リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二十八話 堕落聖戦士

 

 オーラ・コンバーターを開き、内側に格納された翅を高速振動させる。その機動力は敵の狙撃手の予想を凌駕していたらしい。

 

 岩陰に隠れていた一機の《ゲド》がこちらに驚愕する。

 

『なんて……速さ』

 

「墜ちろォっ!」

 

 打ち下ろした剣が《ゲド》の手にした狙撃銃を引き裂く。《ゲド》はすぐさま後退して、剣の鯉口を切った。

 

『……こちらも舐めていたようだ。ゼスティアの新型!』

 

「《ソニドリ》だ。覚えておけ!」

 

『名を刻む前に、貴様は細切れになる!』

 

 飛びかかってきた《ゲド》の剣筋と《ソニドリ》の太刀がぶつかり合った。干渉波のスパークが散る中、オーラが輝きを増す。

 

 結晶剣に宿ったオーラの加護か、敵オーラバトラーに吸い付いた地獄蝶の影が視界に入った。

 

「そこ!」

 

 返した刃が《ゲド》の右肩口を捉える。肩から寸断されるとは思ってもみなかったのだろう。うろたえ気味の《ゲド》へと、《ソニドリ》は構えた。

 

『……ハイになった地上人が!』

 

「それは、こっちの言い草だ!」

 

《ゲド》の剣が真正面から迫る。《ソニドリ》は姿勢を沈ませて、オーラ・コンバーターの主翼を展開させた。

 

 急加速が《ソニドリ》にかかり、敵機へと突撃する。風を帯びた《ソニドリ》が敵を突き飛ばした時、天高く掲げた大剣に神経が走った。

 

 内側から剣が砕け散り、新たなる刃を顕現させる。

 

 光の刃が緑に映えた。

 

「オーラ斬りだぁーっ!」

 

 ティマの叫びと共に《ソニドリ》が刃を打ち下ろす。防御の姿勢に入った《ゲド》であったが、剣閃の出力は単純な物理防御を上回っていた。

 

『受け止めたのに……喰らっている、だと……』

 

 実体の剣は確かに受け止められた。しかし、放たれたオーラの瀑布が《ゲド》を叩き割っていたのである。

 

 よろめいた《ゲド》へととどめの太刀を放とうとして、ミシェルの声が通信網に入った。

 

『エムロード! 雑魚には構わないで! ちょっとばかし……前線が、まずい!』

 

 ミシェルにしては要領を得ない言葉は、この戦局が決してうまく転がっているわけではない事を予期させた。

 

 太刀筋を仕舞い、《ソニドリ》は身を翻す。

 

『待て……、とどめを差していけ!』

 

「いいよ。もう、そこまでやる事もないだろうし」

 

 ティマの言葉に無言の同意を浮かべて、《ソニドリ》が飛翔する。その背中に執念の声が響き渡った。

 

『殺していけ! ……ゼスティアの白い……オーラバトラー!』

 

 飛翔高度まで達した《ソニドリ》の拡大倍率の眼差しが捉えたのは、城壁まで侵攻されているゼスティアの軍隊であった。

 

 敵は《ゲド》十機ともう二機。

 

《ドラムロ》と《ブッポウソウ》だけでは決して芳しいわけではないはずだ。

 

「アンバーは……?」

 

 きょろきょろと見渡したティマの視線を追うと、城壁から《ガルバイン》が砂礫を巻き上げて前線へとようやく加入したところであった。

 

『《ガルバイン》ならっ!』

 

 小型のオーラバトラーは即座に敵の間合いへと入り、小型銃型のオーラショットで《ゲド》のコックピットを狙い澄ます。

 

「やっぱり、アンバーは乗ると強いよね。乗らないと……だけれど」

 

「今はちょっとでも心配が減らせればいいよ。……ミシェル! 応援は!」

 

『難しいわね……。《ドラムロ》と《ブッポウソウ》じゃ、抑え切れない……。《ソニドリ》で降りてきて!』

 

「了解!」

 

《ソニドリ》が急下降に入りかけた、その時である。

 

 肌を粟立たせる殺意の波に、《ソニドリ》は咄嗟に機首を引いていた。

 

 跳躍した敵機が剣で斬りつけてくる。瞬時に腕を掲げ、手甲で一閃を防御した途端、接触回線が開く。

 

『大したもんじゃないか。さすがは騎士団長も見込んだ、オーラバトラーだとも!』

 

「何者だ!」

 

 斬り返した刃を、敵機は軽やかにかわし、なんとその切っ先にオーラバトラーを立たせる。

 

 怖気が走り、払った剣を敵はするりと避けた。

 

『名乗っていなかったのは、無礼か? 地上人』

 

「……エムロード。あいつ、尋常じゃない、オーラ力だよ……」

 

「うん……何となく分かる。プレッシャーが……」

 

『段違いだろうさ! 騎士団長の手を煩わせるまでもない! そうでしょう! ザフィール騎士団長!』

 

 眼下に収まる編隊を指揮する漆黒のオーラバトラーに、自然とその眼差しは吸い込まれていた。

 

 青い結晶、全てを断じる黒き装甲の持ち主。

 

 その立ち振る舞いからは、よどみも、ましてや惑いも見られない。真実、敵として屹立していた。

 

「……どうしてなんだ。どうして、こんな出会いでしかない……」

 

『墜ちろォッ!』

 

 迸った敵兵の叫びに《ソニドリ》が返答の刃を返していた。ひりついたオーラの干渉波に、エムロードは吼える。

 

「こんなのって……ないはずなんだ!」

 

『女々しいぞ! 白いオーラバトラーのパイロット! 邂逅を、誰かのせいにして棚上げなど!』

 

「ボクは女だ!」

 

『だからって、剣筋を澱ませるつもりもないんだろう。だったならさ!』

 

 敵が袖口から新たに刃を出現させる。射出された飛び道具が《ソニドリ》の肩を穿った。

 

「がたついてるよ!」

 

「オーラ力で補強する!」

 

 ティマの悲鳴に言い返し、《ソニドリ》が輝く剣を高く掲げた。外さない。絶対に外すものか、と心に誓った刃が敵オーラバトラーを打ち据えかけて、敵機が滑るように懐へと潜り込む。

 

 大振りの剣を中断し、片腕の手甲で咄嗟にコックピットを保護した。

 

 敵の手甲に装備された爪が炸薬を引火させ、コックピットのエムロードを眩惑する。

 

 その一瞬の隙を突き、敵が《ソニドリ》を蹴りつけた。白い機体が流れ、森林地帯に没する。

 

 辛うじて致命傷は免れた形の《ソニドリ》へと、敵オーラバトラーは容赦のない剣戟を見舞ってきた。

 

『どうだ! この剣圧! 同じ地上人でも土台が違う!』

 

 赤い敵機へとエムロードは敵を見る眼を注ぐ。

 

「だからって……こうして傷つけ合う!」

 

『違うさ、求め合っているんだよ! 戦場って奴を!』

 

 ――求め合っている? 戦場を? 殺し合いを?

 

 不意に無音の胸中へと滑り落ちた疑問に、エムロードは困惑する。

 

 ランラは《ゼノバイン》へと復讐を誓い、様々なものを切り捨ててまでここに来た。アンバーはオーラバトラーに乗れば無双の強さを誇る。

 

 今も、《ガルバイン》は《ゲド》相手に善戦していた。

 

 その立ち振る舞いにはいささかのてらいもない。迷いも、ましてや怯えも。

 

 自分よりも戦士に向いているのだ。

 

 比して、己は?

 

《ソニドリ》に搭乗し、「リボンの聖戦士」の異名を取っていても、弱ければ、その意志が脆ければ、ただ容易く折れるだけの代物。ただ朽ちていくだけの何者でもない弱者。

 

 それを、求めているのか?

 

 あの漆黒のオーラバトラーに乗る――蒼も。

 

『刻め! このオーラバトラーの名は《レプラカーン》! 白いオーラバトラー、もらったァッ!』

 

 奔った剣筋を《ソニドリ》が掴んでいた。

 

「……違う」

 

「エムロード?」

 

 面を上げたエムロードが《レプラカーン》と名乗った敵兵を睨む。結晶剣から放たれるオーラに怨嗟が宿った。

 

 澱み、純粋なる緑の光に闇が入り混じる。

 

「ボクは……こんな……異郷の地で死ぬために、あの人に会いに来たんじゃない!」

 

 掴み取った剣に神経が脈打った。敵の剣をこちらのものとした動きに《レプラカーン》が手離して後ずさる。

 

『何だって言うんだ……』

 

《ソニドリ》は掴んだ敵の剣をそのまま握り潰した。新たな輝きが宿ったが、それは今までのような純然たるオーラの光ではない。

 

 赤黒い闇さえも内包した、禍々しい漆黒が、敵の剣を武器へと変じさせる。まるで樹木のように枝が発達し、それは剣と呼ぶにはあまりに異なっていた。

 

「……エムロード? 何をやっているの! このオーラは――!」

 

「黙って……いろ。ボクは……このバイストン・ウェルに呼ばれた、聖戦士なんだァーっ!」

 

 漆黒のオーラが逆巻き、左手に握った剣が直後、形状を失って敵へと伸長した。物理法則を無視した幾何学の動きが《レプラカーン》を襲う。

 

『オーラ・コンバーター全開。……こいつは、やばい!』

 


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