リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第五十六話 蒼閃演武

「城下町の被害はほとんど問題ありません。《レプラカーン》を出すと敵機はすぐさま撤退しましたが、そんな事が……」

 

 報告を聞き終えたエルムは絶句していた。無理もないだろう。留守中の襲撃かと思いきや、本当の狙いは自分達騎士団であった。そのような皮肉、今は一時も聞きたくはないはずであった。

 

「あいつ……みんなを殺した……。殺された……」

 

 残ったクラスメイト達はさめざめと泣いていた。級友の死に涙するのは彼女らだけの特権であったのだろう。騎士団の者達は皆、沈黙していた。

 

 痛いほどの静謐を一番に感じているのはザフィールであろう。

 

 悲しむ事も出来ず、かといって地上人を叱責も出来ない。その立場に板ばさみにされているに違いなかった。

 

「しかし、失態ですね」

 

 エルムの矛先がこちらに向く。蒼はあえて何も言い返さなかった。

 

「分かっているのですか。《キヌバネ》の補修だって時間がかかる。それだけじゃない。アルマーニは自分の持てる力を振り絞ってあなた達を呼んだのに、これではただの重荷だ。邪魔だと言っているんですよ、弱い地上人なんて」

 

「ちょっと! あんた、そんな言い方はないじゃない! 城嶋さんだって、前に立ってくれて……」

 

「前に立てば、では偉いのですか? なら、こちらも言い分がある。騎士団とて欠いては惜しい戦力を失った。それはあなた達、地上人のせいだと」

 

 エルムの言葉は厳しいが事実だ。《ゲド》編隊を庇って死んだ先輩騎士の面持ちが思い起こされる。

 

 彼は、死ななくてもいい男だった。いい人間だったのに、どうして。

 

「……白亜のオーラバトラーの解析結果、出ました」

 

 研究者が所在なさげに歩み寄ってくる。エルムがその書類を引っ手繰った。

 

「……何だ、この解析結果は。《キヌバネ》の能力の応用機体だと? 悪い冗談を」

 

「しかし、調べれば調べるほどに不思議なのです。オーラの痕跡から辿っても、《キヌバネ》と似通っている。いや、兄弟機と呼んでもいいほどの近しさなのですよ。これは、まるで《キヌバネ》の能力値をそのままに、開発したかのような……」

 

 どこか結論を先延ばしにしている言葉振りにエルムが怒声を張り上げた。

 

「言えばいいだろ! 《キヌバネ》の技術が盗まれた、と!」

 

 決定的な事実とは言え、それがその通りならば自分達は《キヌバネ》と同等の敵を相手取らなければならない。しかもオーラの質を鑑みるに相手は間違いなく地上人。聖戦士同士での戦闘になるだろう。

 

 その帰結する先を研究者は言いあぐねていた。

 

「……仮に《キヌバネ》と同じ設計図から生み出されたのだとすれば、決定的に違うのはオーラ力です。コモンのオーラでは、並の実力で勝利出来る相手とは……」

 

「もう、いい。エルム、少し外してくれないか? 地上人なりの流儀があるはずだ。埋葬は行ってやりたい」

 

 遮ったザフィールへとエルムは睨む眼を寄越す。

 

「……あなたが甘いから、彼女らは」

 

「それも込みで、だ。……領主と話したい。これからのジェム領の戦いについて」

 

「騎士団長自らの役目ではありますが、領主様もお忙しいのです。敗残の兵が言い訳がましく口にするのを、快く思われますかね」

 

 その言葉に蒼も言い返していた。あまりにもザフィールと、死んでいった者達を軽視していたからだ。

 

「そんな言い方……! 城下町を守れたからって、そっちが偉いってわけでもないでしょうに!」

 

「前に出過ぎて、墜とされればそこまでなのですよ。……だから、戦場に楽観を持ち込む地上人は」

 

「そっちだって、地上人だろうに!」

 

「分を弁えてください。こちらとそちらは違う」

 

「何が違うって――」

 

 掴みかかろうとして、静かに鯉口を切られた切っ先が喉元へと突きつけられる。それが答えとも言えた。

 

「今のでも納得が?」

 

 全く反応出来なかった。それどころかいつ抜いたのかも分からない。拮抗するだけの実力がないのならば、口出しさえも許さない。その論調は確かに正義だ。

 

「やめろ、二人とも。領主への直談判が無理ならば仕方ない。次から勝つための方策を練る。敵オーラバトラーは一回勝てたのなら、また仕掛けてくるだろう。それを抑止する方法を編み出さなければ負ける」

 

 ザフィールはその双肩に今次作戦の失敗を一手に背負っていた。蒼は歩み出しかけてその足をエルムに遮られる。

 

「……退いて」

 

「退けませんね。あなたはどうしてだか、ザフィール騎士団長に気に入られている。それがどういう手を使ったのかか分からないが、今の騎士団長をどうこう出来るとお思いで?」

 

 その通りだ。何も出来ない。何も、癒せない。

 

「わたくしは……」

 

「弱いだけの地上人は黙っていていただきたい」

 

 歩み去っていくエルムの背中に蒼は拳を握り締めていた。この手に力がない、それだけでこうまでこぼれ落ちていくものなのか、という無力感。それが今の自分を苛む。

 

「……強く、なりたい」

 

 誰よりも強く。そうすれば、ザフィールの目線も分かるのに。

 

 今は、ただ無力な自分を持て余すのみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死んだクラスメイトに関して、咎められる事はなかった。しめやかに行わされた埋葬は、無言のままに終わり、そして降り始めた雨がバイストン・ウェルの地を慰撫する。

 

 城下町の被害はエルムの言う通り少なかったらしい。派手に見える噴煙で注意を逸らした隙をついての地上人部隊の駆逐が相手の本懐であったのだろう。

 

 蒼は曇天を睨み、奥歯を噛み締めていた。

 

「どうして……。わたくしは、また……」

 

 前とは違うのだと、どこかで思っていた。思いたかった。だが、帰結は同じだ。

 

 白いオーラバトラーが現れ、自分達の関係性を崩していく。早いか遅いかの違いだけ。

 

 ジェム領は敗北の運命なのかもしれない。

 

 自然と蒼の足取りはいつかのザフィールと語り合った監視塔に行っていた。彼はいないだろう。そう分かっていても、どうしてだか一人を持て余したのだ。

 

 一人になれれば。本当の意味で孤独になれればまだマシだったのかもしれない。

 

 だから、どうしてだろう。

 

 監視塔で煙管を吹かせるザフィールと直面した時、身体が動かせなかったのは。

 

 彼は静かな面持ちでこちらを見据え、言葉を手繰ろうとしているようであった。だが、うまく言葉が出ないのだろう。

 

 代わりのように、彼は見張り台から望める景色に話題を放っていた。

 

「不思議なものだな。君と会って何かが変わったと思っていた。自分の事を前から知っているかのような地上人……。こういうのを、地上界では運命だとか、赤い糸だとか言うんだろ? ……俺には分からんが、そういう縁が働いたとして、これも縁の一つなのだろうか。死んでいった連中はみんないい奴ばかりだった」

 

 何を言えばいいのか、まるで浮かばない。その代わりに脳裏に結んだのは、《キヌバネ》が撃墜されるイメージであった。

 

 あの思いをするくらいならば、一人や二人死んだところで……。そう考えてしまう自分に嫌気が差す。

 

「アオ。君はよく戦ってくれたよ。誰も君を責めないのは、君が前に出て、自分の身を削ってくれているのを知っているからだ」

 

 見通されて、蒼は面を伏せる。

 

「違うんです……騎士団長。わたくしは……そんなんじゃない。ただ、知っているから、人より恐怖が麻痺しているだけ……」

 

「知っている、か。前にも言っていたな。ゼスティアの強襲を防いでくれた時。なぁ、もしかして……こんな事を聞くのは馬鹿かもしれないが……未来が分かるのか?」

 

 そう問われて、簡単に首肯出来るわけもない。未来が分かるのならば、何故被害を最小限に留めなかったのか、という疑問。分からないのならば、中途半端な行動で掻き乱して、恥ずかしくないのか、という事実。

 

 どちらに転んでも、自分は責を負うべきだ。だというのに、ザフィールはその沈黙をどう受け取ったのか、頭を振った。

 

「……いや、違うな。分かるから、何だって言うんだ、って話だ。結局俺は、誰かに当り散らしたいのかもしれない。弱いのさ。責任の所在がないから、ただ自分の無力さを噛み締めるのが怖くって……。だからこういうずるい受け答えを気にする。すまないな、アオ。君を侮辱した」

 

「いえ……騎士団長は、でも……」

 

 言えるものか。あの白いオーラバトラーに敗北する、など。ここで言ってどうするというのだ。

 

 ザフィールはどこか自嘲気味な笑みを浮かべて、紫煙をたゆたわせた。

 

「分からんもんだな。俺はゼスティアに勝てると思っていた。今朝までは確かに。あの白いオーラバトラーを見た途端、その時に、何となくだが……俺達は負けるんじゃないかと思えてしまった。どれだけ今まで絶望的な状況になっても考えなかった思考回路だ。こういうの、なんて言うんだろうな。虫の報せ、って言うのだろうか」

 

「騎士団長は……死にません。死なせませんよ……」

 

 せめて精一杯言えるのはそれだけだ。未来が分かるというのならば、死なせない。殺させないと。

 

 彼は少し寂しげに笑った。

 

「君がそう言ってくれるのなら、そうなのかもしれないな。……いや、そう信じたい」

 

 そう信じる事が出来れば、どれほどの幸福か。自分は自分の言葉でさえも信じられない。

 

 嘘つきなのだ。

 

 未来が分かると息巻く事も出来なければ、守り通すと義理でも言えない。そんな中途半端だから、何も残らない。何も、この手の中に残ってくれない。

 

 あの時、確かにこの腹腔を、爪で抉られた感触はあった。死んだ、と自分では思ったのだ。

 

 なのに、死んだはずの人間がこうして過去に戻って干渉する事自体、間違いなのかもしれない。

 

「わたくしは……騎士団長の死ぬところを見たくないだけの……弱い人間なのです」

 

 その言葉を潮にして自分は駆け出していた。もう、ザフィールの期待に沿う事は出来そうにない。

 

 だからこれは、最後のわがままだ。

 

 格納庫へと踏み込んだ蒼は《ゲド》へと乗り込んでいた。制止の声を全て振り切り、無理やりスクランブルをかける。

 

《ゲド》が森林地帯を駆け抜け、敵国との領地を一挙に抜けていった。

 

 撃たれても文句は言えない距離まで肉迫する。分かっていたはずだ。これは夢のようなものだと。醒めれば何もかも、消え失せる。それだけの泡沫の代物なのだ。

 

 だから、自分の命だけで終わらせられるのならば、それに越した事はない。

 

 ゼスティア城が視野に入る。もう後戻りは出来ない。せめてあの白いオーラバトラーと刺し違えてでも、騎士団の面子を保つ。

 

《ドラムロ》がおっとり刀で出撃してくる。蒼は丹田に力を込めて敵部隊の包囲陣を突破せんと咆哮した。

 

 オーラが今際の際に応えてか、いつもの倍以上に膨れ上がる。《ドラムロ》を太刀で切り裂き、その躯体を踏み潰した。

 

 敵の勢いは衰えない。それでも、しゃにむに敵地を目指す。

 

《ゲド》の爪で払い、《ドラムロ》の第一陣を超えた時には、《ブッポウソウ》が降り立っていた。

 

『一機だけ……? 何の考えで!』

 

 以前邂逅した地上人の声である。蒼は吼え立てて自らを鼓舞した。

 

《ブッポウソウ》と打ち合ったのも一瞬。こちらの玉砕覚悟のオーラは相手の受けるだけのオーラを上回っていた。

 

《ブッポウソウ》が刃を跳ね返される。その隙をついてゼロ距離の炸裂弾でコックピットを射抜いていた。

 

 断末魔が焼きつき、蒼は肩で息をしながら敵の牙城を睨む。

 

 逆さ吊りの暗黒城とその姿がだぶり、喉の奥から罵声を浴びせる。

 

「来い! 闇の城のオーラバトラー共! それともこのただ一人の……弱いだけの地上人も墜とせないか!」

 

 

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