リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第三十一話 鬼札

「……では、ゼスティア領に我が方のオーラバトラー部隊を派遣せよ、というご用命だと、考えても?」

 

 対面の椅子に座り込んだ外交官の言葉に、ギーマはフッと笑みを浮かべていた。余所行きの笑みは対外的な相手には通用する。

 

「ええ、その認識で」

 

「しかし、アの国が滅びてからもう三十年です。他国は確かに、オーラバトラーの開発には躍起になっている。ですがそれは、戦争をしたいという意味では決してない」

 

 味わい深い、紅の液体がカップの中で揺れる。ここの領国ではオーラバトラーやそれに代替するオーラマシンの製造よりも、他国へと献上する良質な茶葉が有名であった。

 

 こうやって外交する国家もある。

 

 何も武力だけが国と国が矛を交える際に必要なものでもない。ただ、美しい虹色の田園地帯を荒らすのは惜しいという理由で、何度か戦火を免れたこの国にはお似合いの美学である。

 

「……ゼスティアはアの国の二の舞にはなるつもりはございません」

 

「ですがやっている事は似ています。オーラバトラーの開発。知らぬとでも?」

 

 外交官が寄越した写真は《ソニドリ》が写し出されている。無論、この程度は外交カードの一つ。持っていても何ら不思議ではない。

 

 卓上の写真に、ギーマは頭を振っていた。

 

「こればかりではございません。我が領国は良質なオーラバトラーを提供出来る、と言っているのです」

 

「良質……ですか。ですがこちらが首を横に振れば?」

 

「オーラバトラーは必要な戦力です。どの国家であっても」

 

「フェラリオが舞う、幻想の舞台では無用の長物でしょう。どこでもオーラバトラーを必要としている、という認識には野蛮人の理論が窺える」

 

「どうでしょうか。これは専守防衛のためにある」

 

「防衛、ね……。どうにもギーマ・ゼスティア殿。あなたは急ぎ過ぎている感が否めないですな。今回の面会と言い、外交努力といい、そちらはどうしても浮き足立っているような気がしてならない」

 

 いつもならば、この挑発に食ってかかっていただろう。しかし、今のギーマには心強い味方がいる。

 

「……失礼ながら。貴婦人を外交に立たせるのは理解出来かねます」

 

 隣の席に座り込んだレイニーを目にした外交官の言葉に、ギーマは虚飾の笑みで返す。

 

「妻です。彼女はいずれ、ゼスティアの王妃となる。ならば、慣れさせておくのが人情では?」

 

「それは人情とは呼びませんとも。ご婦人には辛いお役目だ」

 

「いえ……ご心配には及びません」

 

 レイニーもよく演技をしている。会ってまだ半日と経っていないのに、自分の婚約者の役目を買って出ているのだ。その胆力、相当なものだと判断した。

 

「……失礼ながら、奥方は」

 

「ああ。目が見えないのです。これは生まれつきでして。……ですが、何か問題が?」

 

 強く出たこちらに相手は意見を仕舞ったようだ。

 

「いえ……、見目麗しいお方ですが、それは……」

 

 見目麗しいとは、とギーマは笑いを堪える。つい先刻まで、上等な身分とはまるでかけ離れた辻占であった少女だ。

 

「ご心配には及びません。妻はそれなりに心得ております」

 

「……なるほど。ですが、やはりオーラバトラーの支援を寄越すのは、個人的な心象を言えば反対です。要らぬ戦いまで招いてしまう」

 

 ギーマはカップを傾けていた。芳しい茶葉の香り。鼻腔を突き抜けていくのは苦味と甘味の入り混じった芳醇な色彩である。

 

「……この茶葉だけではこれから先の時代、生き残ってはいけません。断言しましょう。そちら方の揃えていらっしゃるオーラバトラー部隊、一端にしようというのならば我がゼスティアは支援を惜しみません」

 

「ギーマ殿。貴殿はまだお若い。アの国が引き起こした悲劇を、……その全てまでは知らぬ世代でしょう」

 

「教本では」

 

「教本で知るのと、実際にあの戦火に巻き込まれかけたのではまるで違うのです。あれは……そう、恐ろしい戦いでした」

 

「……失礼ながら、あの戦場に?」

 

「あの当時は、嫌でも耳にしたものですよ。伝説のオーラバトラー、《ダンバイン》。アの国はショット・ウエポンなる地上人を召喚し、忌まわしい兵器を数多く開発した。語るもおぞましい……オーラバトラーを」

 

「ですがそのお陰で、今日の繁栄があるのです。ショットなる地上人がいなければこのバイストン・ウェル、開発は向こう五十年、いやともすれば百年は遅れていたかもしれない」

 

「そのほうが……よかったのかもしれませんがね。オーラバトラーの群雄割拠はコモンに戦という蜜の味を覚えさせた。元々、殺し合いなど好まぬ我々に、殺し合いの美学を叩き込んだのです」

 

「ですが、美学は美学です。醜悪ではない。そう切り捨てられない時点で、そちらもお分かりなのでは? オーラバトラー、ひいてはオーラマシンがどれほどに重要なのかを」

 

 外交官は立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。その声が憔悴している。

 

「……ゼスティアは特に困ったところのない土地だと聞きます。ですが、我が国は出来るだけ穏便に進めたいのです。茶を摘み、平和的に外交し、民草はその潤った景気で日常を謳歌する。それでは、いけないのでしょうか?」

 

 背中を見せた形の外交官に、ギーマはレイニーへと視線を流していた。彼女は頭を振る。

 

 まだ、その時ではないと。

 

「そうでしょうとも。この国は平和だ。ですが平和とは、いつ戦火に染まるとも知れぬ、合わせ鏡のようなもの。失ってからでは遅いのです。我が方も、ジェム領の間断のない侵略行為に遭っている」

 

「ジェム領国……。にわかに信じられませんな。あの国ではオーラが極めて薄い。そのため、コモンの民草はオーラバトラーをうまく扱えないのだと伝え聞いていますが……」

 

「それを補うために、召喚したのですよ。地上人です。地上人の編隊はこちらにとっては脅威。無論、どの国に対しても」

 

「ジェム領が全面戦争に打って出るとでも?」

 

「可能性はございます」

 

 外交官は目頭を揉み、椅子に座り直した。

 

「正直……そのお話を鵜呑みにするのはどうかとも思うのです。ジェム領は確かに、国交を断絶して久しい。ですが、あの国が悪に染まったなど」

 

「考えられない事が起こる。それが戦争というものではないのですか?」

 

「仰るとおり……。しかし、それでも信じ難いのです。ゼスティアは力がある。それは理解しているつもりですとも。ですが……ジェム領には、友人がおりまして」

 

 その切り出しに、ギーマは身を強張らせた。ここに来ての新たな札に、まずいな、と声を飲み込む。

 

「それは……」

 

「とても穏やかな……こう言うのもなんですが、戦いなどまるで好まぬ人種で。そのような人間のいる国が、脅威など……飲み込み難いと言いますか」

 

「個人的な心象は外交には」

 

「無論です。それは排除すべきでしょう。ですが……あなた方はまるでジェム領を、排斥すべき絶対悪のように誇張されている気もするのです。ゆえに、すぐには呑めない、と……」

 

 ここまでか、とギーマはこれまでの温厚な手立てを捨てる覚悟を持った。レイニーの肩を叩く。

 

「……何を」

 

「妻は、昔から外交が得意でしてね。ここから先は彼女に交渉していただきましょう」

 

「……目の見えぬ貴婦人に外交など――」

 

「失礼ながら、外交官様。娘さんはお元気ですか?」

 

 それが彼のウィークポイントであったのだろう。今までとはまるで違う気配が応接室に降り立った。

 

「何を……」

 

「大変ですわね。ただでさえかさむ国債に、家族に迫る病魔。一役人の、通常の報酬では賄えないでしょう」

 

「……まさか私に、裏取引を持ちかけようとでも言うのですか」

 

「まさか。ですがゼスティアはあなたを支援出来ます。無論、個人的にも。仰りましたよね? ゼスティアには力があると。ならばその力、如何なく発揮させていただきたいというのが正直なところです」

 

 ギーマは舌を巻いていた。辻占で磨いた技術であろうか。その舌鋒の鋭さ、容赦のなさにはなかなかに真似出来ないものが宿っている。

 

「……ゼスティアの、そちらの要望を呑め、と?」

 

「要望というほどでもございません。これはただのお願いです。こちらは最大限の補助をしましょう。オーラバトラーの支援をお考えになってくださいますか?」

 

「……一考しましょう」

 

 まさかこれほどまでに容易く話が通るとも思っていなかった。ギーマが最後の一声を外交官に浴びせる。

 

「では、調印をお願いします。これから先、ゼスティアを支援なさる事を」

 

「……有益なパートナーになりたいものですな」

 

「それはこちらも」

 

 笑い返しながら、ギーマはレイニーへと視線を流す。

 

 状況を一変させたのは彼女だ。オーラが見える、と嘯く少女。

 

 ――ともすれば自分は、時代を変える切り札を手に入れたか。

 

 その予感に、ギーマは高鳴る鼓動を止められなかった。

 

 

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