リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十七話 地獄蝶

 地獄蝶と聞いて、二人は目を合わせた。

 

 ランラが剣を構えたまま説明する。

 

「オーラ力の強い人間が発現する能力の一つだ。稀にコモン人でもこれを見る者はいるが……ほとんどが今際の際の、オーラが最大限に波打った時だと言われている」

 

「どうして、それをボクらに?」

 

 ランラは鋭い眼光で見据える。

 

「これからの戦い、地上人との戦闘になる。相手は貴様らを圧倒するオーラの持ち主かもしれない。だが、共通の弱点がある」

 

「弱点? 地上人にも弱点が?」

 

 問い返したアンバーにランラは薄く笑みを浮かべた。

 

「まさか、無敵だとでもおだてられたか? ……ギーマのやりそうな事だ」

 

「ギーマの浅知恵はともかく、さ。そんなの聞いた事ないよ?」

 

 ティマの言葉にランラは首肯する。

 

「それもそうだろう。ミ・フェラリオには見えない。オーラを強く自ら顕現させる存在だけが、触れる事の出来る高等技術というべきか。これは他のコモン人……例えばギーマに諭したところで一生分からぬ代物だ」

 

「……そっちには見えるって?」

 

「ああ。ハッキリとな」

 

 即答されてエムロードは息を呑む。

 

「でも、今見えないって……」

 

「他のコモンならば見えないというだけの話だ。オレは見える」

 

「納得出来ない」

 

「ならば、お前自身で見ろ。アンバー、肩に二匹留まっているぞ。エムロードは背中に三匹だ」

 

 目を凝らしてみても、蝶など見えるはずもなかった。ランラは先を促す。

 

「視覚じゃない、オーラを知覚する部位で見るんだ。今までの戦い、オーラを感じた事があるはずだ。相手の攻撃のオーラを予見したのは、何も目ではないはずだろう? それは五感を飛び越えた部分にある。シックスセンスとでも呼ぶべき場所か」

 

 今までの戦闘。オーラを知覚した時の感触を自分で反芻する。

 

 瞼を閉じ、エムロードはオーラを認識すべく集中した。

 

 その時、不意に重さを感じ取る。まさか、と目を開いたその時には、背中に止まる小さな蝶が三匹、視界に入っていた。

 

「……翡翠、本当に……」

 

 アンバーも見えたのだろう。蝶はこちらが確認すると飛び去って行く。

 

「地獄蝶は、相手の死の急所だ。剣による打ち合いの場合、それを自覚して戦うのは難しいだろう。だが一度でも見えればチャンネルを合わせるのは、貴様ら地上人ならば難しくはないはず。位相を合わせろ。オレに、今何匹見えている?」

 

 エムロードはもう一度、瞳を閉じて落ち着かせた。静かな心持ち、流水の心の水滴へと自身を落とし込み、集中を切らさずに目を開ける。

 

 ランラの左胸、心臓部に一匹、小さな地獄蝶が留まっていた。

 

「左胸に……」

 

「正解だ。だが留意すべきは、これは相手からも見える。つまり、こっちが一方的な戦いを出来るのは格下相手のみ。それに地獄蝶は何も死の急所ではあるが、弱点箇所ではない。これを突けば殺せる確率は限りなく上がるが、百パーセントではない事を覚えておけ。それともう一つ。地獄蝶は死の兆候としても現れる。もし自分の周囲に地獄蝶が飛び回れば気をつけろ。それは明らかな死が迫っている証拠だ。そういう時は余計な事は考えるな。オーラで物を見る癖がつけばつくほどに、そういった時の隙は大きい。とにかく逃げろ。それだけを考えるんだ。地獄蝶は相手に急所を見せているも同義。優れたオーラの使い手ならばやる事は一つのはず」

 

「やる事は……、一つ」

 

 エムロードが姿勢を沈めさせる。切っ先を下げ、ランラへと飛びかかった。

 

 その太刀筋を相手は読んで受け止める。

 

「……聞いていなかったのか? 地極蝶が見えているという事は弱点を晒しているのと……」

 

「だからって、立ち向かわなければ嘘だろ」

 

 その言葉にランラが口角を緩めた。

 

「……なるほど。そういう考え方は、嫌いではない」

 

 弾き返したランラがこちらへと打ち返してくる。反射的に足をすって後退し、下段から切り上げた。無論、相手はその程度で一打を許すはずもない。

 

「考え方だけでは、敵は墜とせんぞ!」

 

 激しい二の太刀が閃き、エムロードは後ずさっていた。オーラバトラー同士でやってのける戦いと、こうして真正面から打ち合う戦いも同じだ。

 

 剣士としての度量が試される。

 

 その点で言えば、何一つとして変わりはしない。

 

 正眼に構えた剣に、相手は右脇へと剣を下げる。

 

 力が入っているようには思えないが、それでいて隙のない構えだ。だがこちらは構えを変えるほどの器用さは持ち合わせていない。

 

 踏み込み、次いで剣戟。

 

 二つの剣がぶつかり合い、互いの地獄蝶が視界の中に舞い遊んだ瞬間、声が響き渡った。

 

『エムロード! アンバー! 敵襲よ!』

 

 ミシェルの通信に、エムロードは弾き返して後退し、通信機を手に取っていた。

 

「敵?」

 

『ジェム領の強襲……、目に見える範囲だけで……《ゲド》が十機と、特別なオーラバトラーが二機……ね』

 

「十機も投入してきたか。それなりにグランなる軍人の身柄、大事と見える」

 

 ランラの評にエムロードは問い返しつつ、城壁に向けて駆け出していた。

 

「《ソニドリ》は?」

 

『今、城壁の前で待機させているわ。《ブッポウソウ》で前線は引き受けるけれど、そう持たないと思う。すぐに来て』

 

「了解。アンバー」

 

 アンバーも首肯し、城へと駆け出した。

 

「おい! 伏せろ!」

 

 ランラの声が響き渡ったその時、自分とアンバーはその体躯で草原にうつ伏せになっていた。

 

「何を――!」

 

 ランラが呻き、脇腹を押さえている。滴った鮮血に二人して言葉をなくした。

 

「ボクらを……庇って……」

 

「……余計な事は考えるな……。ミ・フェラリオ。《ソニドリ》までの……誘導を」

 

「言われるまでもない! でも、あんたの怪我のほうが……」

 

「オレはいい。……気をつけろよ。相手も知恵を……使っている。毎回、森林地帯から攻めるだけが上策ではないと、そろそろ分かってきた頃合……か」

 

「喋らないで! 本当に死んじゃうよ!」

 

 ティマの叫びにランラは不敵な笑みを浮かべる。

 

「知らないのか? オレは死なん。《ゼノバイン》を……狂戦士を殺すまでは……決してな」

 

「ジョークを言っている場合じゃないって! 狙撃でしょ!」

 

 狙撃、という言葉にエムロードは硬直する。《ソニドリ》に合流させまいとする一派の動きであろう。

 

「じゃあ……ここから一歩も……動けないんじゃ……」

 

「エムロード……! お前、今何を学んだ? ……オーラを研ぎ澄ませ。その視野に見えるものだけが全てではない……」

 

「見えるものが全てじゃ……」

 

 そうだ。今しがた教わったではないか。地獄蝶、人体の急所を探る術を。

 

 ならば、自分にも見えているはずだ。

 

 敵が正確無比な弾道を描くのならば、さらに精密な軌跡を。

 

 エムロードは瞼を閉じ、オーラの関知に集中する。風に流れるオーラの息吹。バイストン・ウェルの大地を慰めるその一呼吸。

 

 虫も獣も、万物、森羅万象にオーラの宿るこの場所ならば。

 

 たとえ敵が遥か遠くに位置しているスナイパーであろうとも。

 

 オーラの波が揺らいだ。それを予見して、エムロードは剣を奔らせる。

 

 弾丸が剣筋に命中し、跳ねて地面に転がった。

 

「まさか……、見えているの?」

 

 アンバーの質問にエムロードは首肯する。オーラの流れとその気配を理解しているのならば、自らに咲いた地獄蝶の急所は逆に相手の狙いを見定める契機となる。

 

 剣を払ったエムロードは直後に左肩へと地獄蝶が留まったのを感じ取り、剣を払った。

 

 地獄蝶の予言通りに剣が弾丸を引き裂く。

 

「まさか……ここまでなんて……」

 

 ティマも絶句している。エムロードはアンバーを庇って前に出た。

 

「……敵の位置が何となく分かった。ボクが相手の照準を見分けるから、アンバーは一気に走って。オーラバトラーに乗れさえすれば……」

 

 形成を逆転出来る。その言葉を継ぐ前に、倒れ伏したランラへと咲いた火線を遮っていた。

 

「……余計な事を」

 

「お互い様だろう。それに、あんたからはまだ教わらなくっちゃいけないんだ」

 

「……そうだった、な。互いに最大限に……利用する」

 

「でも! あまりにも遠過ぎるよ! こんな距離じゃ、さすがに走っているだけじゃ限界が来る!」

 

 ティマの言う通りだ。走っていても体のいい的。ならば、手段は多くは残されていない。

 

「……ティマ。この結晶剣は《ソニドリ》のコックピットと直結してるよね?」

 

「えっ……うん。《ソニドリ》へのダイレクトトレースシステムに欠かせない、コンソールの一部でもあるけれど……。まさか……!」

 

 息を呑んだティマにエムロードは剣を天高く掲げる。

 

「そのまさかだ! ボクのオーラと、《ソニドリ》のオーラが繋がっているって言うんなら、この呼び声に応えろ! 来い! 《ソニドリ》!」

 

 結晶剣がオーラを拡散し、光を周囲にばら撒く。

 

 緑色のオーラが棚引く剣が《ソニドリ》をこの場へと呼びつけた。

 

 すかさず、敵の狙撃が入ってくる。エムロードは地獄蝶の箇所を予見し、刃を払い、弾道を切り裂いていた。

 

『ちょっと! エムロード? 今、《ソニドリ》が勝手に……!』

 

「勝手じゃない! 応えてくれたんだ。そうだろう!」

 

 振り返った途端、オーラ・コンバーターから緑色のオーラを放出させる《ソニドリ》が大写しになる。

 

 敵の銃弾を、《ソニドリ》がその腕で防いだ。

 

 結晶体が開き、コックピットが露になる。

 

 ランラを運び込み、次いでエムロードはティマと共にコックピットへと入った。

 

 剣を突き出す挙動と同期して、《ソニドリ》が抜刀する。

 

「オーラバトラー、《ソニドリ》! エムロード! 行くよ!」

 


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