リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

29 / 77
第二十九話 超化戦線

 

 恐らくそれ以外の形容句を持たないのだろう。左手より発生した赤と黒のオーラ武装は翅を発振させた《レプラカーン》をどこまでも執念深く追いすがる。

 

 敵が飛翔高度に入っても同様であった。

 

『どこまで伸びてくるって言うんだ! しつこいぞ!』

 

 袖口から発射されたワイヤーソードが邪悪なる武装へと叩き込まれる。その直後には、ワイヤー諸共同化していた。

 

 巻き込まれた形の《レプラカーン》のパイロットの悲鳴が迸る。

 

『い、嫌だ! 助けてくれ! 騎士団長!』

 

 懇願の声に対して、漆黒のオーラバトラーは一瞥さえも寄越さない。

 

《ソニドリ》の左腕が変容していた。三つの鉤爪となった武装が《レプラカーン》をくわえ込む。

 

《レプラカーン》の装甲がミシミシと音を立てて軋んでいくのが伝わった。

 

『こ、殺される! やめさせてくれぇー!』

 

 見かねたのか、《ゲド》が一機、戦いに割って入ろうとする。しかし、それさえも、エムロードからしてみれば児戯であった。

 

「邪魔をするな!」

 

 叫びと共に枝分かれした漆黒の鉤爪が《ゲド》を包み込んだ。《レプラカーン》と《ゲド》では耐久力が違うのだろう。

 

 すぐさま全身に亀裂を走らせ、《ゲド》が闇の血脈に呑まれていく。

 

『これは……! 騎士団長! このオーラ……!』

 

《ゲド》のコックピットに潜入した闇の一欠けらがオーラバトラーの内側――まさしく心臓部とでも呼ぶべき場所を掌握した。

 

 次の瞬間には、《ゲド》の眼から光が消えている。

 

 その眼球が、禍々しく赤に照り輝いた。鉤爪が離れた途端、開放された《ゲド》が漆黒のオーラバトラーへと斬りかかる。

 

 明らかな味方の誤認に、他の《ゲド》部隊が割り込んだ。

 

『どうした……? 何をされたんだ……?』

 

 赤い眼の《ゲド》のフェイスマスクが割れる。内側からせり上がって来たのは獣の口腔部であった。四つの牙と、変異した顎を持っている異形である。

 

『まさか……《ゲド》をオーラバトラーから……キマイ・ラグへと変質させただと……』

 

 変質した《ゲド》が叫びを上げる中、《ゲド》部隊が漆黒のオーラバトラーの守りに移った。変質した《ゲド》の狙いがすぐにでも理解出来たのだろう。

 

『傀儡とするなど……白いオーラバトラーめ!』

 

『人を人とも思わぬ狼藉……覚悟せよ!』

 

「うるさい……お前ら全部……死んでしまえ!」

 

 放出されたエムロードの思惟が変質した《ゲド》を猪突させる。

 

『南無三!』

 

 二機の《ゲド》が剣をその腹腔へと見舞った。貫かれた形の《ゲド》が項垂れたその刹那、黒いオーラが浮かび上がり、斬りかかった《ゲド》二機へと侵食する。

 

 迸ったのは絶叫であった。

 

『嫌だぁーっ! 成りたくない! 人形になんて成りたくない!』

 

『助けて……騎士団長……蒼、先輩……』

 

 二機のオーラバトラーから人の気配が失せた。直後には赤い眼窩をぎらつかせた、野性のオーラバトラーが漆黒のオーラバトラーへと飛びかかっていた。

 

 それをまるで躊躇もなく、漆黒の機体は大剣で叩き斬る。払った一閃が二機を砕き、その背骨まで寸断した。

 

『慈悲がないのは救いだろう。それとも、こういうのがお望みか? ――狭山翡翠』

 

「ボクを、その名で……」

 

 侵食の進んだ《レプラカーン》を投げ捨て、《ソニドリ》が飛翔する。瞬く間に雲の上まで至った《ソニドリ》が左手から異形の刃を顕現させた。

 

 樹木の形状をした刃、それらが脈打ち、蠢動する。

 

「呼ぶなァーっ!」

 

 左腕の鉤爪が獣の顎のように開き、漆黒のオーラバトラーへと迫る。左手の瘴気のオーラだけで《ソニドリ》の全長を超えていた。

 

 当然、その闇の口腔は相手さえも飲み込むかに思われたが……。

 

『……オーラを自ら飼い慣らすでもない、ただただ暗黒面に堕ちるか。ガッカリしたよ、翡翠。その程度だったとは。それではバイストン・ウェルに呼ばれたのは、君じゃない。やはり、わたくしこそが、この時代のバイストン・ウェルを救う――聖戦士であったようだ』

 

 漆黒のオーラバトラーが行った事は少ない。

 

 一太刀。

 

 ただ一太刀だ。

 

 大剣を掲げ、それを軽く払ったのみ。ただそれだけで、空気が鳴動した。滞留していたオーラが逆巻き、まるで暴風のように《ソニドリ》を突き飛ばしていく。

 

 左手の顎ごと、《ソニドリ》のオーラは吹き飛ばされていた。

 

 残った白い躯体へと、相手は剣を下段に構える。

 

『これで、オーラの守りは消えたな』

 

 まさか、とようやく《ソニドリ》を操っていたエムロードは自覚する。自分が何でもない、ただの獣となって相手の狩人の領域へと、むざむざ踏み込んだという事実を。

 

 ――しかし、どうして?

 

 相手と自分に違いなどないはずだ。このバイストン・ウェルに必要だから呼ばれた。それだけのはず。どこにも、差異なんて……。

 

『無知蒙昧なるその頭では、理解も出来ないだろう。目的を掲げて戦う事と、闇雲に獣となるのは、天と地ほどの差』

 

 漆黒のオーラバトラーが剣を振るおうとする。

 

 ――逃げられない。

 

 直感した。この間合いからは逃れられない。如何なる策を弄しても、敵の刃より逃れる術は、一つとしてない。

 

 死を受け入れるのにはあまりに短く、かといって戦士として死ぬのには、あまりに早過ぎる。

 

 こんな唐突なる終わりが自分の運命だというのか。

 

 誰にも望まれず、誰にも望まず。結果として、何かを成し遂げたわけでもない。

 

 ただただ凡百に堕ちる我が身は、呪われた黒い波動を帯びて、怨嗟となるだけ。

 

 これではまるで……。

 

「まるで……あの《ゼノバイン》と……同じ」

 

「――いいや。違うとも」

 

 紡いだ言葉が実感を帯びるより前に、脇腹に熱を感じた。振り返ると、剣を突き出したランラが、内奥より声にする。

 

「お前は……まだ戻れる」

 

 直後、オーラを失った肉体は《ソニドリ》から遊離する。ランラが結晶剣を握り締め、吼え立てた。

 

「《ソニドリ》! 呑まれてるんじゃ、ないぞ!」

 

《ソニドリ》のオーラ・コンバーターが開き、稼動した翅が機体を翻そうとする。しかしその時にはもう、敵のオーラバトラーの射程に入っていた。

 

『逃すと思うのか? 暗黒面とは言え、それなりのオーラ力だ。ここで摘まねば禍根が残る。ジェム領のため……いいや、我が騎士団のために、死んでもらうぞ。翡翠』

 

 怖気の走った声音にランラが言い返す。

 

「悪いな。こいつの名前はエムロードだ」

 

《ソニドリ》の眼光に宿っていた赤が失せ、翅を広げた《ソニドリ》が機体を持ち直そうとする。その瞬間、剣閃が放たれていた。

 

 漆黒のオーラバトラーより解き放たれた刃のエネルギーは青い輝きを宿し、真っ直ぐに《ソニドリ》へと迫る。

 

 ――逃げ切れない。

 

 その判断に全てを預けようとしたその耳朶を、ランラの声が打つ。

 

「諦めるな! ここで死ぬのならば、貴様に可能性など見ていない!」

 

 結晶剣より純粋なる光が放出される。戦場を彩った光の泡沫に、漆黒のオーラバトラーの放った剣閃が消失した。

 

《ソニドリ》が内奥から虹色のオーラを浮かべる。オーラの波が渦となり、渾然一体となった力の瀑布が大地を薙ぎ払った。

 

『覚醒するか。しかし、全てが――』

 

 漆黒のオーラバトラーが飛翔する。その大剣が眼前に突きつけられた。

 

『遅い!』

 

 大剣が《ソニドリ》の腹腔を貫き、自分諸共、完全に抹殺するのはもう理解出来ている。

 

 理解出来ているはずなのに――。

 

 頬を熱が伝っていた。

 

「これ、は……」

 

「お前の心が……オーラの故郷が……まだ終わりたくないと、願っているんだ。だからこそ――翔べ。エムロード。虹の輝きが、お前のオーラの真なる……」

 

 結晶剣から手が滑り落ちる。エムロードは最後の力を振り絞って自分を正気にさせてくれたランラを見やった。

 

 彼は瞼を閉じていた。

 

 その意味するところに、エムロードは悲痛なる叫びを上げかけて、《ソニドリ》の内側から発する声を聞いていた。

 

「……今の……は? ティマ? それとも……《ソニドリ》が?」

 

 硬直したエムロードは眼前に迫った現実を直視する。漆黒の騎士の放つ大剣。

 

 だが、それがどうした。

 

 今、何よりも怖いのは失う事だ。それは、我を、でもあり、何よりも――守りたいものを、であった。

 

「琥珀、ランラ、それに、ゼスティアのみんなを……失いたくない! 失って……堪るかァーっ!」

 

 感情の昂りが、オーラを同調させた。虹の皮膜が浮かび上がり、漆黒のオーラバトラーの剣を受け止める。

 

『剣を受けるか。だが、それがどうしたと言う!』

 

「ボクは、ここでまだ! 終わりたくない。終わるために、戦ってきているわけじゃない!」

 

 その時、《ソニドリ》の内部結晶体が輝きを帯びた。緑色の部位が虹色に染まっていく。

 

『その白いオーラバトラー……、虹を帯びるというのか! ならば、その前に、斬る!』

 

 漆黒の大剣が打ち下ろされ、《ソニドリ》の頭部を打ち据えた。

 

 一撃、その名の下に攻撃は実行され、《ソニドリ》が急降下する。砂塵が巻き上がり、《ソニドリ》の躯体が撃墜された。

 

『翡翠!』

 

 叫んだアンバーの声に、エムロードは瞑目したまま声にする。

 

「ボクは……ボクらは……聖戦士だ!」

 

 結晶剣が乱反射し、《ソニドリ》の内奥から虹を放出させた。噴き出したオーラの瀑布が周囲を塗り替えていく。

 

 瞬く間に空が虹色で染め上がり、目に入る範囲全てが掌握出来る感覚にエムロードは瞼を上げる。

 

《ソニドリ》が立ち上がった。光が吸い込まれていき、《ソニドリ》のゴーグルに収められた四つの眼窩がオレンジ色に煌いた。

 

『何、これ……。このオーラの放出値は……!』

 

 ミシェルの声が耳朶を打つ間にも、《ソニドリ》と同期したエムロードは吼えていた。オォン、と《ソニドリ》も応える。

 

 白い機体が飛翔した。翅もコンバーターの力も借りぬ、純粋な――。

 

『あれは……跳躍?』

 

 うろたえた《ゲド》部隊がおっとり刀の攻撃を浴びせかけようとする。オーラショットの弾頭が中空の《ソニドリ》を捉えかけたが、《ソニドリ》を駆動させるエムロードは真っ直ぐ前を見据えていた。

 

「……来い!」

 

《ソニドリ》がオーラの波に乗り、襲いかかった幾何学軌道を描く敵の弾頭を蹴りつけ、掌底で叩き落し、そして――瞬く間に敵の間合いへと踏み込む。

 

『まさか……!』

 

 敵が剣を取るよりも速く、手刀が《ゲド》の喉笛を引き裂いた。そのまま両手を入れ込み、真っ二つに引き千切る。

 

 爆発の瞬間を待たず、《ソニドリ》は再び飛びかかっていた。

 

《ゲド》部隊が剣を構え、《ソニドリ》へと襲いかかる。

 

『その首!』

 

『貰い受ける!』

 

 両側から迫った刃を《ソニドリ》は指先で受け流し、剣へと神経を飛ばした。

 

 発達した神経が剣を内側から毒に浸し、直後には相手の剣は《ソニドリ》の剣となって開花する。

 

 翻った剣閃が舞い遊び、《ゲド》二機を両断する。

 

『オーラの覚醒。いや、開花。その純粋なる力の行き着き先を、まだ分かるはずもない。翡翠!』

 

 漆黒のオーラバトラーが剣を掲げる。《ソニドリ》は姿勢を沈め、疾走していた。

 

 懐へと潜り込んだ《ソニドリ》を討つべく敵機が剣を打ち下ろす。その一閃を《ソニドリ》は両手で受け止めていた。

 

『白刃取りなど!』

 

 漆黒のオーラバトラーがすぐさま大剣を捨て、脇差を《ソニドリ》の頭蓋へと差し込もうとする。

 

《ソニドリ》は噴出したオーラをまるで水飛沫のように扱い、舞い散った燐光のオーラで防御していた。

 

『オーラのみで受けるか! ……聞いた事があるぞ。三十年前の戦乱で、巻き起こった現象を。オーラの暴走! その最果てを! 白いオーラバトラー! ハイパー化したとでも言うのか!』

 

「違う……ぞ」

 

 搾り出した声の主にエムロードは目を向けていた。ランラが朦朧とした意識で紡ぐ。

 

「ハイパー化じゃ、ない……。これは、もっと純然たる……」

 

『どっちにしたところで、堕ちるのならば、同じ!』

 

「違う!」

 

 オーラを纏い付かせた手刀が脇差の刃と干渉する。スパーク光が散る中で、エムロードは漆黒のオーラバトラーの内側で息づく蒼の気配を察知していた。

 

「これは、違う! そういうんじゃない!」

 

『伝説にでもなるというのか! このバイストン・ウェルで刻まれるべきはわたくしだ!』

 

 脇差と干渉していた指より発達した神経が相手の刃を掌握する。浴びせ蹴りが漆黒のオーラバトラーの機体を退けた。

 

『ザフィール騎士団長……』

 

『……潮時だな。撤退するぞ』

 

 オーラショットの焼夷弾が放射され、こちらと隔てるかのような炎の壁が構築される。

 

「逃げるのか!」

 

 昂揚したエムロードの声に、相手は冷徹に応じる。

 

『勝てぬ戦に、わざわざ深追いする事もない。今は、オーラの開花を見れただけでもいいとしよう。翡翠。いずれ、どちらかを選ぶ事になる。闇のオーラか、今のような輝きか。どちらがいずれ見れるかは、これからの楽しみにしておくとしよう。それと……琥珀』

 

 まさか、アンバーに繋がれるとは思っていなかったのだろう。突然開いた回線にアンバーが困惑する。

 

『この声……蒼、先輩……?』

 

『わたくしはこの地で使命を帯びた。その宿命の名はザフィール。最早、分かり合えぬ。そちらと同じだ。ジェム領国のために、この身は捧げられた。剣を取るのならば、わたくしは躊躇わない。戦うとも』

 

 その言葉を潮にして、相手が下がっていく。《ゲド》部隊が負傷した機体を背負い、撤退機動に持ち込んだ。

 

 炎の壁が消えた頃には、《ゲド》の編隊も、ザフィールと名乗った蒼の機体も存在しなかった。

 

 ただ闇雲に戦っただけ……。その悔恨が胸を占めていく中、倒れた気配にエムロードはハッとする。

 

 ティマがランラを呼びつけていた。

 

「ランラ! まずいよ、エムロード! すぐに城に戻ろう!」

 

 緊急措置が必要なのは見るも明らかだ。

 

 慌てて戻ろうとしたところで、エムロードは《ソニドリ》から虹のオーラが消えている事に気づいた。

 

 あれは何だったのか。そして敵意の塊のようであった、暗黒のオーラも。どちらも、この身一つから発したものだというのか。

 

「ボクは……」

 

 どちらの道を行くのか、とザフィールは説いていた。どちらかしか選べないのだろうか。破滅か、あるいは光の先か。

 

 この手が導くものは、と掌に視線を落とす。

 

 戦場はどこまでも無情に、突き放すかの如く静寂に包まれていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。