挑発に乗るとも思えない。それでも、蒼は撃墜した《ドラムロ》へと剣を突き立ててその期を待った。
果たして――そのオーラバトラーは訪れた。
白亜の機体が降り立ち、《ブッポウソウ》二機を随伴する。
「……一機で来い。それとも、墜とす自信もないか!」
分かっている。この程度の易い挑発、乗るほうがどうかしている。それでも、蒼はこの一時に全てを賭けていた。
何もかもを捨て去ってでも、敵の喉元に噛み付いてやると。
白い機体が前に歩み出る。その時、照合が成された。
「……オーラバトラー、《ソニドリ》……」
それが因縁の名前か。蒼は切っ先を跳ね上げる。敵機も同じように切っ先を突きつけた。
「……真似事をッ……!」
飛翔した《ゲド》が中空より加速し、《ソニドリ》へと攻撃を浴びせかける。相手は後退し、抜刀してすぐさま肉迫する。敵機の加速度のほうが明らかに上。接近されればそこまでと判じた神経が炸裂弾で距離を稼ぐ。
しかしながら、敵はその攻撃を潜り抜け眼前に立ち現れていた。
ほとんど瞬間移動のような速度。蒼は吼え立てて剣を払う。その剣を相手はかわして一突きをこちらに見舞っていた。
肩口が抉れ、オーラの暴風に吹き飛ぶ。すぐさま使い物にならなくなった左腕をパージし、右手に掴んだ剣共々、相手の距離に突き込んでいた。
分かっている。これは無策だ。
玉砕覚悟の一撃なのだ。どれほどに度し難いのかは理解しているつもりであった。
それでも、相手を許せない。自分を……許せない。許すのにはこの方法しか知らないのだ。
《ソニドリ》と共にもつれ合い、地表へと落下する。土煙を引き裂いて《ゲド》が《ソニドリ》のコックピットへと一閃を放っていた。
殺すつもりの一撃は《ソニドリ》の結晶体に亀裂を走らせる。
僅かにうろたえた相手へととどめの一撃を振るいかけて、蒼は《ソニドリ》の腹に収まる、少女の相貌を目にしていた。
このバイストン・ウェルの装束に身を纏っているが、特徴的なピンクのリボンが真っ先に目を引く。
その面持ちも、置いてきた因縁も、何もかもが蒼の行動を静止させていた。
「……翡翠?」
まさか、と蒼は絶句する。《ソニドリ》の腹腔にどうして地上界で親密であった人間がいるのか。その意味を理解する頭が働く前に、敵機の放った剣筋が《ゲド》の右腕を根元から叩き割っていた。
後退するも既に遅い。相手の間合いに入っていた《ゲド》を一撃、また一撃と攻撃が削っていく。
蒼は混乱する脳内で事柄を整理する。ここに来るまで怒りに駆られていた神経とは別の、一種の醒めた精神が事柄を俯瞰する。
相手の圧倒的な性能は地上人であったから。これは理解出来る。相手も地上人を召喚するのは道理に叶っている。
――だが、それが何故、よりにもよって「狭山翡翠」なのだ。
理由を探そうとして、そんなものは最初から存在しなかったのではないか、と思い立つ。
自分がここに呼ばれた理由がないように、相手だって呼ばれる理由なんて知るはずもない。
《ソニドリ》の猛攻に《ゲド》は両腕を失い、機体に裂傷を負っていた。ほとんど立っているだけでもやっとな機体へと、《ソニドリ》が剣を突き上げる。
――殺すつもりなのは明白。
だが、どうして。何故という問答が何度も繰り返される。
「どうして……。どうして翡翠なんだ。他の誰かなら……いくらでも殺せる。いくらでも倒せるのに……。何で、狭山翡翠! 何でなんだ!」
その問答に意味がないかのように、《ソニドリ》がすっと剣を掲げ斬りかかってくる。必殺の勢いに蒼は終わりを予感した。
その時である。
暴風のような砲撃が眼前を塞いだ。その膨大なオーラショットに《ソニドリ》は攻撃を中断され、後ずさる。
生きている、と感じ取った身体は熱源へと目を向けていた。
中空で飛翔するのは漆黒の騎士。青い結晶体が射る光を灯す。
「ザフィール騎士団長……」
どうして、と言葉を結ぶ前に森林地帯を無数の機体が駆け抜けていく。《ドラムロ》や《ゲド》など、ジェム領国の総攻撃に近かった。
携えられているオーラに蒼は圧倒される。
「どうして……、みんな……」
級友達が慣れぬオーラマシンに乗り込み、《ソニドリ》へと反撃を試みる。しかしそれらの銃撃はほとんど空を穿つばかりで、《ソニドリ》一機相手に翻弄されるばかりだ。
《ゲド》や《ドラムロ》を《ソニドリ》が斬り倒していく。やめろ、と声にならない叫びを上げた。それでも《ソニドリ》は止まらない。青い血を迸らせ、オーラマシンが抹殺されていく。
「やめるんだ、翡翠……」
懇願しても終わりはやってこない。《ソニドリ》が緑色の眼窩に喜色を浮かべた。戦闘の狂気を宿らせた機体へと、蒼が叫ぶ。
「……お願いだから! やめてくれ! 翡翠――!」
その声を聞きとめる事もない。オーラバトラー、《ソニドリ》は抹殺者だ。自分達の敵だ。相手は温情をくれてやるつもりなど毛頭ないらしい。
《ゲド》部隊をその剣で打ち壊し、少女達の叫びを浴びて白い機体は吼え立てる。
緑色の結晶体をぎらつかせて、《ソニドリ》の眼光が《キヌバネ》を睨んだ。
――まさか、分かっているのか。
あの時の因果を。あの時、倒せなかった敵を。
ならば、自分が守らなければならない。あの未来の終局を越えられるのは自分だけなのだ。
「……動け、《ゲド》! 動いてくれ……ぇっ!」
手足となった《ゲド》は動作する様子もない。飛翔した《ソニドリ》が《キヌバネ》と切り結ぶ。乗っているのは翡翠のはずだ。
地上人程度にザフィールは遅れを取らないはず。
しかし、《ソニドリ》の勢いはただの地上人の駆るそれとは別格であった。剣圧が《キヌバネ》の太刀筋を押し切り、オーラ・コンバーターから放たれる高密度オーラの加速度が膂力でさえも圧倒する。
『……このオーラバトラー……。バイストン・ウェルの理ではないな……!』
《ソニドリ》が蹴り払い《キヌバネ》の剣を突き放す。地表へと真っ逆さまに落下するザフィールに蒼は声を張り上げていた。
「騎士団長! 動けよ! 《ゲド》!」
刹那、灯ったオーラの灯火を蒼は脚部に全力で点火し、その敏捷性で機体ごと《キヌバネ》を受け止めた。《キヌバネ》の重量で《ゲド》が軋みを上げる。
最後の大仕事を成し遂げた愛機は完全に沈黙してしまった。砕けた結晶体を拳でかき分け、蒼はコックピットより這い出る。
《キヌバネ》に収まるザフィールは昏倒しているようであった。
緊急射出用のレバーを引き上げ、蒼はコックピットで項垂れるザフィールを目にする。
「騎士団長……。よかった、生きて……」
しかしすぐに終わりがやってくるのは明白。《ソニドリ》はダメージを受けていない。白亜の悪鬼は《ゲド》部隊を蹴散らし、《ドラムロ》をまるで羽虫のように叩き潰す。
その手に纏ったオーラだけで一騎当千の力が窺えた。
こちらのオーラバトラーの頭部を掴み上げると、放たれたオーラの爆発力が瞬時に敵機を無力化する。否、無力化ならばまだ生易しい。
そのような瑣末な代物では断じてない。
《ソニドリ》のオーラによってジェム領のオーラバトラーは傀儡のように動きを変位させ、同朋を叩き切っていく。
性質の悪い操り人形が戦場を闊歩した。
『な、何をやっているんだ! やめさせろ!』
『駄目です! 信号途絶……あのオーラバトラーは、最早我が方の味方機では……』
その言葉尻をあり得ない機動で懐に入った味方機が切り裂いた。友軍などまるで感じさせない、その無慈悲な立ち回り。
間違いない。《ソニドリ》には機体の纏うオーラを書き換える能力があるのだ。
「……敵機でさえも自分の力にするなんて……」
言葉をなくす。何という、傲慢が形を成したかのような機体か。まさしく悪の権化と呼ぶに相応しい。
《ソニドリ》が駆け抜け一機、また一機とオーラの虜にしていく。
自らの手を汚す事もなく、敵を無力化するその有り様に蒼は心の奥底から恐怖した。
――あれはオーラバトラーの形をした悪魔だ。
指揮棒を振るうかのごとき軽やかさで、ジェム領の機体は同士討ちを始める。地獄の演舞を奏でるのは白亜の悪魔。
純真なる闇。最大の敵と、蒼は心にその姿を刻み込んだ。
あれは倒さなければならない。だが、どうやって……? と蒼は昏倒したザフィールの収まっている《キヌバネ》を見やる。
《キヌバネ》ならば、ともすれば勝てるかもしれない。
何よりもザフィールに死んで欲しくない。
「騎士団長、わたくしはあなたに……」
鎧を纏ったザフィールの身体を持ち上げようとするが、やはりというべきか女子供の手ではどうしようもない。
しかし、悪魔は囁き、歩み寄ってくる。
確実なる死の手札を伴って。
蒼は《キヌバネ》の操縦桿を握り締めていた。オーラを纏わせるイメージを額に浮かべさせる。地上人のオーラに呼応するのがバイストン・ウェルのオーラマシンならば、ザフィールよりも強い者を主と認めるはず。
渾身のオーラを注ぎ込んだが、それでも《キヌバネ》は結晶体を明滅させるばかりで、蒼を主と認めない。
「頼む……《キヌバネ》。今だけでいい。わたくしを! お前の主にしてくれ!」
叫んだ蒼の言葉の無情さを嘲笑うかのように、《ソニドリ》は援護に訪れた友軍機を全て粉砕していた。
傀儡となった機体がそれぞれ魂を失ったかのように傾ぎ、やがて膝を折って沈黙する。物言わぬ道化を《ソニドリ》は踏み潰した。
「……許さない」
蒼の声に《ソニドリ》が結晶の奥の四つ目で睥睨した。
蒼は喉から声を迸らせる。
「お前だけは絶対に! 許さない!」
刹那、《キヌバネ》の躯体にオーラが宿る。ハッと気づいたその時には、ザフィールが口角から血を滴らせていた。
「騎士団長……!」
「……ああ、そうだよな、クソッタレ。許せないよな、こんな奴……。だから、だからよ、《キヌバネ》! 俺に力を貸せ!」
《キヌバネ》が剣を高く掲げる。死したオーラバトラーより魂のオーラが《キヌバネ》の剣へと寄り集まった。
眩く光り輝く一振りの剣を携え、オーラバトラー、《キヌバネ》が聳え立つ。
しかしザフィールは満身創痍だ。それは見れば分かる。蒼は彼の胸元を叩いていた。
「やめてください! 騎士団長! 見れば分かります。これは……禁術です!」
その言葉にザフィールは乾いた笑いを返す。
「ああ、そうか……。分かっちまうよな……、アオ。でもさ、ここで終わらせたいのなら、やるべき事は一つだろ」
《キヌバネ》のオーラが内奥より点火する。鼓動が脈打ち、青白い輝きを帯びた《キヌバネ》は平時のものとは明らかに異なっている。
「死した者の無念のオーラを身に纏い……討つべき敵を睨む! 《キヌバネ》、やるぞ。ハイパー化だ!」
その言葉を嚆矢として、《キヌバネ》を覆う外骨格が震えた。青い結晶体が砕け散り、内側の内部筋肉繊維を剥き出しにした《キヌバネ》のオーラが何倍にも膨れ上がっていく。
禁術とは言え、その爆発力は凄まじい。《キヌバネ》の躯体が《ソニドリ》を倒すという一つの目的の下、洗練されていくのが理解出来た。
これが《キヌバネ》の真の姿。偽装の骨格を捨て、その忌むべき肉体さえも超越した、オーラバトラーの究極系。
「ハイパー化……」
青いオーラを纏いつかせ、《キヌバネ》が《ソニドリ》へと剣を振るい上げる。風が逆巻き、風圧だけでバイストン・ウェルの自然が猛威に震える。
この大地が、海と地を結びつける神秘の場所が一つのオーラに怯えている。
ハイパー化はまさしく禁術。オーラの楔を解き放ったオーラバトラーの成れの果て。
《ソニドリ》が地に突き立った武器を手に取る。緑色のオーラが迸り、一瞬にしてその武装を自らの物と化していた。《ソニドリ》のオーラは武器の限定的な仕様さえも超越する。
その威容に言葉をなくした蒼へと、ザフィールは声を振り絞る。
「……恐れるな、アオ。俺達が……勝つ」
外骨格が軋み、次の瞬間には跳躍した《キヌバネ》が《ソニドリ》へと超越した剣術を払っていた。その一閃だけで空間がビィンと激震する。
敵は姿勢を沈めて一撃を回避し様、こちらへと反撃の刃を振るう。
恐ろしい密度のオーラが切っ先に込められていた。
これほどの殺意、本当に翡翠が操っているのか、と蒼は困惑する。
「本当に……乗っているのは……」
「知り合いか?」
どう答えればいいのか分からず、蒼は重々しく口にしていた。
「……地上界での仲で」
「なら、聖戦士か。この実力も頷ける。しかし、解せんな」
その言葉に蒼は疑問符を浮かべていた。
「……ゼスティアに洗脳されたのなら、別段、おかしなところは……」
「違うさ。こいつは違う。洗脳なんて受けちゃいない。そういう太刀筋は、見れば分かる。こいつは……本当にジェム領を恨んでいる。どうしてなのか、俺にはさっぱりだが……」
「恨んでいる……? 翡翠が、我が方を……」
「理由は不明だが、こいつの殺意だけは本物だ。来るぞ!」
超加速で後退するも、敵影はすぐさま迫り来る。その執念がどこから来るのか判じられないまま、《キヌバネ》は必殺の好機を逃し続けていた。
みしり、と装甲が悲鳴を上げる。《キヌバネ》の内蔵オーラが今にも弾け飛びそうになっているのだ。そうなってしまえば、ザフィールとてただでは済まない。暴走したオーラがパイロットでさえも食い尽くすだろう。
「騎士団長! 退いてください! 《キヌバネ》はもう……!」
「……かもしれん。だがな、だからこそだ! こいつを止めなければもっと被害が出る。もっと……悲しむ人間が増えるだけだ。ここで禍根は終わりにする!」
《キヌバネ》が大きく剣を後ろに引いた。青い刃が拡張し、《キヌバネ》の躯体の数倍にまで膨れ上がる。
「ハイパーオーラ……斬りィッ!」
高出力のオーラが駆け抜け《ソニドリ》を覆いつくす。《ソニドリ》は携えた武装で受け切ろうとしたがすぐにそのオーラは燃え尽きた。
ザフィールの命の灯火だ。簡単に折れてなるものか。
彼が満身から雄叫びを発し、《ソニドリ》を打ち砕かんとする。《ソニドリ》の表皮が裂け、その装甲が浮かび上がった。
「……効いている?」
「……アオ。すまん。最後の一手だ」
ザフィールが激しくかっ血する。蒼はその手を取っていた。彼は微笑む。
「すまんな……。最後の最後に、弱くって……。お前のオーラを貸してくれ。あの白いのは、ここで叩く。叩かなければならない」
蒼は頬を伝う熱いものを止められなかった。頭を振り、ザフィールの手をぎゅっと握り締める。
「……どれだけの時間が流れようとも、永久に」
「そう言ってくれると、俺も注ぎ甲斐がある。最後のオーラだ! 受け取れ、《キヌバネ》!」
《キヌバネ》がオォンと吼え立て、《ソニドリ》へと二の太刀を打ち込む。だが、それは相手も予見したのだろう。オーラの盾を瞬時に張り、干渉波で後退してみせる。
この間合いでは取り切れない。それが二人同時に分かった。
――ゆえに、踏み込むのは下策。
どちらかが仕損じれば、それは大きな損失となる。
「……それでも」
蒼は前を行く。歩まなければならないのだと心に誓っていた。それは誰でもない、自分とザフィールのために、である。
ザフィールのオーラに自らのオーラを沿え、《キヌバネ》は装甲を失いながらも《ソニドリ》へと肉迫する。
《ソニドリ》がその爪を貫手として、コックピットを砕かんと鋭く構えた。
蒼は《キヌバネ》の操縦桿を倒し、最後の一閃を《ソニドリ》の頭部へと叩き込む。オーラの瀑布が相乗し、何もかもを風圧の向こう側へと押し出していった。
青と緑のオーラが残滓となって居残る空間で、蒼は荒く息をつく。
肩を荒立たせたまま、コックピットを破り、眼前まで迫った《ソニドリ》の爪を目にしていた。
「……勝っ、た……?」
《ソニドリ》は装甲が砕け素体の状態に近い。《キヌバネ》もほとんど内部筋肉素材が露出していた。
蒼は腰に提げた剣の柄に手を沿え、呼気を詰めてコックピットを蹴った。結晶体が砕け、《ソニドリ》の爪に触れないように前を見据える。
「……騎士団長」
ザフィールは事切れていた。オーラを使い尽くしたのだ。生命力の根源たるオーラがないコモンは即座に死に絶える。蒼は悲しんでいる暇はなかった。今は、《ソニドリ》を――翡翠の首を取らなければ彼らに報いられない。
剣を手に《ソニドリ》のほうへと足を進める。直後、《ソニドリ》から降りてきたその姿に絶句していた。
地上界ではトレードマークだった大きめのリボンを今は違う形であしらえている。《ソニドリ》のオーラと同じ色を有した結晶剣を手にし、狭山翡翠はこちらを睨んでいた。
まるで怨敵を見据えるかのように。
蒼はうろたえつつも、剣を正眼に構える。
「……何でこんな事をした。みんな……生きていたんだぞ! 翡翠!」
激昂する蒼に比して翡翠は冷静であった。
「……何にも分かっていないんですね、蒼先輩。あなたはどうして、このバイストン・ウェルに招かれたのか。そして何故、またしてもこの《ソニドリ》と合間見える形となっているのか。そして――この躯体はヒスイ、と言うのか」
ハッと蒼が眉を跳ね上げた時、翡翠は斬りかかっていた。抜刀の術にも覚えはある。教え込んだのは他ならぬ自分だ。
相手の踏み込みと居合いに、蒼は歯噛みする。
必殺の心得の篭った一撃にただ悲観と達観を持ち込むしかない己を恥じ入るかのように。
「……騎士団長を殺したな」
「どうでもいいじゃないですか。それよりも……素晴らしい。まだ一度枝をつけただけなのに、ちょっとは見られるようになった。これならば、輪廻の枠組みにあなたを捕らえてもまだ釣り銭が来るほどだ」
「繰り言を……。翡翠っ!」
跳ねた剣筋を相手はかわし、人間とは思えない跳躍力で後ずさる。払われた剣には殺意が宿っていた。
「……キジマアオ。オーラバトラー、《ソニドリ》はあなたを覚えた。爪をかけた人間はみんな覚えているのですが、その中でもあなたの紡ぐ未来は極上だった。ゆえに、《ソニドリ》はあなたを微細特異点として因果を結ぼうとしている。それがどれほどの幸福か、分からないのですか?」
「幸福だと……。何を、何を言っている! わたくしはただ、ザフィール騎士団長に……、生きていて欲しかっただけなんだ。それを願っただけの……女なのに」
剣を持つ手が震える。涙が頬を伝い落ちる。どうしようもない感情の堰が振り切っている自分を翡翠は醒めた目線で見下ろしていた。
周囲には骸に成り果てた者達とオーラマシンの数々。その中で異彩を放つのは、こうして向かい合う漆黒の《キヌバネ》と白亜の《ソニドリ》。
そして――争い合う運命に立たされた、少女が二人。
蒼は逡巡を紡いだ後に、やがて切っ先を据えた。
「……翡翠。お前を、殺す」
「そうですか。そのほうがいい」
どうしてなのだろう。この時、違和感を覚えなかったのは。この翡翠が本物だと、信じて疑わなかったのは。
蒼は満身から吼えて斬りかかる。その刃が翡翠の腹腔を貫いた。
瞬間、彼女は恍惚に笑みを形作る。
突き刺さった剣を支点として螺旋の渦が生じていた。万華鏡の色彩が網膜に焼きつく。
「そうです。キジマアオ。あなたの運命を弄んでみるのも楽しいかもしれない」
その声音が翡翠のはずなのに、どうしてだか超然としている事に、蒼はようやく気づいた。
だが、その時には既に全てが遅い。
「……翡翠じゃ……ない……?」
「いいえ。サヤマヒスイですよ。ただし、まだバイストン・ウェルに来ていない、仮想の存在ですが。この幻像は《ソニドリ》の作り出した未来のビジョン。事象特異点、《ソニドリ》は紡ぐべき未来の形を創造出来る。こういった風にね」
翡翠の幻像が崩れ落ちる。内側から発生したのは靄のような空間であった。
周囲がオーロラの揺らめく世界に堕ちていく。ここで戦っていた証明も、そして《キヌバネ》と《ソニドリ》を置いたまま、蒼は無限回廊の淵へと足をかけていた。
一歩後ずさっただけで、時のいやはてへと身体が転落する。
どこまでも続く白の地獄の連鎖を、蒼はその身で感じていた。地獄万華鏡の果てへと、吸い寄せられていく。
剣を振るおうとして、その直後、景色は塗り変わっていた。
「翡翠! お前は……!」
ハッと身を起こす。
散らばった少女達がめいめいに起き出し、困惑の声を発していた。
蒼はゆっくりと、機械仕掛けのように周囲を見渡す。
草原地帯にクラスメイト達が三々五々に散っている。この状態は、と記憶を手繰ろうとして、蒼は自分の服飾が異なっている事を発見した。
「……制服に戻っている……」
それだけではない。その手に握り締めていたのは――。
「騎士団長の……剣?」
「城嶋さん、どうして剣なんて持っているの?」
問いかけに蒼は答えられない。自分でも不明だからだ。だが、この剣の持ち主だけは分かっている。
「……騎士団長……」
不安げに声にした蒼は景色の既視感に絶句する。
「ここは……ジェム領国が来る前の……転生直後の召喚場所じゃ……」
「転生? 城嶋さん、さっきから変よ……。ここはどこなのか知っているの?」
「ここは……異世界バイストン・ウェル。そう、そのはずだ。そしてジェム領国の迎えがやってきて、わたくし達を……」
「……何を言っているの? 城嶋さん。ここは……どこなの?」
一人のクラスメイトの声に不安が増長されたのか、他の生徒もめいめいに声にする。
「何これ……バスは? どこに行ったの?」
「修学旅行の道じゃ……ないみたいだけれど……」
蒼は額を押さえて記憶を反芻した。
自分の今際の際の記憶を。あの時の衝撃と死の足音、それに色濃い戦場の空気は忘れるはずがない。何よりも、あれが夢幻の類ではないのは自分がよく知っている。
だから、この状況が飲み込めない。何が起こったのか、純粋に「二度目でありながら」、「分からない」。