リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四話 危機禁猟戦域

 いい風だ、という言葉を受けてもギーマは面を上げなかった。

 

 当然と言えば当然。相手はこの領国の領主である。長髪の領主は朝焼けを見つめていた。ギーマは微動だにせず、口火を切る。

 

「地上人二人の召喚には成功しましたが、まだジェムとの戦場においての優位は保てています。慌てて戦力を散らす事もないかと」

 

「いい風だな。バイストン・ウェルの大地を慰める風だ」

 

「ウラウ様。忌むべきジェム領国の連中はすぐ傍まで迫っています。今こそ、一気呵成に聖戦士で攻める時。そのためには、大義が必要です」

 

「……この風は、緑色に染まっている」

 

 ギーマは分かっている。この会話が平行線である事、そして領主が既に正常ではない事を。ゆえに、形式上での対面に過ぎない。

 

 この領国を守るのは最早、老いた領主に非ず。

 

「ウラウ様。明日には実験機の使用を検討しております。《ソニドリ》、という……ミ・フェラリオの道楽と呼ばれておりますが……」

 

「風が教えている……。素晴らしい事だ」

 

「では、《ソニドリ》の試験と、地上人二名のオーラバトラーによる選出を……」

 

 刹那、通信機が鳴り響いた。老いた領主が痙攣したような声を上げる。

 

「おっ……おっ……」

 

「失礼。……どうした?」

 

『ギーマ様、敵影です。まさか二度も仕掛けてくるなんて……』

 

 一夜に二度も、か。だが、地上人の性能を測るのには好都合だ。

 

「よし、わたしも《ブッポウソウ》で出る。《ソニドリ》に地上人を乗せて後方待機させて――」

 

『それが! つい先ほど地上人が《ソニドリ》を……』

 

「なに? 《ソニドリ》が……先行しているだと!」

 

 思わぬ事態にギーマは領主へと声を放った。

 

「《ソニドリ》が思わぬ形で出ているようです。非常時なので、これで失礼を」

 

 身を翻したギーマの背中に、声がかかった。

 

「ギーマよ。風は何を伝えている? 何を我々に命じている?」

 

「それはこの戦火における勝利でしょう。ジェム領に遅れを取るわけにはいかない、と」

 

 淀みなく応じたギーマは領主の部屋を立ち去っていた。兵士達が合流し、鎧を自分に装備させる。

 

「《ソニドリ》が出ていると?」

 

「はい、つい数分前に」

 

「……ミ・フェラリオの勝手な道楽が、前に出て一番にやられれば厄介だ。《ブッポウソウ》は?」

 

「既にミシェル様の機体が出ています。前期型をご所望されて……」

 

 言いよどんだ兵士にギーマは喚き散らす。

 

「わたしに! 後期型に乗れというのか!」

 

「……ですが我が方の使えるオーラバトラーでは、《ブッポウソウ》は二機のみです」

 

「資源が底をつく前に、量産に着手せねばな。いい、後期型で出る。敵は?」

 

「待ってください。……珍しいですね。敵は《ドラムロ》ではなく……《ゲド》です。それも一機や二機じゃない。……五機の編隊……」

 

「《ゲド》が五機? ……どういうつもりだ。《ドラムロ》では勝てないと判断しても《ゲド》は……」

 

 オーラバトラー、《ゲド》は試作中の試作機。本来、前線に出るべくして製造された機体ではない。大国から流れたオーラバトラーの源流とでも呼ぶべき機体だが、それは骨董品と同義であった。

 

《ゲド》で来るという事は、舐められている証か。あるいは他意があって、《ゲド》をあえて実戦投入してくるか。

 

「いずれにせよ、読み負けるわけにはいかない。《ソニドリ》は?」

 

「西方を飛翔中! 会敵するまで、残り数十秒です!」

 

 見張り台からの声にギーマは舌打ちする。

 

「こんなに早く、《ソニドリ》を晒すつもりはなかったんだが……。相手からしてみれば僥倖だな。《ゲド》で新型を釣るなど」

 

「どうなさいますか?」

 

「どうもこうもない。《ブッポウソウ》で出て《ゲド》を蹴散らす。《ソニドリ》は出来るだけ後方へと回るように伝えてくれ」

 

 乗り込んだ《ブッポウソウ》の機体出力を調整する。ミシェルが普段乗っているせいで随分と高機動に設定されているのだ。

 

「……女くさい機体だ。ギーマ・ゼスティア。《ブッポウソウ》、出るぞ!」

 

《ブッポウソウ》が翅を広げ、城壁を一気に飛び越える。既に戦端は開かれており、《ゲド》とミシェルの《ブッポウソウ》が打ち合っていた。

 

《ゲド》は基本装備であるオーラソードによる近接戦法もこちらの《ブッポウソウ》の出力には敵わない。中距離で砲撃を見舞いつつ、《ゲド》を退けていくミシェル機へとギーマは通信を繋いでいた。

 

「ミシェル! 先行するな! それにわたしの《ブッポウソウ》で勝手な真似を……」

 

『あんたのだって言いたいのなら、名前くらいは書いておきなさいよ!』

 

「抜け抜けとよくも……。聞こえているな? 《ブッポウソウ》で前を固めろ。二機でも《ドラムロ》五機に相当する性能だ。型落ち品に過ぎない《ゲド》で……何を考えている?」

 

 その時、視界に入って来た機影にギーマは目を瞠っていた。白い装甲のオーラバトラーが戦局に割って入ったのだ。

 

「《ソニドリ》……? まさか、前に出てどうする!」

 

『いいんじゃない? どうせ性能試験をするつもりだったんでしょう?』

 

「黙っていろ! 《ソニドリ》! 聞こえているはずだ、地上人! 迂闊な真似をするな! それは我が方の新型機である!」

 

『新型機だって言うんなら、初陣でしょう』

 

 返ってきた声音にギーマは舌打ちする。

 

「ミ・フェラリオが……。我々と同等の口を利く。《ソニドリ》、後方に回れ。我々《ブッポウソウ》二機で活路を開く! ここは、後ろに行けと言っている!」

 

 ギーマが《ブッポウソウ》で前線へと踏み込む前に、《ゲド》三機が前を塞いだ。思わぬ抵抗にギーマはアクセルペダルを踏み込む。操縦桿を引き、《ブッポウソウ》に装備させた大剣を振るわせた。同じく剣で受け止める《ゲド》であったが、出力の差は歴然。

 

「舐めてくれるなよ……。ゼスティアの《ブッポウソウ》を!」

 

 そのまま押し切ろうとするのを、側面に回った《ゲド》が投擲した爆雷が防いだ。残り一機は機銃掃射で弾幕を張る。

 

 しかし、《ブッポウソウ》の装甲はその程度では掠り傷にもならない。

 

「……こいつら。まさか《ソニドリ》を炙り出すために? だが、だとすれば疑問が……。どうして《ドラムロ》も出さない? 墜とされるだけだぞ」

 

 敵の真意が分からない。このような状態で立ち回るのは危険だと、第六感が告げている。

 

 真正面の《ゲド》が剣を打ち下ろした。下段よりの振るい上げでその剣を弾き返し、《ブッポウソウ》の足の鉤爪が《ゲド》の装甲へと食い込む。蹴った際に《ブッポウソウ》のオーラ・コンバーターを開き、一気に跳ね上がった。

 

「踏み台にさせてもらう!」

 

 三機の連携を潜り抜けたギーマは一定距離を保つ《ゲド》と交戦するミシェルの援護に入ろうとした。

 

 敵の《ゲド》は重火器を装備しており、全く動こうとしない。《ブッポウソウ》が攻めあぐねているのは何も剣がメイン武装であるからだけではなく、《ゲド》にあるまじき重武装にうろたえているのもあるのだろう。

 

 ギーマは中距離用の火器を発射しつつ、ミシェルの機体の肩へと触れた。

 

「何を悠長な事を。《ソニドリ》が出ている。さっさと《ゲド》を破壊するべきだ」

 

『それは分かっているんだけれど、この《ゲド》、何だか奇妙で』

 

「奇妙だと……?」

 

『明らかに積載上限を超えているのよ。足を止めてまで、《ゲド》にこだわる理由を探しているわけ』

 

「どこかに伏兵がいるという見立てか。だがだとすれば余計に、だ。《ソニドリ》を危険に晒すわけにはいかない。《ソニドリ》は?」

 

『残り一匹の《ゲド》と交戦中! 援護に行きたいけれど、こいつの真意を探らないと!』

 

「読み負ければお終いだぞ。それと……その《ブッポウソウ》はわたしの専用機だ! 勝手に乗り回していいものじゃない!」

 

 言い置いてギーマは《ブッポウソウ》を《ソニドリ》の下へと走らせる。《ソニドリ》にはまだ武器は積載されていないはずだ。

 

 ゆえに、とでも言うべきか、《ゲド》相手に《ソニドリ》は苦戦を強いられていた。

 

『こいつ……張り付いてきて!』

 

「聞こえるか、地上人。《ソニドリ》を下がらせろ。これは十中八九、罠だ」

 

『分かっていても、武器がないんじゃ……!』

 

「小うるさいミ・フェラリオは黙っていろ。地上人! 剣を投げる! 受け取れ!」

 

《ブッポウソウ》の装備した剣を《ソニドリ》に向けて投擲する。地面に突き刺さった大剣を《ソニドリ》は見据えていた。

 

 これで凌げるか、と思った直後、追いすがる《ゲド》を後方視界に入れる。

 

 急旋回し、ギーマは《ブッポウソウ》を相手の正面に向け直した。

 

「分かっていても辛いものだな。引き立て役というものは!」

 

 中距離武装で《ゲド》を退けようとするが、《ゲド》はその機体に似つかわしくない機動力で火線を回避した。

 

 まさか、とギーマは息を呑む。

 

「今の動き……コモンの動きではない! まさか、搭乗しているのは……!」

 

 その言葉が紡がれる前に相手の銃撃が《ブッポウソウ》を打ち据えた。

 

 三機が円環を描きつつ、じりじりと中心軸にいる《ブッポウソウ》を追い詰めようとする。

 

「舐めるな! 如何に地上人とは言え、《ゲド》で我が方を凌駕出来るなど、それは自惚れだ!」

 

《ブッポウソウ》が接近してきた一機へと果敢に肉迫し、袖口より小刀を出現させる。そのまま、《ゲド》の首筋を掻っ切った。青い血飛沫が舞う中、制御系の神経を奪われた《ゲド》を盾にする。

 

 敵の銃撃が《ゲド》を打ち据え、操縦席を打ち砕いた。

 

「《ゲド》の弱みは装甲と咄嗟の回避性能だ。同士討ちとは、運がなかったな」

 

 沈黙した《ゲド》をそのまま盾として用いつつ、ギーマは《ブッポウソウ》の照準を次なる獲物へと向けようとする。

 

 しかしその時には、敵は退き始めていた。こちらの射程から逃れ、森林地帯へと逃げ帰ろうとする。

 

「目的が読めないまま、か……。一機は墜とした。これでも手土産に……」

 

『ただでは、死ねるか……』

 

 接触回線に接続された声にギーマが絶句する前に、《ゲド》が内側から爆発の光を拡張させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギーマ……! 自爆に巻き込まれたって言うの?』

 

 ミシェル劈く通信が耳朶を打つ。《ソニドリ》を必死に動かそうとするも、敵のオーラバトラーである《ゲド》とやらが張り付いて離れてくれない。

 

 相手も剣を主武装としているためか、接近される度に《ソニドリ》がびくついたのが伝わってくる。

 

「《ソニドリ》が怖がっている……。まだこの子、相手の剣圧に慣れていないのよ!」

 

 ティマの声に翡翠は怒声を飛ばす。

 

「じゃあどうしろって!」

 

「剣を投げられたわ。それを使って応戦するしか……」

 

 視野の中に先ほどの剣はある。だが、どうやって相手を撒くべきなのか、それが全く浮かんでこない。

 

 太刀筋を寸前でかわす事ばかりに意識が割かれている。

 

『エムロード! 聞こえるわね? まだ《ソニドリ》が本調子じゃないのは理解出来るわ。だからこそ、ここはあなた自身が勇気を持たなくてはいけない。《ソニドリ》を飼い慣らすのは、あなただけなのよ!』

 

「身勝手な事を……。乗ったのだって、ボクの意思じゃ――」

 

「来るよ!」

 

 ティマの声に翡翠は相手の剣を両腕に備え付けられた武具で受け止める事しか出来ない。火花が散り、少しずつではあるが、《ソニドリ》の強固な装甲が削られていくのが分かる。

 

 このままではジリ貧。歴然とした事実が突きつけられていても、どう立ち回ればいいのかが堂々巡りの思考を支配する。

 

「どうしろって!」

 

「剣を取って! 《ソニドリ》は元々、近接戦闘用のオーラバトラー! 剣さえあれば変わってくる!」

 

 ティマの言葉をそのまま受け入れるつもりになったわけではない。だが、ここで抵抗せねば死ぬのは必定。

 

 ――死んで堪るか。

 

 こんなところで、わけも分からないまま死ぬくらいならば、自分は……。

 

「戦えば……分かるって言うんでしょうに!」

 

 武具で剣筋を弾き返し、《ソニドリ》を急速に後退させる。

 

 地面に突き刺さった剣を《ソニドリ》に握らせた。

 

 途端、操縦席の結晶の刃が光を帯びる。念じた思考に切り込んで来たのは声であった。

 

 何者の声なのかも分からないまま、衝き動かされる思惟に身を任せる。

 

 翡翠は結晶剣を鞘から抜き放っていた。

 

 直後、《ソニドリ》の握り締めた剣が内側から輝きを放った。ただの黒い剣に過ぎなかったそれの皮膜が剥がれ、内蔵された結晶の血脈を伝導させる。

 

「これは……まるで剣が、身体の一部みたいに……」

 

「それこそが《ソニドリ》の力! 武器を自分の身体と同質にまで引き上げる。今の剣は、ただの剣じゃない。《ソニドリ》自身の身体から発達したものなのよ!」

 

 理解したわけではない。その言葉の全てが読み取れたわけでも。ただ、この戦場では死ねない。

 

 琥珀も残している。彼女を一人でこの世界に置いてはおけない。

 

 守る、という意思が剣の神経となって《ソニドリ》に一閃を振るわせた。

 

 明らかに射程の外であったにもかかわらず、《ソニドリ》の放った剣閃は《ゲド》へと吸い込まれるように衝突する。

 

《ゲド》の胸部骨格が引き裂かれた。

 

 まさか振るっただけの剣圧が飛ぶなど、翡翠自身も予感していなかった。

 

「今のは……」

 

「《ソニドリ》のオーラ力は余剰エネルギーとなって敵へと突き刺さる! エムロードのオーラ力が強いお陰ね。《ソニドリ》は性能試験以上の数値を弾き出しているわ!」

 

《ゲド》がよろめき、倒れようとするのを、撤退に入っていた別の機体が拾い上げる。

 

「……逃がすか!」

 

 逸った戦闘神経が敵を逃すまいと《ソニドリ》を飛翔させる。

 

 高速振動させた翅で地上を滑空した《ソニドリ》は森林地帯へと入っていた。

 

 眼下に逃げ惑う《ゲド》を視野に入れる。このまま、剣を打ち下ろす、と決めたその時、森林の合間にある岩石が急に隆起した。

 

 思わぬ動きに鈍った《ソニドリ》を岩石が捉える。

 

 巨大な腕が《ソニドリ》を完全に捕縛していた。

 

「何、これ……。岩が……」

 

 厳しい岩石そのものが意思を持っているのか、と考えた翡翠に、ティマが声を張り上げる。

 

「これは……オーラバトラー!」

 

 まさか、と絶句する間に岩石に擬態していた敵機が面を上げる。赤い眼球がこちらを睨んだ。

 

『策に……はまってくれるとは思わんかったよ。こうも単純な作戦に、よもや新型がかかるとはな! 僥倖と呼ばずしてこれを何と呼ぼう!』

 

 接触回線に開いた哄笑に翡翠は奥歯を噛み締めた。

 

 これは罠、そうギーマが言っていたではないか。むざむざと自分は罠にはまり、敵へと新型を差し出したのだ。

 

「そうは……させない!」

 

《ソニドリ》のオーラ・コンバーターが開き、全身から緑色のオーラが放出される。一瞬だけ敵の束縛が緩んだ隙を逃さず、《ソニドリ》で敵機の頭部を蹴りつけた。

 

 だが敵はよろめきもしない。頑強な装甲を持つ敵オーラバトラーが爪で《ソニドリ》の表皮を引き裂いた。

 

《ソニドリ》の白い装甲に爪痕が刻まれる。

 

『……無傷で、との命令だったが、なに、別段、言う通りにする事もないだろう。こんなに手のかかる……《ゲド》の部隊を率いたのだ。それなりに大義であったと褒められどすれ、責められるいわれはないとも!』

 

 敵の巨大オーラバトラーが《ソニドリ》を捕まえようとする。翡翠は操縦席で剣を薙ぎ払った。同期した《ソニドリ》の剣閃が敵のオーラバトラーの爪を削る。

 

『無駄だ! 我がオーラバトラー、《マイタケ》の装甲はその程度のオーラ力では破れんよ!』

 

「この……デカブツが!」

 

 突き立てられた爪を《ソニドリ》は後退して回避し、敵へと打突の構えを取って衝突する。

 

 しかし、その一撃はまるで無駄だとでも言うように、結晶化した剣が弾け飛んだ。

 

 直後、右腕に走った激痛に翡翠は悲鳴を上げる。

 

 熱した棒で神経を引っぺがされたかのようであった。右腕を上げられず、操縦席で剣を下ろした途端、《ソニドリ》から力が失せた。

 

 敵オーラバトラーが《ソニドリ》を掴む。

 

『新型機の回収を完了。これよりジェム領国へと帰還する。続け! 地上人の《ゲド》共! 貴様らを何のために生かしておるのか、理解するのだな!』

 

 地上人。その言葉が意識の表層を滑り落ちる中、翡翠の意識は闇に落ちた。

 

 


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