ザフィールの個室、と呼ぶのにはあまりにも簡素な造りの部屋に蒼は瞠目してしまう。
まさか騎士団長身分でも自分達とそれほど待遇が変わらないなど思いもしない。
否、自分達の待遇のよさが異常であったのだ。
地上人とおだてられ、戦場に駆り出されるために特上の部屋を用意されていたのだろう。あの時はそのような事を考える余裕など、一瞬もなかったが。
「適当なところに腰かけてくれ。変に気負わなくっていい」
ザフィールは鎧を脱ぎ、軽装に着替えている。ザフィールの鎧姿ではない部分は初めて目にする。それだけ地上人との距離があったのだろう。
今は違う、とまでは言い切れないが少しは距離を縮められたのではないかと思う。
彼は窓辺に座り込み、煙管を取り出す。蒼はゆっくりと、しかしながら必要な事を全て伝えるべきだ、と感じた。
「オーラ・ロードが開く時、向かうべき宿縁もまた、開かれる」
そう口火を切ったザフィールはこちらへと目配せする。
「俺にとっての君が、ともすればそうかもしれない」
「そこまで大層ではありません。自分は……ただの一兵士でした」
「そのような見目麗しい服飾の兵士など聞いた事はないがな」
制服姿のままである事を、蒼は恥じ入る。
「申し訳ありません……。礼節が……」
「いい。俺も礼節がなっていないのは同じだ。転生したばかりの地上人を部屋に招きいれれば早速部下達の噂話だろうな。まぁ、その程度、どうとでもなる。君は重要な事を俺に教えようとしてくれている。今は、その一事だ」
そうだとも。彼に伝えなければならない。自分が、最終決戦で目にしたあの白いオーラバトラーの事を。彼が、死に行く運命に立たされている事を。
しかしどこから話せばいいのだろう。
彼との出会いからか。あるいは、何がどうなって、ゼスティアとの最終決戦にもつれ込むのか、か。
分からない胸中を持て余していると、不意にザフィールが警戒の色を瞳に湛え、窓枠を引っ掴んで外を窺う。
「……何か」
「まずいな……。オーラが逆巻いている。これは……敵襲だ!」
ザフィールの声が弾けるのと、監視塔より敵襲の鐘が鳴るのは同時であった。ゼスティアの強襲攻撃の報告にザフィールが舌打ちする。
「まずかったか。……まだ俺の《ドラムロ》は解析中……。仕方ない。他の機体で出るしか……」
「あの!」
通り過ぎかけたザフィールを蒼は呼び止めていた。彼は振り向かずに応じる。
「話の途中で打ち切るようで申し訳ないが、敵だ。今はそれを討ちに行く」
赴きかけたザフィールの背中に蒼は声を投げていた。
「自分も同行させてください!」
「それは看過出来ない。君の乗れる機体がない」
今のジェム領の戦力はたかが知れている。この状況で、自分の操れる機体など……。
そう考えたところで蒼は閃くものを感じた。
「……実戦配備予定の《ゲド》があったはずです」
「まさか。《ゲド》なんて危険な機体にいきなり乗せられるか」
「ですが! 今は国防の危機! なら、わたくしは出ます。ジェム領の聖戦士として!」
その言葉振りがあまりにも意外であったのだろう。ザフィールは絶句していた。言葉を彷徨わせかけて、彼の大きな手が肩を掴む。
「……死ぬかもしれないんだぞ」
ザフィールは本気で慮ってくれている。それが分かるだけでも今は前進しているのだと信じたい。
首肯した蒼にザフィールは確認を振り向ける事はもうなかった。
「……しかし、《ゲド》がある事を何故……いや、今さらか。言っておくが、斬り込みにかかる。いきなりの実戦配置だ。分からなければそれでもいい。とにかく斬られるな。それだけだ」
格納庫へと飛び込んだザフィールは《ゲド》の配備を急がせる。オーラバトラー、《ドラムロ》がようやく配置完了したばかりの戦闘準備の中で《レプラカーン》が出撃姿勢に入っていた。
『《レプラカーン》。エルム、出る!』
赤い装甲のオーラバトラーが先陣を切る。剣術を携えた機体は敵オーラバトラーへと激しく切り結んでいた。
敵は茶褐色の新型だ。
「……ゼスティアの新型機か」
「データ照合、出来ません。完全な新型をぶつけてきましたね」
整備班の言葉にザフィールは声を飛ばす。
「騎士団に告ぐ! 敵機は今までの比ではないぞ! 警戒は厳にせよ!」
了解の復誦が返り、次々と《ドラムロ》が出撃する。だが、たった三機編成のゼスティアの新型機は恐れるものなどないかのように城下町へと火矢を放つ。
その蛮行にザフィールが拳を震わせた。
「……祝いの席を穢すとは……。ゼスティアの野蛮人が」
運び込まれて来た《ゲド》には無数の計測チューブが繋がれている。大方、実験機として役目を終える運命であったのだろう。それを自ら解き放つとは夢にも思わない。
「騎士団長! 正気ですか! 《ゲド》なんて戦力にも……」
「構わん。俺が許す。アオ、やれるか?」
無言の是を返答にし、蒼は《ゲド》のコックピットに乗り込んだ。
操縦感覚はまだ手に馴染んでいる。最終決戦で培ったオーラのさばき方を思い返し、蒼は呼吸を一つついた。
それだけで《ゲド》が瞬時に起動する。
整備班からざわめきが漏れ聞こえた。
「必要オーラ値が尋常じゃないはずだぞ……」
「それだけ、聖戦士、というわけか。侮れんな。俺は鹵獲した《ビランビー》で出る! 用意は?」
「出来ています! ただ、この機体、プラス五ほどオーラが重いですよ!」
「乗りこなしてみせるさ。ザフィール、出陣する!」
「騎士団長が出られるぞ! 出撃シークエンス、省略! 実行、実行!」
緑色に塗装された《ビランビー》がオーラ・コンバーターを開き、全開出力で城壁を飛翔した。その後に蒼の《ゲド》が続く。
僅かにつんのめったが、《ゲド》は思ったよりも素直に自分のオーラを受け止めてくれていた。
『……あれか』
ゼスティアの新型機が《ドラムロ》を圧倒する。装備されていた銃火器を引き裂き、敵機は城門を目指していた。
『これより先に進ませるわけにはいかん。アオ!』
「はい!」
《ビランビー》が着地した刹那には抜刀し、敵の腕を取ろうとする。その勢いを相手も殺さずに剣で応じていた。
その剣さばきに、出来る、と瞬時に判断する。
『名を聞こうか、ゼスティアの騎士!』
『我が名はギーマ。ギーマ・ゼスティアだ!』
その名前に蒼も硬直した。今、相手は何と言ったのか。
「ギーマ……? それってゼスティアの……」
『ああ。領主直々とは、これは感謝すべきなのか、なっ!』
剣で弾き返した《ビランビー》の攻防を敵新型は速度面で圧倒する。回り込んだ敵機へと蒼は跳ね上がっていた。
剣を打ち下ろし新型と向かい合う。
「ここで! 撃墜する!」
『……このオーラ……。まさか! 聖戦士か!』
『正解だ! ゼスティアの次期領主よ! ここで潰えろ!』
《ビランビー》が突きを見舞おうとする。それを相手の新型が阻んでいた。
『気を抜かないで、ギーマ。あんたはそれだから油断ならない』
女の声にザフィールと蒼は同時に息を呑む。
「まさか……。女のパイロット……?」
『物珍しがっている場合? このオーラバトラー、《ブッポウソウ》の性能に! 恐れを成しなさい!』
相手の息巻いた通り――否それ以上に、新型機《ブッポウソウ》はこちらの戦力を削ろうとする。
《ビランビー》の剣がそれを制そうとするが、オーラバトラーの膂力が段違いだ。
『このままでは……』
「騎士団長!」
割って入った蒼はオーラを膨れ上がらせるイメージを額に弾けさせる。何度もザフィール本人より習った力だ。
オーラを一点に凝縮し、それを放つ。
剣先にオーラを溜め蒼は腹腔より叫んでいた。
「オーラ……斬り!」
爆発的なオーラの剣圧が敵の将である《ブッポウソウ》を薙ぎ払おうとする。その一撃は必殺の間合いに入った――はずであった。
だが、一撃を受けたのはもう一機の《ブッポウソウ》である。女パイロットでもなく、ゼスティアの当主でもない戦士が、ただの剣で……。
「オーラ斬りが……受け止められた……」
呆然とした蒼へと返す刀が入りかける。
その剣を防いだのは上空より降り立った赤い戦士であった。
《レプラカーン》のパイロットの叱責が飛ぶ。
『迂闊ですよ! ザフィール騎士団長!』
『エルムか……。悪い、危ないところだった』
『……地上人を可愛がるのはいいですけれどねッ! 目の前の相手を倒してからにしてください』
『肝に銘じよう。して、敵の実力は』
《レプラカーン》が相手を弾き返し、距離を取ってこちらの通信領域に入る。秘匿回線が繋がれ、蒼とザフィールの間でのみその言葉が紡がれた。
『……脅威度で言えばかなり……。これは、ともすれば地上人……』
『二人呼んだと言うのか? この短期間で?』
『……それ、ウチだけは言えませんよ』
こちらは四十人規模で呼んだのだ。それを指摘されてか、ザフィールは笑い声を上げる。
『違いないな。エルム、行けそうか?』
『こちらの兵力差は実力で埋められますが……お荷物が』
やはり自分か、と蒼は歯噛みする。しかしザフィールは言い返した。
『エルム。彼女を侮るものでもない。降りてきた地上人の中では最も強いだろう』
『……当てになりますかね、それ。ですが今の《レプラカーン》と騎士団長ならば、一機くらいは』
『鹵獲可能、か。欲を言えば一気に詰みに行きたいところなんだが』
『無理でしょうね。あれで編成は考えられている。前に当主が出過ぎないように、と』
女パイロットの《ブッポウソウ》が剣を構え、ギーマを守りつき従う。その鉄壁を容易く崩せるとは思えない。
「なら、必然的に……」
『ああ。今の一撃、受けられはしたがダメージにはなっている。見ろ』
オーラ斬りを受けた《ブッポウソウ》の関節部がスパークし、その膝を落とす。
ここまで、と判じたのだろう。二機の《ブッポウソウ》が急速に戦域を離れていく。
「待て! 逃げるのか!」
『逃げるですって? 馬鹿を言いなさい。戦力の一角を削がれた状態で長く戦うなんて愚策、犯すわけないでしょう』
撤退の手際は潔い。無数の火矢が放たれたかと思うと、すぐさま相手はオーラの炸裂弾を用いてこちらの射程から逃れていた。
ザフィールが舌打ちする。
『逃げ足だけは……』
『その点でもこちらは劣っています。ですが、一機残っただけでも我々の戦果でしょう』
機能不全を起こした《ブッポウソウ》が両手を上げる。抵抗の意思はない、と見ていいだろう。
「……一機倒せた……」
『感慨にふけっている場合ですか。……まったく、これだから新兵は』
『まぁ、落ち着け。エルム、貴様だってちょっと早いだけで新兵だっただろう? 先輩面はあまりしてやるなよ』
『……お勝手に』
《レプラカーン》が飛翔し、城壁へと戻っていく。ザフィールは申し訳なさそうに口にしていた。
『すまんな。いい奴なんだが、ちょっと繊細なところもある』
「いえ……。騎士団長、敵を」
コックピットより出るように誘導された機体だが、ハッチが開かないと言っているらしい。
『仕方ない。ハッチを粉砕して、パイロットを……』
先輩騎士が手を伸ばした、その瞬間である。
敵機が不意に踊り上がり、《ドラムロ》を足蹴にしてザフィールの機体へと肉迫する。
その勢いの衰えのなさに蒼は咄嗟に飛び込んでいた。
「騎士団長!」
《ゲド》が剣筋を受け止める。敵も満身であったのだろう。その太刀は並大抵の執念ではなかった。
太刀筋と共に顕現したオーラが《ゲド》のコックピットを割る。粉砕されたコックピットの破片が蒼へと降り注いだ。
『アオ! 貴様、謀ったな!』
『謀った、だと? 勝負は最後まで計略ありきのもの。騙されるほうが悪いのだ』
《ブッポウソウ》へと《ビランビー》が剣を携えて斬りかかる。その刃に宿った鋭さに、必殺の勢いを感じた直後には、蒼の意識は闇に落ちていた。