リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第四十七話 羅刹開戦

 

 オーラの嵐は先ほどよりも強くなっている。吹きつける敵意のオーラに、《ガルバイン》のオーラ・コンバーターが揺さぶられた。コックピットに吹き抜けるオーラの旋風は敵意を滲ませて、バイストン・ウェルで経験した戦いよりさらに色濃い憎悪を降り立たせる。

 

 ――《ハイパーレプラカーン》。

 

 本来在り得るはずのない赤い鬼神がほとんど靄と一体化して海上に屹立していた。だというのに、海は恐ろしいまでに静謐を保っており、こちら側の理とあちら側の理が違うのだと突きつけてくる。

 

 この《ガルバイン》も然り。

 

 あちら側の理で動くマシンは、結晶体を突き抜けて全身を貫かんばかりの憎悪と対面していた。

 

《マイタケ》にそれほどの飛翔能力はないのか、低空飛行で《ハイパーレプラカーン》へと接近している。

 

 その黒い爪を軋らせ、飛び掛らんとするのは戦士の背中だ。その背中に《ガルバイン》より直通を繋ぐ。

 

「グラン中佐! 行かせられない!」

 

『何をやっておる……。戻れ、ゼスティアの聖戦士』

 

「今は、ゼスティアだとかそういう事は関係ないんだって、あなただって分かっているはずでしょう! いつまでこだわって……」

 

『……だが、あれは我が国のもたらした災厄だ』

 

 事実、その通りなのだろう。騎士団の一人がハイパー化した。それは逃れようのない。だからこそ、その決着は自分の手で、というグランの理屈も分かる。

 

 だがそれ以上に、ここは地上界、自分達の戻るべき居場所だ。

 

「……翡翠が安心して戻ってこられるようにしたい。だから! あたしは剣を取る!」

 

《ガルバイン》に抜刀させる。しかし、対峙すればそのオーラ力の量は圧倒的。敵から溢れ出すのはマグマのような灼熱のオーラ。比して自分の持つ剣のオーラは何と非力か。

 

 松明のようなものだ。松明で、煉獄の炎に敵うものか。

 

 それでも、ここで退けば世界は終わる。翡翠の守りたかった世界。……何をまかり間違ったか、彼女がいない世界。

 

 それでも、自分は守り通したい。この手にあるのがたとえ異端なる力、この地上界にあるまじき能力であったとしても。

 

「それを通すのは、あたしだ!」

 

《ガルバイン》の瞳に光が灯る。オーラを漂わせた《ガルバイン》が紫色に揺らめいた。《マイタケ》は低空飛行のまま、オーラ・コンバーターを開放する。放出されたオーラが流転し、特殊な力場を形成した。

 

 だがハイパー化した相手はそれさえも児戯だとでも嘲笑う。

 

 その片腕が軽く払われただけで、海面が反転した。

 

 津波と大嵐が《ガルバイン》と《マイタケ》を襲う。アンバーはオーラを一点集中させた。額に弾けるイメージを伴わせ、剣を突き出す。

 

 切っ先に集中したオーラが刹那、凝縮し一筋の光条として放たれた。

 

 津波へと突き刺さったオーラの光が拡散し、嵐へと風穴を開ける。

 

 爆発的に膨れ上がった衝撃波が《ハイパーレプラカーン》の足元をぐらつかせた。赤い蜃気楼が僅かにたたらを踏む。

 

『……効いているのか……。あんなデカブツに』

 

 自分でも驚愕していた。まさか、オーラをちょっと練っただけの反撃にこれほどの威力があるなど思いもしない。

 

 やったのは《ソニドリ》が編み出していたオーラの爆発現象を真似ただけのものだ。だというのに、眼前に広がるのは捲れ上がった海面であった。

 

 海が抉れ、水飛沫が大量に舞い上がる。それらが雨の如く降りしきり、一瞬にして港町は大時化に覆われた。

 

「……ただの、オーラショットが……」

 

 バイストン・ウェルではオーラバトラー一機に掠り傷をつける程度の応戦に過ぎないはず。

 

 だが、巻き起こされた現象はそれを否定する。晒し出された海底が茶色く濁り、舞い上がった辻風が《ハイパーレプラカーン》の足場を揺さぶらせた。

 

『……海底を抉ったと? まさか、オーラバトラーにそれほどの力など……』

 

 茫然自失のグランの通信が焼きつく前に、《ハイパーレプラカーン》が動く。その手に握り締めた剣を敵が振るい落とそうとした。

 

 巨躯のせいか、動きは緩慢でありながらも導き出される威力は天地を割るほどなのは容易に想像出来る。だからこそ、アンバーは瞬時に《ガルバイン》を敵の剣の前に出させた。

 

 翅を開き、《マイタケ》を押し出した《ガルバイン》が剣を掲げる。

 

 干渉波のスパークが天蓋のように覆い被さった。

 

 敵意のオーラと自分のオーラがぶつかり合う。混ざり合うオーラの意思が、声となって《ガルバイン》の内奥へと切り込んだ。

 

(貴様らさえ……ゼスティアさえいなければ……! このレプラカーンは無敵だ!)

 

「間違っている! それは争いの光、ヒトに闘争の道を強いる光だ! あっちゃいけない!」

 

(だったら、お前らが消えろ!)

 

 払われた剣筋が膨大な熱量となって海を焼き払った。蒸発した海面が一瞬で沸き立ち、水蒸気爆発にも似た衝撃波が《ガルバイン》を見舞う。

 

 しかし、それでも決定的な敗北の一手にはならない。

 

 どうしてだか、バイストン・ウェルでの戦闘に比べれば、巻き起こっている事象自体は大きいはずなのに、《ガルバイン》の中は静かだ。

 

 まるで戦闘の只中にいないかのように。

 

「どうして……こんなにも静かなの……」

 

 不釣合いな静寂に、アンバーは背筋を凍らせる。《ガルバイン》は今にも空中分解してもおかしくはない攻撃を受けている。だが実際には、ほとんどノーダメージと言ってもいい。

 

 この決定的な矛盾がアンバーの判断を鈍らせていた。

 

 赤い影が歩み出る。

 

 港町へと踏み込もうとする《ハイパーレプラカーン》にアンバーは我に帰っていた。

 

「駄目っ! させない!」

 

 開いた翼の速力をそのままに《ハイパーレプラカーン》の頭部まで舞い上がる。剣先を相手へと突き出し、威嚇した。

 

「あたし達の故郷を、穢す事はさせない!」

 

 いつか、翡翠と一緒に帰った道。いつか、翡翠と共に過ごした町。それを異世界の暴力で壊させてなるものか。怒りと憎悪だけで膨れ上がった怪物に、蹂躙させてなるものか。

 

 その意志が形となり、《ガルバイン》は矮躯に似合わないオーラを漂わせた。

 

 ひりついた空気にグランの慄いた声が僅かに漏れ聞こえる。

 

『……羅刹に堕ちるか。紫のオーラバトラー』

 

 構わない。この眼前の悪鬼を止められるのならば。自分一人の犠牲で、何もかもが元通りとなるのならば。

 

 ここで、オーラの暗黒面に堕ちる事に躊躇いはなかった。

 

 瞳を静かに閉じる。ランラより教わったように相手のオーラを五感ではなく第六感で仔細に分析した。

 

 そのオーラの弱点、脆き欠点を。

 

 次に目を開いた時、アンバーの視界には空域を舞う巨大な暗黒蝶が入っていた。

 

 恐ろしく巨大な地獄蝶が飛び回っている。それも一羽や二羽ではない。数十羽の地獄蝶に囲まれた《ハイパーレプラカーン》は、今にも破裂寸前の風船だ。

 

 どこをどう突いても、確実に始末出来る。

 

 オーラの瞳が真っ赤に輝き、アンバーは叩くべき弱点を見据える。

 

《ガルバイン》の翼は迷いなく正確に、そして相手を一撃の下に射抜くであろう。オーラ・コンバーターを全開に設定し、剣を鋭く軋らせた、その時であった。

 

 ――割って入った謎の悪寒に、アンバーは躊躇する。

 

 何かが来る。主語を欠いた予感に衝き動かされ、アンバーは攻撃の手を緩めていた。

 

 その直後である。

 

 空域を引き裂いたのは無数の弾頭であった。照り輝いた閃光が《ハイパーレプラカーン》の表皮へと突き刺さる。

 

 爆発の光輪が拡散する景色に、アンバーは絶句していた。振り向けた視線に同期して、《ガルバイン》が目線を向ける。

 

 その先にいたのは真紅の翼であった。

 

 曇天に沈んだ港町を突っ切っていくのは人の叡智の結晶。鋼鉄の巨体が推進剤の尾を引きながら一目散に《ハイパーレプラカーン》へと突き進んでいく。

 

 その様はさながら特攻機。赤く、目に焼きつく姿と相まって命そのものを乗せたとしか思えない戦闘機械が飛翔する。

 

「あれは……戦闘機?」

 

 否、あのような戦闘機は見た事もなければ聞いた事もない。

 

 戦闘機と呼ぶにはその姿は異形に映った。頭部ばかりが妙に前に出ており、脊柱より伸びた両手両脚はヒトより獣に近い。

 

 その背中に、無理やりとしか思えない武器コンテナを積載し、全身これ武器とでも言うような鋼鉄の針鼠が《ハイパーレプラカーン》の支配する空域へと突っ込んでいく。

 

 どう考えも異質。

 

 しかしながら、《ハイパーレプラカーン》はその攻撃を捉えかねていた。まるで――。

 

「……見えて、いない?」

 

 そのようなはずはない。はっきりと視界に入っている戦闘兵器を、オーラの塊である《ハイパーレプラカーン》は目視出来ないようであった。

 

 見当違いの方向を引き裂く敵に、戦闘機械の武装コンテナが開く。内側より立方体の小型武装が飛び出した。

 

 それらが自律的に宙を舞い、《ハイパーレプラカーン》へとちくちくと攻撃を浴びせる。

 

(ちょこざいな!)

 

 相手のパイロットの声が天地に轟く中で、真紅の特攻機は《ハイパーレプラカーン》の背後へと回っていた。

 

 相手が真正面の空間を叩き斬る。

 

 その余波だけで港町へと激震が見舞われた。津波と暴風がビルを吹き飛ばしていく。

 

「こんな事……させるわけにはいかない!」

 

《ガルバイン》へと再び闘志を引き戻し、アンバーは満身で叫んでいた。

 

 雄叫びがオーラとなって剣に帯び、その輝きを増す。煌いたソードの一閃を、アンバーは下段より振るい上げていた。

 

 拡張したオーラが白銀の瞬きとなって《ハイパーレプラカーン》を袈裟斬りにする。

 

「オーラ……斬り!」

 

 翡翠の見よう見真似だ。それでもこの時、オーラによる剣閃は《ハイパーレプラカーン》へと確実なダメージとなってその赤い表皮を裂いていた。

 

 真紅の機体が注意を引いてくれたお陰か、《ハイパーレプラカーン》からしてみても、今の一撃は想定外であったらしい。

 

 ぐらついた蜃気楼がそのまま海面へと没しようとする。

 

「やった……?」

 

 期待したのも束の間、《ハイパーレプラカーン》のオーラが不意に反転した。そのオーラが内側へと逆転し、外に放たれていた灼熱が急速に縮小する。

 

 オーラの縮退現象に《マイタケ》が《ガルバイン》を庇うように前に出ていた。

 

『ゼスティアの聖戦士!』

 

《マイタケ》の背中越しに、アンバーは目にしていた。

 

《ハイパーレプラカーン》が弾け飛び、そのオーラが放つ禍々しい風を。その風一つ一つに、万華鏡のような輝きが集約する。

 

「これは……オーラ・ロード?」

 

 爆発の光に掻き消されたオーラ・ロードがそれぞれの軌跡を描き、四方八方へと拡散した。

 

 港町へと降り注いだ虹色のオーラが逃げ惑う人を、故郷の町を掻き消していく。

 

 オーラ・ロードの末端に触れただけなのに、町も人も、最初から何もなかったかのように抉り取られていった。

 

「何が……何が起こっているの?」

 

 混乱する脳内へと、どこかで見知った声が響き渡る。

 

 ――あなたは知らなければならない。何故なら……。

 

 そこから先は虹色の輝きに解けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残酷だったのではないか、と問い詰められて、ミシェルは振り返っていた。

 

 制止された形の軍人に一瞥を投げる。

 

「レイリィ少佐、だったかしら」

 

「……イリオン君を殺したな?」

 

「勘違いをしないで。あの子が自分で行くと言ったのよ」

 

「だが、あれは何だ! あんなもの、……あれはオーラ・ロードだろうに!」

 

「知っているのね。知っていて、あなた達もあんな傀儡に大枚を叩いた。同罪よ」

 

「……プロフェッサー。これは三十年前の、ハイパー化現象と合致します。やはり、あの中では……」

 

 秘書の声にミシェルは首肯していた。

 

「ええ。無数の可能性世界の枝葉が内包されている。今、それが弾けた。風船みたいに、パン、って。ハイパー化したオーラバトラーを一つの特異点として、また全てが変わろうとしている」

 

「……どこまで知っているんだ」

 

 その問いにミシェルはふんと鼻を鳴らす。

 

「どこまで? 全てよ。これから先、起こるであろう事は……非科学的だけれど、私からもう聞いている。あちら側にいるようなのよね。私は」

 

「何を……言って……」

 

 問答を繰り返すのも惜しい。ミシェルはハイパー化したオーラバトラーの残骸が海へと粉砕して落下するのを目にしていた。

 

 その一個一個の破片には虹の燐光が棚引き、小規模ながらオーラ・ロードがいくつも開いている。

 

 帰結する先に見えているのは、最悪の未来であった。

 

「オーラ・ロードが開かれた。その意味、分からないわけじゃないでしょう?」

 

 レイリィが歯噛みし、沈痛に面を伏せる。

 

「守れなかった……と言いたいのか……」

 

「バイストン・ウェルの妖精達からしてみれば、これも一種の未来なのよ。ハイパー化したオーラバトラーの進軍。それは始まりの予兆に過ぎない」

 

 導き出される答えを、ミシェルは一拍置いて口にしていた。

 

「――始まるわよ。オーラバトラー大戦が」

 

 

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