっとも、それは禁忌として長く恐れられていたが。ミ・フェラリオの伝えた伝承にはこうある。強いオーラ力を持つ人間、それを聖戦士と呼ぶ、と」

 

 聖戦士、とレイリィは口中で繰り返した。

 

「マユツバな」

 

「そう思うのも無理からぬ事だろう。しかし、現実問題として三十年前、何が起こった? 核爆弾に相当する能力を秘めたオーラバトラーが世界を飛び回り、米軍の在り方を変えた。あの革新的な技術が持ち込まれなければ、日本はまだ併合を拒む頑なな国家に成り果てていた事だろう」

 

「オーラバトラーによる防衛義務の設立」

 

 自分が生まれるより前の出来事だ。日米の首相が手を繋ぎ、その文書にサインしている写真が教科書に載っていた事を思い返す。

 

「あれはただの張りぼてではないのだ。きっちり意味があって設立された。ゆえに、我らはこうして日本の港町に基地まで設立している。……誰が好き好んでこのジャップ臭い土地に根ざすものか。全ては、このような時のためにあった」

 

 上官の胸元で輝く勲章に、レイリィは面を伏せる。

 

 それは「対バイストン・ウェル特務分隊」の証であった。表向きには軍の精鋭部隊への移転を意味するこの勲章は、裏ではあのマユツバ部署への赤紙として米軍内では笑い話になっている。

 

 まさか、この屈辱の証が意味を成すなど、思いもしない。

 

「少佐。君はこれより、百時間の調査任務に属する事になる。命令だ」

 

 そう言われてしまえば、軍属は従うしかない。ただ、とレイリィは声を絞っていた。

 

「ただ、何かな?」

 

「あの子供……何か、このオーラバトラーの付随物としてではないのと思うのです。あの子の面倒をターニャ医師だけには任せられません」

 

「意地、かね?」

 

「いいえ。責務です」

 

「よかろう。その子供の継続観察を義務付ける」

 

 これも命令か。そう胸中に結んだレイリィは灰色のオーラバトラーを睨んだ。

 

 渦中のオーラバトラーは今、まるで眠っているかのように沈黙するのみであった。

 

 

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