リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第三十七話 ワンデイ・リメインズ

『オーラバリア増大』

 

 その報に、汗ばんだパイロットスーツへと、風を入れようとして、逆に気密をきつくしていた。ヘッドアップディスプレイの上官が微笑む。

 

『……ラフに行けよ。前線で気負えば死を招く』

 

「はい。レイリィ少佐」

 

 返して、操縦桿を握り締め、機体を前進させていた。粉塵の向こう側から現れたのは、この世界とは異なる理で生まれ出でた獣。強獣――ガッター。

 

 バイストン・ウェルでは慣れ親しんだ獣であったが、この地上界に出る影響でその存在が歪むのだと聞かされていた。

 

 ゆえに、眼前の強獣は、バイストン・ウェルで一般的に狩られる強さではないのだと判断すべきだろう。

 

 歩兵を蹴散らし、ガッターが吼え立てる。

 

 丹田に力を込め、フットペダルを踏み込んだ。

 

「メタルトルーパー、《アグニ》。強襲します!」

 

《アグニ》が黄色の眼窩を煌かせ、脊髄から伸長した腕をガッターへと突き出す。掌の中央部に埋め込まれた連装バルカンが火を噴き、ガッターを押し返した。

 

『効いているぞ!』

 

 兵士達の昂揚に、《アグニ》をあまり前に出し過ぎないよう、留意する。逸れば死を招く。そう教え込まれたばかりではないか。

 

《アグニ》を中距離に置いて、もう片方の腕に装備されたガトリング砲を照準する。

 

 敵影は焚かれたスモークの中にあった。蠢く影に向けて、ガトリングの銃弾が撃ち込まれる。

 

 ガッターの悲鳴が夜を劈いた。甲高いその咆哮に《アグニ》を押し留めつつ、戦意を高める。

 

《アグニ》は、その設計思想からどうにも敵――つまり強獣の敵意に強く影響を受けると聞かされている。あまりにも敵に至近距離で戦闘を挑めば何が起こるか分からないとも。

 

 中距離による銃撃戦。それなりの効果はあったはず、とスモークが晴れた箇所を注視した時、不意にガッターの肩口から何かが膨れ上がった。

 

 ガッターより肉腫が生まれ、それが形状を成そうとしているのだ。ガッターが蹲り、新たに生まれ出でた何かが蠢動する。

 

『……まさか、第二変異か』

 

「第二変異……。何が……」

 

 来るというのか。その言葉を紡ぐ前に、弾けた肉腫から黄色い血潮が舞い上がった。ガッターより生まれ出でた新たなる強獣が口腔部を開き、空へと吼える。

 

「キマイ・ラグか」

 

 それほど珍しい強獣ではない。だが、殊にバイストン・ウェルにおいて、その独自性は群を抜いている。

 

 キマイ・ラグ――、オーラバトラーの骨子となる強獣。

 

 バイストン・ウェルでは乱獲による激減が心配されていたな、という考えが脳裏を過ぎったのも一瞬。甲殻に身を包んだ人型に近いキマイ・ラグは瞬間的に《アグニ》との距離を詰めてきた。

 

 まさか、至近距離で、と思わぬ敵の動きに《アグニ》がうろたえてしまう。ガトリング砲をその怪力で押さえ込もうとしたキマイ・ラグに新たな武装を発動させる。

 

「この!」

 

 腹腔のパネルが裏返り、ワイヤーを射出させた。キマイ・ラグの肉体に命中した部位から電撃が迸り、敵を痺れさせる。

 

 そのままこちらの膂力に任せてキマイ・ラグを押し倒した。

 

 蠢く敵の心臓部を狙い、右腕をすり鉢状に変形させる。高速回転に至った右手がドリルとなってキマイ・ラグの心臓を射抜いた。

 

 敵が痙攣し、そのまま息絶える。

 

 三十秒ほど、沈黙が降り立っていたが、やがて米兵から勝ち鬨の声が上がった。彼らの歓声を受けつつ《アグニ》が振り返る。

 

『よくやってくれた。イリオン君』

 

 その言葉にイリオンはヘルメットを脱いでいた。

 

「いえ。《アグニ》を動かせるのは、僕だけみたいですから」

 

『頼もしいな。二週間前まで怯えていたとは思えない』

 

 イリオンは微笑み、サムズアップを寄越す。相手もそれに応じていた。

 

「レイリィ少佐。それは言わない約束でしょう?」

 

『そうだったな。基地に戻って欲しい。上官より報告があるとの事だ』

 

 返礼し、イリオンは声にしていた。

 

「了解。ディ・イリオン。帰投します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キマイ・ラグ、か。現れる強獣のランクも上がってきたな」

 

 そうこぼす直属の上官に、レイリィは返していた。

 

「オーラバリアも今までにない数値です。通常兵器はまるで役に立たない」

 

「ゆえにこそ、《アグニ》が前に出るべきなのだ。メタルトルーパー……、それも適性者ならば意味があるというもの」

 

 しかし、とレイリィは苦味を噛み締めていた。

 

「……たった一人なんて」

 

「一人でも、いたという事が奇跡なのだ。オーラを持たぬ人間。《アグニ》への適性がある者など」

 

 いないと思われていた。この地上界では、《アグニ》を乗りこなせる人員などどこにもいないと、もう見切りをつけられていた矢先であった。

 

 イリオン――、あの子供に出会ったのは。

 

「ですが、一応は民間人という措置を取ったほうが……」

 

「あれが禁猟区に現れた時点で、もう無関係ではないとも。それに……結局のところ、どうなのだ? 彼、なのか?」

 

「それは何とも……」

 

 頭を振ったこちらに上官は鼻を鳴らす。

 

「……まぁ、乗ってくれるのならばどちらでもいい。彼でも彼女でも」

 

「しかし今のところ、同意を得て、搭乗してもらっている状態でして」

 

「民間人を軍属に、というのは? 前例がないためか?」

 

「……手続き上に不備が生じます」

 

 レイリィの声音に上官は操作パネルへと手を伸ばしていた。今回の強獣、ガッターとキマイ・ラグのデータを精査する。

 

「興味深いな。元々、強獣が現れやすい区域であった。この港町は。だからこそ、我が米軍が三十年も前より、それを予見し、ここに基地を作った。それが役立ったのはこの二年程度であったがね。予算食いだと、何度も罵られたクチだ」

 

 微笑んだ上官はもうそのような侮辱を受けずに済む、と安心しているようであった。

 

「ですが、目下のところ不明なままなのです。どうして強獣はここに現れるのか。どうして、バイストン・ウェルとここが繋がってしまっているのか。その答えは、誰も……」

 

「それに関しては専門職を呼んでおいた。今日付けで着任する。目を通しておきたまえ」

 

 手渡された端末に表示された情報に、レイリィは目を見開く。

 

「……どうして、次から次へと」

 

「本国も若い力に期待しているのだろう。イリオン君には近々、勲章も与えられる予定らしい」

 

「彼は軍人ではありません」

 

「軍人ではない、という逃げ口上をいつまでも繋ぎ通せるものでもないのだ。二週間で三度の襲来。その三回とも、メタルトルーパー《アグニ》が撃退せしめたとなれば、その実績を買わないのは逆に不審となる」

 

「……ですが彼は来訪者です」

 

「バイストン・ウェルの、かね? それも、どこまで信頼に置くべきかな」

 

「どちらでもないのが、その証明かと」

 

 その言葉に上官はコンソール上に表示されたイリオンの情報を読み取る。

 

「身体検査の結果、完全にコモン人である、という結果が出たものの、それ以外はまるで一切が不明。現在科学では解明出来ないと言うのか。バイストン・ウェルの、妖精の叡智は……」

 

「彼は被害者でもある」

 

「だが加害者でもあるのだろう。強獣を撃退出来るのは彼だけだ。《アグニ》だけが、我々の希望なのだ」

 

「そもそも強獣は何故、ここに現れるのか。その事実究明こそが、急がれるのでは?」

 

「……我々が言い争っていても、それは意味を成さんよ」

 

 全て、この人物に任せるというのか。レイリィは端末を目にし、そこに映し出されている金髪の少女の名を紡いでいた。

 

「……ミシェル・ザウ。この時代の天才、か」

 

 


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