リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十一話 白光剣閃

 極秘裏に進軍するのに、あまりに巨大な《マイタケ》では支障を来たす、と途中で前を行く《ドラムロ》が進言した。

 

 グランはその言葉に鼻を鳴らす。

 

「蹴散らしてしまえばいいのではないか」

 

『いえ、グラン中佐。連中も地上人を召喚しております。ここは中佐には殿をお願いしたく……』

 

 それがどれほどまでの侮蔑なのか、分かっていないわけではないだろう。《マイタケ》の巨大な爪が地表を引っ掻いた。

 

 腕だけで通常オーラバトラーと同等の《マイタケ》は彼らにとっても脅威のはず。それでも《ドラムロ》に収まった兵士は譲らない。

 

『……どうか、鎮まりください』

 

「儂に! 前線で死んでいく兵士達の、その尻拭いをしろと言うのか!」

 

『お間違いなきよう! 我々はジェム領国のため、大義ある戦いを望んでおります! 何も知らぬ地上人とは……』

 

「わけが違う、か。話は分かる。飲み込めない事もない」

 

『では……』

 

「だが、ならば勝てるのだろうな? 勝つ見込みは確かにあるのだろうな?」

 

 自分が前に出るのを渋ったせいで誰かが死ぬのは見たくない。ならば自分さえ矢面に立てばいい話なのだ。

 

 絶句した兵士は搾り出すように口にしていた。

 

『……勝てる、などという生易しい言葉では集約出来ません。これはそのような戦いならば既に決しているはずなのです』

 

「分かった風な口を利く」

 

『ゆえにこそ! ゆえにこそ、お頼み申し上げます! 中佐! 我々は中佐を慕っておりますゆえ、並大抵のオーラバトラーや兵士など、それは児戯の延長! 戦場で遊べば死に急ぎます。我々は道を作っているのです。勝利へのただただまい進する道標として……!』

 

 何とぞ、と繰り返される。まさか前線の兵がここまで考えているとは、グランも想定外であった。

 

 彼らは騎士団に気圧され、ただ敗北を噛み締めるだけの存在だと思っていただけに、グランは頭を振る。

 

「違う……違うのだ。軽んじていたのは儂も同じ……」

 

『それ以上は、口になさらないでください、中佐。我々は勝ちをもぎ取りましょう。必ずや勝利の美酒を! 我らがグラン中佐に!』

 

 然り、然りと響く声にグランは感極まりそうになってしまった。彼らは自分より遥か先の戦いを見ている。むしろ、足元をすくわれかけていたのは自分かもしれなかったほどだ。

 

「……感謝する。貴君らの行いに、感謝を!」

 

『まだ、お早い言葉です、それは。戦果を! その手に戦果という確固としたものを! 我々と共に!』

 

「任せよう」

 

《ドラムロ》が森林を突っ切っていく。その後ろ姿に、グランは静かな敬礼を送っていた。

 

「……頼むところは少ないが、せめて一人でも無事に」

 

 帰ってくれれば、と言いかけてそれは将の言葉ではないな、と苦笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち込みが鮮やかになっているのは目に見えて感じられる。

 

 ただし、それは打ち込みの話。斬り込み、に関しては一度として成功していない事を、エムロードは何度目かの打ち込みで実感する。

 

「……あいつ、強いよ」

 

 耳元で弾けたティマの言葉にエムロードは首肯していた。肩で息をしながら、敵を見据える。

 

「うん、強い……」

 

『どうした? もっと打って来い。斬るにはほど遠く、撫でるような剣筋ではいつまで経っても首は刎ねられんぞ』

 

 その挑発に、一機のオーラバトラーが跳ね上がった。紫色の矮躯を持つオーラバトラー――《ガルバイン》は細い剣を手にしている。

 

 西洋剣に近い佇まいの剣筋を、《カットグラ》に乗り込んだ相手は軽くかわし、カウンターの拳を《ガルバイン》の腹腔へと叩き込んだ。

 

 まさか拳が来るなど想定外もいいところ。

 

《ガルバイン》が吹き飛ばされ、草原へと叩きつけられた。

 

「大丈夫? アンバー!」

 

『大、丈夫……。でも、ちょっと休憩……』

 

『戦士に、息をつく暇などあるとでも?』

 

 無情な言葉と共に《カットグラ》が踏み込んできた。その手に握られた剣が《ガルバイン》の頭部を割らんと迫って、太刀筋に自機を入り込ませた。

 

《ソニドリ》の剣が火花を散らして打ち合う。

 

「不意打ちなんて……!」

 

『勘違いだな。分かっていて、相手の前で膝をつくなどという醜態を犯すな。膝を折るのは死ぬ時だけだ。オーラバトラーなんだろう』

 

 剣で弾き返して、距離を取ったが、遥かに性能で劣るはずの《カットグラ》が飛翔し、威力を相殺する。

 

「剣の圧力が半端ない! ……神経が通っているから余計に」

 

 エムロードは一体化した結晶剣の感触に忌々しげな言葉を吐く。《ソニドリ》の武装特性上、神経が通い、数倍のオーラ適性を生む代わりにダメージフィードバックは避けられない。

 

《カットグラ》は剣筋を舞い遊ばせ、風圧で巻き上がった草花を微塵に斬りさばいた。

 

『出来なければやられるだけだ』

 

「出来なければ……やられるだけ……」

 

『それが真理だろう。お前達は何のためにここに来た? オレに勝ち、ジェム領国の連中に打ち克つためだ。心の弱さも含めて、な』

 

「弱さ……、勝つ……」

 

 脳裏に蒼の姿が浮かび上がったが、今はそのビジョンでさえも次への一手の布石に変えてみせる。

 

 雄叫びを上げたエムロードは《ソニドリ》に握らせた剣へと両手を添える。

 

 オーラが膨れ上がり、可視化されるほどにまで具現化した。

 

『……そうだ。打って来い』

 

「打つ……いいや――討つ!」

 

《ソニドリ》の主翼が開き、オーラ・コンバーターに熱が通る。噴出したオーラの推進剤を棚引かせ、加速度を得た《ソニドリ》が《カットグラ》へと飛びかかった。

 

 呼気一閃、相手を叩き割ろうとした一撃は軽く体重移動しただけで回避される。

 

「織り込み済み!」

 

 ステップを踏ませ、《ソニドリ》は回り込んだ。《カットグラ》に純粋に勝っているのはその機動力のはず。

 

 ならば、最大限に活かすまで。

 

 射程へと踏み込んだ《ソニドリ》に《カットグラ》が僅かに遅れを取ったのが伝わってくる。

 

 振るい上げた一撃には必殺の勢いを伴わせた。

 

 しかし、瞬時に身体を飛び退らせたのは習い性の神経。

 

 肌を粟立たせるプレッシャーに《ソニドリ》は、咄嗟に踏み込んだ足の重心を変えた。

 

 直後、《カットグラ》が袖口に仕込んでいた短刀がせり出し、《ソニドリ》が先ほどまでいた空間を掻っ切る。

 

 踏み込みが深ければ首を取られていた――。

 

 その予感にエムロードは距離を取って硬直する。

 

『どうした。打って来ないのか? ならば……こちらから行く!』

 

《カットグラ》から放たれるオーラの凄まじいプレッシャーに《ソニドリ》が遅れを取る。竦み上がった足腰に熱を通そうとした時には既に相手は射線に入っていた。

 

「オーラショットを!」

 

「駄目だ、この距離じゃ!」

 

 火器を手に取るまでの時間もない。《カットグラ》の刃が入りかけたその時、オーラの風圧が操縦席のエムロードの髪をなびかせる。

 

 横合いから割って入った《ガルバイン》が瞬間的に《カットグラ》の横腹へと刃を突き立てようとしていた。

 

《カットグラ》は咄嗟に悟って後退したものの、完全に攻撃は打ち消せなかったらしい。操縦席を擁する結晶体に亀裂が走っている。

 

「あれは……アンバーのオーラ力……」

 

 本当に自分より上なのだ。実感に、エムロードはその機体の背中を見つめていた。

 

 ――琥珀。いっつもボクの後ろにいたのに。

 

 それなのに今は前にいてくれる。これほど頼もしい事があっただろうか。

 

 エムロードは再び剣に神経を通す。《カットグラ》が構えを取り直した。

 

『……少しばかりは見れるようになったか。いいとも。一撃、だ。それでケリがつく』

 

『一撃……』

 

「一撃……」

 

 ティマの声にエムロードは腹腔から声を発する。

 

「一撃!」

 

《ソニドリ》が草原を疾走する。その勢いは今までの比ではない。当然だ。一撃に賭ける剣圧。流れではない、真の剣士に必要なのは、一撃に賭ける死狂い。

 

《ソニドリ》が応じ、ゴーグルの下の眼窩が輝いたのが伝わった。《ソニドリ》が自分に手を貸してくれている。

 

 それだけでも今までとは違う。慣らすのではない、自分自身が《ソニドリ》と一体化する。

 

 突きつけた剣に対して《カットグラ》も本物の剣筋で返そうとしているのが見て取れた。

 

 どのように剣が来ようとも、今はただ一閃のみを信じて。その一振りに、何もかもを託す。

 

 力が奔流となって駆け抜け、敵を討つ、かに思われた、その時であった。

 

 プレッシャーの波を感じ取ったのは恐らく三人とも。

 

 それを遠くから眺めていたトカマクの声が響き渡る。

 

『敵襲だ! 訓練なんて止めちまえって!』

 

 遥か遠く、城壁へと炎の榴弾が放たれたのが視界に入った。否、これはただの五感ではない。

 

 飛び越えた視野は城壁で応戦する兵士の汗の一滴まで感じ取れる。

 

「この感覚……」

 

『邪魔が入った。二機とも。露払いだ。出来るな?』

 

 有無を言わせぬ声に今までならば逡巡が勝っていただろう。だが、今の昂揚感ならば、という意志が勝った。

 

「……行こう!」

 

『うん! 翡翠!』

 

《ソニドリ》と《ガルバイン》が地表を蹴りつけて一気に城壁まで距離を詰める。オーラ・コンバーターが開き、翅が高速振動した。

 

 超加速に入った《ソニドリ》が瞬時に敵影を捉える。

 

 剣を仕舞い、オーラショットへと持ち替えた。照準器が視野と同期する。

 

「当たれぇーっ!」

 

 引き金を絞った刹那、弾頭が赤い装甲を照り輝かせる《ドラムロ》の横腹を吹き飛ばした。

 

 無様に転がる《ドラムロ》はほとんど射程外からの攻撃にうろたえているようだ。

 

『あんなに遠くから……!』

 

 オーラショットを構えた形の《ソニドリ》が次なる獲物を狙おうとする。《ドラムロ》の部隊が三々五々に散った。

 

「アンバー!」

 

『分かってる! 逃がすわけ、ないでしょ!』

 

 細くしなった剣が《ドラムロ》の足を取った。横転した《ドラムロ》へと急上昇した《ガルバイン》が狙いをつける。

 

 放射された散弾が《ドラムロ》の装甲を叩いた。

 

『こけおどし……』

 

 直後、散弾が膨れ上がり、爆発の光を棚引かせる。

 

『ショットガンにオーラを貯め込んだ! 名付けてオーラショットガン!』

 

「アンバー、それじゃ《ソニドリ》の武装と被っちゃう」

 

 呆れたティマの声にアンバーは応じる。

 

『こう名乗れって、ミシェルが』

 

『私のせいにしないでちょうだい』

 

 城壁から飛び出した《ブッポウソウ》が《ドラムロ》を足の爪で追い込んだ。引き剥がした装甲へと銃弾が撃ち込まれる。

 

「ギーマは?」

 

『あいつはちょっと野暮用。私達だけでも充分でしょう。相手は前みたいに地上人の部隊ってわけでもなさそうだし』

 

《ブッポウソウ》が降下してくる。《ガルバイン》が並び、《ソニドリ》が追いついた。

 

 三機の地上人のオーラバトラーに相手も気圧されている様子だ。

 

『来るのならば来なさい! こちとら、ただ闇雲にっ!』

 

 駆け抜けた《ブッポウソウ》に《ドラムロ》が銃撃するも、それらは全て空を裂いていくばかり。

 

《ブッポウソウ》の機動力のためだけではない。相手がこちらのオーラに怯んでいる。

 

 今が好機であった。

 

《ガルバイン》に収まっているアンバーが知覚される。拡大化したオーラ力が、機体越しでも相手の状態を伝えさせた。

 

「行こう! 《ソニドリ》!」

 

『《ガルバイン》!』

 

 二機の眼光が敵機を睨む。《ガルバイン》が敵の懐に入り、滑るように剣筋を見舞った。胴体を割られた敵機がうろたえている最中に、《ソニドリ》が割って入る。

 

「邪魔を、するなぁっ!」

 

 神経の伝ったオーラショットが敵の頭部を射抜いていく。《ドラムロ》部隊は明らかな力負けを感じつつも退く気配はない。

 

『撤退しないわね』

 

『それなら、あたし達だって!』

 

「ああ、徹底抗戦だ!」

 

 接近した《ドラムロ》が銃器を向けようとする。それを蹴りでいなし、眼前に銃口を突きつけた。

 

 オーラショットの火器が《ドラムロ》の寸胴な機体を射抜く。

 

 さらに、背後より迫った機影へと《ソニドリ》は剣筋を浴びせていた。

 

 こちらには死角はない。今ならばどこから攻められても対抗出来る気がしていた。

 

「オーラの流れが見える。今なら……誰にだって勝てる!」

 

《ドラムロ》が接近兵装へと持ち替える。その手首を《ガルバイン》が小型の背丈を活かして蹴り上げる。懐に入った《ガルバイン》が剣を軋らせ、相手の胴を割っていた。

 

『今ならっ! どんなのが来たって!』

 

《ブッポウソウ》が火器を見舞い、《ドラムロ》を退けていく。その立ち振る舞いにも迷いはない。まるでこちらのオーラの干渉を受けたかのように、ミシェルも平時より研ぎ澄まされている。

 

『……すごいわね。二人のオーラ力。私まで、昂って……』

 

《ソニドリ》が最後の一機へと接近する。浴びせられる重火器の雨を掻い潜り、《ソニドリ》は跳躍した。

 

 大上段に剣が振り上げられる。

 

「これが、ボク達の! オーラバトラーだ!」

 

 覚悟の一閃が《ドラムロ》を打ち破ろうとした。

 

 刹那、冷水を浴びせられたかのような声が響く。

 

『――そうか。それが地上人のオーラ力か』

 

 ハッと《ソニドリ》を回避機動に移らせた時には、既に巨岩の腕が大写しになっていた。

 

 黒い爪に鷲掴みにされ、《ソニドリ》が身悶えする。

 

「お前は……!」

 

『まさかこんな短い間に、またしても邂逅するとはな。白いオーラバトラー……!』

 

 忌々しげな男の声に、森林から這い出てきたのは山のような巨体であった。全身が岩石で構築されているかのような頑強さ。他のオーラバトラーとはまるで設計思想から違って見える。

 

《ブッポウソウ》が火気を放つが、それでも装甲を叩くばかりで無為な攻撃になっているのが窺えた。

 

『なんて事……、これが……』

 

『そうだ。これが我がオーラバトラー! 《マイタケ》だ!』

 

《マイタケ》と名乗ったオーラバトラーから湧き出たのは紫色のオーラであった。禍々しい憎しみのオーラである。

 

『……このオーラ……』

 

「エムロード! やっぱりそうだ。勘違いじゃなかった……。こいつ、コモンだ!」

 

 エムロードもオーラの流れで察知する。地上人のオーラではない。だが、あまりにも他のコモン人とは桁違いの出力だ。

 

「……ただのコモン人じゃないな」

 

『勝てば教えてくれよう。負ければ……鍋の具材よ!』

 

「冗談! おあつらえ向きなのはそっちでしょうに!」

 

 強気なティマの声に背中を押されたようにエムロードも叫ぶ。

 

「鍋になるのは、そっちだ!」

 

『冗談を吐けるのも今のうちだな! 《マイタケ》の拘束は! 簡単には解けぬ!』

 

 黒い鉤爪が機体を軋ませる。確かにパワーでは相当なもの。このままでは押し潰されるだろう。

 

 だが、不思議と恐怖はない。

 

 何故なら……。

 

「今のボクは、一人じゃない!」

 

《ガルバイン》が飛翔し、太陽を背にオーラ・コンバーターよりオーラを散布する。《マイタケ》の視界が一瞬、眩惑されたようであった。

 

 その期に乗じて《ブッポウソウ》が重火器で火線を見舞う。頭部へと向けられた一斉射を退ける前に、《ガルバイン》の刃が岩石の多面装甲へと入った。

 

『どれだけ堅牢って言っても!』

 

『刃さえ通ればいい!』

 

《ブッポウソウ》が飛翔し、《ガルバイン》の穿った装甲へと援護を見舞う。

 

『させるものか!』

 

《マイタケ》の巨大な腕が《ブッポウソウ》を叩き落した。

 

「ミシェル!」

 

 こちらの声にミシェルは疲弊した声で応じる。

 

『トチったわね……。でもこれで……』

 

『装甲は、一枚剥がした!』

 

《ガルバイン》の刃に纏い付かせたオーラが顕現し、入った継ぎ目から装甲を舞い上がらせる。

 

『《マイタケ》の装甲をぉ……!』

 

「隙が見えたよ! エムロード!」

 

 ティマの声に衝き動かされ、エムロードは結晶剣を両手で握り締める。オーラを内側で燻らせるイメージから一気に額で発露させる状態へと変位させる。

 

《ソニドリ》の緑色の結晶体の部位が光り輝いた。

 

『何という光……』

 

「オーラの力……その目に刻めぇっ!」

 

《マイタケ》の頑強な爪による拘束を《ソニドリ》がその膂力で押し返す。《マイタケ》はもう一方の手を振るい上げた。

 

『ならば! 両手で押し潰してくれるわ!』

 

「それ……でもっ!」

 

 突き上げた手にはオーラショットが握られている。その銃口が迫り来る《マイタケ》の腕を狙い澄ました。

 

 二連装の銃口から弾頭が回転を帯びながら発射され、《マイタケ》の腕へと突き刺さる。火薬が炸裂しその爪へとダメージを与えた。

 

 拘束が緩み、その隙をついて《ソニドリ》が飛翔する。《マイタケ》が岩石の頭部を仰ぎ、モノアイ型の眼窩をぎらつかせる。

 

『白いオーラバトラー!』

 

「《ソニドリ》だァッ!」

 

 オーラショットが《マイタケ》の頭部を打ち据える。巨岩の装甲が焼け爛れたようになった。直後、装甲が裏返り、内側に込めたミサイル群が《ソニドリ》を照準する。

 

『喰らえぃっ!』

 

 ミサイルの一斉掃射を《ソニドリ》は急速後退して回避する。追尾性能を持つミサイルを《ソニドリ》のオーラショットが撃ち抜き、爆ぜた噴煙を引き裂いて剣で斬り払っていた。

 

 宝石の輝きを帯びた剣筋がミサイルを叩き落していく。

 

《マイタケ》はミサイルを放った反動か、装甲が裏返ったままだ。

 

 今ならば決定打を与えられる。そう確信した《ソニドリ》が敵機へと立ち向かう。

 

《マイタケ》の腕が《ソニドリ》を掴み取ろうとして、その爪先を太刀筋が破った。

 

 神経の通った剣が今までの比ではない威力を発揮する。《マイタケ》の爪が崩れ、惑った途端には《ソニドリ》が眼前に浮遊していた。

 

『白いオーラバトラーがァッ!』

 

「行っけー! 《ソニドリ》の一撃!」

 

 ティマの声にエムロードは雄叫びを上げる。

 

 オーラを纏った刃が緑色の螺旋を描き、剣に纏いついた。剣のレンジを二倍にも三倍にも膨れ上がらせる。

 

 それは摂理を超えた剣。オーラを纏い、何もかもを断つ苛烈なる剣閃――。

 

「オーラ斬りだ!」

 

 正眼の構えからの真っ直ぐな打ち下ろし。その一閃が《マイタケ》の頭部をかち割っていた。

 

 多面装甲に守られた《マイタケ》の機体が軋みを上げ、オーラの重圧に押し負ける。オーラの放出量が凄まじいためか、開いていた装甲が吹き飛び、敵機は機体各所から粉塵と炎を上げた。

 

《マイタケ》の巨躯がよろめき、直後には仰向けに倒れる。

 

 その光景に誰もが絶句していた。

 

 敵兵も、こちらの兵士も。まさか小さな《ソニドリ》のようなオーラバトラーが重量級の《マイタケ》を一撃で戦闘不能にするとは思いもしなかったのだろう。

 

 打ち下ろした姿勢のまま、《ソニドリ》に収まるエムロードは肩で息をしていた。

 

 今の瞬間、自分の中から衝き動かす声に従い、出た技の名前。その名前を、今一度反芻する。

 

「オーラ……斬り……、今のが……」

 

 その時、《マイタケ》の胸部から圧縮空気が放射され、コックピット部が開け放たれた。

 

 中から現れたのは屈強な軍人である。浅黒い肌の男が鍛え上げられた身体を晒し、中空の《ソニドリ》を睨んだ。

 

『おのれ、儂の《マイタケ》を倒すとは……やるではないか』

 

「うわぁ……予想以上に予想通りなのが出てきたね……」

 

 ティマの声を聞きつつミシェルに判断を仰ぐ。

 

「どうする?」

 

『拘束、でしょうね。《マイタケ》はもう動かないでしょう?』

 

《ブッポウソウ》が相手へと照準する。パイロットの軍人は大人しく両手を上げた。

 

『ゼスティアに、ここまでやれるオーラバトラーがいるとはな。否、その力、地上人ならば頷ける』

 

『いずれにせよ、こちらへと投降してもらえるのならば、これ以上の血を見ないで済むわ』

 

 その言葉に相手は鼻を鳴らす。

 

『戯れ言を。もう充分に血は見た。これ以上は互いの本意ではあるまい。……ただし、拘束の条件として部下の安全は、保障させてもらう』

 

『グラン中佐! しかしそれでは……!』

 

『口を出すな! これは儂の決定だ! ゼスティアの方も、別段悪い条件ではあるまい』

 

 敵の将を打ち取るか、末端は逃がすか。ミシェルは即座に判断を下した。

 

『……逃げなさい。まだ生き残っているジェム領の』

 

《ドラムロ》数機がまだ動けたのだろう。撤退していくその背中に、追いすがろうとは思わなかった。

 

《ソニドリ》がゆっくりと降下する。《ガルバイン》が肩に触れた。

 

『大丈夫? 翡翠』

 

「うん、ボクは別に……。それよりも、相手の。グランとか言う……」

 

 ミシェルの《ブッポウソウ》に導かれた形の相手に、アンバーは言葉を返す。

 

『オーラバトラー、《マイタケ》をたった一人で動かしていたんだよね。それには驚きかも』

 

「でもでもっ、これであたし達の優位じゃん!」

 

 ティマの言葉ぶりに浮かんだ余裕に、どうだろうか、とエムロードは警戒する。

 

 相手にはまだ見せていない奥の手くらいはありそうだ。ここでの鹵獲がまだ勝利への絶対条件ではない事を、エムロードは予感していた。

 

 


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