リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四十四話 浮上侵域

 眠りに落ちていた。深い、深い眠りに。

 

 淡い混濁した意識を滑り落ちるのは、バイストン・ウェルに呼ばれてからの出来事だ。

 

 閉じ篭った自分へと手を差し伸べてくれた親友。彼女と共に強くなれると思っていた。何よりも、全てが終われば地上に帰れると。何事もなかったように、日常が待っていると。

 

 そう信じなければやっていけなかった。そうどこかで考えを放棄する事で、頼らずに済んだ。誰かを当てにせずに済んだ。だが、記憶は。この脳内から爆発的に開かれた記憶は――、悪夢であった。

 

 空を覆う赤い影。それに立ち向かう、丸腰に等しいエムロード。その手を取ろうとして、永遠に機会を失ってしまう。《ガルバイン》と共に闇へと堕ちていくビジョンに、ハッと目を開けていた。

 

 コックピットの中である。もしかすると、今のビジョンはただの夢で、コックピットを開ければ整備士の人々が待っている――、そう思って結晶体を開けた刹那、鼻腔を突いたのは潮風であった。

 

「……海?」

 

 まさか、とアンバーはコックピットより這い出る。辺り一面は濃い緑で覆われており、森林地帯に落着したのが窺えた。

 

 ――しかしこの匂いは。この懐かしい香りは。

 

 急かすような鼓動と予感に衝き動かされ、アンバーは森林を抜けた先を視野に入れていた。

 

 港町が広がっている。海鳴りが遠く聞こえ、海面が陽光を反射する。

 

 見知った光景にアンバーは絶句していた。

 

「……嘘でしょう? ここは、地上界……?」

 

 そんなはずはない、とアンバーは事態を反芻する。巨大なレプラカーンとの戦いで、自分は、と記憶を手繰りかけたその時、草むらを揺らした影にびくついた。

 

「……貴君は」

 

「……グラン」

 

「……中佐階級で通っている。敵国とは言え、そちらで呼んで欲しいものだ」

 

 思わず口をついて出た言葉をアンバーは頭を振り、言い直していた。

 

「……グラン……中佐。ここは……」

 

「儂も驚いた。バイストン・ウェルではないな」

 

 やはり、そうなのか。だとすれば、この見知った光景は。夢でも幻でもないのならば、この場所は……。

 

「地上に、出たって言うの?」

 

「……《レプラカーン》がハイパー化した。そこまでは覚えているな?」

 

 確認の声音にアンバーは頷いていた。グランは顎でしゃくる。

 

「結構。ではついて来い」

 

「……何で命令口調で」

 

「ここが地上界だとするのならば、丸腰では危険だ。儂は《マイタケ》を安全圏まで移してある。貴君のオーラバトラーを拾うぞ。名は……」

 

「《ガルバイン》、だけれど」

 

 その名前にグランは鼻を鳴らす。

 

「……験を担いだか。よりにもよって滅びたアの国の英雄機の名を。だが、儂からしてみれば、それはどうでもいい。貴様らが滅びようとな」

 

「……こっちだって、捕虜の扱いのはず」

 

「驚いたな。ここが地上界だとすれば、そのような縛りももうないはずだが」

 

 返された皮肉にアンバーは言葉を仕舞っていた。ここで舌戦を繰り広げても、何の益にもならないのは分かっている。

 

「何が起こったのか、整理しても?」

 

「儂もそうしたいところだ。一人だと混乱してしまう」

 

 思わぬ返答にアンバーは思い出せる範囲から口にしていた。

 

「……ジェム領の《レプラカーン》とか言うオーラバトラーが……ハイパー化した」

 

「まだよくその言葉を理解していないようだな」

 

「詳しくは知らない」

 

「ハイパー化。……三十年前に地上界で発生したと言う、オーラの膨張現象の事だ。我々はその現象に対して極めて無力であり、ああなったという事は《レプラカーン》のパイロットも無事では済むまい」

 

「死んでるって……?」

 

「可能性では。しかし、こちら側に浮上したという事は、少なからずオーラの加護があったと見るべきだ。オーラ・ロードが開く条件は大きく二つ。オーラ同士の干渉による突発的な増幅によって地上界との、何かしらの中和が成されオーラマシンが浮上する場合。もう一つは、これが一般的なのだが、フェラリオの導き」

 

「フェラリオ……」

 

 ティマの事を思い返していたが、ティマにそこまでの力はないはず。ならば、と思索に浮かべたのは始まりの日に邂逅した青い目の女性だろう。

 

 彼女の導きで自分とエムロードはバイストン・ウェルに転生した。

 

「……心当たりがありそうだな」

 

 図星を突かれ、アンバーは目を逸らす。

 

「だからって、教えないよ」

 

「それで構わん。こちらも必要以上の事は言うつもりはない。だが、地上界にオーラバトラーで出たという事実を、もっと重く見るべきだ。基本的にオーラ・ロードは一方通行。オーラバトラーだけで帰る方法を、我々は知らんのだからな」

 

「……戻れないって言うの?」

 

「可能性では。しかし、戻った前例がないわけでもない。代償はつき物だが、オーラバトラーが二機あれば、ともすれば可能かも知れん」

 

「その論拠、あるんでしょうね?」

 

「……儂も分からんよ」

 

 グランは草木を掻き分け、落ち窪んだ池に《マイタケ》を沈めていた。半分水中に入った形の《マイタケ》は機体をさながら胎児のように丸まらせている。

 

「動くの?」

 

「確認済みだ。《マイタケ》は動くが……目立ってしまう。そちらは地上人と聞いた」

 

「だから?」

 

「周囲の見回りはそちらに頼みたい。無論、オーラバトラーは動かさぬ形で、だ」

 

「そんな義理……」

 

「ないとは言わせんぞ。貴様らのお陰で浮上したも同じなのだからな」

 

 それは、と言葉を詰まらせる。レプラカーンが何を起こしたのか、今のところ皆目不明であるが、それでもこの現象の解明には自分が動く他ないのだろう。

 

「……知らないよ」

 

「投げやりに言うのは結構だが、問題なのは状況の把握だ。この地上界がどのような理なのか、それを見定める」

 

 どうしてグランがそこまで慎重なのか、と考えてみると、彼は生粋のコモンなのだ。バイストン・ウェルから出た事のないコモン人からしてみればこの地上界は未知の領域。ならば、動かないほうがいいと考えるも致し方ないのだろう。

 

「……この森林に覚えはある」

 

「ほう。ならば余計に水先案内人を頼みたいところだな」

 

「だからって、教えるとは言っていない」

 

 アンバーは身を翻していた。グランの話では、オーラバトラーが二機あればバイストン・ウェルに戻るのは可能。だが、よくよく考えてみれば戻る必要はあるのだろうか?

 

 自分とエムロードは望まずしてバイストン・ウェルへと転生した。ならば、これは帰るべき場所に帰還したと捉えてもいいのではないのだろうか。

 

 それならば、とアンバーは森林地帯から抜けられる林道へと顔を出していた。

 

 やはり、この道は知っている。

 

「……学校に向かう丘の途中だ」

 

 この道中で自分達はバイストン・ウェルへと召喚された。ならば、丘の上には学校があるはずだ。

 

 歩くのもさほど苦ではない。

 

 彼の地での苦しみに比べれば、戻ってきた感慨のほうが強かった。

 

「……何日くらい経ったんだろう? 一週間とか?」

 

 バイストン・ウェルの一日がこちらの一日とは限らない。浦島太郎のような感触を胸に、アンバーは丘の上に建つ女子校を視野に入れた。

 

 そこから先は考えるよりも足が動いていた。

 

 駆け出した足は校門の前で立ち止まる。

 

「……本当に、戻ってこられた……」

 

 一生あのままだと思い込んでいた。だが、戻る術はあったのだ。

 

 ならば、とアンバーは校内へと足を踏み入れる。生徒達の声が聞こえてくるのと、太陽の昇り方から鑑みて、今は放課後に相当するだろうか。

 

 アンバーはその足取りのまま、自分達の校舎へと駆け込んでいた。すれ違った生徒が仰天して目を丸くする。

 

 そうだ。この服飾は現代日本には相応しくないだろう。中世の騎士を思わせる服装に、相手は立ち止まっていた。

 

「あの……。今って、西暦何年?」

 

 まさか、こんな冗談のような会話を交わすなど思いもしない。相手は、周囲を見渡しつつそれを言ってのけた。

 

 その年代の日付が自分達のいた時代と全く同じである事に、アンバーは心底安堵する。

 

「よかった……。一年も経っていないんだ……。時間的には二週間経ったかどうかか……」

 

「あの……何を言って」

 

「いや、何でもないの! その、この格好は演劇部から衣装を借りていて。それで、ほら……役作りって言うか」

 

 それでも胡乱そうな眼差しであったがある程度は納得を得たらしい。少しばかり警戒が薄らぐ。

 

「教室は……こっちだよね」

 

 教室へと足を進める。戻ってこられた、というのに気が乗らないのは自分とグランだけ地上界に放逐されたような気がするからか。

 

 エムロード――翡翠は恐らく、まだあの地に残されている。

 

 それを負い目に思わないわけではない。

 

 だが、それでも戻れた。という事は方法があるのだ。ならば、今は少しでもこの感触を噛み締めよう。そう感じて教室に足を踏み入れた途端、驚嘆と好奇の眼差しが注がれる。

 

「あの……演劇部で……」

 

 しどろもどろになったアンバーに声が投げられた。

 

「琥珀……さん?」

 

 声をかけてきたのは女子のリーダー格の少女である。思えば彼女との喧嘩別れの末、あちらへと飛ばされたのだ。

 

 アンバー――琥珀は幾ばくかの逡巡の後、頷いていた。

 

「うん、そう。……アン、じゃない琥珀……」

 

「……登校拒否しているとか聞いたけれど……何なの? その格好」

 

 馬鹿にされるのは別段、気にする事ではない。それよりも、と琥珀は聞いていた。

 

「あの、ここって地上界だよね?」

 

「は、はぁ? 何を言っているの?」

 

 そうだ。地上界の人間は普通、バイストン・ウェルの事を知らない。だから「地上界」という言い回し自体がふさわしくないのだ。

 

「あっ、違って……。何て言えばいいのか……」

 

「何なの? 変な演劇にでもかぶれた? どう頭がおかしくなればそんな格好をして校内をうろつくのかしら?」

 

 嫌味も今は愛おしい。久しい感覚に琥珀は乾いた笑いを返す。

 

「いや、その……。まぁ、色々あって。それで、こっちに翡翠は……来ている?」

 

 望み薄な言葉だったが聞かなければならないだろう。相手は眉間に皴を寄せて首を横に振った。

 

「……いいえ」

 

「そっか。そうだよね……」

 

 やはり翡翠はまだバイストン・ウェルか。落胆した琥珀にかけられたのは思わぬ言葉であった。

 

「その、ヒスイってのは、どこのヒスイさんなのかは知らないけれど」

 

「……えっ? 翡翠だよ。狭山翡翠。目の敵にしていたじゃん」

 

「……本当にどうにかなったの? 頭でも打った? 狭山翡翠とかいう生徒は……このクラスにはいないけれど」

 

 まさか、と琥珀は相手の肩を掴んでいた。想定外の行動に相手がうろたえたのが伝わる。

 

「翡翠だって! あたしとずっと……つるんでいた……狭山翡翠!」

 

「あの……本当に何の事を言っているの? サヤマヒスイなんて、聞いた事もないわよ?」

 

「嘘つかないでよ! それとも……嫌がらせ? あたしが翡翠と仲良くしていたから?」

 

「ちょ、ちょっと! そういう言い方……! 本当に知らないのよ!」

 

 そんなはずは、と琥珀は教室の奥に貼り付けられている名簿へと駆け寄る。そこに狭山翡翠の名前を探すが、そのような名前はどこにも存在しなかった。

 

「……どう、なっているの……」

 

「聞きたいのはこっちよ。登校拒否なんてして、品位を落としてばかり。挙句の果てに妄想癖? 心底、この学校の落ち目ね」

 

「いや、違う……。違うんだ。あたしは翡翠と一緒に、バイストン・ウェルに行った。それは間違いない。だって言うのに、ここに翡翠は……いない? 元から?」

 

 混乱する脳内へと女生徒が声を飛ばす。

 

「いい加減になさい! 演劇にかぶれたかどうか知らないけれど、よく分からない事ばかり言うのなら先生を呼ぶわよ!」

 

 どういう事なのか。琥珀は覚えず、教室から逃げるように走り去っていた。

 

 翡翠がいた証明、それを探そうとしたが、どこにもない。よく二人乗りをしたバイクもなければ、翡翠が所属していた剣道部にも……どこにも翡翠がいた証明がないのだ。

 

「……どうして? 客観的に翡翠の証明を言えるのは……」

 

 誰もいない。戻ったはずの地上界でどうしてだか、翡翠の存在だけが抜け落ちている。

 

 日時はあれから二週間経ったかどうか、という程度のはずなのに。忘れ去られるほどの日にちは経過していない。

 

 その証拠にクラスメイトも自分の事は覚えていた。

 

 ――しかし、翡翠の事は。

 

 何故、自分は認識されて翡翠は誰の記憶にも残っていないのか。

 

 その謎を氷解させる術もなく、琥珀は上級生の教室の前に赴いていた。あの日から変わらない――行方不明者の中には城嶋蒼の名前がある。

 

「……蒼先輩はあちら側に行ったのに、記録にある。でも、どうして翡翠はいない事になっているの……?」

 

 答えが見つからず、琥珀はよろめくように校舎を後にしていた。

 

 その後を密かに尾行していたのだろう。校門でグランが待ち構えている。彼は腕を組んで憮然と校舎を眺めていた。

 

「……何かあったのか?」

 

「……翡翠。いいや、エムロードも地上人だった……、あたしと同じ」

 

「それは聞いているが」

 

「でも! ここにいたはずなの。あたしと同じようにあっち側に転生して、それで戦わなければいけなかっただけなのに……! どうして、どこにもいないの?」

 

「落ち着け、ゼスティアの地上人よ。今は確認が欲しい。ここは間違いなく、地上界か?」

 

 その問いに琥珀は首肯する。自分達のいた時間軸の地上界のはずだ。

 

「そうか。それが了承出来ただけでも御の字としよう。一度、《マイタケ》の下へと戻る。その上で、身の振り方を判断せねばならない」

 

 力なく、琥珀はグランの背中に続いた。その様子があまりにもおかしかったのだろうか。彼は目線を振り向けずに問いかける。

 

「……相当、衝撃的な事でもあったのか?」

 

「……分からない。あたしにも」

 

「そうか。分からないのならば解きほぐすしかあるまい」

 

「どうして……、そんなに落ち着き払って……!」

 

「落ち着いているわけでもない。儂とて精一杯だ。地上界に出たという事は、もうバイストン・ウェルに戻るのは望み薄だという事だからな」

 

 彼はバイストン・ウェルで成し遂げなければいけない事があったのだろう。どこか憔悴したような背中にそれ以上の言葉を浴びせる気にはなれなかった。

 

「幸いな事に《マイタケ》の運用には支障がない。そちらのオーラバトラーも既に池まで回収済みだ。余計な心労まで背負う事はない」

 

 グランなりの気遣いだろうか。しかし、琥珀の胸を占めいていた不安はその程度では払拭出来なかった。

 

 ――どうして翡翠の記憶も、記録もこの場所には残っていないのだ。何かが……この地上界はおかしい。

 

 その確証が得られないまま、琥珀は不意に道路を登ってきたテレビ局の車体を目にしていた。

 

 気が散っていたせいだろう。テレビ局のバンが眼前まで迫った時、グランが咄嗟に自分を突き飛ばしていた。

 

 路面を転がりながら、琥珀はテレビ局クルーの声を聞いていた。

 

「おい! 人を轢いたぞ!」

 

「出てきたんだよ!」

 

 言い争いが耳朶を打つ中、降りてきた女性キャスターが駆け寄って肩を掴んだ。

 

「もし! 大丈夫?」

 

 返答しようとして、琥珀は項垂れる。彼らに当り散らしたところでしょうがないのに、どうしても叫び出したかった。

 

「大丈夫ですから! 放っておいて!」

 

 喚いたのは自分でも情けない。だが、地上界に親友の居場所がないと思えば自然と自分の存在意義さえも奪われたようで、無気力に陥っていた。

 

 女性キャスターも面食らった事だろう。そう感じて立ち上がろうとしたのを、相手は強い力で肩を掴み、真正面を向かせた。

 

「……あなた」

 

 息がかかるほどの距離に迫った相手の面持ちは――。

 

「……あたし?」

 

 どうしてなのだろうか。その時、眼前の女性キャスター相手にそのような言葉が漏れたのは。

 

 しかし、栗色の髪も、瞳の色も、顔立ちも全て――自分の生き写しのように見えたのだ。

 

 あるいは自分がもう少し成長すればそうなっていたであろう鏡像だろうか。相手も自分を見据えたまま、やがて震える唇で言葉を紡いだ。

 

「そう……ようやく……繋がったわけ」

 

 栗色の髪の女性はどこか憔悴し切ったように声にする。その声音もどうしてだか自分に似ている事に琥珀は違和感を覚えた。

 

「あの……どこかで」

 

 出会ったのか。そう口にする前に、港が重苦しい灰色の雲に包まれた。突如として、暗くなった天地に轟いたのは赤い稲光である。

 

 薄靄の中、海上に赤い巨神が出現していた。

 

 その姿を見て、女性は声にする。

 

「《ハイパーレプラカーン》……」

 

「どうしてその名前を……」

 

 地上人がバイストン・ウェルのオーラバトラーを知っているはずがない。それも自分達と戦ってハイパー化した相手など。

 

 彼女は振り返り、尻餅をついている自分を目にして微笑んだ。

 

「……出会うべくして、この邂逅はあった。リボンは橋渡し。無数の世界を……結ぶ」

 

「どういう――」

 

 問いかけようとしてグランが立ち上がり、雷鳴のように威嚇の声を響かせていた。

 

「動くな!」

 

 抜き放たれた剣にテレビクルーが瞠目するが、彼女は全く動じていない。その立ち振る舞いにグランは胡乱なものを寄越す。

 

「……貴様、何者だ? どうしてゼスティアの地上人と同じような……オーラをしている?」

 

「あの子はあたしだからよ。グラン中佐」

 

 名前を呼ばれてグランはうろたえた。

 

「……物の怪が!」

 

 斬りかかろうとしたグランへと制するように女性は言葉にする。

 

「時間はないの。説明している時間も、分かってもらえる余裕も。グラン中佐、それに……アンバー。オーラバトラーがあるはず。すぐにそれに乗って、あの巨大な赤い影と戦って欲しい」

 

「貴様の要求を呑むと思ったか!」

 

「……呑まなければこの世界が滅びるだけよ。お願い、今はあたしの言う通りにして」

 

 グランは暫し睨み合いを続けていたが、やがて問答が無駄だと悟ったのか、剣を仕舞った。

 

「……面妖な」

 

「事実は事実なの。今のあたしに言えるのはこの程度。そして……アンバー。あなたも早く、《ガルバイン》に」

 

「……何で、《ガルバイン》の事を知っているの?」

 

「説明出来るような状況じゃないの。すぐに米軍の応戦部隊が出撃する。でも、ハイパー化したオーラバトラーに通常兵器は役に立たない。この時間軸の地上界において、応戦の術を持っているのはあなた達、たった二人なのよ」

 

「……《マイタケ》でも勝てるかどうかは分からんぞ」

 

「それでも、あなたは行くのでしょう? グラン中佐」

 

「……癇に障る。軽々しく呼ばないでもらおうか」

 

「車でオーラバトラーまで送るわ。地上界ではオーラバトラーは無二の性能を誇る。今は……その希望に縋るしかないの」

 

「様々な事を知っているようだが、本当に何者だ? ただの地上人ではないのか?」

 

 グランの問いに彼女は目線で返していた。

 

「この時間軸の果てよりやってきた、――異邦人、とでも紹介すべきかしらね。あなた達には立ち向かってもらうわ。この時間軸の果て、未来の可能性の終着点。そう、――オーラバトラー大戦が訪れるまで」

 

 転がっていく状況を、琥珀は一つも飲み込めなかった。しかし、海の向こうよりやってくる赤い巨兵の影は、否が応でも決断を突きつけているのだけは間違いなかった。

 

 


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