「やられた! 最初から《ソニドリ》を誘き出すために、《ゲド》なんていう骨董品を使ったってワケ……! しかもティマまで奪われて……これじゃ立つ瀬もないじゃない!」
コンソールを殴りつけたミシェルはユニコンに乗った回収部隊が戦場を観察するのを忌々しげに目にしていた。
もっと使える兵が多ければ。否、もっと言えば自分が強ければ。
こんな事にはならなかっただろう。《ソニドリ》を失っただけではない。せっかく召喚された地上人をむざむざと明け渡したのだから。
『ギーマ様! 大丈夫ですか?』
『……ああ。自爆したと言っても、片腕が使い物にならなくなっただけだ。《ブッポウソウ》はまだ動く』
にわかに立ち上がろうとしたギーマの《ブッポウソウ》にミシェルは吐き捨てていた。
「そんなので! よく戦場に割って入ったものね!」
『君がわたしの《ブッポウソウ》で出ていなければ、こんな事にはならなかった!』
「どの口が! 機体を選ぶ時点で三流なのよ、あんたは!」
ユニコンがいななき声を上げる。ユニコンに乗ってこの場に同乗したアンバーに、ミシェルは目を合わせられなかった。
『……言い争いをしている場合でもない。地上人が奪われた』
「馬鹿でも分かるわ。何とかして取り戻さないと……」
『……あの、翡翠が敵に……』
『ああ。《ソニドリ》と共に鹵獲された』
「あんたねぇ! ちょっとはデリカシーってものがないの!」
『今は事実を反芻するだけだ。して地上人……君にお願いがある』
『お願い、ですか……?』
まさか、とミシェルは先んじて口にする。
「アンバーに、オーラバトラーに乗れって言うんじゃないでしょうね?」
『なに、前倒しになっただけだ。元々、《ソニドリ》か、あるいは《ドラムロ》にでも乗ってもらうつもりだった』
「偉そうに言えた身分? 結果的に利用したんでしょう! エムロードを!」
『……どう謗られようが結果は結果だ。奪われた《ソニドリ》の奪還作戦を練る必要がある』
畢竟、ギーマの思い通りであるという事が癪に障る。アンバーは戸惑っている様子であったが、地上人同士ならば、ここは退けないはずだ。
――あるいは、これさえも織り込み済みであったか?
その疑念をミシェルはギーマへと注いでいた。
地上人の編隊など、と侮っていたわけではない。むしろ、《ゲド》でよくも前線に出たものだと、感嘆したほどであった。
岩石の牙城の如く、《マイタケ》が地面を這い進む。砂礫を舞わせながら、要塞の巨大さを見せる愛機の中で、グランは通信を聞いていた。
『……中佐。我が方の《ゲド》の一機が……』
「何だ? 進軍を止めるだけの理由でも?」
『死に体です。せめて、弔わせてはもらえないでしょうか?』
無理もあるまい、とグランは感じていた。《マイタケ》の捕獲した敵オーラバトラーの出力をはかったところ、その数値は彼の国の最強と名高い機体に匹敵していた。
噂でしか聞いた事のない、オーラバトラーの究極形。それに近しいオーラ力となれば、身勝手に殺す事さえも躊躇う。
グランは戦場を預かる手前、戦いには慎重であった。殊に地上人のみで編成された部隊の指揮となればそれはより慎重を期してもまだあり余るほど。
「……よかろう。進軍やめ。《ゲド》の操縦席を緊急射出させ、貴様らの流儀で弔うといい」
立ち止まった《ゲド》のうち、一機は腹腔をほとんど完全に切断されていた。地上人は即死か、あるいは最後の力を振り絞ったか。
彼らは《マイタケ》に見えない角度で《ゲド》の操縦席より地上人を這い出させ、彼らの流儀で弔いの儀を上げているようであった。
グランは《マイタケ》の操縦席でふんぞり返る。
「……地上人の弔い、か。元々、貴様らの魂が行き着く場所であるというのに、ここで死ねばどこへも行けぬ」
バイストン・ウェルで死ねば、どこにもいけない。その魂の安息はあり得ないのだ。自分達コモンが死ねば、然るべき場所へと導かれるであろう。
しかし、オーラの加護を最初から授かっている地上人は強大な力と引き換えに魂の安息は永遠に奪われる。
それは死よりもなお恐ろしいであろう。
「考えるだけで震えるわ。死後、裁きに合う事もなく、永遠にこの常世を彷徨い続ける亡霊と化すなど」
強い顎鬚をさすり、グランは《ゲド》を見下ろした。地上人の文化は分からない。分からないが、自分達とさして変わる事のない死生観であるのか、死者を火葬で弔っている。
「地上人の文化というものよ。……この白いオーラバトラー。彼奴の発揮したオーラ力も含めて、報告すべきであろうな。おい! もうよかろう!」
怒声を上げると《ゲド》へと地上人が乗り込み、隊列に再び加わろうとする。
その刹那の出来事であった。白いオーラバトラーが翅を広げ、浮かび上がる。
飛翔した敵機が《マイタケ》の顔面を斬りつけた。思わぬ反撃に全員が色めき立つ。
「おのれ! ゼスティアの新型が! 我が《マイタケ》に手傷を負わせるなど、生意気なのだ!」
掴もうとした《マイタケ》の動きをするりとかわし、白いオーラバトラーが折れた剣で《マイタケ》の装甲を叩く。
「舐めるな! この《マイタケ》は強獣を五百匹相当狩って造り上げた逸品! 貴様ら如きが触れられる代物ではないわ!」
《マイタケ》の爪が敵機を抑え込もうとする。白いオーラバトラーは必死に応戦しようとしたが、あまりに脆弱。
「このまま押し潰してくれる!」
『お待ちください! グラン中佐!』
不意に割って入った地上人の通信にグランはぎろりと睨んだ。
「何故、邪魔をする!」
『相手は地上人。相当なオーラの持ち主のはずです。ここで殺せば、ジェム領での発言力に差し障ります』
「貴様らに諭されるまでもないわ! 反抗的ならば潰してしまう他なかろう!」
『我々なりの交渉術がございます。お待ちを』
《ゲド》が一機、新型へと猪突する。もつれ合った二機が巨木へとぶつかった。
それを目にしてグランは舌打ちする。
「地上人同士が、馴れ合いおって……」
『聞こえるか。白いオーラバトラーの地上人。聞こえていたら返事を……』
繋がった接触回線に、剣を手にしていたティマは声を張り上げる。
「ジェム領国の捕虜にされるのなら、死んだほうがマシよ!」
『勘違いをしている。ジェム領はそれほどまでに悪い国ではない』
「どうかしら! あたしはあくどい国だって聞いたわ。ミ・フェラリオを奴隷のように扱って!」
『……ミ・フェラリオか。まさかパイロットは?』
「パイロットは地上人よ。でも、どうせここで殺すつもりでしょう!」
まだ昏倒しているエムロードを見やったティマへと、敵兵が囁きかけた。
『……あまり大きな声では言えないが、ジェム領国ではそのような非人道的な扱いはしない。どうやらゼスティア領国とは誤解があるようだ。それをまず解きたい』
「地上人が《ゲド》なんかに乗せられている時点で、それは特攻と何が違う!」
『我々が志願したのだ。高いオーラ適性値を持つ地上人は乗れるオーラバトラーには限りがある。《ドラムロ》よりも感覚的に動かせる《ゲド》のほうが我々義勇軍の行動のアピールになる、とも』
「義勇軍? 何それ、ジェム領国で何か、反逆でも起こるって言うの?」
『詳しくは言えない。だが、地上人は決して悪い待遇ではないはずだ。少なくともゼスティアに比べれば』
信じるべきか、と逡巡を浮かべたティマに地上人らしい、相手は口走る。
『……《マイタケ》を操るグラン中佐は生粋のコモン。軍人気質のあのお方に悟られれば我々は全滅する。どうだろうか。ここは細く長く、協力すると言うのは』
「……エムロードがまだ、起きていない」
『身の安全は保障する。もしもの時には命も差し出そう』
相手がここまで言うとは思えなかった。新型を鹵獲するためだけの即席の部隊にしては言える範疇が違う。
「……仮にちょっとばかし信じたとして、見返りは?」
『見たところその新型、開発途中で出撃したと見える。その完成の手助けをしよう』
思わぬところで的中し、ティマは息を呑む。確かに《ソニドリ》はまだ完成には程遠かった。それを進めてくれるというのならば、少しくらいは信用してもいいのかもしれない。
「……でも、いいの? あの岩石みたいなオーラバトラーのパイロットが」
『納得させるためには策がある。任せて欲しい』
そこで通信が途切れた。ティマは気を失ったエムロードの肩に飛び乗る。
「……バイストン・ウェルに来て、いきなりの戦闘。それも鹵獲されちゃうなんて。……運がないのね、あなたも」
ため息を漏らし、ティマは《ゲド》が巨大オーラバトラーへと説得しているのを目にしていた。
「本当に説得するって言うの? まともな交渉なんて当てになるはずが……」
岩石のオーラバトラーが手を払う。《ゲド》が近づき、《ソニドリ》に肩を貸した。
「……まさか。本当に説得を?」
『約束は守る。それが地上人としての……数少ない矜持だ』
「驚いたわね……。ジェム領国は非人道的な敵性集団だと聞いていたけれど」
『こちらも、ゼスティアには慈愛の精神の欠片もないのだと聞いていた。特に《ブッポウソウ》のパイロットには、戦場では慈悲など通用しないのだと』
ミシェルの事を言われているのだと分かって気分はよくなかったが、ティマは受け入れる事に決めた。
今はエムロードを生かさなければならない。そのためならば少しくらいの罵倒は飲み込もう。
「どうなるって言うのかしら……。これから……」