リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第三十二話 決闘見敵

「ランラの命には別状ないって……、エムロード?」

 

 部屋の小窓から入ってきたティマに、エムロードは面を上げる。ベッドの上で座り込んでいた自分を見るなり、ティマは慌てて近づいてきた。

 

「どうしたの? ……目、腫れてるよ」

 

「ゴメン……。ボク、とんでもない事を……」

 

「ランラの事は誰もせいでもないよ。狙撃手は倒したんだ。エムロードのせいになんてさせない」

 

 そうかもしれない。だが、それだけではないはずだ。エムロードはティマへと問いかける。

 

「《ソニドリ》の……あの、黒いオーラは?」

 

 ティマはその言葉に押し黙った。ティマが口を噤むのも分かる。あれは、あってはならないオーラだろう。

 

「……ティマも、教えてくれないんだ」

 

「違うよ! だって、エムロードが心配だからさ。これ、聞いたらもう、《ソニドリ》に乗ってくれないかもしれないし」

 

「それは……、でも、知らなきゃ前に進めない。ティマ、あれは何?」

 

「……あたしも詳しくはない。でも、オーラ力には暗黒面もあるって聞いた事がある。その暗黒面に、触れてしまったみたい……」

 

「オーラの暗黒面……、ティマ、それは《ソニドリ》を……どうにかしちゃうほどなのか?」

 

「《ソニドリ》は他のオーラバトラーとは違う。だから、エムロードの不安とか、恐れをダイレクトに感じちゃちゃうんだ。それで……暴走した」

 

 やはり、あれは暴走なのか。エムロードはでも、と言葉を継ぐ。

 

「あの黒いオーラは確かに……暴走だっただろうけれど、虹色のは?」

 

「あれも、観測した事のない現象だった。でも、敵のオーラバトラーが言っていたよね。ハイパー化、って」

 

「……ティマは知っているの?」

 

 彼女は翅を揺らし、瞑目する。出来れば言いたくない事のように。

 

「これは……知らないほうがいいと思う」

 

「でも、でもボクは……!」

 

 知らなければまた誰かを傷つけるであろう。それはもう嫌なのだ。

 

「ボクは、強くなくっちゃいけない。じゃなくっちゃ、何のために……このバイストン・ウェルに呼ばれたんだ。ボクが勝たなくっちゃ、ゼスティアが負けるっていうんなら、戦う。あの黒いオーラバトラーを……倒す」

 

 結んだ決意にティマが戸惑いを浮かべる。

 

「でも、ハイパー化は知っても――」

 

「教えなければ、結局は繰り返す」

 

 割って入った声音に二人して息を呑んだ。

 

 扉を開いたのはランラである。

 

「もう無事で……」

 

「怪我は大した事ない」

 

 そんな事はないはずだ。狙撃手に狙われたのだから。

 

「安静って……!」

 

「黙っていろ。ミ・フェラリオ。エムロード。ハイパー化に関して、教えておこう。オレもほとんど又聞きだがな。三十年前に、初めて起こった現象とされているが、フェラリオの一部はこれを知っていた。それはオーラの膨張現象と言われている」

 

「膨張……現象……?」

 

 ティマへと視線を流すと、彼女はばつが悪そうに答えていた。

 

「……オーラマシンが受け止めきれるオーラには限界があるんだ。それを超えたオーラは閾値を超え、オーラマシンの拘束具を外し、暴走させる。オーラマシンを何倍にも強靭にさせるんだ。それをハイパー化、能力の際限ない増強を意味する」

 

 ならば、それはこちらにとって優位ではないか。そう言いかけたエムロードへとランラの厳しい声音が飛ぶ。

 

「だが、万能でもない。ハイパー化は、オーラマシンでも抑え込めない個人のオーラ力の暴走。その行き着き先は、自壊だ。オーラマシンごと、その存在は自滅する。ハイパー化は諸刃の剣だ。出来れば使わないほうが望ましい」

 

「自壊……、そんな事が、起こるって言うの?」

 

「……悔しいけれど事実だよ。オーラバトラーでも、もしエムロードのオーラ力を受け止め切れなくなれば、それは自滅へと辿る道となる」

 

 そんな、とエムロードは掌に視線を落とす。この力が身を滅ぼすというのか。今まで強力だと言われてきたオーラが、自分を殺すと。

 

「だがあの現象は……ハイパー化とも呼べない代物であった。単純なハイパー化は、もっと極端だと聞いている。オーラマシンの巨大化、それに、閾値を越えたオーラが周囲に及ぼす影響も。しかし、あの虹色の光は……まるで違う。周りのオーラも、《ソニドリ》のために変異したような印象だ。あれはまるで……オーラの隷属。そう、隷属というのが正しい。オーラを、お前は飼い慣らした。ある一面では、な」

 

「ボクが、オーラを……」

 

「《ソニドリ》には未知の部分が多い。敵国に改造されたんだ。我が方の技術部門では解析出来ないかも。しかし、手をこまねいている場合ではない。ここは不確定要素があっても、勝ちに行く」

 

 ランラの眼差しに浮かんだ決意は本物だ。本気で、ジェム領国を討つつもりなのだろう。彼をそこまでさせるのは、やはり《ゼノバイン》との因縁か。ゼスティアの戦力を使って狂戦士を討つ。そのためならば目の前の障害物は迷わず排除する、という心持ちだろう。

 

「でもボクは……、暗黒面のオーラに飲まれた……」

 

「一度や二度の敗走で自信を失くすな。オーラの補強と、その隷属……うまく扱えればこれ以上の戦力もないだろう。勝利するために、お前と《ソニドリ》は必要だ」

 

 脇腹を刺されてでも、か。エムロードは軽症ながら、我に帰るためにランラに刺された箇所をさする。彼はその手を目にして声を発していた。

 

「恨むのならば恨むといい。オレは気にしない」

 

「いえ……ボクは、出来れば報いたい。ランラ。その術があるのならば」

 

「でもっ! エムロード! どうするって言うのさ!」

 

 ランラと視線を交わし、エムロードは立ち上がった。

 

「独房へ」

 

「まさか! 言っていたグランとの一騎討ち? 無茶だよっ!」

 

「オレも、無茶だとは思っていたが、騎士団の動きはこちらを遥かに凌駕する。時間は余りないのかもしれないな」

 

「ランラ! エムロードをけしかけないで!」

 

 ティマの声音にエムロードは片手を上げていた。

 

「大丈夫。……大丈夫だから。ティマ、ありがとう。結晶剣は?」

 

「エムロード……。あたしは本当に心配。だって、前回の戦闘で思わぬ事態が起こり過ぎた」

 

「その思わぬ事態を、一つでも想定内に抑えるのが、騎士の役目だと、ボクも思う。だから、今は、一つでも違えた道の矯正を」

 

「同感は、一部な。だが、グランが言う事を聞くかどうかは未知数だ。こちらの交渉など全て蹴ってしまえばいい身分でもある」

 

「それでも、ボクはあの人が、ただ単に黙秘を続けるとも思えない」

 

 ランラは暫時、沈黙を浮かべた後に、顎をしゃくった。

 

「ついてこい。独房まで案内する」

 

「ランラ……、あんたには慈悲がないの?」

 

 ティマの責め立てる言葉にランラは鼻を鳴らした。

 

「慈悲? そんなもので戦が勝てれば、誰も苦労しないだろう」

 

 ランラとて負傷している。しかし、この状況を少しでも好転させるのには、こちらから切り込むしかない。

 

 騎士団はグランの身柄など関係なしに動いている節がある。だとすれば、こちらも対応策があるはずなのだ。

 

 地下へと向かう階段を降りる際、ランラは口火を切った。

 

「しかし、グランという男……、一筋縄ではないはずだ」

 

「それは……戦えば分かる。ボクだってそう感じた」

 

「軍人としてだけではない。男として、彼には尊敬すべき部分がある。いや……これも買い被りかもしれないが」

 

 地下牢へと足を踏み入れた途端、兵士が敬礼する。

 

「状況は?」

 

「……あれから水も食事も取っていません。当然、口なんて利くはずが……」

 

 兵士の眼がこちらへと注がれ、彼らは姿勢を正した。

 

「失礼。リボンの聖戦士殿もお連れで?」

 

「あまり時間はかけられん。面会をする。許可は得ていない」

 

「……多分、喋りませんよ?」

 

「それでもさ。エムロード」

 

 促されて、エムロードは牢獄の最奥まで歩み寄った。最も厳重に守られた牢屋の奥で、両手両脚を手錠で縛られたグランが気配に面を上げる。

 

「グラン中佐、ですね」

 

 エムロードの問いかけにグランは返答もしなかった。

 

「何とか言いなさいよ!」

 

 ティマの声が響くばかりで、地下牢はどこか茫漠としている。ランラが歩み出てグランへと言葉を投げる。

 

「ジェム領国所属軍、中佐階級のグラン殿とお見受けする」

 

 その声音が今までと違ったからか、彼は声を投げた。

 

「……ゼスティアの軍人ではないな?」

 

「流れ者だ。ゆえあってゼスティアに身を置いている」

 

「流浪の民か。ゼスティアにそこまでの了見があるとは思えなかったが」

 

「ある盟約を結んでいてね。して、グラン中佐。願いを聞き入れてもらいたい」

 

「そんな単刀直入に?」

 

 うろたえたティマに比してグランは落ち着き払っていた。

 

「何がだ。《マイタケ》は動かんのだろう」

 

「オーラバトラーは抜きで、の話だ。エムロード。彼女は白いオーラバトラー、《ソニドリ》のパイロットである」

 

 グランの眼差しがこちらへと注がれる。しかし、その胡乱そうな目つきはすぐに疑念へと変わったようであった。

 

「オーラバトラー抜きで何をしようというのだ。まさか力比べか?」

 

「そのまさかだ。剣術の心得はあるだろう。一騎討ちを願いたい」

 

 グランが失笑する。そのあまりの馬鹿馬鹿しさから漏れたものらしかった。

 

「……そんな事をして何になる?」

 

「騎士団がゼスティアへと攻めてきた。これは今までにない事だ。あの黒いオーラバトラーも」

 

 その名前を出した途端、グランが目を見開いた。

 

「……《キヌバネ》が出たというのか」

 

「《キヌバネ》というのか。騎士団は確実にゼスティアを陥落すべく行動したが、《ソニドリ》の活躍により、それは阻まれた。もう、ジェム領の軍備は堕ちたと見るべきだろう」

 

「どうとでも罵るがいい。だがジェム領がただ堕ちたなど、信用なるか」

 

「ではグラン中佐。そちらの剣で、それを確認すればいい。言っておくが、エムロードは強い」

 

 嘘八百でもないが、ほとんどがブラフだ。これに乗るかどうかが完全な賭けの部分が大きい。グランは自分とティマを見比べ、次いでランラを見やった。

 

「……条件が」

 

「仮釈放ならば考えてある」

 

 思わぬ発言にエムロードは目を見開いた。

 

「何を言ってるのさ! そんな事をしたら、ゼスティアが!」

 

「脅威には晒されるかもしれないな。だが、究極的にオレは、どちらの味方でもない。ゼスティアには与するが、忠誠までは誓った覚えはない。協力はする。それとこれとは別だ」

 

「……よく舌が回る男だ。そうやって漂ってきたのか?」

 

 グランがランラに興味を示したのが窺えた。彼はその機を逃さない。

 

「生き抜くためには手段は選べなくってね。崇高な理念とやらも。オレには一つの大きな目的しかない。そのためならば、何でも行う。やれる事は、何でも」

 

 それは《ゼノバイン》を倒すために彼が学んだ処世術なのだろうか。状況に流されている間にも、グランは言葉を投げた。

 

「一つ、聞く。どこまで条件は通る?」

 

「オレが可能だと判じる部分まで」

 

「それならば……少しばかりは信頼出来るか」

 

「あんた……! あたし達よりもランラが信用出来るって……!」

 

「それはそうだろう。ゼスティアのミ・フェラリオと地上人、それと流浪の民の身分を比べればどちらに比重を置くべきかは簡単に分かる。この男は少なくとも、嘘はつかない。それは眼を見れば歴然としている」

 

「あんた、軍人でしょう?」

 

「ミ・フェラリオが分かった風な口を利く。ああ、確かに軍人だとも。だが、軍人は、頭が堅ければ出来ない仕事でもある。請け負おう。一騎討ち、であったな?」

 

 ランラは満足気に頷く。

 

「衛兵。グラン中佐を外に出す。彼に食料と水を」

 

「逃がすって言うんですか?」

 

 そう誤解されても仕方あるまい。しかしランラはどこにもてらいを浮かべなかった。

 

「必要な事だ。これから先のゼスティアには、な」

 

 そう彼が言えば自然と凄味が出る。衛兵は言われるがまま、グランの拘束を解いた。茶褐色の肌を持つ大男が、狭苦しい牢獄から出て身体を伸ばす。

 

「剣を取ればいいのだな?」

 

「ああ。エムロード。やれるな?」

 

 その声音に、エムロードは確信する。これは試されているのだ。自分が言い始めた事を遂行出来るかどうか。何よりも、《ソニドリ》のパイロットとして、これから先に戦うのに相応しいかどうかを。

 

 ならば、これは自分の試練だ。

 

 拳を握り締めたエムロードはグランへと向き直った。

 

「出来れば、正しい戦いを」

 

 その言葉に何を思ったのか、グランが眉を跳ねさせる。この戦いに正しさなどない、とでも言い返されるかに思われたが、彼は静かに返答する。

 

「……いいだろう。正しい戦いを」

 

 地下牢から開放され、グランと自分は中庭まで案内される。

 

 中庭には整備途中の《マイタケ》が横たわっていた。彼は鼻で笑う。

 

「いいのか? ここで貴様らを殺し、《マイタケ》でいつでも逃げられる」

 

「それも、勝てば、の話だろう」

 

 ランラの余裕に、グランはどこか満足そうな笑みを浮かべる。

 

 剣が投げられ、グランがそれを手に取った。

 

 自分は《ソニドリ》の結晶剣である。

 

「戦いの条件は出来るだけ対等にしたい。休息が必要ならばそうするが」

 

「心遣い、痛み入る。なに、婦女子を相手取るのに、万全など、それこそ手心が沁みるというものだ」

 

 今の条件でも充分だという事か。相手が嘗めるのも分かる。自分はただの少女。相手からしてみれば地上人と言ってもその程度にしか見えまい。

 

「エムロード……、こんな条件、あまりにも……」

 

「大丈夫。ティマ、離れていて。ボクが……勝つ」

 

「心意気は痛快そのものだな。では、勝ってみせよ! 白いオーラバトラーの地上人!」

 

 グランが剣を振るい上げる。その迫力に気圧された。結晶剣で受け流そうとして、その膂力に押される。

 

 相手の力はこのバイストン・ウェルで遭遇したコモン人でも類稀なものであった。現実世界の大人の力と大差ない。

 

 後ずさったエムロードは結晶剣を正眼に構え直す。

 

「構えはいい。その剣筋も、一級と呼んでも。だが女子供で! この、グランの剣はさばけるものではない!」

 

 再び足を擦り、グランが一刀の下にこちらを仕留めようとする。エムロードはその刃を真正面から受けた。火花が散り、鎬を削る。

 

 横薙ぎに払った剣を相手は弾き返し、そのまま返す刀を肩口に叩き込もうとして、こちらの反射した刃に後ずさる。

 

 こちらがオーラの加護を受けているとは言っても、一進一退。

 

 相手は剣を手に果敢に攻め立てる。その動き、剣の流れ一つを取って見ても一級品のものである。

 

 ――やはり無理なのか。

 

 過ぎった不安に差し込むように、グランが面打ちを叩き込もうとする。薙いだ剣で流し、その横合いから打ち込もうとして、受けた刃の流麗さに舌を巻く。

 

 ――出来る、と判じたのは恐らく両者同時。

 

 コモン人とは思えぬ剣の冴えにエムロードは肩で息をする。

 

 グランは一度体勢を立て直し、剣を上段に構えた。今度こそ、とどめの一撃が来る。しかし、どうすればいいのだ。

 

 このまま受けるだけの戦いではいずれ疲弊する。どうすれば……。

 

 そう考えた矢先、ランラがこちらをじっと見つめている事に気づく。

 

「エムロード?」

 

 ティマの声にエムロードは瞼を閉じていた。

 

 そうだ。このバイストン・ウェルでは、雌雄を決するのは単なる力の過多だけに非ず。

 

 オーラという力が左右するというのならば、そのオーラの流れを見極め、読み、その果てを自分で掌握する。

 

 眼を開いたエムロードはグランの剣筋に止まった漆黒の蝶の翅を見ていた。

 

 地獄蝶。オーラを纏う者に絶対に存在する万人の死角。

 

 地極蝶が見えたという事は、それ即ち――。

 

 エムロードは踏み込んでいた。グランが轟、と剣を叩き込もうとする。

 

 その勢いを、斬、の勢いのみで返した。

 

 剣が跳ね上がり、宙を舞う。

 

 どちらの剣が地面に突き刺さったのかは、問いかけるまでもない。

 

 グランが後ずさり、折れた剣を下げていた。

 

「……使い手だな」

 

 そのこぼされた声でようやく我に帰る。勝利の余韻が寄せてくる前に、ランラが割って入っていた。

 

「これで、条件は呑んでもらえるな?」

 

「敗北したのだ。しかもよりにもよって剣で。それならば、もう抵抗は無意味だと、悟ったよ」

 

 グランがランラを見据える。彼は淀みなく口にしていた。

 

「ジェム領国の現状を教えてもらいたい。それと、……騎士団に関しての情報を」

 

「断る理由もないな。……気になっていたが、名は?」

 

 問われているのが自分だと気づくまで数秒かかった。周囲を見渡してから答えるという愚を冒す。

 

「……エムロード」

 

「そうか。エムロード。義は通す。自国の情報を売り渡すのは売国奴のする事だが、負けたのならば流儀に従おう。それが戦士というものでもある」

 

「話が分かって助かる」

 

「最初から、こうするつもりだったのだろう?」

 

「何の事だかな。エムロードが勝てる、という保証もなかった」

 

 しかし、ランラは自分を信じていた。だからこそ、地獄蝶を思い返したのだ。

 

 それを口にする前にグランがフッと笑みを浮かべていた。

 

「嘘か真か……どちらでも構わん、か。ただし、条件がある。自国に刃を向けるのだ。それなりのケジメを、な」

 

「ある程度ならば聞こう」

 

「部下の……《ドラムロ》に乗っていた同族の開放を。それが成されないのならば情報は一切流さない」

 

 しかしそれは、と言いかけてランラが代弁していた。

 

「……驚いたな。部下に裏切り者だと思われてもいいと?」

 

 そのはずだ。グランが率先して情報を流す代わりに部下を逃がせなど。正気とは思えない。しかし、彼はその双眸に浮かんだ決意を崩さなかった。

 

「言っただろう。義は通す。それは自分の生まれ育った場所に対しても同じ事」

 

「なるほど。武人の名前は伊達ではないわけか。いいだろう。《ドラムロ》に乗っていた部下は全員、逃がす事を誓おう」

 

 ランラの約束もギーマが帰ってくるまでだろう。彼が指揮権を譲渡すれば部下の命はないかもしれない。グランは慌てているようでもあった。

 

「可及的速やかに頼む。儂も、気に食わんと、考えていてな」

 

 仮説であったが騎士団との不仲は確かの様子。つけ入る隙はある。

 

「後は情報戦術に頼むしかないな。戦術室に案内する。エムロード」

 

 ランラがすれ違い様、静かに肩を叩く。

 

「よくやった。前進だ」

 

 そのたった一言だけであったが、エムロードには他に替え難いもののように感じていた。

 

 この一勝が、うねりを変えるというのならば。自分はそれを信じたいと。そう思ったのは何も間違いでないような気がしていた。

 

 

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