リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四十一話 戦禍絶叫

 踏み込みは鋭敏に。しかし、相手の射程は来る前に読め。読む前に悟れ。

 

 それが絶対条件。それが勝利のために必要な事。エムロードは草原を抜けていくオーラの風を切り裂き、結晶剣でランラへと打ち込んでいた。だが、相手は病み上がりとは思えない剣さばきでこちらの必殺の一撃を散らしていく。

 

「地獄蝶がまた舞ったぞ」

 

 それだけ隙が多いという事なのだろう。それでも自分は知らなければならない。

 

 どうして《ソニドリ》は暴走したのか。どうして、自分にあのオーラは宿ったのか。それらを知るのには畢竟、強くなるしかない。強くならなくては、誰も真実に追いつかせてくれない。この足も、手も、真実を掴み取る事はない。

 

 ランラの剣が首を刈らんと迫る。相手とて必死。必殺の一閃にエムロードは緊張を走らせる。どこまでも冷徹なる刃に呼気一閃、返す刀を打ち込んだが読まれていたらしい。

 

 その剣筋が止められ、踏み込みが浅かったせいか、腕力だけで押し返されてしまう。

 

 ランラが剣を返し、地面に突き刺した。ここまで、という証。エムロードも同じように地面に剣を突き立てる。

 

 息が上がっているのはお互いであった。共に剣の高みへと昇ろうと言うのだ。片方だけ息が上がっているのではたかが知れているというもの。

 

「……オレなりの私見だが」

 

「……どうぞ」

 

「《ソニドリ》には元々、何者かの意思が宿っていた。そう思える現象が今までいくつか散見される」

 

「根拠は……」

 

 その問いにランラは口を噤んだ。代わりのような言葉を漏らす。

 

「直感だ。それと、あのオーラバトラー特有のアンバランスさ」

 

 分かり切っている事を繰り返すのは真意を悟らせたくないからか。あるいは、それに肉薄する事でさえも、相手からしてみればまずいのだろうか。

 

「ジェム領は随分と罪深いオーラバトラー製作を行ってきたと見える。《ソニドリ》は元々の躯体に何かを宿らせた。そう見るのが正しい」

 

「ちょっと! それってあたしの《ソニドリ》が欠陥品だって言いたいの!」

 

 岩場から飛び出したティマの声にランラは手を払う。

 

「喧しいミ・フェラリオめ。貴様のせいだと言えば満足か?」

 

「ムカつく奴! エムロード、こいつ、ぶった切っちゃって!」

 

「……生憎だけれどボクだって必死だよ。それでも有効打が得られないんだ」

 

「剣筋の乱れは大分改善された。後は、オーラバトラーに乗っての問題だが」

 

「……《ソニドリ》はもう出せないとでも?」

 

「そうは言っていない。だが不確定要素が多過ぎる。ミシェルの許可がせめて欲しい」

 

「弱気だね! ランラ、あんたってば、そんな弱気でどうするって言うの!」

 

「ティマ。ボクもミシェルの許可を得るのは賛成だ」

 

 その言葉にティマが眼前へと降り立つ。

 

「……エムロードは、ランラの言う事は聞くんだね」

 

「一応は剣の師匠みたいなものだから」

 

「命令で見ているだけだ。師匠などと勝手におだてられても迷惑になる」

 

 そう言いつつも、ランラは自分の隙をしっかりと観察しているのが窺えた。オーラの隙、それは肉体のロスよりもなお如実に現れる。

 

 オーラを切らさないようにしていたためだろう。ランラは口元だけで笑った。

 

「……少しは分かってきたか」

 

「ここまでやれば嫌でも」

 

「構えろ。打ち合いながら話をする。舌は噛むなよ」

 

 相手が剣を正眼に構えた。こちらも剣を抜き放つ。

 

「どっちが」

 

「……言うな。女だてらにっ!」

 

 打ち込みの鋭さは今まで通り、否、今までよりも遥かに強く。その打ち込みを切り返して、薙ぎ払った剣を相手はステップで回避し、次いで下段よりの振るい上げで牽制した。

 

 こちらも無用な打ち合いによるロスは減らしたい。最小限の打ち込みで相手の剣をさばく。

 

「……グランの処遇の事だ。お前はあれと打ち合い、情報を手に入れた」

 

「どういうっ!」

 

 必殺の勢いを灯らせた一撃を、相手は事もなさげに受け止める。

 

「その情報の中で、信頼に足るものが一つ。トカマクからの通信での裏付け済みだ。騎士団とやらはもう、ジェム領国を必要としていないらしい」

 

 ハッと集中が途切れた刹那、剣が払われ結晶剣が打ち上げられた。その隙を逃さず、ランラの切っ先が奔り、首の数ミリ手前で止まった。

 

 唾を飲み下した直後、剣が離される。最早、勝負あった、という事だろう。

 

 過度の緊張から逃れた身体に重石が圧し掛かる。汗をどっと掻いていた。

 

「それって……」

 

「軍属とゼスティアは戦いを繰り広げていたようだが、もう無用だと言いたいのだろう。騎士団がこれからの敵となる」

 

「騎士団……、あの黒い、オーラバトラーが……」

 

「《キヌバネ》、か。故意かそうでないかは分からんが、《ソニドリ》とよく似ている」

 

 ザフィール――蒼の乗っている機体。今度こそ問い質さなければならない。オーラに呑まれる事なく、本来の自分の剣で。

 

 どうしてジェム領についているのか。それに、どうして敵対するのか。分かっているはずだ。自分が「狭山翡翠」だという事くらい。

 

 ならば争わずに済む方法はないのだろうか。

 

 そのような無為な考えを他所にランラは空を仰ぐ。

 

「……曇ってきたな」

 

 曇天がどこからか空を覆いつくしていた。雨のにおいが充満する。

 

 草原の草いきれがどっと濃くなった。

 

 ランラは待機させておいた《ブッポウソウ》に乗り込む。彼からしてみれば、専属機でなくとも乗りこなしは可能だと言う。

 

「乗れ。雨に打たれるぞ」

 

 言われるままに、エムロードは《ブッポウソウ》の操縦席に乗り込んでいた。不承という顔をしながらティマも入る。

 

《ブッポウソウ》が歩み出したその時には、雨は降り出し始めていた。降りしきる雨音の激しさに、バイストン・ウェルでも平等なのだと感じ取る。

 

 雨は大地を潤し、硝煙に煤けた草木を慰撫する。それだけの優しさがあるのに、どうしてこの世界にも争いの種はあるのだろうか。

 

 どうして、合い争うしか道はないのだろうか。

 

「……この《ブッポウソウ》の通信機は壊れている」

 

 何を前置いたのか、とエムロードが怪訝そうにする前に、ランラは言いやっていた。

 

「ゼスティアの長……、ギーマはお前とアンバーに隠し事をしている。それも重要な、これからの戦局に左右するものだ」

 

 思わぬ発言にエムロードはティマと目線を交し合った。ティマが慌てて取り成す。

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ。そんなの、心の準備が――」

 

「ここ以外では傍受される。動いているオーラバトラーの中が一番に安全だ。それに、ここにはオレとお前、二つのオーラがある。オーラの読心術をどれほど心得ていても二つは同時に読めないはずだ」

 

 それが分かっていてランラはこの状況を招いたのだろうか。考える間もなく彼は口にする。

 

「本来、ゼスティアとジェムが戦っている理由は一方的なものだ。それも大概に、度し難いほどの。だからこれは、オレにも、お前にも正義はない。無論、向こうもそうだ。この二つの領国に正義はなく、大義もない。どちらが先であったか、それだけのシンプルな答えだ。だからオレは、肩入れしていると言っても、それは一時的なものだと考えてくれていい。《ゼノバイン》へと追いすがるために、お前達の助力は必要不可欠。割り切ってオレは力を貸している。だが、お前とアンバーは違う。ある意味では、ほとんど命令に実直に従うしかないお前達は、オレとは待遇が違うんだ」

 

 だから真実を話してくれているというのか。その上で、判断しろと。

 

「でも……、ボクらはもう」

 

「ああ。戻れないだろうな。何機も墜としてきた。今さら綺麗な手に戻れと言っているんじゃない。せめて、ここから先の戦いは自分で切り拓け。何を信じるべきかは自分で決断しろ。そうしなければ、何もかも、だ。何もかも遅く、遠くなってから、お前はきっと、最も残酷な判断を迫られる。それだけは……オレとしても避けてやりたい。これは、余計な感情かもしれないがな」

 

 余計な感情。恐らくは、彼の命令以上の事だろう。ランラはゼスティア全体の足並みに逆らってでも、自分達を慮ってくれている。それは、前回、《ソニドリ》の暴走を招いた結果からか。

 

「……でもボクは……、自分で引き金を引く事を選んだんだ」

 

「不可抗力の部分もある。ゆえにこそ、お前達は巻き込まれたんだ。このバイストン・ウェルの……血で血を贖うしかない因果に。それをオレは止められない。止められない事がハッキリと、前回分かってしまった。《ソニドリ》の事も含め、お前達には決断出来るだけの時間がない。そう、時間がないんだ。残されているのは、決定するのにはあまりにも……」

 

 惨い運命か。何もかも、過ぎ去ってからでしか、自分には残された時間はない。

 

 蒼の事も、アンバーの事も、そしてこのゼスティアを勝利に導くのかどうかでさえも、何が正しいのかまるで分からない。

 

「……でも、たとえ闇の中でも手を伸ばしたいんだ」

 

 エムロードは結晶剣を握り締める。そう、この手がどれほど歪み、どれほど闇に塗れていようとも、それだけは。絶対にそれだけは自分の意思だ。

 

 そう信じたい。そう、願っていたい。

 

「……立派だと、お前を鼓舞する気もない。オレもお前も、ゼスティアの思惑からしてみれば駒に等しいからだ。それでも、駒なら駒なりの――」

 

 そこで不意に《ブッポウソウ》の管制システムに割り込んで来たのは熱源反応である。

 

 まさか、また敵か、と身構えた時には《ブッポウソウ》は飛翔していた。

 

「最大望遠!」

 

 捉えたのはゼスティア城内から上がる黒煙である。それが自分達のものではない事を、ランラは察知する。

 

「……敵襲?」

 

「でもでもっ! 城内の守りは完璧のはず……!」

 

 ティマの声にランラが尋ねる。

 

「中にいるのは、ミシェルとアンバーだけか?」

 

「他の兵士だって集っているはずだよ! だって前回の敵襲からずっと、最大警戒で……」

 

「……どちらでも構わん。《ブッポウソウ》の足で間に合うかどうかは怪しいな」

 

「ミシェルに連絡を!」

 

 通信機を繋げようとしたが突如として《ブッポウソウ》が後退した事によって手が空を掻く。

 

《ブッポウソウ》へと仕掛けたのは赤いオーラバトラーであった。

 

 剣を手にした相手に対し、《ブッポウソウ》はほとんど丸腰に等しい。

 

 オーラショットを相手へと構えたが、敵機はまるで恐れる事もなく、射程に入ってくる。その勢い、殺気にこちらが気圧されるほどに。

 

「……《レプラカーン》。前回の《キヌバネ》の護衛にいた奴か!」

 

『《ブッポウソウ》か。だが、関係がない。そう、関係がないとも。地上人で、優れていないなんて、嘘だ!』

 

 叫んだ声と共に《レプラカーン》の剣圧に機体が軋む。オーラショットで距離を取ろうとするが、相手は高機動を心得ている。脚部でオーラショットを保持する手を蹴り上げ、機体を旋風のように翻して剣を浴びせかける。

 

 その有り様、鮮やかさは並大抵ではないと判断出来た。

 

「……まさか、地上人?」

 

 発した声に《レプラカーン》のパイロットが吼える。

 

『……白いオーラバトラーの? 相乗りでこの《レプラカーン》を墜とせると思うな!』

 

 ランラが舌打ちし、ティマへと声を飛ばす。

 

「ミシェルへ! とっとと繋げ、このミ・フェラリオ!」

 

「やっているよ! でもミシェル機との通信が途絶していて……。アンバーに繋いだほうが早いかも……」

 

「どちらでもいい! さばき続けるのは限界が来る!」

 

 その時、通信に滲んだのは焦燥であった。

 

『聞こえてる? 翡翠! 城内に敵機が奇襲をかけてきて……。《ガルバイン》で応戦しているけれど、何だかおかしいの!』

 

「おかしいって、何が!」

 

『ミシェルが目を醒まさなくって。眠っていて、何度揺り起こしても……』

 

 何という事だ。これでは作戦指揮は地に堕ちたようなもの。今、ゼスティア領の兵士達を指揮出来るだけの人員はいない。

 

 ここにランラが縫い止められ、自分も《ブッポウソウ》の中である。

 

「ランラ! ボクだけでも出て行けば……!」

 

「駄目だ! 前回の敵のやり口を忘れたか! どこかに伏兵か、狙撃手がいるはず……! 狙い撃ちにされるぞ!」

 

 ランラは身に沁みて感じているはずだ。しかし、ここからでは《ソニドリ》を呼び出そうにも――。

 

「《ブッポウソウ》のオーラが邪魔をして《ソニドリ》に直通出来ない……。これじゃ、何の意味も……」

 

「《レプラカーン》を出来るだけ引き剥がし、城内に近づいたところで《ガルバイン》と合流。それが一番に現実的だろうが……、こいつは!」

 

『墜ちろォッ!』

 

《レプラカーン》の剣筋が打ち下ろされ、《ブッポウソウ》がたたらを踏む。遥かに性能で劣っている《ブッポウソウ》では近接の強い相手に対してまるで意味を成さない。

 

 それに加えて三人も乗り込んでいるせいでオーラが雑多だ。

 

 普段でさえも重いのに、余計に動きが緩慢になっている。

 

『甘いぞっ! それとも、嘗めているのか! ゼスティアのオーラバトラー!』

 

「雑兵だと……思い込んでさっさと本丸に行ってくれればまだいいんだが。相手にお前の声を晒してしまった。《ソニドリ》のパイロットが乗っていると分かれば、相手は離れてくれないだろう」

 

「お荷物なら……」

 

「降ろせば的だ。どうにも……歯がゆい戦いになりそうだな」

 

《ブッポウソウ》にはまともな兵装もない。そのせいか、《レプラカーン》の猛攻に対して、適切な対処を選ぶ事が出来なかった。

 

「……オーラ斬りが使えれば……!」

 

 口惜しくティマが言いやる。オーラ斬り。顕現させてみせた、あの力はしかし、一過性のものだろう。

 

 二度も三度も、あれを制御出来る気がしない。しかも、この機体は《ソニドリ》ではないのだ。

 

 直後、城内から爆発の光が連鎖した。オーラバトラーが攻め込んでいるのならば、混乱は必定だろう。

 

 ――こんな時、何も出来ないなんて。

 

 拳を握り締めたエムロードに、敵オーラバトラーのパイロットが声を浴びせる。

 

『貴様も地上人なのだろう!』

 

 ランラへと目配せする。今は少しでも時間を稼いだほうがいいはず。

 

「……そうだが」

 

『ならば! 証を立てろ! こちらより強いのだと、本当の力量でぶつかってみせろ! ……《キヌバネ》のパイロットのように』

 

「蒼先輩の……ように」

 

 ザフィールは証を立てている。ジェム領の聖戦士として、彼女は背負っているはずだ。何もかもを。その騎士としての忠誠を。

 

 ならば、自分は?

 

 何のために剣を取る? 何のために立ち上がり、相手を上回る?

 

 この手は、この指は、何を得るために伸ばせばいいのだ。

 

 堂々巡りの思考に打ち止めをかけるかのごとく、《レプラカーン》が踊りかかった。

 

 その剣には迷いなき殺意が宿っている。殺す、という意思。それさえも自分は、まだ手探りのままで。

 

 誰かを倒す事さえも、他人任せの、少女騎士。

 

 責任を取るのが怖いのだ、と心の奥で誰かが囁く。

 

 敵を倒す、という責任。この剣が誰かを討つ、という責任。ゼスティアを守り通す、という責任。アンバーを、友を犠牲にしない、という責任。

 

 何もかもから中途半端な立ち位置を取っている。

 

 ――前回のような暗黒面のオーラを飼い慣らす自信もない。

 

 それなのに、状況だけは回ってくる。どうしようもなく、足掻こうとも状況だけは無情に。何もかもを通り越して。

 

 時間がないのだ、とランラは言った。

 

 それは間違いではない。時間は刻々と過ぎていく。それなのに、何も決められないなんて。何も守れないなんて。何も、成せないままなんて――。

 

「……違う」

 

「エムロード?」

 

「……それは、違う! 違うと言いたい!」

 

 結晶剣へとオーラを注ぐ。自分の何もかもを落とし込むイメージを結晶の内側へと。

 

「来い、《ソニドリ》! 来てくれ!」

 

「エムロード。この距離では、さすがに《ソニドリ》といえども……」

 

 ランラの諦観の混じった声音にエムロードは叫ぶ。

 

「ボクはもう、逃げたくないんだ! だから……」

 

『その信念、その災禍の芽、ここで摘み取る! 《レプラカーン》、殺すぞ!』

 

 相手の打ち下ろした剣が《ブッポウソウ》の片腕を叩き斬る。その反動で後退した刹那にオーラショットを相手の肩口へと叩き込んでいた。

 

 それでも赤い装甲には傷一つない。

 

「……やはり《ブッポウソウ》の装備では」

 

「《ソニドリ》!」

 

 その時である。黒煙が上がっていた城内から、吼え立てる声が響き渡った。

 


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