「一つ聞くが……あんなものを相手取って勝てるとでも?」
後部座席に乗り込んだグランの問いかけに女性はハンドルを乱暴に切って林道を駆け降りていた。
舌を噛みそうになった琥珀へと女性が声を投げる。
「……地上界に出たオーラバトラーには特別な加護が存在する。オーラバリア、とあたし達は呼んでいるわ」
「そ、それは社外秘で……!」
クルーが声にしたのを、女性は言い放つ。
「そんなものに頓着している暇はないのよ! もう世界のどん詰まりなんだから!」
森林へとバンが押し入り、獣道を突き進んでいく。
琥珀はその姿に問いかけずにはいられなかった。何よりも、どうして自分に似通っているのか。それを聞き出さない限りは、この局面、ただ転がっていくだけだと。
「……あなたは誰なの?」
「田村琥珀……と言えば、納得出来る?」
まさか、と息を呑んだこちらへと、グランが声に凄味を利かせる。
「混乱の種になる事はやめてもらおうか。地上人」
「グラン中佐、あなたには少しばかり分からない話かもしれないけれど、浮上したっていう事は、ある程度察しがついているんでしょう? 戻るのは容易くないってくらいは」
グランを目で窺う。彼は歯噛みしていた。
「……浮上に関して、聞いた限りでは」
「だったら、こっちで少しばかり役に立ってもらわないと。それに、《ハイパーレプラカーン》は簡単には墜とせないはず」
バンが激しく揺れ、《マイタケ》を沈めた池の前で急停止する。
降りた女性は顎でしゃくった。
「二機のオーラバトラーならばあるいは、とか聞かされているかもしれないけれど、それも分の悪い賭けよ。あまりおススメは出来ないわ」
「……よく喋る」
「悪いわね。喋らないと斬られそうだから」
舌鋒鋭く言い返した女性はこちらへと振り返る。
「……乗れって言うの?」
「力はあるはず。聖戦士として経験を積んだのなら」
「乗らずともよい。儂だけで行く!」
グランが前に歩み出る。《マイタケ》へと搭乗しようとしたその背中に女性は声を投げていた。
「聖戦士の力添えがなくても勝てるとでも?」
「……聖戦士だけが、特別ではないだろう」
「それはその通りだけれど、ハイパー化したオーラバトラー相手に一機じゃ難しいわ。しかもそのオーラバトラー、万全じゃない」
看破されてグランも息を呑んだらしい。琥珀は声を荒らげていた。
「分かっているのなら! 何をさせたいの!」
こちらの眼差しを真正面から受け止めた女性は、参ったとでも言うように肩を竦めた。
「……自分は騙せないわね。オーラバトラーの肥大化現象、ハイパー化。その状態の相手を倒すのに、実はさほどの準備は必要ない。相手は膨れ過ぎてもう破裂寸前の風船みたいなもの。一撃でも空けてやれば、それでパン」
女性は手を叩き、こちらの反応を窺う。グランも自分も沈黙するばかりであった。
「破裂して、それで終わり。相手は自壊する」
「……そんな簡単なら、米軍がやるはず」
「言ったでしょう? オーラバリアっていうものがあるの。そのせいで、現行兵器では穴どころか、掠り傷一つ与えられない。つまりは、地上界の火器は役に立たないの」
「……オーラバトラー同士なら別だと言いたいのか」
「勝ち筋はあるわよ。それなりにね」
「その割には……どうして誰も乗りたがらない? この《マイタケ》、確かに儂のものだ。だが、地上人が乗れば、それ以上の性能だという事、まるで分かっているような口振りだが」
立ち尽くしたグランに女性はふふんと鼻を鳴らす。
「……伊達に脳筋じゃないわけ。まぁ、ここで騙せていれば、あんな事には……。いいえ、これは未来を変動させるか」
「知っている風だから言っておく。儂は逃げも隠れもするつもりはない。だが、地上人に騙され、踊らされて戦うのは癪だと言っている」
「あたしの言う事が信用ならない?」
「ゼスティアの地上人のほうがまだマシだな」
「そこまで言われちゃ、ね。ねぇ、琥珀。あなたはどうなの? 小さいけれど、《ガルバイン》ならあんな今にも破裂しそうなオーラバトラー、一撃のはずよ」
《ガルバイン》の性能をまるで全て知っているような物言いであった。琥珀が声を発せずにいると、グランが《マイタケ》のコックピットへと手を翳す。
「儂が出る。婦女子に前を行かせるほど落ちぶれてはいない」
「意外ね。地上人は別だとか思っていそうだけれど」
「地上人とは言え、女だ。後ろで戦いを見ていたほうがいい」
《マイタケ》へと乗り込んだグランが起動をかけさせる。《マイタケ》の巨躯が森林から顔を出し、荒れ狂ったオーラの風を受け止めた。
『オーラ・コンバーター出力最大。《マイタケ》、出陣する!』
《マイタケ》が後部に無数に備え付けられたコンバーターを開き、推進剤のオーラを散らせながら滑空する。その後ろ姿を女性はずっと眺めていた。
まるで失ったものを回顧するかのように。
「……それでも行くのね。あたしが挑発しなくってもきっと、あなたは……」
「いいんですか? せっかくのスクープを……」
「いいのよ。あなた達も言っている場合じゃないわ。逃げたほうがいい。……まぁ、逃げたって、この世界の余命はもう決まっているんだけれど」
どこか達観したように告げる女性に琥珀は歩み出ていた。女性が目を丸くさせる。
「……あたしも出る」
「ハイパー化した相手よ。危険に晒すものでもないわ」
「でもっ! グラン中佐は前に出た! あの人が出るのならば、あたしも……!」
「義を通したって相手はコモン人よ。地上人の理念で動いたところで、命一つの価値だって全然違う。彼らが死んだところで、じゃああたし達は悲しんでどうするの? 別世界の出来事でしょう?」
「それは……」
反論出来ない。バイストン・ウェルの理は別の話だ。だから、現実の、この地上界の理で動くべきではないと。
――だが、実際にはどうだ。
荒れ狂うオーラの烈風。暗く沈んだ海上を行くのは、赤い稲妻を生じさせる鬼神のようなオーラバトラー。
あれの原因が自分達にあるのならば、ここで足踏みしている場合でもないはずだ。何よりも……。
「……翡翠なら、こんなところでグラン中佐だけに行かせない。行かせちゃ、いけないんだって、きっと言うはず! あたしは、翡翠に恥ずかしい生き方をしたくない!」
だが、この地上界に翡翠の居場所はなかった。ともすれば最初から見当違いの事をしているのかもしれない。
それでも、翡翠に顔向け出来ない自分になるのはもっと怖い。
「狭山翡翠なら、ね……」
澱みなく放たれたその名前に、琥珀は目を見開く。
「知って、いるの……」
その答えを相手は言わず、こちらを真っ直ぐに見据える。
「田村琥珀……いいえ、アンバー。あなたに、この世界を、もうまかり間違ってどうしようもないこの世界を、救う気はある? もう、地獄の淵にみんなで足をつけている状態なのよ。それでも――戦えるの?」
その問いかけに、逃げてはいけなかった。琥珀――アンバーは拳をぎゅっと握り締める。
「……ここで逃げたら、あたしはもう、翡翠に会えない。それだけは分かるから! あたしがあたしじゃなくなっちゃう前に、翡翠にだけは会いたい! 傍にいたい!」
「そう……。願うのね。でもその願いは……」
皆まで聞かず、アンバーは池に沈められた《ガルバイン》へと向かっていた。胸の中にオーラの鼓動を呼び覚まし、握った拳共々、縁で紡がれた名前を呼び起こす。
「来て! 《ガルバイン》!」
膨れ上がったオーラの瀑布が池を割り、水飛沫が上がる中、紫色の躯体をした愛機が問い質す瞳を向けている。
アンバーは一つ頷き、手を開いた。
それに同期して結晶体が開き、アンバーを導く。コックピットに収まったアンバーは操縦桿を掴んで前を見据えた。
――向かうべきは一つ。
決意の双眸を浮かべると、《ガルバイン》の眼窩に光が宿る。オーラ・コンバーターを開き、翅を高速振動させて森林地帯から飛翔していた。