リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第五十四話 騎士道宣戦

 

 どこまでも連なる螺旋の回廊を降りている感覚だ。

 

 白亜に染まった無間地獄。その隙間へと意識が滑り込み、まるで鏡面のように磨き上げられた湖へと、意識は誘い込まれていた。

 

 湖を渡る術を、確かバイストン・ウェルの者達は多くは知らないのであったか。

 

 そのような知識を思い返した途端、湖の水が自分へと降り注ぐ。

 

 一滴一滴が万華鏡の色に染まり上げられ、記憶の瀑布が意識を洗い流した。

 

 それは最終決戦の時の記憶。《キヌバネ》が謎のオーラバトラーに攻撃され、撃墜寸前まで追い込まれる。

 

 死臭漂う戦場で、自分は一振りの剣と共に《キヌバネ》を守っていた。直後、白いオーラバトラーがその爪を伸ばし、自分の腹腔を破る。

 

 朦朧とした意識の中でどうしてだろうか。

 

《キヌバネ》の相貌とそのオーラバトラーの顔が、まるで生き写しのように感じられたのは。

 

 やがて意識は消失点の彼方へと迎え入れられる。

 

 湖の底、記憶の海の更なる奥。

 

 見知った電車の発車警告が耳朶を打ち、面を上げていた。

 

 そこは港町の、小さな駅。無人改札を無数の影が通っていく。

 

 どうしてだか霧に煙ったかのように左右どちらも先が見えない。

 

 自分の運命のようだ、と感じたのは一瞬。

 

 電車が訪れ、光が乱反射して行き過ぎていく。

 

 その一刹那であった。

 

 ――電車の乗客の中にザフィールを発見する。

 

 どうして、何で……。そのような瑣末な思いよりもなお濃い、恋情の声音が喉を震わせていた。

 

「騎士団長!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ! 何だ、脅かすなよ。起きていたのか?」

 

 夢の喉と同期して叫びが迸った。蒼はびっしょりと汗を掻いており、薄い寝巻きがじっとりと濡れていた。

 

 ザフィールのほうを見やると、彼は頭を振った。

 

「俺じゃないぞ。着せ替えはきっちり、女子供にやらせた。この部屋に運んだのは俺だがな」

 

「わたくし、は……」

 

「運がよかった。破片はちょっとした傷だけだと。痕も残らないそうだ。悔しいが、ゼスティアの上を行っているのは医療技術だけだからな」

 

 はは、と乾いた笑いを浮かべるザフィールに、蒼は身体に巻かれた包帯を目にしていた。それでようやく、先ほどの戦場が現実なのだと思い知る。

 

「……あんな隠し玉があったなんて」

 

「迂闊だった、なんて思うなよ。迂闊なのは俺のほうだ。いきなり戦闘を任せてしまった。地上人だからっていきなり、な。俺もどうかしていた」

 

 猛省するザフィールに、違う、と言いたかった。彼のせいではない。自分も無理やり付いて行ったのだ。

 

「いえ……。力の分を弁えない人間は、その域を超えた事にも気づかない……」

 

「おっ、よく分かっているじゃないか。俺がよく新兵を叱る時に言うのに似ているな」

 

 似ているも何も、ザフィール本人から幾度となく聞かされてきた言葉である。自分は分を弁えず、前に出てしまった。

 

「……やられましたね」

 

 額に手をやり、悔恨を噛み締める。ザフィールは静かな語り口で諳んじていた。

 

「負けが分かるうちはまだマシだ。成長の伸びしろがある。問題なのは、どうして負けたのかが分からなくなっちまった時だ。その時、人は成長の機会を永遠に失う」

 

「思わぬ手でした。敵機を、あんな形で……」

 

「それなんだがな。《ブッポウソウ》とか言う敵新型はあのまま鹵獲に成功した。まぁ、奴さんも弱っていたからな。最後の抵抗のつもりだったんだろうさ。あの後はほとんど戦闘もなく、簡単に捕縛出来た」

 

 やはり自分だけが劣っていたのではないか。悔しさに拳をぎゅっと握り締める。

 

「……悔しいか?」

 

「はい……。わたくしは……弱い」

 

「……俺も甘えていた。全部分かった風に言ってくるもんだから、大丈夫かも、ってな。他の地上人の徴兵を急ぐべき、という意見もあるが、ちょうどいい封殺剤になった。これで地上人をいたずらに戦局に投入しろとは上も言わないだろうさ。おっと、今のはこれな。王族への侮蔑に繋がる」

 

 唇の前で指を立てたザフィールに蒼は自然と笑みがこぼれていた。ザフィールもどこか悪戯坊主っぽく笑う。

 

「いい笑い方だ。戦士もたまには休息が必要さ」

 

 立ち上がりかけたザフィールへと蒼は言葉を投げていた。

 

「その……騎士団長。この後は、どうなさるおつもりで……」

 

「義を通すような喋り方をする必要もないんだがな。まぁ、いい。捕虜の尋問さ」

 

「捕虜……? 《ブッポウソウ》のパイロット……!」

 

 ハッと気づいた蒼は殺気を滲ませる。あのオーラバトラーさえいなければ、と怒りに白熱化しかけた思考をザフィールが制していた。

 

「逸るな。とは言っても、因縁か。相手もこっちの、君との面談を望んでいる。……会うか?」

 

 思わぬ言葉であったが、蒼は一も二もなく頷く。あそこまでの実力と執念、並大抵の戦士ではないだろう。

 

「分かった。申し出よう。立てるか?」

 

 手を差し出したザフィールへと、その手を掴む。その時に感じられた体温で、ああ、生きている、と蒼は泣きそうになった。

 

 ――この人は、まだ生きている。この場所で、息づいている。

 

 まだ一日と経っていないのに、あの戦場はやはり夢であったのだろうか。だが夢にしては生々しい。それに、今までの経験則の説明もつかない。

 

 ザフィールの力で蒼は支えられ、部屋から出た。すれ違う騎士達が物珍しそうに観察する。

 

 自分は薄着でザフィールと共にいれば要らぬ勘繰りを受ける事になる。それを気にしたが、彼はそのような瑣末事、気にも留めていないようである。

 

「うん? どうした? 俺の顔に何かついているか?」

 

「いえ……。騎士団長、あまりにも無頓着なのでは……」

 

「言いたい奴には言わせておけ。どれだけ口に戸を立ててもそういう奴は結局言いたがりなんだ。だったら、言わせておくに限る」

 

 やはり、彼は本物だ。本物の強者なのだ。だから、戦場以外では弱さなど見せない。戦場でも一騎当千の活躍を見せつけ、無敵の名をほしいままにする。だが、彼の本当の顔がどちらなのか、自分にはまだ分からない。

 

 今、自分に見せている顔か。あるいは、最終決戦に挑んだ時――あの前夜に見せた相貌が本物なのか。

 

 判ずる術はない。だが傍に寄り沿う事は出来る。彼を理解するために、傍に。少しでも長い時間……。

 

「来たぞ。牢屋係は?」

 

「恐ろしいって言うんで、交代しましたよ」

 

 先輩騎士が欠伸を噛み殺す。彼も生き残ったのか、という安堵と共にザフィールは厳しい声音になる。

 

「……捕虜は?」

 

「口を割りません。それどころか、不気味なくらいの沈黙で……。何も知らないのでは」

 

 先輩騎士の疑念にザフィールは頭を振る。

 

「何も知らない一般兵の忠義ではなかった。あれは……執念の鬼だ」

 

 ザフィールをして鬼と言わしめる敵兵とはどのような相手なのだろう。蒼は通信を震わせた低い声音を思い返す。

 

 絶対に逃がすまいと、確実な一手を取ろうとした敵。その使い手を見てみたいという気持ちはある。

 

「知りませんよ」

 

 牢屋の扉が開けられ、鎖で縛り上げられた強面の男が真っ直ぐにこちらを睨んでいた。

 

 浅黒い肌に、戦士の威容を灯らせる瞳。屈強な肉体は否が応でも熟練の手だれを想起させる。

 

 こんな男があの新型機に乗っていたのか、と蒼は息を呑んだ。

 

「……殺すか」

 

「決断を急ぐな。名をまずは聞こう」

 

「……グラン」

 

「それが名前か。ゼスティアのコモンと見たが」

 

 グランはザフィールの言葉に吐き捨てるような調子で返す。

 

「殺すのではなければ尋問か。いくらでもするがいい。どうせ、貴様らでは儂から一個の情報すら引き出せぬ」

 

 まさしくそうであると決めた眼差しに蒼は絶句する。彼から一つの言葉を引き出すのに、こちらは十の問いが必要とでも言うように。

 

「……並々ならぬ戦士だと見受けた。ゼスティアの新型……《ブッポウソウ》であったな。あれは高性能の機体だ。中距離から近距離のあらゆる戦局に対応する万能機。しかし、弱点あるとすれば、少しばかり必要オーラ値が高い。ジェム領のコモンでは扱い切れないだろう」

 

「貴様らでは手に余る。……それで何だと言う? まさか儂に戦い方でも教わりに来たか?」

 

「貴様……! 騎士団長に向かって……!」

 

 怒りを発しかけた先輩騎士をザフィールが手で制する。

 

「いや、いい。敵国の兵士相手に話しているんだ。それなりの警戒はすべきだろう。しかも、鹵獲され、自身も捕虜となった。その面持ちから鑑みるに生粋の武人と見える。敵の腹の中に入ったのならば自爆も辞さない、とでも言うような眼をしている」

 

 まさか、と蒼と先輩騎士は言葉を失う。グランはその慧眼に目を見開いていた。

 

「……驚いたな。儂の心情をそれなりに理解する……指揮官がいたとは」

 

「伊達にジェム領の護りを任されているわけではない。して、グラン。あなたはどのようにして、《ブッポウソウ》の開発に着手し、現在ゼスティアではどこまで配備が進んでいるのか、聞かせてもらう」

 

「……容易く口を割るとでも」

 

「少しばかりは譲歩するさ。貴君は実力を認めた相手には敬意を払う。そういう人間だと感じた」

 

 その言葉に一拍の沈黙が降り立つ。グランはここに来て初めて目を背けた。

 

「……敗残の兵とはどこまでも生き意地汚く、そして醜いもの。言える事は一つもない」

 

 そうか、とザフィールが踵を返す。先輩騎士が覚えずその背中に呼びかけた。

 

「騎士団長? もういいんですか?」

 

「聞くべき事は一日に限られている。それに……彼の眼を見ただろう? 誠意さえ忘れなければ、こちらの要求には応じてくれるさ」

 

 自分はそうだとは思えなかった。相手の手に落ちるくらいならば自爆さえ考えに浮かべる戦闘狂。だとすれば時間を与えるのは愚策に思える。

 

「騎士団長。少しでも早く、相手から情報を引き出すべきと……進言します」

 

 自分の言葉に先輩騎士もザフィールも意想外であったのだろう。二人して目を見開く。

 

「お前……! 来て早々何を……」

 

「わたくしはそれなりに戦局を読めると自負しています。だからこそ、禍根の芽は早期に摘むべきかと……」

 

 分不相応の言葉なのは分かっている。分かっていても、彼をこれ以上危険に晒したくはなかった。

 

 ザフィールは顎に手を添えて考え込み、やがて言葉にする。

 

「……臣を疎かにすれば民を守れぬ、か」

 

「騎士団長? まさかこいつに? まだ来て一日経つか経たないかですよ?」

 

「いや、地上人の目は当てになる。俺はそこまで軽く見ていないのでね。アオ、ついて来い。意見を聞くのにちょうどいい場所がある」

 

 ザフィールの背中に続く。どれほど不自然に映っても自分にはあの最期が……《キヌバネ》を破壊せしめた白いオーラバトラーの脅威さえ取り除ければそれでいいのだ。

 

 だから、ちょっとばかしの疑念は甘んじて受けよう。

 

 ザフィールの部屋に戻るのかに思われたが、彼が向かったのは城壁の一端であった。見張り台の一つは無人である。

 

 ここならば聞き耳を立てられる心配もない、という彼なりの配慮だろう。

 

 ザフィールは双眼鏡を覗き、敵の進軍がないのを確認してから振り返っていた。

 

「……懲罰ものだぞ。普通なら上官にあそこまで口にするべきではない」

 

 やはり彼もそれは思っていたのか。蒼はそれでも、と言葉を振り絞る。

 

「わたくしは伝えなければならないのです」

 

「地上人の先見の明は無視出来ない、か。自分で言って捕らえられていれば世話はない」

 

 微笑んだザフィールは自分の話を聞くつもりなのが窺えた。

 

「……グランという武人に関する正確な記録はございませんが、ゼスティアの新型機は初めて見ました。あの性能ならば、完全なワンオフ機が出るのもそう遠くはないかと」

 

「敵の戦力をはかるのに量産機は適材適所だ。現在、研究者達が躍起になって解析している。ともすれば、《キヌバネ》に転用出来る技術もあるかもしれない」

 

「……どうして、グランと言いわたくしと言い、あなたは疑わないのですか? もっと疑ってかからないと……」

 

「足元をすくわれる、かね?」

 

 問い返されて言葉をなくす。ザフィールは頬杖をついて見張り台から望める城下町を視野に入れた。

 

 火矢が放たれた城下町にはまだ燻る炎があり、騎士団が消火活動に当たっている。まだ戦火は拭い去れたわけではないのだ。

 

 そう思うとこうしてザフィールを自分に縛り付けている事さえも愚かのような来さえしてくる。

 

「そうさな。君の言う事も一面では正しい。俺はあまりに迂闊で、大雑把で、そして危なっかしい。そう言われてしまえば立つ瀬もない」

 

「そこまでは……」

 

「言ってないって? だが俺はまだ一日と経っていない地上人にここまで心配される。それは恐らく弱いのだと、思い知らされるさ」

 

「そんな……! 騎士団長はお強いです! 他の誰よりも……」

 

「だったら言われないだろ? どうして君は俺の雲行きを案ずる?」

 

 それは、と返事に窮する。あの光景を言っていいものなのか、胸の中で葛藤が渦巻く。

 

 ともすればあれこそが悪い夢で、今バイストン・ウェルに転生している事が現実なのかもしれない。

 

 どちらを夢幻と断ずる事も出来ず、蒼はただ言葉を彷徨わせた。

 

「……言えない、か」

 

 悟ったザフィールに蒼は歯噛みする。

 

 言えない自分が何よりも悔しい。

 

 彼は見張り台より望める城下町へと顎をしゃくった。

 

「どう思う? 君は我々の営みを」

 

「どう、と仰いますと……」

 

「コモンは愚かか、と聞いている」

 

 地上人の目線を問われている。蒼は口にしかけて、そう簡単なものではないのだと発しかけた言葉を仕舞った。

 

「……分かりません。まだ……。あなた達に接するのに、わたくしはまだ言葉を持たぬのです」

 

「その割には介入するのに躊躇いがない。度量がある、と褒めるべきか?」

 

「いえ、わたくしにはそんな……」

 

 発した謙遜をザフィールは肩に手を置いて制していた。

 

「気負うなよ。君はジェム領の聖戦士だ。それにたった一人というわけでもあるまい。こちらには四十人余りの聖戦士がいる。容易く陥落はしないさ。そうだろう?」

 

「それは……」

 

 だが、言えるものか。そのほとんどが死に絶え、そして最終決戦の地にて彼も死ぬのだと。そのような残酷な運命、まかり通っていいはずもない。

 

 沈黙をどう受け取ったのだろう。ザフィールは自分の頭をわしゃわしゃと掻いた。その行動に蒼は面食らう。

 

「何を……」

 

「考え過ぎるな。何も君だけがこの世でたった一人の戦士でもない。俺もいる、他の騎士もだ。言いたくない事は言わないでいいが、その小さな身体に背負うのには、あまりに重い宿命もあるだろう。俺達は確かに、聖戦士……地上人に縋った。それは弱い在り方かもしれん。自分達で戦い抜く勇気のない、弱虫のやり方だと糾弾されても結構だ」

 

「そんな……ジェム領国は……」

 

「誇り高いのだと、思ってくれているのならば少しは信じてくれないか? 俺や他の騎士達を」

 

 蒼は何も言えなくなってしまう。あの光景が胸を占めているせいで、自分だけが運命を変えられるのだと思い上がっていた。

 

 だが、実のところでは違ったのだ。ザフィールがいる、他のクラスメイト達もいる、騎士達も健在だ。

 

 ならば、自分一人で何もかも背負っていいはずもない。

 

 それは彼らへの侮辱に繋がる。

 

「……失礼を」

 

「いいさ。騎士への無礼なんてそんなものだ。吐き捨てていい。ルールは破るためにある」

 

 快活に笑ったザフィールに、蒼はちくりと胸が痛んだのを覚えた。前回はここまで心を開いてはくれなかった。ザフィールはそれこそ死に物狂いでゼスティアと戦い抜いたのだ。その背中を遠くで見守る事しか出来なかった弱い自分――。

 

 全て知っているのならば、分かっているのならば、自分のやるべき事は決まっているではないか。

 

 蒼はザフィールと向き合い、そして言葉にしていた。

 

「……ジェム領に勝利を。それがわたくしの望みです」

 

 ザフィールは拳を突き出す。

 

「だな。物分りのいい地上人で……いや、君でよかった。心底そう思うよ。よろしく頼むぞ、蒼」

 

 その期待に今は全力で応じたい。

 

 蒼は慣れない敬礼をする。ザフィールは返礼し、フッと口元を綻ばせた。

 

 

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