グランの率いた部隊の帰還があまりにも遅い事は、既に宮廷内では噂になっていた。
その最中の騎士団の申し出である。断れるはずもない、とグランの上官は謁見を許していた。
騎士団の長が恭しく頭を垂れる。
短く刈り上げた髪。鋭さを伴わせた眼差し。騎士装束に身を包んだ、まだあどけない少女……。
それが地上人の騎士団を率いているなど、まるで冗談じみていて上官は困惑すら浮かべた。
「中佐の帰還が遅いと」
「ええ。騎士団としては由々しき事態だと考えています。もし、今。ジェム領を襲われれば格好の的」
「……だが騎士団が離れるわけにもいくまい」
「ええ、ですから半々に」
「半々だと?」
「選りすぐりの騎士達を防衛の任と、追撃の任に充て、わたくしは追撃に回ります。ゼスティアを一気呵成に墜とすのです」
考えもしない。軍が手薄な今、まさか攻め入るなど。そこまでの好戦的な姿勢に上官は言葉が咄嗟に出なかった。
「……失礼。熟考の末に、と考えても?」
「ええ。既に嘆願書は領主様に渡しておりますが」
いつの間に、と上官は歯噛みする。これでは立場がないのはこちらではないか。
「……話を通していただきたい」
「ですから、今。お話を」
「ザフィール騎士団長。君の動きにはいささか問題がある」
ここで鬱憤をぶつけるべきか、と上官は思索する。日ごろの兵士達の苛立ちや不満を、彼女にぶつけても何ら支障はないはず。
しかしザフィールは涼しげに返した。
「問題……どのような?」
「しらばっくれるな。軍の存続性を無視した模擬戦、それに量産化を進めているオーラバトラーの新型。どれも過剰武装だ。ゼスティアや他国に勘繰られて痛くない腹ではない」
「ですが現状のコモン人の軍では、ゼスティア領との戦いを主眼に置けば一両日も持ちますまい。グラン中佐は特殊です。彼にのみ頼るのも間違えている」
どの面を下げて……と怒りがこみ上げてきた。
「量産化は? 要らぬ軍備増強は不安をいたずらに煽るだけだ」
「失礼ながら。それに関しては意見の相違です。我々地上人が《ゲド》で戦っている事をお忘れですか? 《ゲド》はオーラバトラー最初期の機体。あんな不安定なもので戦わせられる身にもなっていただきたいのです。それともこう言ったほうが? あなた方も《ゲド》で戦えばいい。そうすれば分かる」
思わぬ反撃に上官は絶句した。《ゲド》は必要なオーラ量が極めて高い乗り手を選ぶ機体。あんなものをオーソドックスには出来ない。加えてジェム領のコモン人はただでさえオーラが低いのだ。
《ドラムロ》は乗りこなせても、やはりゼスティア領の連中の戦闘力には及ばない。
彼らと対等に戦えるのはグラン中佐くらいだろう。その中佐も戻ってこないとなれば、穏やかではないのは確実であった。
「……地上人と我々では違うのだ」
「どう違うと仰るのです? 身を置く戦場は同じ。死の危険も、同じのはずです。あの白いオーラバトラー」
痛いところを突かれて上官は口をへの字に曲げる。
「……研究者連中が勝手にやった」
「しかし、彼らとて軍属です。やりたかった気持ちは分かりますよ。ゼスティアの開発した新型実験機、魅力はあったでしょう。ですがそれを、我が方の最新鋭機である《キヌバネ》と同系統に仕上げたなど、そして、それを奪われた。どれほどの損失か、聞かせるまでもないでしょう?」
「……《キヌバネ》は前に出ない」
「それはこちらの作戦のうちです。命令されれば前にも出ましょう。それを前向きに検討するのが、今回の作戦です」
どうとでも舌が回るものだ。《キヌバネ》はただのでくの坊、騎士団長の機体は決して前に出ない――。
騎士団設立からして、ずっと守られてきた掟じみた言い草。実際のところ、客観的に《キヌバネ》の性能を試験出来た場は、完成した直後だけだろう。
それ以降の戦闘記録は、前回の白いオーラバトラーを退けた時のみ。
あまりにも情報に欠ける。味方側でこれならば敵方など探れるはずもなし。
ここは泳がせて《キヌバネ》の有用性を少しでも溶いてもらうのが正解だろうか。悩み、決めあぐねていた上官へと、ザフィールが囁く。
「許可をいただければ。すぐにでも」
嘘くさい言葉だ。既に嘆願書を出しているのならば、自分が首を縦に振ろうが振るまいがある程度は決定しているも同義。
わがままは自分の軍人としての寿命を縮ませるのみ。
ならば、ここはグランの安否も含めて――。
「……いいだろう。騎士団の出撃を許可する。ただし!」
条件がなければ《キヌバネ》の性能も、ましてや相手の出方も読めない。
「随伴機を。こちらで指定させてもらう」
「随伴機。そのような余裕がありましたか」
皮肉めいた言い草に上官はベルを鳴らす。数秒の間を待って、部屋に入ってきたのは一人の少年であった。
あどけない顔立ちに恐れ知らずのザフィールでさえも息を飲んだのが伝わる。
「……彼は」
「我が方の随伴機となる、オーラバトラーに乗ってもらう。機密部隊の人間だ」
機密部隊。その言葉を聞いた直後、ザフィールの目の色が変わった。
「……機密部隊の?」
「エルムです。どうぞ、よろしくお願いします」
笑みを絶やさぬ少年の相貌にザフィールが見ているのは明らかに一つであろう。上官は言葉を振る。
「彼に追撃部隊への同行を命じる。これを断るのならば全ての作戦は一度白紙に戻させていただく」
「……いいんですか? グラン中佐は今も拷問を受けているかも」
「彼は拷問で口を割らんよ。その程度の男ではない」
確信に相手はエルムへと顎をしゃくる。
「機体は? 見ても?」
「《レプラカーン》だ。型落ち品だが、ないよりかはマシだろう」
「剣の腕を見たい。よろしいですか?」
エルムはこちらへと目配せする。
「……よかろう。存分に見てやってくれ」
エルムとザフィールが部屋を立ち去ってから、上官は目頭を揉んだ。それに全身に纏いつく倦怠感も。
どうにもオーラの強い人間はこのジェム領では悪影響を及ぼすらしい。領主の娘である姫君――シルヴァー姫にもその持病を悪化させている節がある。
ザフィールは本来ならば放逐してもいいのだが、ジェム領国がゼスティア領と対等に渡り合うのにはオーラの強い人間は必要不可欠。
それがたとえ、四十人越えの大所帯だとしても。
「……抱え込むのだ。それなりのリスクは負う」
《レプラカーン》はこの国では珍しいな、という言葉を吐いたような気がする。
エルムはニコニコと微笑みながらその問いに応じていた。
「そうですか? 僕がいた国ではそれほどに」
足を止めたザフィールは問いかけていた。
「出身は?」
「東方の弱小領国です。難民でして」
珍しい話でもない。ジェム領国は城下町だけはしっかりしている。火の手が上がってもすぐに消火作業が施されるほど、人々の民度は高い。ただし、彼らには共通の欠点がある。
それは土地柄によるものなのか、それとも血縁か。誰が呪ったわけでもない、因縁であった。
「では、オーラ力は」
「この国の方々よりかは」
控えめな応答だが、それなりに自信はある様子だ。ザフィールは前を行きつつ尋ねていた。
「この国をどう思う?」
「どう……ですか? 平和でいい国だと」
「本当に、そう思うか?」
「……何を言わせたいので?」
相も変わらず笑みを崩さない少年にザフィールは問い質す。
「コモン人はオーラが弱い。それだけならばいざ知らず、この国は格段に、だ。どの民もオーラ力が極めて低い。兵士であっても例外はない。そのオーラでよく兵役など務まると感心さえするほどだ。先ほどの上官であっても、《ゲド》に乗れば十分と持つまい。彼らは弱く、自らの弱さを飼い慣らせるほどの強さもない。……グラン中佐は別だが」
「中佐の持っていらっしゃる素質は別格です。あの方は……確か強化実験の……」
「そこから先は、言わないほうがいい。どこで聞き耳を立てられているのか分からないからな」
「……ではどうして、僕にそのような事を?」
「純粋に、興味であった。この国の人間は、オーラが低い事を殊更、弱みとして生きているわけでもない。むしろ、オーラが弱く、争いに巻き込まれないだけ平和だと。……しかしわたくしからしてみれば、それは単純な逃避だ。自分が弱い事を外的要因にして棚に上げる。……最も忌み嫌う人種だよ、この国の人々は」
「どうして、騎士団に名乗り出たのです? 騎士なんて、守るべき者がいなければ成立しない」
「そう、守るべきもの、それこそ愛する者がいなくては、な。だが、わたくしは愛おしいのだ。無知蒙昧にも弱さを知らず、外の世界をほとんど知らないこの国の民草が。それに、呼ばれたからには応えたい、というのもある」
「アルマーニ様が召喚なされた地上人の中でも、騎士団長は格が違うと」
「そうでもないさ」
ザフィールは振り返り様に剣を投げる。中庭に至っていた。彼は地に落ちた剣を慌てて手に取る。
「何を……!」
「果し合いだ。見たいといっただろう? 実力を見せてみろ」
腰に提げたもう一刀の鯉口を切る。彼は少しばかり慌てふためいていた。
「危ないですよ!」
「危なくはない。剣士であるのならば示せ。それだけだ」
鞘から抜き放ったこちらに呼応するかのように、相手も抜刀する。
荒立たせた肩にザフィールが冗談めかした。
「どうした? まさか敵を目にするのが初めてだとでも?」
エルムが雄叫びを上げて飛びかかる。その剣筋に乱れはない。澄み渡った剣の冴えにただの嫌がらせで押し付けられたわけではない様子、と観察する。
「……余計なものを見ると、本当に斬られちゃいますよ」
刹那、相手の太刀筋が変位した。ザフィールはその剣を直前で見切って後退する。
騎士装束に切れ目が入っていた。同時に、その部位に留まっている黒い蝶を幻視する。
この世の果てのような漆黒の翅に、黄色と青と赤が混ざり合った混沌。
忌むべき翅の蝶は舞い上がり、今度はエルムの肩口に留まる。
すぐさま剣を翻し、エルムの肩を狙った。その剣を相手は受け止めるが、完全ではない。受け損なった刃が僅かに肩を掠めた。
「……見えているようだな。地獄蝶が」
「ええ、そちらも。どうやら侮ったのは互いのようですね」
エルムはこれ以上の太刀の応酬に意味がないと悟ってか、剣を収める。ザフィールも同じであった。
地獄蝶が見えるという事は、帰結する先は一つ。
「並外れたオーラの持ち主か。あるいは――地上人かのどちらかだ」