リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十四話 少女可憐無垢

 

「外交努力は惜しまないつもりだ」

 

 そう言いやったギーマにレイニーは静かに微笑んだ。まるで花のようにしとやかに。

 

「……何か?」

 

「いえ、貴方は王になられるお方。外交努力、というのがちょっとだけ可笑しくって」

 

「可笑しくはないさ。わたしはまだ……領主の器ではない。それは自分でもハッキリ分かっている」

 

「身の程を弁えるお方は、素敵だと思います」

 

「それは世事かね?」

 

 問いかけるとレイニーはふふっ、とイタズラっぽく笑った。

 

「本心ですよ」

 

 この少女は目が見えないだけで他はほとんど差し障りなく振る舞う。それだけに、ギーマは言わないでいい事まで話している自分を発見していた。

 

「……正直、うまくいくとも思っていなくてね」

 

「どうしてです? ……私が不安材料ですか?」

 

「君に嘘をついても仕方ないのは先ほどを鑑みても明らかだ。君もそうだが、領地内でちょっとね」

 

「……なるほど。そのオーラの持ち主の方は相当な手だれと見えます」

 

 こちらが考えるだけで相手のオーラまで見えるのか。迂闊な事は言えないな、と感じた矢先、レイニーは頭を振る。

 

「そこまで肩肘を張らなくとも。私は何も万能ではございません。お分かりの通り、目は見えませんし、それに、立ち振る舞いも所詮はそこいらの町娘」

 

「……そこいらの町娘はしかし、ユニコンの前に立ちはしない」

 

「買い被り過ぎですよ。貴方に、ちょっとした凶兆が見えたから、思わず飛び出しただけ。間が悪ければ死んでいたでしょう」

 

「どうして、そこまで達観出来る? 死が恐ろしくないのか?」

 

 ギーマは鏡の前で服装を整えつつ、問いかける。彼女はベッドに腰かけた形で、小首を傾げた。

 

「……死は、怖いですよ。でも、視えてしまうから。なまじ他の人間よりも、死が近いのでしょう。オーラとして見えてしまえば、それはもう理解可能な代物に成り果てるのです」

 

 彼女にとってオーラが見えるのは理解出来てしまうという事実か。それはある種では不幸だな、とギーマは感じていた。オーラで何もかもが分かってしまうのならば、それはもしかすると辿るであろう未来でさえも。

 

「君の意見は面白い。参考になる」

 

「ではそれを参考に、外交問題を片づけるのですか?」

 

「それとこれとは別さ。相手のオーラが見えて、何もかもがうまく運ぶのならばまた違ってくるのだろうが」

 

 冗談めかして口にした言葉にレイニーは不思議そうに言い返していた。

 

「……可能ですよ?」

 

 ギーマの手がピタリと止まる。

 

「……可能?」

 

「相手のオーラを見て、適切な言葉を振る、ですよね? 可能です。私なら」

 

 まさか、とギーマはからかわれているのだと思い込んだ。

 

「そこまで軽く見ていないとも。君は外交というものを分かっていない」

 

「外交は分かりません。政治も、私には皆目……。ですが、相手のオーラを見て、適切な返事を考えるのならば、それは出来ます」

 

 ギーマは服飾を整える指を止めて、レイニーの対面へと歩み寄った。彼女は瞼を閉じたまま、ギーマを見上げる。

 

「……出来る、のだな?」

 

「ええ。私が隣で囁くのが、不利に映るのならば推奨しませんが」

 

「……何とでも言い繕えるさ。それが可能なのか、と聞いている」

 

 もし、それが可能だとすれば。相手のオーラを見て、それに応じた返事が完全に把握出来るのだとすれば、それは外交問題程度ではない。もっと大きなものを手に入れられるかもしれない。

 

 レイニーは何でもない事のように言ってみせた。

 

「……貴方が望むのならば」

 

 どうして彼女は自分にここまで尽くすのだろう。会ったばかりなのに頷けない事ばかりだ。

 

 それを彼女は取るに足らないかのように口にする。

 

「貴方の不安は分かります。突然に現れた町娘が、何もかもを分かった風な口を利く。それは不気味に映るでしょう。ですが、貴方のオーラの導く先が私は見えるのです。暗黒のオーラ、王の素質のある人間のオーラというのは、いつの世でも変わらないのです。そのオーラを正しく扱えるかどうかだけの違い」

 

 本当に瑣末な違いとでも言うような口調にギーマは嘆息をつく。

 

「……嘘は言っていないのだろうな?」

 

「それは貴方の未来が決める事」

 

 ギーマはレイニーの手を引く。部屋の前で待っている従者に、彼は言いつけていた。

 

「謁見の場では彼女も連れて行く。構わないか、と伝えてくれ」

 

「しかし……その娘は」

 

「わたしの姪とでも何とでも伝えればいい。目は見えないが、手腕は上だと」

 

「……ですが、町娘です」

 

「なら、それに相応しい衣装を用意して欲しい。急ぎだ」

 

 従者の背を叩き、ギーマは慌てさせる。

 

 それを部屋の中でレイニーは笑いかけていた。

 

「……可笑しいかね?」

 

「ええ。貴方は王になるというのに、些事にこだわるのですね。でも、それも一つの素質でしょう」

 

「王は一つ事でも全力を尽くすものだ。君が傍で囁くのに、余計な勘繰りは邪魔だろう」

 

「ええ、ええ。ですが、一つだけ問題が」

 

「何かな?」

 

 レイニーは肩口の服を引っ張り、薄く微笑んだ。

 

「自分一人では着替えられないのです。手伝ってもらえますか?」

 

 王になるための関門、とでも言うべきか。ギーマはフッと皮肉の笑みを浮かべる。

 

「請け負おう」

 


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