リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第三十九話 ブラック・バード

 乗っていた軍用機が揺れて、ミシェルはハッと目を醒ました。

 

 同乗していた秘書官が笑みを浮かべる。

 

「……寝てた?」

 

「ぐっすりでしたよ。プロフェッサー、最近お疲れなのでは?」

 

 その問いにミシェルは頭を振る。

 

「落ちちゃうのよ。自然と。何だかよく分からないけれど、不思議な夢を見るわ。この半年ほど」

 

「へぇ。どういう夢なんです?」

 

 秘書官はノート端末に視線を落としたまま尋ねていた。ミシェルは頬杖をついて応じる。

 

「何だか、変なんだって。私が、見た事もない場所で戦っているの。あれは……資料にあったオーラバトラーね。オーラバトラーに乗って、私が戦っている。他にもオーラバトラーがたくさんいたわ。山のように巨大なオーラバトラーもいれば、騎士の偉容を持つものも。多種多様なオーラバトラーの中の、一機に乗り込んでいる」

 

「資料の読み込み過ぎなのでは? あまりに仕事熱心ですから」

 

「そうかも……。でも、不思議なのよ。私はその中でも、何だか別の存在みたいなの。三十年前に確認されたバイストン・ウェルへの転生者……、そう、聖戦士。私は聖戦士みたいなのよ」

 

「へぇ、聖戦士ですか」

 

 抑揚のない秘書官の声にミシェルは頬をむくれさせる。

 

「……信じてない」

 

「そりゃ、夢ですからね」

 

「当たり障りなく応じるのが一番、ってわけ。でも、割と無視出来ないのも出てくるのよ。私は一領国の城を任されているんだけれど、その城の主がとんだ悪人でね。盗っ人猛々しいって言うのはああいうのを言うんだわ」

 

「じゃあプロフェッサーは悪役ですか?」

 

 その言葉には唸るしかない。

 

「……なのかなぁ」

 

 秘書官はガムを差し出す。眠気覚ましに、という事なのだろう。ありがたくちょうだいし、眼下にたゆたう海面を視界に入れた。

 

「日本までどれくらい?」

 

「あと三十分ほどです」

 

 機長の声にミシェルは鼻を鳴らした。

 

「とんだ距離ね。もっとマシな航空機でもチケットを取っておけばよかった」

 

「プロフェッサーの頭脳は偉大ですから。民間機になんて乗せられませんよ」

 

「テロリストに遭えばお終いだから、でしょ? あなた達米軍人の言い草にはもう飽き飽きだわ」

 

 肩を竦めると秘書官は微笑みかける。

 

「プロフェッサーは本国の希望なんです。ちょっと手狭ですが、我慢してください」

 

「希望、ねぇ。そういえば基地には既に展開済みなんですって?」

 

 ノート端末にその情報が先んじて表示されていた。こちらに向けられた画面にはどこか間抜けな形状をした兵器が映っている。

 

 頭ばかり大きく、突き出るような形で筋張った脊髄から両手両足が伸びた奇異なる姿。人を模した形と言うよりかは、獣を模したと言われたほうが納得する、米軍の最新兵装。

 

「メタルトルーパー、《アグニ》。とんでもない代物ね。でも、動かせる人間がいないって、欠陥商品でしょ?」

 

「二週間前の情報ですが、動かせる人間が出た、と。いえ、これは来たと言ったほうがいいでしょうが」

 

 胡乱な論調にミシェルは慎重に問い返す。

 

「……ジャップじゃないわよね?」

 

「国籍不明、性別不明、この人物です」

 

 映し出された金髪の華奢な子供にミシェルは小首を傾げる。

 

「……エイプリルフールは三ヶ月前の昨日までよ?」

 

「プロフェッサー。残念ながら事実です。この少年……、いえ、性別不明なのでどうとも呼べませんが、この人物のみが、《アグニ》を動かせる鍵、だと」

 

「鍵ぃ? どこからどう見ても子供じゃない」

 

 他の情報にアクセスしようとするが、どれも黒塗りで役に立たない。

 

「……何をやっているの基地の軍人達は。酔狂で日本の守りを任せているわけじゃないのよ」

 

「これでも尽力している、と。報告は常に受けています。《アグニ》のデータもバックアップ済みです」

 

 困惑気味の秘書官にミシェルは嘆息をつく。

 

「……で? こいつが唯一の希望とか言い出さないわよね?」

 

「……今のところは」

 

「ろくでなし! あんなものに予算を食わせるなんて、本国も数寄者よ! 相当三十年前の密の味が忘れられないと見るわ」

 

「オーラバトラーの技術はこの惑星に革新をもたらしました。殊に、オーラバリアは」

 

 ミシェルは見え見えの議論に手を払う。

 

「核シェルターを安く作れるようになったんじゃない? 高官達はせいぜい自分の命が長くなった事に安堵したでしょうね」

 

「それだけではございません。オーラバリアの発展によって、軍部ではそれを突破する術を持つ兵器の開発が急がれました。どこの国でも、相手がもしオーラバリアを実装していれば……という疑心暗鬼です。もしもの時の引き金が、まるで役に立たない可能性もあるのですから」

 

「オーラバリア突破、ね。……夢のまた夢の技術だわ」

 

「いっその事、全く不明なら、まだ夢のある話だったんですが……」

 

 濁した語尾にミシェルは舌打ちする。

 

「《アグニ》が実現してしまった。でも、それもつい二週間前までは実現可能だが、不可能な領域、と諦められていたのに」

 

「手の届く場所になってしまった。……国家の威信をかけてでも、オーラバリア突破の兵器に金を積めと……」

 

「正しい判断だとは思うわ。でも同時に、狂っているともね。バイストン・ウェルから持ち込まれた技術で、国取り合戦なんて」

 

 馬鹿げている、という声音に秘書官は頭を振った。

 

「しかしプロフェッサー。既に世界はそう動くと規定されているのです」

 

「悲しいわね。ヒトは、ヒトだけで争えばいいのに。バイストン・ウェルの叡智はそれに留まらないものを生み出した」

 

「……噂ですが、彼の国がオーラバトラーを実戦配備しているとか言う……」

 

「噂よ、それ。色々、尾ひれもついているけれど」

 

 この地上界でオーラバトラーは製造出来ない。米国が二十年も前に確立させ、そして辿り着いた諦めに、他の国が追従するなどあり得ないだろう。

 

 だからこそのメタルトルーパー。オーラバトラーを造れないなりに地上人が考え出した忌むべき兵器。

 

「強獣の出現頻度が上がっているという報告を受けています。基地に降りればまずはそれでしょうね」

 

「嫌ね、仕事がいっぱいで」

 

「降りますよ。シートベルトを」

 

 機長の声に秘書官と自分はシートベルトを確認し、降下準備に入った。

 

 眼下に望める米軍基地は山なりであり、港町の半分を占めている。これだけ米軍が主張をしているのだからやはり反発は然るべきで、基地の外壁にはたどたどしい英語の罵倒がスプレー缶で書かれていた。

 

 信号を送り、軍用機が降下していく。ほとんど振動を感じさせず、軍用機は用意されたタラップに接続された。

 

 振動数を減らしていく羽根を仰ぎ見たミシェルへと、待ち構えていた軍部の仕官が敬礼する。

 

「お待ちしておりました。プロフェッサー」

 

 返礼せず、ミシェルは歩み出る。

 

「《アグニ》が見たい」

 

「その前に、強獣の出現頻度に関して、我が方と情報のすり合わせを行いたく――」

 

「何度も言わせないで。《アグニ》を見せなさい」

 

 仕官が秘書官に視線を飛ばす。彼女が全く気圧されないのを確認して、交渉は無意味だと悟ったらしい。

 

 相手は咳払い一つで空気を変えた。

 

「……分かりました。格納庫へ」

 

 案内された基地はどこか雑多な印象を受ける。馬の飼育小屋に、宿舎や機能棟が連立し、接続されているどこか奇異なる形状。

 

「これは、対強獣のための?」

 

「ええ。ちょっと工夫に工夫を重ねたら、こんな風になってしまって……」

 

「違法建築よ」

 

「言葉もありません」

 

 案内されたのは広く取られた格納庫であった。だが、急造品であるのはそこいらに散らばっているパーツを見てもよく分かる。大方、《アグニ》が動かなければここも稼動していないはずだったのだろう。

 

「ご覧ください、プロフェッサー! これが、メタルトルーパー、《アグニ》です!」

 

 事前情報と同じ、否、さらに武装が施されたその姿はヒト型兵器とは言い難い。無用に無用な武装を重ねた獣の様相だ。

 

「……搭乗者は?」

 

「今は身体検査ですかね。おい、被験者は?」

 

 通信を繋いだ仕官にミシェルは前に出る。相手が思わず、と言った様子で塞ごうとした。

 

「危ないですよ!」

 

「危険は百も承知よ。問題なのは、これが使えるかどうか。そうでしょう?」

 

「それは……、その通りですが……」

 

「内部データを洗い出すわ。端末を繋がせる」

 

「おい、待て! あんた誰だ!」

 

 整備士達が声を荒らげる。それを、仕官が制した。

 

「本国からの研究者だ。君らより遥かに高次の権限を持っている!」

 

「研究者だって……?」

 

 疑念の眼差しにミシェルは髪を結っていた。自前の端末にはステッカーが貼ってある。その端子を繋ごうとして、手を掴まれた。

 

「……これは俺達の希望なんだ」

 

「だから? 解析にも回せない兵器なんて兵器とは呼べないわよね?」

 

「それは……」

 

「分かっているのならば退いてちょうだい。時間も惜しいわ。それに……」

 

 先ほどから意識に靄がかかったようになっている。まただ。また、眠りの兆候が現れ始めている。

 

 急がなければ、と思った矢先、金髪の子供が格納庫に割って入ってきた。

 

「何をやっているんですか!」

 

 吼え立てたその子供を、ミシェルは見下ろす。

 

「あなたが……、ディ・イリオン?」

 

「……あんたは何者だ」

 

 反骨精神丸出しのその瞳に、ミシェルは言い返していた。

 

「ミシェル・ザウ。この時代の生み出した、最後の天才よ」

 

 

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