リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四十五話 ウォッチ・オーバーユー

 

 基地に響き渡ったけたたましいブザーの音にイリオンは叩き起こされていた。

 

「……また強獣か」

 

 スーツを着込み、廊下を折れたところで米兵達とかち合う。

 

「強獣ですか」

 

「それならまだマシだ! このブザーの音は……ああ、訓練だけだと思っていたくらいだぜ……」

 

「何が起こったんです?」

 

 歯の根が合わない様子の兵士達が頭を振る。

 

「……死なないでくれよ。俺達も死にたくはねぇ」

 

「……何が来たって言うんだ」

 

 格納庫で無数の整備士が取り付いている《アグニ》が今か今かと出撃の時を待ちわびているようであった。

 

 強獣を殺す度、最初はよちよち歩きの赤ん坊のようであった《アグニ》にも戦士の様相が似合ってきた。今は、激戦を重ねた狩人だ。

 

「乗れますか!」

 

「待ってください! ミシェル博士が!」

 

 金髪の少女がこちらへと歩み寄る。どこか能天気なその面持ちのまま、彼女は端末に映し出された敵をこちらへと見せる。

 

「……何だこれ……」

 

「こちらでも観測しかねている。でもオーラを持つ敵性存在なのは確かよ。今までの常識ならばこれを強獣と呼ぶところだけれど、生憎、この反応、三十年前に同じものを観測した例がある」

 

「だったら、すぐに出撃します!」

 

《アグニ》へと搭乗しかけてその肩を掴まれる。

 

「情報もなしに闇雲に飛び込んだって死ぬだけよ。落ち着きなさい」

 

「だって……でも、それはまるで……」

 

 言いよどんでいたこちらへと、ミシェルは断言する。

 

「ええ。これはまるで――オーラバトラーのそれよ」

 

 オーラバトラーの名をまさかこの地上界で聞く事になるとは思ってもみない。しかし、イリオンも予感はしていた。映し出された赤い影のような巨大なものは見た事がないが、その造形はオーラバトラーのそのものであると。

 

「分かっているのなら……なおさら」

 

「なおさら、適当に出させるわけにはいかないのよ。私の提唱するプランに沿ってもらう」

 

「時間なんて!」

 

「本国で開発しておいた。直通便で今朝方届いているはずよ。その装備なら、少しばかりオーラバトラーとマシな戦いが出来るでしょう」

 

 全て予見していたと言うのか。その言葉振りにイリオンは呆然とする。

 

「……《アグニ》の、追加装備?」

 

「そう。メタルトルーパー、《アグニ》には先がある。お行きなさい。その装甲を真っ赤に染めて。――メタルバルキリー、《アグニ》としてね」

 

 メタルバルキリー。それが新しい名前だというのか。ミシェルが開発班に声を飛ばし、新型武装がトレーラーごと運送されてくる。イリオンは転がっていく状況に、拳を握り締めた。

 

「……こんな時、僕はなんて無力な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 騒がしいわねぇ……。それで? 聞きたい事は全部?」

 

 問いかけたアメジストにジラードは落ち着き払った声を出した。

 

『ああ。それが今の君の現状であり、そして逃れられない未来なのだという事は分かった』

 

「……絶望しないのね」

 

『したところでどうしようもない。わたしはウェポンの家系の男だ。功罪を生み出した血筋と言うのはいつだって冷徹なものだよ』

 

「罪の血筋……ね」

 

『しかし、興味深いな。その話が真実だとして、では君はどうして……それこそ絶望しないのか?』

 

「そういう風には出来ていないのよ。アタシは虚数の影だもの」

 

『そうであったな。まさしく君は影だ。ゆえにこそ、輝くものもある』

 

「……何を言わせたいの?」

 

 ジラードは何かをひた隠しにしている。それがオーラで窺えた。

 

『つい数分前の事だ。これを』

 

 何もない空間に突如として映像が浮かび上がる。だが、驚くほどでもない。バイストン・ウェルの技術を流用すれば、難しい話でもないからだ。

 

 問題なのはその映像に克明に映し出された――赤い巨神であろう。

 

「ハイパー化したオーラバトラーね」

 

『取り乱しもしないのだな』

 

「戦場では割と見かけるのよ。ここまで肥大化したのはなかなかだけれど、でもバイストン・ウェルでもハイパー化は散発的に起こっている」

 

『三十年前の浄化が生み出した代物かね』

 

「どうかしらね。いずれにせよ、これ、どうするの? だってぇ……、放っておくとアンタ達の世界、滅びちゃうわよ」

 

 くすくすと笑うと相手は冷静に声を返していた。

 

『そうだな。ハイパー化したオーラバトラーは放っておけば脅威となる』

 

「対抗策があるとでも言いたげね」

 

 そこから先は笑わなかった。ジラードは声に喜色を滲ませる。

 

『オーラバリアは確かに、三十年前は驚異的であったさ。核攻撃でさえも受け付けない鉄壁。さらに言えば相手の火器はバイストン・ウェルでは通常の威力なのに、こちらで使用すれば、それは大量破壊兵器と同等の兵装になる』

 

「そこまで分かっていての静観? それとも、もう地上界の人間達はハイパー化でさえも制御出来るとでも?」

 

『いや、資料があまりに少なくってね。ハイパー化に関しては遅れを取っている。正直に言えば、助けが欲しいところだよ』

 

 その段に至って相手の考えが読めてきた。

 

「……アタシと《ゼノバイン》に?」

 

『理解は早いようだ』

 

「嫌よ。滅びるのなら勝手に滅びなさい。アタシは力を貸さない」

 

『それは君がバイストン・ウェルにも、地上にも戻る場所がないからかね? 故郷のない身は辛かろう』

 

「そうだと思う? そんな、人間的な感情に縛られているとでも」

 

『それはない、とは言い切れないだろう? 君は確かに虚数の影。《ゼノバイン》共々、この世界の結果論によって導き出された存在だ。ゆえにこそ、思うところはあるんじゃないか? バイストン・ウェルにも、地上界にも、ね』

 

「アタシを駆り立てようったってそうはいかない」

 

『無論、簡単ではないだろう。しかし、わたしと君はもう、運命共同体だ。秘密を共有した』

 

「……最低。強請るってわけ」

 

『馬鹿を言わないでくれ。これはお願いだよ』

 

 どうとでも言い繕えるものだ。これだから地上人は侮れない。

 

 エゴと屁理屈で、どこまでも自分の利益のみを追い求めるケダモノ達――。

 

「……だから、アタシが生まれた」

 

『《ゼノバイン》の整備は完璧だ。いつでも出せる』

 

「アタシがイエスと言わなければ同じ事よ」

 

『だが君は出てくれるだろう? 分かっているはずだ。あのオーラバトラーが暴れればまた分岐する。そうなれば……何万回か? もう嫌気が差しているはずだ』

 

 舌打ちを漏らす。やはり話すのではなかった。酔狂に駆られたこちらの負けだ。

 

「……いいわ。《ゼノバイン》を頂戴。あんな、今にも破裂しそうな風船、ちょっと穴を開けてやればいいのよ」

 

『我々は非力でね』

 

「……どの口が」

 

 ゆっくりと、密室の扉が開く。数名の銃火器で身を固めた兵士が銃口を向ける中、アメジストは歩き出していた。

 

 その身体に、黒き皮膜の衣装を纏う。どこから現れたのか相手には分からなかったのだろう。

 

 突然に姿が変わったためか兵士が狼狽して引き金に指をかける。

 

「あら? 撃たないほうがいいわよ? アンタ達の上に、爆弾が吊られているのと同じなんだから」

 

 口角を吊り上げると、兵士が殺意を仕舞う。全員が大なり小なり震えているのが窺えた。

 

『アメジスト。君の良心に期待する』

 

 良心。何を言っているのだろう、とアメジストは鼻を鳴らす。

 

「アタシにそんなものはないのよ。影であるアタシにはね」

 

 既に配備されていたのだろう。廊下の奥に《ゼノバイン》が佇んでいた。

 

 その結晶体の前でアメジストは声にする。

 

「ただいま」

 

 ――おかえり。

 

 そう聞こえた刹那、結晶体が四つに開け、内側より粘性を持った糸が引き出された。次々と神経に接続され、アメジストがコックピットへと収容される。

 

 結晶体が閉じ、《ゼノバイン》と一体化した五感が昂揚をもたらした。

 

 戦闘の昂揚感、戦場の狂気。血と硝煙がもたらす禁忌の果実の味。

 

「――行くわよ」

 

 

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