リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第五十一話 無間回廊塵芥

 青空であった。

 

 憎々しいまでの晴天が、地の果てまで広がっている。あの世は人間の心象風景なのだと言う事をどこかで聞いた。だから、せめて死んでからは安らかに、という何者かの作為なのだろうか。

 

 どう考えてもあり得ない。

 

 あまりに高い青空に、そして荒涼とした紺碧の大地。苔むした岩壁からは植物が異様な角度から伸びている。

 

 ここが現世ではないのは、どこかで分かっていた。割り切っていた。

 

 だが、この場所は。

 

 この風景は。

 

 そしてこの――オーラを纏い付かせた風は。

 

 蒼は身を起こしていた。

 

 周囲には制服に身を包んだ女生徒達が所在なさげに点々と見渡している。彼女らの面持ちに、見覚えがあった。

 

 だが、どうして。あってはならないはずなのに。

 

「……何でみんな……生きているんだ」

 

「……何を言っているの? 城嶋さん。ここは……どこなの?」

 

 一人のクラスメイトの声に不安が増長されたのか、他の生徒もめいめいに声にする。

 

「何これ……バスは? どこに行ったの?」

 

「修学旅行の道じゃ……ないみたいだけれど……」

 

 蒼は額を押さえて記憶を反芻した。

 

 自分の今際の際の記憶を。あの時の衝撃と死の足音、それに色濃い戦場の空気は忘れるはずがない。何よりも、あれが夢幻の類ではないのは自分がよく知っている。

 

 だから、この状況が飲み込めない。何が起こったのか、純粋に「分からない」。

 

「……みんな! ひとまず集りましょう。そうしないと、こんな知らない土地……」

 

 クラス委員が手を叩いて彼女らの不安を何とか押し留めようとするが、当の彼女も膝が笑っている。

 

 皆が恐怖に打ち震えているこの光景も、初めてではない。

 

 自分は既に経験している。

 

 ――だがどうして?

 

 疑問が突き立った胸中を断じるかのように不意にいななき声が耳朶を打った。

 

 こちらへと接近するのは馬によく似たバイストン・ウェルの原生生物、ユニコンである。馬車を引くユニコンとそれに付随する甲殻の騎士――オーラバトラーに少女達が震える。

 

「何……あれ」

 

「馬車……? 外国なの?」

 

 どうしてなのか。自分はこの先、何が起こるのかを知っている。否、経験しているのだ。馬車から降りてきたのは幻想的な身なりをした女性であった。彼女は自分達を物のように数え始める。

 

「えっと……全部で四十四人」

 

『かなり多いな』

 

 オーラバトラーの拡声器の声に級友達は怯えを隠しきれない。

 

 しかし、蒼だけは違っていた。その声の主を誰でもない、自分の魂が知っていたからだ。

 

「……ザフィール騎士団長?」

 

 声にした途端、相手が胡乱そうにこちらを注視する。しまった、と口を塞いだ時にはもう遅い。オーラバトラーで武装した者達が一斉に銃口を向けた。

 

『……奇妙な。地上界から呼んだはずの者が、どうして俺の名前を知っている?』

 

「それは、その……。だって、騎士団長は……覚えていらっしゃらないのですか?」

 

 あの激戦を。白亜のオーラバトラーの恐るべき戦闘形態を。

 

 しかし、眼前の《ドラムロ》に収まったザフィールは疑念を返すのみであった。

 

『……地上界には我らコモンでは推し量る事も難しい理があるとは聞いていたが、まさかここまでとは……。しかし、四十四名。大義である』

 

 ここから先に待ち受ける過酷な運命をどうしてだか自分だけが知っている。ザフィールの口にするあまりに残酷な命令も。

 

「どういう事なの……。帰して! 元いた場所に帰してよ!」

 

 ヒステリックに泣き叫ぶ少女達に、騎士達は困り果てている様子であった。その逡巡にエ・フェラリオの女性は声にする。

 

「呼ばれた事はとても名誉なのよ。貴女達は、選ばれた。まぁ、四十四名も呼ぶつもりはなかったんだけれど」

 

『アルマーニュ・アルマーニ。如何に現状では最高位のエ・フェラリオとはいえ、ハッキリ言う。呼び過ぎだ、馬鹿者』

 

「仕方がないでしょう? 我々フェラリオの開いたオーラ・ロードに、たまたまかかったのが四十四名だった話。それに好都合ではありませんか。これだけ地上人がいれば、卑劣なるゼスティアには絶対に負けない!」

 

 声高に言ってのけたアルマーニにザフィールを含め、騎士団が言葉を詰まらせる。

 

『……訓練がいる』

 

「そもそも説明が、でしょうね」

 

《ドラムロ》のコックピットが開き、中から現れたのは見間違えようもない。

 

 ――ザフィール本人であった。

 

 しかし、と蒼は違和感を覚える。どうして、ザフィールが健在なのか。そもそも、ここは「どこ」で、「いつ」なのか。

 

 あの世と断じる事も出来たが、あの世にしては出来過ぎている。あるいは、過去の反芻である夢幻だとするにしては、生々しいオーラの風が吹きつけるこの地は本物であった。

 

 本物のバイストン・ウェルだ。

 

 ザフィールはオールバックに流した紫色の髪を撫で、こほんと一つ咳払いしてから、全員と目を合わせる。

 

 自分はよく知っている。ザフィールはいつでもそうやって、他人との了承を得てから、まずは話し始めるのだ。

 

「……いいだろうか」

 

 紳士然としたザフィールの行動に級友は絶句していた。彼女らへとザフィールは静かな論調で語り始める。

 

「驚くのも無理はない。……いや、驚くな、というのが逆に不可能か。まずは説明をしたいとは思うが、ここで時間を潰すのも勿体なくってね。何とか馬車には乗せたいが、四十人越えとなると……」

 

 後頭部を掻いたザフィールの行動で蒼は一つ思い出していた。

 

 この直後、ゼスティアの奇襲に遭うのだ。それで否が応でも自分達は思い知らされる。このバイストン・ウェルに安息はない事を。そして戦う事でしか身を守る方法はないという現実を。

 

「あ、あのっ……!」

 

 蒼は声にしていた。伝えなければ、と思い立って、ではどこから、と硬直してしまう。

 

 ザフィールに自分がいずれ知るであろう事を教えるのがベストだろうか。だが、近い将来死ぬなど、教えてどうするというのだ。

 

 面を伏せた蒼へと慮った声がかけられる。

 

「……気分でも悪いのか? 医療班はいるが」

 

 ああ、こうやって他人の事を思いやれる。それがザフィールという男の度量であったのに。

 

 自分はザフィールの死を知っている。そればかりか、この数秒後には訪れるであろう、数名のクラスメイトの切り捨ても。

 

 ……だからなのだろうか。

 

 あるいは、ゆえに、かもしれない。

 

 蒼は反射的にザフィールの乗っていた《ドラムロ》へと駆け出していた。さすがの彼もそれは想定外であったらしい。完全に反応が遅れたザフィールを他所に蒼は《ドラムロ》のシステムをチェックする。

 

「……よく知っている。《ドラムロ》の装備だ。でも、どうして? どうして、わたくしだけが、《ドラムロ》を……ひいてはこのバイストン・ウェルの事を知ったままで」

 

 熱源関知の報がけたたましくもたらされる。蒼は操縦桿を握り締め、森を抜けてこちらへと強襲しようとするゼスティアのオーラバトラーへと初撃を浴びせかけた。

 

 まさか出てくる前に攻撃が来るとは思っても見なかったのだろう。

 

 銃撃が正確に敵機を射抜き、つんのめった《ドラムロ》が火達磨に包まれる。随伴機が撃墜されたせいか、相手の反応が一拍遅れた。

 

 今だ、と蒼は機体を直進させ、エンジンに火を通す。押し出される形で敵《ドラムロ》が地面を転がり落ちた。《ドラムロ》の弱点は既に分かり切っている。隙だらけの相手へと炸薬を見舞うと瞬時に敵が粉砕され、爆発する前に地表に叩きつけられていた。一瞬の交錯で敵の弱点を熟知した動きにジェム領の戦士達が圧倒されたのが伝わってくる。

 

『……貴様、何者だ? 如何に地上人がオーラ力に優れるとは言え、初見でオーラバトラーを……』

 

 攻撃の矛先が自分へと据えられる。無理もない。いきなりオーラバトラーを稼動させた地上人は今まで観測されていないはずである。

 

 言い訳を何か講じようとしてザフィールが彼らの銃口を制した。

 

「やめろ。彼女は俺達を助けてくれた。恩義に報いるのがジェム領国のやり方のはずだ」

 

『しかし、騎士団長! こいつ、得体が知れないんですよ!』

 

「得体が知れないのならばこれから知る必要がある。貴君、地上人であったな。名前は?」

 

 一拍の警戒の後、静かに応じていた。

 

「城嶋……蒼」

 

「アオ、か。どのような字で書くのかは分からんが、歓迎する。我々、ジェム領へと、ついて来てもらえるな?」

 

 確認の声に、やはりと確信を新たにする。

 

 彼は騎士団長、ザフィール。自分が師事した男のはずなのだ。

 

 そして、死んだはずの人間の名前でもある。

 

「……選択権は、多くはないんですよね」

 

「なに、悪くはせんよ。もてなしをさせてもらう。なにせ、四十名を超える地上人だ」

 

 クラスメイト達は完全に怯え切っている。まずは彼女らを安心させる事が先決だ。

 

「……話しても」

 

「構わない。地上人同士のほうが話は通用するだろう」

 

 蒼は《ドラムロ》から出るなり、級友達へと声を発していた。

 

「みんな! 怖がらないで。彼らは敵じゃない」

 

「敵じゃないって……。城嶋さん、何を知っているの? あの兵器は……どうやって動かしたの?」

 

「……説明は後にさせて欲しい。わたくし達は、一度彼らの国である……ジェム領国に行かなければならないんだ」

 

「どうして……! こんなわけの分からない場所で落ち着いていられるのよ!」

 

 恐慌に駆られた級友を鎮める術は分からない。蒼は務めて冷静を保とうとした。

 

「……わたくしにも何が何だか……。ただ、これだけは言える。こんな中途半端な場所に陣取っていたら狙われるだけだ」

 

「それには概ね同意よ。貴方達、その身は思ったよりも多くの命を救うと考えて欲しいわ」

 

 アルマーニの言葉にクラス委員が噛み付いた。

 

「何よ! 知った風な!」

 

「今は! ……わたくしを信じて欲しい」

 

 その説得が叶ったのか、彼女らは言い争いを一旦はやめてくれた。それでも、どこかで軋轢は生まれるだろう。今は、遠回しにしただけの話だ。

 

「アオ・キジマ、でしたっけ? 私、ちょっと気になっているの。もう一度《ドラムロ》に乗ってもらえる? その中で話がしたいわ」

 

 アルマーニの提言にザフィールは首肯する。

 

「帰りは馬車か。……まぁ、どうせ速度も出せない。ゆっくりと帰路につこうじゃないか。地上人の聖戦士達、領国では催しが開かれる予定だ。ゆっくりとした足取りでもいい。俺達を信じて欲しい」

 

 ユニコンがいななき声を上げる。馬車が先導する形で四十人余りの大行列が歩みだしていた。

 

 ザフィールは先頭の馬車に乗り、後方では先ほどの敵《ドラムロ》の残骸を友軍兵が調べている。

 

「ねぇ、貴女……、何か違うわね」

 

 同乗したアルマーニの言葉に蒼は逡巡を浮かべた。

 

「違うように……見えますか」

 

「いくらオーラ力が高くても、初見でオーラバトラーは動かせないはずよ。それとも、似たような機械を動かした経験が?」

 

 つい先ほどまで、《ゲド》に乗っていたはずだ、とは言えない。

 

 誰にも信じてもらえる気がしなかった。自分は一度、ゼスティアとの戦闘の最後の最後まで戦い抜いた、など、気が触れたと思われるのがオチだろう。

 

「……似たものを動かした事なら」

 

「やっぱりね! 貴女、とても面白いわ。オーラの質も何だか他の地上人と違う……。何て言うのかしら……、どちらかと言うとコモンに近いわね」

 

 ――それは一度全てを経験しているから、とは言えず蒼は曖昧に頷いた。

 

「彼らは……どういう組織で?」

 

「ああ、気になるわよね。そりゃそうか。だって召喚されたばかりで、意味も分からないでしょう。説明するわ。私達、ジェム領国の歴史を」

 

 アルマーニが慣れた様子で語り始める。彼女からしてみれば連綿とした人の歴史を、まるで糸をほぐすかのように紐解くようなもの。

 

 エ・フェラリオは長命がゆえにコモンの歴史を細部に至るまで言の葉に紡げる。

 

 その話を聞きながら、蒼は転がり始めている状況をどこか別の自分で俯瞰していた。

 

 ――どうして、あの時、死なずに済んだ?

 

 その疑問だけが堂々巡りの思考を満たしていた。

 

 

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