リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第五十二話 孤城災禍

 

 城門を抜けると騒々しいパレードからは一転、静かな城壁内部では静謐を湛えた騎士団のオーラバトラーが配備されている。

 

 彼らは来るゼスティアとの決戦に向けて実戦を加味したシミュレーターを稼動させているはずであった。

 

「おっ、ザフィール騎士団長!」

 

 その中の一機から這い出てきた兵士の顔に蒼は息を呑む。

 

「あなたは……」

 

 あの時、自分を庇った先輩騎士。だが、どうして……という思いが疑念の眼差しとなって彼に注がれた。

 

「……ん? どこかで会ったか? そんなはずがないか! 地上人の知り合いはいないはずだからな!」

 

 快活に笑って見せたのも、今は涙の代物であった。彼は目の前で死んだはず。思わぬ再会に相手がうろたえた。

 

「おいおい……何だって言うんだ、まったく……。騎士団長! この地上人、何でか俺の顔を見て泣いちまって!」

 

「そのおっかない顔にびびったんだろうさ」

 

「俺のどこかおっかないって言うんですか!」

 

 そのやり取りも過去の遺物のようであった。永遠に失われたはずの邂逅が、果たされている。

 

 理解をするより先にザフィールが馬車から降りて声にする。

 

 四十名余りの地上人へと彼は声を張り上げた。

 

「聞いて欲しい! 君達地上人は、アルマーニュ・アルマーニ……君らの言葉で言う、妖精によってこのバイストン・ウェルに転生された。だが恐れる事はない。むしろ、誇ってくれ。君らは聖戦士として選ばれたのだから!」

 

 聖戦士。その言葉を全員が咀嚼するのは不可能だろう。

 

 彼女らにとってしてみれば、異郷の地である以上に、ここは馴染みのない土地だ。

 

 理の違う世界、妖精の舞う魂を慰撫する場所。そう説明されても、戸惑うのが最初の反応としては正しい。

 

 だからか、自分の落ち着き振りがアルマーニを驚かせたようだ。

 

「……驚かないのね」

 

「……ええ、まぁ」

 

 濁した蒼はザフィールの指揮の下、大勢の地上人が城へと呼ばれていくのを目にする。

 

 彼女らには残酷な運命が突きつけられる。即ち、隷属か死か。

 

 だが、ジェム領では隷属と言っても、優れた兵士になれるかどうかの話だ。

 

 そうでない人間は精神を病んで死に至るのみ。

 

 現実をどの程度受け入れられるかが、彼女らの生き死にに関わってくる。無論、受け入れられない事実に押し潰されるのも、それも一面ではあるだろう。

 

『……貴公はまず、《ドラムロ》から降りろ』

 

 兵士に命令され、蒼は素直にコックピットから出ていた。

 

 アルマーニもその後に続く。

 

「アルマーニは妖精の籠に移動。相当なオーラを消費したはずだ」

 

「そうね。まさかあんな数を呼び込めるなんて思わなかった」

 

「一箇所に集っていたんだろうな。……不運な事だ」

 

 ザフィールはこの時点で、自分達の将来を危ぶんでいたのか。そう考えると目頭が熱くなってくる。

 

『《ドラムロ》、地上人くさいぜ』

 

「その《ドラムロ》は解析に回せ。地上人のオーラで変容している可能性もある」

 

 運び出されていく《ドラムロ》を見やっていると、不意にザフィールが声にしていた。

 

「……君にどの程度の説明が必要かな」

 

「どの程度って……」

 

 全て分かっている、と言えばそこまでなのだが、一度目は困惑するあまり、ザフィールを完全に信じるまで時間がかかった。それこそ、取り返しのつかないところまで行ってから、ようやく愚かにも信じる事が出来たのだ。

 

「……奇妙だな、とは思っている。いきなり《ドラムロ》を動かし、その上君の面持ちには……何か他の地上人と違うものを感じ取った」

 

 ザフィールは苔むした岩に腰かける。彼とどう対話すればいいのか、蒼は最初分からなかった。

 

 あなたは死んだはずだ、とでも言えばいいのだろうか。それともこれから死ぬ運命だとでも。

 

 だが、どのような言葉を弄しても、やはり、というべきか、再会の感傷には勝てなかった。

 

 頬を伝う熱いものにザフィールは目を見開く。

 

 彫りの深い顔立ちの騎士団長は、自分の処遇を決めかねているようであった。

 

「……泣くなよ。女子供に泣かれるのはその……慣れていなくてね。所帯を持っていないのもあるかもしれないが……」

 

 どこかおどおどとしたザフィールに蒼は涙を拭って質問の言葉を振ろうとした。

 

「あの……ジェム領国はまだ……その……安泰なのですか?」

 

「……可笑しな事を聞くのだな。アルマーニに何か吹き込まれたか? まぁ、まだ安泰……と言えるかもしれない。だが、その平穏も長く続くかと言えば否と応えるしかない」

 

「ゼスティアが攻めてくるから」

 

「驚いたな。本当に説明が要らないのか」

 

 蒼は佇まいを正し、ザフィールの眼を真っ直ぐに見据えた。彼も自分から視線を外さない。

 

「……聖戦士はジェム領の剣として、立ち向かわなければならない。邪悪なる野心を持つ領国……ゼスティアに奪われた妖精の冠を奪還するために」

 

「……アルマーニはそこまで話したのか?」

 

 無論、まだアルマーニはそこまで自分を信頼していない。だがいずれは分かる事だ。ならば話の早いほうがいいはず。

 

 無言を是にするとザフィールはオールバックにした髪を掻く。困った時に彼がやる仕草だ。懐かしい、と胸にこみ上げてくる。

 

「……真摯に話さなければならないようだ。ゼスティア……侵略国家は我々の王族宝物庫より、とある重要物資を奪い取った。それは――フェラリオの王冠。妖精達の王、ジャコバが封じたとされるこの世の叡智全てが込められたとされる、奇跡の遺物だ。……だが、それは表向きでね」

 

 ザフィールが煙管を取り出し、火を点けかけて自分を気にする。

 

「……吸っても?」

 

「はい。慣れて……」

 

 いますから、と応じかけてまだ出会って三時間も経っていないのだ、と口を噤む。相手はフッと微笑んだ。

 

「……奇妙な縁だな。君とはまるで初めて会った気がしない。いや……今のは女性を落とす落とし文句ではない。忘れてくれ」

 

 こうして、ちょっとしたジョークに対して自分で恥じらうのも、本当に自分の見知ったザフィールなのだと感じ取る。彼はそうやっては、よく部下からからかわれていた。

 

「あの、ザフィール騎士団長。フェラリオの王冠は……」

 

 彼は紫煙をたゆたわせ、ああと首肯した。

 

「あれは……奇跡の産物と言われていたが、その実は違う。所有者の闇……暗黒面のオーラを引き出す代物だ。あってはならない、災厄だよ」

 

 やはり、と蒼はその事実を噛み締めた。最終決戦に挑む前に、ザフィールが言ってくれた事実と符合する。以前はそこに至るまで王冠の事は伏せられていた。

 

 ただ、相手が侵攻してくるのを闇雲に対処していたのみである。

 

「そんな危ないものを、どうして相手は?」

 

 それは聞きそびれていた内容であった。フェラリオの王冠がどうしてゼスティアに必要であったのかは結局一つも聞けていない。

 

 ザフィールは碧眼を伏せて話すべきか思案しているようであった。

 

 当然だろう。会ったばかりの地上人。全てを話して得をするはずもない。

 

「……今は、先延ばしにさせてくれ。これは王族特務の内容なんだ。騎士団でも一握りの……俺と副長くらいしか知らない」

 

 副長、と蒼は自然と城壁内部の護りを司る一機へと視線を吸い寄せられていた。

 

 赤い装甲を持つ機体――《レプラカーン》が剣を携えて城の外を見張っている。

 

「……よく分かったな。あれが副長の機体だって」

 

「あ、……それは」

 

 どう誤魔化すか、と愚策を講じている間にザフィールは笑みを浮かべる。

 

「戦士としての素質があるのかもしれん。オーラさえ読めば不可能ではないからな」

 

 そういう事にしておこう。蒼はオーラ力について再度、問い質していた。

 

「地上人……わたくし達はオーラ力が強いんですよね?」

 

「ああ、遥かに凌駕している。俺なんて足元にも及ばない。だが……優れた気質を持っているとは言え、磨かれなければそれは原石のままだ」

 

 重々、承知している。オーラの強さが、そのまま戦士としての強さに直結するわけでもない。

 

「……しかし、君は話しやすいな。まるでこちらの心を読んでいるかのような……これも強大なオーラの素質か」

 

「いえ、その……」

 

「謙遜なんてするなよ。俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

 煙管の煙が消え、ザフィールは立ち上がる。鎧を身に纏った荘厳な騎士。いつもその背中を追っていた、あの勇猛果敢なる英雄がまるで唯一無二の友を見つけたかのように口元を綻ばせた。

 

「どうしてだろうな。初対面の気がしない相手には……俺は特別に何かしてやりたくなってしまう。ちょっと実験棟に向かう。ついて来てくれ。面白いものを見せる」

 

 そう前置きされて蒼はザフィールの背中に続く。

 

 制服姿の地上人に城内のコモン達がうろたえる中、実験棟と称された場所は高い煙突を有していた。

 

 そこから紫色の噴煙が棚引いている。

 

 入るなり地下へと続く階段があり、オーラの密度が濃い中で研究者達が渋面をつき合わせている。

 

「よぉ。調子はどうだ?」

 

「騎士団長! 全員、敬礼を!」

 

 佇まいを正そうとしたコモン達にザフィールは手を払って笑みを浮かべる。

 

「よしてくれ。ここでは対等、という約束だろう?」

 

「ですが、一応は上官なので」

 

 参ったな、とザフィールは後頭部を掻き、返礼する。

 

「で、あれの進捗を聞きたい」

 

「は。六割、と言ったところですね」

 

「やはり……完成は難しいか」

 

「ゼスティアより我々のオーラバトラー技術は劣っておりますゆえ、相手の新型機を潜んだモグラから常に情報を同期させて仕入れております」

 

 空気の循環が悪い研究施設はそこいらに青い結晶が散見された。ザフィールは質問を繰り返す。

 

「実戦には……」

 

「不向きですが、完成すればこれとない戦力になるでしょう。勝ち得ますよ。我々は」

 

 最奥にまるで玉座のような空間が空けられている。その座に無数のケーブルで繋がれた漆黒の甲殻騎士が位置していた。

 

 剥き出しの眼球部がこちらを睥睨している。

 

 まさか、と蒼は息を呑む。

 

「これは……《キヌバネ》」

 

「ほう。まだ名前はなかったはずだな?」

 

 しまった、と口を噤むと研究者は満足そうに頷いた。

 

「ええ。ですがオーラバトラー、《キヌバネ》ですか。よい名です。そのまま採用いたしましょう」

 

「アオ・キジマ。君はこれを一目見るなり、《キヌバネ》、と言ったな? ……予感が確証に変わった。君は何か、このジェム領にとって重要な事を知っている」

 

 ザフィールの慧眼は騙し切れない。蒼は《キヌバネ》を見やり、それから彼に向き直った。

 

「……信じ難い話かもしれません」

 

「いいさ。妖精の舞う世界だ。一つや二つの奇妙な話には慣れている」

 

「ですが……ここでは少し」

 

「では、俺の部屋に案内しよう」

 

 蒼は目を見開いた。ザフィールの部屋には一度として招かれた事がなかったからだ。その反応にザフィールは、いや、と手を払う。

 

「勘違いしないで欲しい。地上人に手を出すほどでは……」

 

「騎士団長、さすがですね。恐れ知らず!」

 

「は、囃し立てないでくれ!」

 

 研究者達と対等に話すザフィールには自分の知らぬ一面が垣間見えた。そうだ、彼の全てを知ったわけではない。

 

 むしろ、知らない部分の多いまま、永遠に別たれてしまったのだ。それをやり直す機会に恵まれている。

 

 それだけで、幸福だと言えた。

 

「いえ……、ザフィール騎士団長。わたくしからも、話したい事がございますゆえ」

 

 ザフィールは咳払いして厳しい声を出す。

 

「そうだな。地上人のもたらす利益にはバイストン・ウェルは少なからず影響を受け続けてきた」

 

 佇まいを正したザフィールと向かい合う。

 

 ここからが始まりなのだ、と蒼は自らに言い聞かせた。

 

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