リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十三話 オープンユア・アイズ

 目を覚ましたイリオンはターニャの声を聞いていた。

 

「……そんな。あの子はまだ万全ではないのよ」

 

「しかし上が決定を急いている。バイストン・ウェルからの……侵略者だとでも」

 

「あの子一人で何が出来るって言うの?」

 

「分からないが……オーラ・ロードの研究は飛躍的にこの三十年で進んだ。今ならばその道筋に爆弾を置けるかもしれない」

 

「馬鹿を言わないで」

 

 ターニャは心底疲れたように言い返した。

 

 もう一方の相手は昨夜の少佐と呼ばれた男であろうか。

 

「オーラバトラーが確認された。そのパイロットは現在隔離。今、解析中だが、これを」

 

 何か書類が手渡された様子である。ターニャはそれを手に取って驚愕の声を上げた。

 

「何よ、これ……。遺伝子組成が」

 

「ああ。コモン人ではない」

 

「この感じだと……地上人に近い? でも、そんなのって」

 

「あり得ないわけではない。幼少期にバイストン・ウェルに紛れ込めば、あの土地の人間として生きる事は出来る」

 

「……でも、在り方が全く違うはずなのよ。だって言うのに、このデータじゃ……。まるでそう……混血よ。これじゃ、コモン人と地上人の……」

 

「分からないが、フェラリオとの関連も調べている。ともすれば本国のミ・フェラリオが解析に使われるかしれない」

 

「……実験番号Fの01が?」

 

「本国のお偉方からしてみればあれはアキレス腱だ。そうそうこちらへと寄越すかと言えばノーだろうが、今回の事例に照らし合わせて、何かしらが分かるとなれば重い腰も上げるだろう」

 

「……あの子は、実験体じゃないわ。不幸にも巻き込まれたのよ」

 

 ターニャの抗弁に相手は無慈悲に告げる。

 

「だがバイストン・ウェルは仮想敵国だ。現状、オーラバトラーのような大量破壊兵器を野放しにするわけにもいかない」

 

「相手が攻めてくるわけでもないのに?」

 

「三十年前にはそれが起こった。フェラリオの長が全ての戦いを地上へと投げた……あの忌むべき戦いからもう三十年だ。恐るべき速度で技術が進歩したのには、バイストン・ウェルの恩恵を無視は出来ない」

 

「でもあの子は……」

 

「起きているのか?」

 

 カーテンが捲られかけてイリオンは眠った振りを装った。

 

「まだ寝ているか」

 

「疲れているのよ。栄養状態も充分じゃないわ。バイストン・ウェルはまだ奴隷のように人間を扱うのね」

 

「こちら側からあちらを観察するのは難しい。あちら側からこちらが見えないように。……本題に移る。逃げ出した隔離地区からのものだが……」

 

「追跡中なんでしょう?」

 

「山林に入った形跡が見つけられた。あまり大部分の人間に見つけられるとまずい。これより捜査隊に入る。彼……いいや、彼女か。結局、どっちだったんだ?」

 

 ターニャはその言葉に暫時、沈黙を挟んだ。

 

「……本当に言い辛いんだけれど、どっちでもあるのよ」

 

「どっちでも?」

 

「性決定の要素がまだ多分に残されている。このような状態は胎児の時くらいしかないんだけれど、彼……いいえ彼女はまだ、どちらでもないし、どっちでもある。こちらの言葉でいえば、両性偶有ってところね」

 

「両性……、どちらでもある、か。バイストン・ウェルの、妖精らしい」

 

「言っておくけれど、あの子はフェラリオじゃないわ。ただ……コモン人のケースに当て嵌めると合致しない。レアケースと見るべきね」

 

「オーラ力は?」

 

 ターニャは頭を振ったようである。

 

「計測出来ない。専用の機器がない」

 

「……本国よりの調査隊を待つ、か」

 

「せめて心象はよくしてね。あの子は何もしていないのよ?」

 

「隔離地区に出ただけでも兵士達の間では語り草だ。全くの無罪放免ではないだろうな」

 

「……運が悪かったのよ」

 

 ため息をついたターニャに男は言いやる。

 

「バイストン・ウェルから紛れ込んだのならば、あの子も災難だ。少しばかり……運のなかった。それだけなのだろうが」

 

「レイリィ。あなたはどうしたいの?」

 

 問われて、レイリィと呼ばれた男は硬直した様子である。

 

「……わたし、か。わたしは……」

 

 その時、機械端末が音を響かせる。

 

「失礼。……何だ? 目標の再接近を確認? ……分かった、すぐに向かう。討伐隊が痕跡を見つけたらしい。マーカーは打ち込まれているから、ある程度まで距離を絞れれば」

 

「死なないでね」

 

「この程度で死んでいれば、余程死神に好かれているのだろうな」

 

 レイリィが出て行ったのを確認してから、ターニャはそっと呟いていた。

 

「……あなたはその節があるから、怖いのよ」

 

 ターニャがカーテンを開ける。まだ眠っている振りを続けていると、彼女が針を抜いて血を拭った。

 

 額にターニャが触れる。

 

 その時にようやく起きた風を装った。

 

「気分はどう? 起こしちゃったかしら。こちらでは随分と騒動が起きていてね。あなたに上の人々はかまけている様子がないのが、不幸中の幸いかも」

 

「……あの人は」

 

「少佐の事? 彼ならば大丈夫よ。ちょっとやそっとじゃ、何ともない。ここでも随分と長く滞在しているし」

 

「ここは……どこなんですか?」

 

「日本の米軍基地。……って言っても分からないか?」

 

「ニホン……ベイグン……?」

 

「分からなくって当然よ。バイストン・ウェルから来たのだものね」

 

 差し出されたのは銀紙に巻かれた棒であった。紙を捲ると、食べ物の匂いが立ち込める。

 

「レーションで申し訳ないけれど、栄養状態はあまりよくないから。食べていいのよ」

 

 言われてからイリオンはそれを齧った。一口で、バイストン・ウェルで食べていたものよりも随分と味が濃いのが分かる。貪るように食べていると、ターニャが笑った。

 

「地上のものはお気に召した?」

 

 それで、自分が恥ずかしい事をしていたのだと悟り、イリオンは赤面する。

 

「すいません……」

 

「いいのよ。お腹がすけば誰だってそうなってしまうものよ。それにしても、イリオン、って言ったかしら。あなたは自分がどういった存在なのか、説明出来る?」

 

 先ほどの会話からして、フェラリオとの関係を疑われているのだろう。その潔白だけは晴らしたかった。

 

「フェラリオじゃないです」

 

「それは、……何となくだけれど分かるわ」

 

「でも……その、コモン人とも、ちょっと違っていて」

 

 ターニャはこちらの話をじっくりと聞いている。自分の身の上を話すのは、そういえば旅団に入った時以来だと思い出した。

 

 旅団を襲ったあのオーラバトラーはどうなったのだろうか。旅団のみんなは、生きているのだろうか。

 

 鎌首をもたげた疑問に呆けているとターニャが微笑みかけた。

 

「私達はコモン人に関して、あまり詳しくはないの。三十年も前のデータを反芻するしか出来なくって」

 

「オーラが違うんです」

 

「オーラ力、ね。私達もそれは情報として持っている。でも、実際にそれをどうこう出来るかと言えば、それは違ってくる」

 

「地上人の方々は、オーラ力がずば抜けていると聞きました」

 

「それは、バイストン・ウェルに召喚された場合、よね。……そのデータもほとんど消えていてね。聖戦と呼ばれたあの戦いで残されたのは、たった一匹のミ・フェラリオの証言のみ。彼女の語った物語がでも、全てとも限らない」

 

「フェラリオが地上に?」

 

「信じられない? でも本当よ。あなたは……まだ」

 

「十五にも満たないです」

 

「それじゃ、知らないのも無理はないか。バイストン・ウェルの年月と、私達地上の月日が同じだとも思えないけれどね」

 

 ターニャはずっと質問を続けながら何かに書き付けている。染みがある一定の法則で綴られているようであった。

 

「それは……?」

 

「ペンよ。それに紙。……もしかして、バイストン・ウェルじゃ珍しい?」

 

 知識としては存在していたが旅団では用いられた事はほとんどなかった。紙も、それに書くという記述方法も、どれも高級品だ。

 

「縁がなかったから」

 

「そう……。バイストン・ウェルは今でもその……中世みたいな技術なのかしら」

 

「チュウセイ?」

 

「ああ、そうか。分からないわよね。自分達の文明レベルがどの段階か、なんて。でもオーラバトラーがあるんでしょう?」

 

「あまり、見た事はないんです」

 

 わざと灰色のオーラバトラーに関しては言わなかった。あれが本当にオーラバトラーであるのかも怪しい。

 

「オーラバトラーはバイストン・ウェルの技術を革新させた、と聞いているわ。別種の状態にまで引き上げたって」

 

「……よく、分からなくって……」

 

「まぁ、それもそうか。みんながみんな、オーラバトラーに乗っているわけでもないわよね」

 

 ターニャは先ほどから紙に記述しながら、何かを考えている様子であった。イリオンは先に口火を切る。

 

「……この後、どうなるんですか」

 

「心配よね。でも、安心して? それほど悪い待遇ではないと思うわ」

 

 嘘であろう。先ほどの会話を思い返す限り、何か都合が悪い条件に触れているのは明白だ。それが分からないほど馬鹿ではない。

 

「あの人は……何にも?」

 

「少佐は生真面目だから。あなたの待遇に一家言くらいは挟んでくれるはずよ」

 

「少佐に……会わせてもらえますか?」

 

 その質問には応じられないのだろう。ターニャが次の言葉を講じかけているところで、不意打ち気味に甲高い音が鳴り響いた。

 

「警告? どうしたの?」

 

 ターニャが部屋から出るなり、廊下を走っていた者を呼び止める。

 

「隔離施設から逃げた実験体が、基地内部へと侵攻したみたいで……! 防衛線を張っていますが……」

 

「なんて事……。あなたは! ちょっとここで待っていて!」

 

 ターニャが飛び出していく。イリオンは赤く染まった部屋の中で膝を抱いていた。

 

 自分に何が出来る? 何が、この手で掴み取れるのか?

 

 あの時、旅団の仲間が襲われた時、何も出来なかった。指の筋一つ動かせなかった。

 

 ――今はもう、あのような無力感に苛まれるのは。

 

 イリオンは自然とベッドから起き上がり、部屋を出ていた。廊下も赤い警告色に染まっている。

 

 行き交う人々の合間を縫い、イリオンは駆け抜けていた。外を目指し、闇雲に走っていく。

 

 どこをどう抜けたのかも分からない。

 

 ようやく外が見えたその時、機銃を手にした人々が寄り集まっていた。物々しい空気に、イリオンは絶句する。

 

「目標! 隔離生命体!」

 

 上がった咆哮にイリオンは目を向ける。そこにいたのは、喉元が発達した怪物であった。バイストン・ウェルではよく見かける肉食の強獣である。

 

「ガッター……? でもあんなに大きな個体は……」

 

 記憶にあるガッターは大きいとは言っても人の背丈の三倍ほど。しかし、踏み込んできたガッターの大きさはさらにその五倍はある。見上げんばかりの大きさにイリオンは呆然としていた。

 

 強獣の大きさではない。あまりの巨躯に思考が真っ白になる。

 

 ガッターが一声啼くだけで、その土地が震えた。銃声が連鎖し、ガッターへと撃ち込まれるが豆鉄砲にもならないのは見るに明らか。

 

 ガッターが足を持ち上げて踏み入ってくる。強獣の威圧に武装した人々が散っていった。

 

「撤退! 撤退に入れ! 敵性生命体を破壊出来る兵器は?」

 

「基地には現状……。あるにはあるのですが……」

 

 兵士が報告を下した部下へと促す。

 

「あるのならば言え! 被害が出る!」

 

「しかしあれは……。とてもではありませんが……」

 

「いい! 俺がそれで出る! 案内しろ!」

 

 報告した部下が他の兵士へと一瞥をくれ、その兵士を手招いた。

 

「こちらです。しかし……これは最重要機密の一つで……」

 

「つべこべ言うな! 死ぬくらいならば最重要機密の一つや二つ……!」

 

 イリオンはその背中を自然と追っていた。相手は生き延びるのに必死でこちらの追跡に気づいていない。

 

 貨物倉庫の一つの前に立ち、門前で兵士は手を翳す。

 

 何かが照合され、重々しい音を立てて鉄の門が開いていった。内側には緑のカバーがかけられた何かが位置している。

 

「これは……?」

 

「米軍の機密兵器です。これならば、あのバイストン・ウェルの怪物を殺す事は、計算上は可能でしょう」

 

「含んだような物言いだな。……何がある?」

 

 情報兵は唾を飲み下した。

 

「一度も……起動に成功していないのです」

 

 その言葉にカバーを取り払おうとしていた兵士がびくついた。

 

「一度も、か……?」

 

「ええ、一度も。それにはやはり、この機体の持つ特性が関係していて……」

 

 その時、強獣の雄叫びが響き渡った。基地内部を踏み潰し、兵隊達をことごとく蹴散らしていくガッター相手に、今は誰も冷静な判断を下せる状況ではなかった。

 

「いい! それでも構わん! 俺が乗れば……」

 

 カバーを払い、兵士が露になったその銀色の機体へと搭乗した。

 

 白銀のマシンだ。それはまるで強獣を模したかのような全容をしていた。丸まった頭部を項垂れて持ち、兵士は頭部操縦席へと収まる。頭部の大きさに比して、機体そのものは貧弱と言っていいほどの細さであり、殊に脚部は骨格が剥き出しであった。

 

 腕が折れ曲がって大きく前に垂れており、細い三つ指の爪はまるで人間とは異なる。

 

「こんなもの……どれも構造は同じだろうて!」

 

 しかし、銀色の機体は身じろぎ一つしなかった。しんと静まり返った格納庫で兵士が喚き散らす。

 

「何故だ! 何故動かん!」

 

「やはり、地上人では動かせないのでしょう。……これを動かすのには、最低オーラ適性値があまりにも……」

 

「動け! 動かんか! このポンコツが!」

 

 その時、基地を襲うガッターの視線がこちらへと向けられた。兵士は恐慌状態に駆られる。

 

「早く動かさせろ! このままでは、化け物に……」

 

「キーは渡しました! それを差せば条件さえ満たせば動くはずなのです!」

 

「だが、動かんではないか!」

 

 ガッターが歩み寄ってくる。その威容に機械に収まっていた兵士は覚えずと言った様子で操縦席から立ち上がり、機銃を掃射した。

 

 ガッターの表皮を叩くが、まるで効果的ではない。ガッターは闘争本能に火が点いたのか、一挙に格納庫まで突進した。

 

 格納庫内が激しく軋む。恐れと怯えで兵士は正常な判断を下せなくなったのだろう。

 

 銃を手に、ガッターへと果敢に攻め立てる。しかし、その威力はまるで意味を成さない。ガッターの手が兵士を掴み取る。兵士が罵声と共に銃弾を見舞うが、ガッターはその膂力で兵士を握り潰した。

 

 赤い血飛沫と、肉塊がひき潰される。

 

 情報兵は口元を押さえながら後退した。

 

 彼も今度は我が身と感じたのだろう。機体へと目線を配ったが、彼は乗ろうとはしなかった。

 

「武器……武器は意味を成さない……。これじゃ、どうやったって……」

 

 ガッターが吼え立てる。情報兵が悲鳴を上げたその時、横合いから炸薬がガッターを襲った。

 

「何をやっている! 早く逃げろ!」

 

 レイリィの声であった。彼は武装してガッターの注意を逸らす。強獣の眼光が屈強なる兵士を睨んだ。

 

「少佐……! 少佐、これに乗ってください! 少佐なら、きっと……!」

 

「機密兵器か……。だが、そんなものに頼ったところで……」

 

 その時、不意に自分とレイリィの視線が交錯する。彼は何を思ったのか、瞬時には理解出来なかったが、情報兵へと彼は声を飛ばしていた。

 

「そこにいる子供ならば! もしかすれば……!」

 

 レイリィの言葉に情報兵はようやく自分の存在に気づいたらしい。彼はハッとしてレイリィに問いかけた。

 

「バイストン・ウェルの……?」

 

「彼ならば資格はあるかもしれん! いずれにせよ、我が方ではジリ貧だ! この基地の爆撃さえも視野に入っている!」

 

「そんな! 兵はまだ戦っているんですよ!」

 

「……上はそんな事はお構いなしだろう。この怪物がもたらした被害が大きければ合理的に判断する。その前に! その子の可能性に信じたい! 乗ってくれるか!」

 

 一も二もない。情報兵は歩み寄り、イリオンの肩を掴んだ。

 

「……君は、オーラバトラーには乗れるかい?」

 

「オーラバトラー……」

 

 乗った事はない。見た事もあの一回だけだ。それでも、彼らの眼には今しかないという真剣さがあった。その気迫に覚えず頷く。

 

「……よし。だがオーラバトラーとは根本的に違うが……、それでもないよりかはマシなはず。こいつは思考回路で動かす。君が思った通りに、この機体は応えてくれるはずだ」

 

 背中を叩かれ、イリオンは機械の兵隊の頭部操縦席へと入る。

 

 思ったよりも簡素な操縦系統であった。両手を乗せる場所であろう球体があり、足を引っかけさせる部位があるだけ。

 

 他には目立ったものは何もない。操縦桿も、ましてや専門的な代物も。

 

「どうやって……どうやって動かすんです!」

 

「キーが刺さっているはずだ! それを右向きに回せ! ……適性があれば起動するはず。この――メタルトルーパー、《アグニ》は」

 

 全く聞いた事もない名称に戸惑っている間にも情況は動く。ガッターが頭部で格納庫の扉を粉砕し、こちらへと接近した。

 

 レイリィが必死に引きつけるが、それでもガッターの動きまでは抑えられないらしい。

 

 半開きの操縦席でイリオンはキーを回した。しかし、それでも、この機体は動く兆しを見せない。

 

『……無理なのか、やはり』

 

 ガッターが格納庫へと踏み入る。情報兵は銃器を手にしたが、それでもその身体が震えているのが窺える。

 

 根源に根ざした恐怖を拭い去る事は出来ないだろう。

 

 彼らにとって強獣は身近なものではないはず。それが迫ってくるだけでも戦慄するのは当たり前なのだ。

 

『……嫌だ、死にたくない……』

 

 拾い上げた声の弱々しさに、イリオンはこの場所へと落とされる前の出来事を思い返していた。

 

 たった一人の、名も知らぬ男。旅団でたまたま、一緒になっただけの彼が、オーラ・ロードを開き、自分をあのオーラバトラーから逃がしてくれた。

 

 それは計算ずくの行動では決してないはずなのだ。

 

 今もレイリィもそうである。冷静に考えれば、ガッターの相手をたった一人で出来るはずがない。

 

 彼の持っている武器ではガッターを殺せない。それは分かり切っている。それでも彼は戦うのだ。

 

 無謀、無策、それらを通り越して輝く一刹那の希望。計算ではない、人間だけが持つ光。

 

 それこそが、彼らを衝き動かす。衝き動かしている。

 

「……だったら、僕は」

 

 イリオンは瞳を静かに閉じる。胸の中にある脈動。それを機械へと落とし込んだ。

 

 どこまでも落ちていく感覚、遡る起源。自分のルーツに触れようとする。

 

 魂の還る場所、人の根源とも言える部分がその時、青く瞬いた。

 

 瞬間、機体の顔面部に光が宿る。

 

 骨格を燃した銀色の眩い輝きと、オレンジ色の眼光。

 

 それらを灯した機体が腕を軋ませ、ガッターを殴り飛ばしていた。

 

 その動きに、一同が呆然とする。イリオンは機体と渾然一体となった己を意識した。

 

 一滴まで搾り尽くされた自己が、この機体の名を紡ぐ。

 

 ――メタルトルーパー、《アグニ》。

 

「お前は……《アグニ》だ!」

 

 名を呼ぶ度に力が増していくのを感じる。《アグニ》の背筋に近い部位から伸びた腕がガッターへと拳を見舞い、その巨躯を揺さぶった。

 

 ガッターが吼え立て、爪を《アグニ》へと叩き込む。しかし鋼鉄の巨体は身じろぎもしなかった。

 

 雄叫びと共に、イリオンは《アグニ》を突進させる。基地内部で荒れくれる嵐のような攻防に、兵士達の注目が一斉に集まったのが伝わる。

 

《アグニ》が拳の形状をした手を開き、爪を起こしてすり鉢状に変形させた。

 

 突けと言うのか。機体の無言の指示に、イリオンは首肯する。

 

 ガッターの胸部へと《アグニ》の片腕が入った。その直後、螺旋回転が開始される。《アグニ》の片腕が高周波を上げながらガッターの体内へと押し入った。

 

 その勢いにガッターの粘性を持った血潮が舞う。

 

 ガッターが牙を立てて《アグニ》を噛み砕こうとした。しかしその程度で、こちらの鎧はびくともしない。

 

 武器系統が開き、《アグニ》の操縦席に収まるイリオンの指示を待った。

 

 イリオンは操縦系と直結する球体を握り締め、ぐっと奥歯を噛み締める。

 

《アグニ》の装甲を黄色い電磁が跳ね、ガッターを突き飛ばした。

 

 思わぬ力場にガッターも完全に虚を突かれたのだろう。痺れた躯体に《アグニ》が片腕を振るい上げる。

 

「とどめぇーっ!」

 

《アグニ》のすり鉢の手首が入り、ガッターの心臓を射抜いた。

 

 事切れたガッターが完全に沈黙するまで、イリオンは肩を荒立たせていた。

 

 しばらくして、一つ、拍手が巻き起こる。やがてそれはうねりとなり、波のように兵士達に伝播していった。

 

 一種の昂揚感に浸された兵士達が奇声を上げる。その声音には喜びが満ち満ちていた。

 

 視界の中にレイリィと情報兵を発見する。彼らの眼差しには驚愕が浮かんでいたものの、この勝利を喜んでいるのは同じようであった。

 

 イリオンは突然に、眩惑を感じる。

 

 眩暈で落ちていく意識の中、表層の声を拾い上げた。

 

『まさか、バイストン・ウェルにいたとはな。《アグニ》への適性――オーラが一切存在しない、コモン人か』

 

 


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