リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四十話 忌避血縁

 服を支給されても困る、と返していたのは、彼らからしてみても野蛮人に思われただろう。

 

 アメジストが唯一、気に入ったのはこの世界では「水着」と呼ばれるものであった。

 

 身体に密着するものでないと、気持ちが悪くて着ていられない。画面がゆっくりと垂れ下がり、自分の眼前で相手の映像が映し出された。

 

 金髪の中年男性にアメジストは片手を開く。

 

「ハァーイ、ミスター。アンタ達の文化じゃ、こうやって挨拶するんでしょ?」

 

『間違ってはいないが、礼節を学びたまえ』

 

「嫌よ。面倒な事は何もかも」

 

 アメジストは密閉された空間を仰ぎ見る。半球型の空間の内側は自傷防止のためにクッション構造になっている。

 

 どうにも馴染めないのは近くに獲物も、ましてや自分の愛機もいないからか。

 

「ねぇ、《ゼノバイン》のところに帰してよ」

 

『それは君からしっかりと情報をもらってからだ』

 

 嘘であるのは明白。自分と《ゼノバイン》を二度と引き合わせないつもりだろう。どうするか、とアメジストは爪を噛んでいた。

 

「情報? バイストン・ウェルの事を話せばいいの? 今日も? ……どうせ、似たような話よ」

 

『だが我が方としてみれば大変、有意義でね』

 

「退屈よ、何もかも。バイストン・ウェルはもう秒針の狂った時計。概念がおかしくなっている。それに、誰かが気づき始めているのに、誰も見ない振りをしている」

 

『それが興味深い。では君は? 概念の外にいるとでも言うのか?』

 

「そうよ。だから《ゼノバイン》は生まれた。あれは世界から凝縮された負の感情そのものよ。アタシと《ゼノバイン》は壊す事しか知らないの」

 

『破壊者の宿命を帯びている、というのか。あのオーラバトラー、とてつもないサンプルだな。三十年前のオーラバトラーとはまた違う。物理接触をほとんど拒んでいる。操縦席にすら入れない始末だ』

 

「そりゃ、そうでしょ。アタシ以外、《ゼノバイン》は動かせない」

 

 当たり前の帰結に相手は笑う。

 

『いやはや、驚いたものだ。君達、バイストン・ウェルの妖精は。いつも我々を驚かせてくれる。して、バイストン・ウェルでは、今、何が起こっている?』

 

「また、それぇ? 何も起こっちゃいないわよ。……いいえ、もう起こった後なのよ。それを分かっている人間がいるかいないかはともかく」

 

『こちらでは強獣が、君達の世界から迷い出ている』

 

「知った事じゃ」

 

『忘れないで欲しい。強獣は君らの世界から出た……膿みそのものだ。それを対処しなければ地上界もほどなく飲み込まれるだろう。我々はね、大変危惧しているのだよ。君ら、バイストン・ウェルの身勝手さに、ね』

 

「バイストン・ウェルがどうなったところで、アタシと《ゼノバイン》は変わらないわ」

 

『地上界がバイストン・ウェルの強獣で汚染……、いいや、充満すれば、それこそ破滅だ。三十年前の浮上の如く、君らはまた、災厄の種を持ってくる。だから、我々は三十年間、君達への対抗手段を練った。オーラバリア、オーラバトラー、強獣、フェラリオ……、あらゆる叡智を開発し、解析し、そして解きほぐした。君達が奇跡と呼ぶ代物でさえも、我々は係数済みだ。ゆえにこそ、問いたい。何故、バイストン・ウェルはこの地上界と干渉し合う?』

 

「知った事じゃないわ。そんなもの。縁を切りたかったら勝手に切ればいい」

 

『そうもいかない様子でね。バイストン・ウェルとこの世界はオーラ・ロードで繋がっている。オーラ・ロードの切断が今まで何度か試みられたが、全てが無駄に終わった。フォーリン、と呼ばれる数百名の被験者がいてね。彼らには意図的に、バイストン・ウェルへと転生してもらった』

 

 意図的にバイストン・ウェルに転生――。その言葉の赴く先を理解出来ないわけがない。

 

「……へぇ。殺してきたんだ」

 

『言い方が悪かったかな。バイストン・ウェルのルールに則って死んでもらったんだ。転生者にはいくつかの制約があるようなのでね』

 

「……でも、誰も成功しなかったんでしょ?」

 

 相手は黙りこくる。それが答えであった。意図してバイストン・ウェルに突入するなど出来るはずがない。オーラ・ロードを開けるのはあの世界でも一握りだ。

 

『……しかし、我々には切り札があってね。三十年前だ。米軍ではヘヴンスフィール現象と呼ばれている、ある一大現象が巻き起こった。それに巻き込まれた、数十名の人間が死亡……いや、消失した。そう、あれは消失と言う他ない。消え失せたのだ。彼らはこの世から。兵器などの灼熱による滅却では決してない。あれは、そういう物理現象を飛び越えた、完全なる消去。……存在の消去が実行された。数十名、だ。そこには本国で評価されていた科学者、ショット・ウェポンも存在していた。彼が書き残した手記はとても興味深くてね。後に、S文書と呼ばれている国家機密だ』

 

「それをどうしてアタシに教えるの?」

 

『君には、意義があると感じたからだ。わたしはね、確かにこのバイストン・ウェル関連の情報で成り上がった、所詮はその程度の高官だ。家系ぐるみで、バイストン・ウェルに関わってきた。あの世界のもたらす恩恵に、一番に預かってきたと言ってもいいだろう。それが君らからしてみれば、とてつもなく忌まわしいかもしれないがね』

 

「……アンタ、何者なの?」

 

『自己紹介が遅れたね。わたしは、ジラード。ジラード・ウェポン。狂気に染まった科学者、ショット・ウェポンの、子孫だ』

 

 驚愕がなかったわけではない。だが、それがどうした、という意味合いのほうが強かった。

 

「……で? アタシに驚いて欲しいわけ?」

 

 ジラードはフッと自嘲する。

 

『そういう気持ちも……あったのかもしれないがね。わたしはこう考えている。あのお方の残した遺物を、しっかりと次世代に届ける。それこそが、我が血筋の意味合いなのではないかと』

 

「驕りね。ショット・ウェポンなんてそれほどの人間じゃなかった」

 

『それは君達の側からしてみれば、そうかもしれない。バイストン・ウェルのコモンは彼の叡智がなくとも、もしかすると百年、いやもっと短いスパンで、オーラバトラーという戦いのための兵器に辿り着いていたはずだ。彼はオーラバトラーを、あるべき形、と幾度か評しているからね。バイストン・ウェルの進化系統樹の中ではむしろ自然なる流れだったのかもしれない。……だが、そう考えると違和感が付き纏うのが、今回の君の乗ってきたオーラバトラーだ』

 

「《ゼノバイン》がそんなに珍しい?」

 

 口角を吊り上げつつ、言ってやるとジラードは喜色を浮かべた。

 

『ああ、珍しい……、いや、素晴らしいとも。我々がオーラバトラーを目にする機会はなくってね。三十年前の骨董品を未だに解析しているんだが、あれは凄まじい。最も戦果を挙げたとされる青いオーラバトラー……、コードDを完全に凌駕している』

 

「それでも、欲しくても手に入らないのが、癪に障る、とでも言いたげね」

 

『……ああ、そうだとも。何故、君でないとあれは開かない? どのような意味がある?』

 

 ここに来て単刀直入な質問が来たか。いや、相手も痺れを切らしている。いい加減、《ゼノバイン》の仕掛けを知りたいのだろう。

 

 だが、言ったところで地上人が理解出来るものか。否、理解したところで、それは全て遅いのだと言う事を、彼らに教えて何とする。

 

「……意味。そんなもの知ってどうするの? どうせ、アンタ達、《ゼノバイン》を量産して、強化して、戦争にでも使う気でしょう?」

 

『上の判断としては、その通りだろう』

 

 含めた言い草にアメジストは白い髪をいじる。

 

「……何か、自分には考えがあるような口調ね」

 

『これは祖国も知らない、我が家系にのみ秘匿された情報でね。しかし、これを話すのならば、交渉材料として《ゼノバイン》の構造を知りたい。どうかな?』

 

 相手も餌を釣り下げてきたわけか。それに食いかかるかどうかを試されている。

 

「……地上人は戦争しか考えていない」

 

『どうかな? バイストン・ウェルのほうがよっぽど野蛮かもしれない』

 

「アンタ達、オーラが明け透けよ。どこまでも意地汚い……、どす黒いオーラをしているわ。どうしても《ゼノバイン》が欲しい、っていうね」

 

『本音を言えばその通りだ』

 

「本音じゃない部分なら?」

 

 問いかけにジハードはフッと笑みを浮かべた。

 

『食わせ者だな、君は』

 

「こんな場所で! いつまでも何の益にもならない女を監禁していても仕方ないんでしょう? アンタの言う、上が命令してくるって言うんならね」

 

『存外に話は理論的に通用するじゃないか。君もそこまで分かっているのなら、どこかで妥協点を探すんだな。そうしなければ一生、このままだ』

 

「お生憎様。一生はあり得ない」

 

 断言したからか。あるいは、これだけは言える、確定したものだからか、相手はその言葉に乗ってきた。

 

『……今のは違ったな。何だ? 何が起こる?』

 

「《ゼノバイン》が欲しいんでしょう?」

 

『ああ。だが違う。……本質的に違うと分かる。そういうレベルでは決してない事を、君は訴えかけたいのか』

 

 情が移ったか。あるいは痺れを切らしたのはこちらのほうだったか。アメジストは舌打ちする。

 

「……勘は鈍くないのね」

 

『君が教えたいのは、《ゼノバイン》なんてものは所詮、まやかし、こけおどしだと言っているようだ。それ以上の何かが来る。それ以上の何かのために、《ゼノバイン》があるとでも』

 

「察しがいいのは血筋かしら? それとも、ここまで話してあげればさすがに?」

 

『……今日はここまでのようだな。だが、一歩前進したよ。君は知っている。明確に何とは言えないが、知っているのが分かった。それだけでもよしとしよう。もう一度だけ、名乗っておく。わたしはジラード・ウェポン。いずれはあの偉人さえも超える、この歴史の支配者となる男だ』

 

 プツン、と映像が途切れる。しかし、消える寸前のジラードの眼差しだけは印象に残った。野心の塊――、否、全てを見据える傲慢さ。

 

 あれが地上人。あれが、これから先に待ち受ける、災厄をもたらす存在。

 

「そう……、だから遣わされたのね。アタシと《ゼノバイン》は」

 

 


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