リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十話 騎士臨場

 訓練は滞りなく行われるべき、と進言したところで、何も変わらないのかもしれない。

 

 しかし、蒼は自分一人のイレギュラーで仲間を失うのは耐え難かった。ゆえに最適解を導き出す。

 

 ここでの最適解は、あの局面――《ソニドリ》との対決へと赴く前に、戦力を拡充させる事だ。今のジェム領の戦力で心許ないというわけでもないが、アルマーニの言う通り、オーラ力の弱いコモンはただの餌食となる。

 

 一人でも犠牲を減らす、という方針を取るのは何も間違いではないだろう。

 

 謁見を、と声にした自分に対してジェム領の兵士は目を丸くしていた。

 

「……何と言った?」

 

「領主と会いたい。謁見の許可を」

 

 その言葉に鯉口を切った剣の切っ先が喉元へと突きつけられる。

 

「何を言っているのか……分かっているのか! 地上人が……!」

 

 禁術で召喚された地上人に自分達の長を任せるなどあり得ない選択肢。それを全て分かった上で、蒼は交渉のレートに挙げられないかと考えていた。

 

 戦うのはいずれ自分達だ。ならば軍団を率いる長の顔を知っていても何らおかしくはないはず。こちらが目線を逸らさないでいると相手はうろたえた。

 

「……さっきの予言と言い、エ・フェラリオとの間柄と言い……何なんだ、貴様は」

 

「キジマアオだ。呼びにくければアオでいい」

 

 一触即発の空気に割って入ったのは騎士団長の声であった。

 

「よさないか! 味方同士で!」

 

「ザフィール騎士団長……。しかしこいつ、分からないんですよ」

 

 兵士の素直な感想にザフィールは自分を見下ろす。偉丈夫の面持ちに蒼は感情をフラットに保ち、出来得るだけ読まれないようにする。

 

 ザフィールは暫しの睨み合いの後、声にしていた。

 

「……胆力もある。ついて来い」

 

「まさか! 領主様に会わせるのですか!」

 

「予言は気になる。それに、エ・フェラリオたるアルマーニと対等の口を利く地上人だ。興味はあるだろう」

 

「それは……その通りかもしれませんが……」

 

「呑めないのならば俺の名前を出せばいい。俺の決定だ」

 

 そう言われてしまえばただの兵士は何も言えないのだろう。離れてから、蒼は口にしていた。

 

「あの兵士……オーラ力が……」

 

「言うな。誰しも触れられたくない事くらいはあるぞ」

 

 諌めた声に蒼は口を噤む。

 

 前回はまるで分からなかったのだが、ジェム領国の兵士達はオーラ力の欠損率が高い。

 

 オーラを持っているものの、どれもこれも出来損ないだ。オーラバトラーを動かしてもまともな働きは出来ないであろう者達のほうが圧倒的に多い。

 

 この事実にザフィールは歩みを止めずに尋ねていた。

 

「地上人には、オーラの見分けくらいはつくのか?」

 

 その問いにまごついていると彼は続けた。

 

「先に来ている、エルムと言う地上人がいる。その者より聞いた。地上人からしてみれば、オーラの質というものが浮き彫りになるのだと」

 

 エルム――《レプラカーン》のパイロットだ。彼はそういえば地上人であった。しかし自分とはまるで異なる気配を持っていた理由がようやく頷ける。

 

 オーラ力が違えば、それだけ見える景色が違う。

 

 エルムは自分よりも情報量の多い視野で生きてきたのだろう。だからこそ、台頭しようとする自分が気に入らなかったのかもしれない。

 

「……オーラ力が違うと、確かに見える景色は違います」

 

 今まさに、であった。どうして前回は分からなかった兵士達のオーラ力が、今はこうも手に取るように分かるのだろう。この城に点在するオーラバトラーがどこに、どのように開発されているのかも、視線を飛ばすイメージを伴わせれば理解出来る。

 

 これは、まるで意識が拡大化したかのようであった。

 

 今まで持て余していた自意識が研ぎ澄まされ、別の領域に介入可能になっている。

 

 ――これがオーラ力……。

 

 改めて、バイストン・ウェルにおけるオーラの絶対性を感じ取っていた。オーラ力が強ければこの世界では絶対だ。そしてオーラ一つで国が動くと言うのは誇張でも何でもない。まさしくオーラ力を操る聖戦士は、国家の謀においては重要な位置を占める。

 

 エ・フェラリオの一挙手一投足に気を配るのもさもありなん。彼女らはオーラ力をこうして理解している。それに対して、コモン人はあまりに弱く脆い。

 

 ここまでの力の差が歴然となっているのならば、聖戦士の召喚は国家事業だ。加えてジェム領は長くゼスティアと闘争している。この拮抗状態を崩すのには聖戦士は必須だろう。

 

 ここまで理解出来てもなお、この先の未来がもし「同じ」であるのならば、自分の行動一つでは……。

 

「暗い顔をしている。まるで世界の終わりを見て来たかのように」

 

 思わぬ言葉が振り向けられ、蒼は頭を振っていた。

 

 まさか本当に世界の終わりから来たとは言えない。あなたはその世界の終りの戦いで自分を庇って死ぬのだ、など。

 

 ザフィールは笑いかけて問いを重ねた。

 

「どうして領主と会いたい? 理由は」

 

「……戦っている理由を」

 

「まさか、ジェム領とゼスティアの闘争の発端か? ……俺が物心ついた時にはもう争っていた」

 

「それでも、自分の耳で聞きたいのです」

 

「……参ったな」

 

 埋めがたい溝がこの二国には横たわっているのは窺える。しかし、どうして、そもそも何故争わなければならないのか。

 

 それを知らない事には、この事態は永遠に解決しないだろう。

 

「だが、知ったところで聖戦士にはどうしようもない事かもしれんぞ?」

 

 かもしれない。バイストン・ウェルの理だ。自分達地上人には、理解出来ない発端かもしれない。

 

 しかし、自分はもう二度死んだのだ。ならば恐れていては前に進めない事だけは分かっている。

 

「……少しでも、まともになるために」

 

「変わった奴だな……嫌いじゃない」

 

 返答されて蒼は顔を伏せていた。覚えず紅潮した顔を見られたくなかったのだ。

 

 謁見の場は豪華絢爛を凝らした一室で行われる事になっていた。兵士であるザフィールはこれ以上の権限がないと下がる。

 

「俺もそうそう何度も会えるお方ではない。丁重に、な」

 

 席を外したザフィールに、不安を駆られつつも蒼は上階より現れた影に傅いていた。前々回、玉座に呼ばれた事がある。その時の粗相を覚えていた。

 

 相手がベールに隠れた顔に僅かながら興味を浮かべたのを感じ取る。

 

「……地上人でも、理くらいは分かっているのね」

 

「領主ともなれば、地上人でも流儀はございます」

 

 領主は玉座につき、顎をしゃくる。

 

「楽になさい。私は何もあなたに対して非礼をどうこうするような権利はないのだから」

 

「いえ、このままで」

 

「強情ね」

 

 フッと口元を綻ばせた相手に蒼は面を伏せたまま、事態を分析する。

 

 一度目の召喚では、領主の性別は確か男であったはず。重々しいテノールの声であったのをよく覚えている。それなのに、今玉座につく領主と言うのは――。

 

「いいわ。それも含めて買いましょう。キジマアオ。いいえ、アオでいいかしら」

 

「どのような呼び名でも。陛下」

 

「仰々しいのはよしてちょうだい。あなたと私に、何の違いがあるの?」

 

 笑ってみせた相手に、蒼は改めてその「変化」を実感する。声はどう聴いても少女のものだ。

 

「……非礼を承知で。あなたの……お名前は……」

 

 相手はベールを取り払い、その麗しいかんばせを露にする。白銀の瞳を持つ少女領主は、重々しく告げていた。

 

「私の名前は、シルヴァー。ジェム領国の領主、シルヴァー第一王妃である」

 

 どういう事なのか、と蒼は己に問い返していたが、それでも姿勢は崩さない。

 

 何故ならば、「前回は男の、しかも老練の領主であった」などと言ったところで誰が信じるであろう。

 

 そのような世迷言を発すれば、たちどころに牢屋行きだ。蒼は出来るだけ賢く立ち回らなければならない。そのためにもイレギュラーをイレギュラーとして呑み込むだけの胆力は必要であった。

 

「シルヴァー王妃、とお呼びすれば」

 

「どうとでも。シルヴァーと呼び捨てでもいいわ。地上より召喚されし、聖戦士だもの。御前にあってもその力の健在さだけがはっきりしている」

 

 シルヴァーの言葉に蒼はここでの最適解を模索する。

 

 まずは、発端だ。全ての始まりを問いかけなければならない。

 

「……何故、ゼスティアとこのように長い……戦いを?」

 

「難しい事を聞くのね。私が小さい頃からずっと、連綿と続いている戦いの理由なんて。でも、そんなの簡単なの。ゼスティアは……十年前にあるものをジェム領国から盗み出した。そのせいで私の父は早くに死に……私は王妃を継ぐ事になった。まだ何も分からない小娘だと他の領国からは侮られているけれど、それでもうまくやっているつもりよ?」

 

 肩を竦めたシルヴァーの年の頃は恐らく自分とさして変わらないだろう。そんな少女領主は、始まりは、と口火を切っていた。

 

「そう、始まりは、フェラリオの世界に、コモンが干渉した事から生まれたある……因習であった。これは長い歴史をかけて作られたただのたとえ話か、作り話の可能性が高いんだけれど、ジェム領国が作られる時、一匹のフェラリオが祝福の品を差し出してきた。それはフェラリオの世界とこのバイストン・ウェルを結ぶ、絆の品として、代々、王族は引き継いできた。絶対に絶えさせてはいけない伝統として。それだけはこの国が守らなければならない、唯一の品であった」

 

「……それは……」

 

 茫然自失の蒼へとシルヴァーは言いやる。

 

「王冠よ」

 

「王冠……」

 

「それもただの王冠じゃない。フェラリオの一流の錬金術師が作り上げた、最上の触媒。この地へと平穏を確約する、妖精との盟約。それがフェラリオの王冠。それを代々、我が王家は引き継ぎ、守り、そして重要視してきた」

 

 初耳であった。そんな、王冠一つで二つの国家が合い争っているなど。そして、話し振りが正しいのならば、その王冠の行方は――。

 

「……それが、ゼスティアに?」

 

 無言で頷いたシルヴァーは額に手をやって嘆かわしい、と声にする。

 

「ゼスティアの野蛮人達は、フェラリオと私達の絆の証を盗んだ。それだけに留まらない。その証を、ゼスティアと言う土地に根付くようにさせた」

 

「根付くように……」

 

 王冠、という言葉が正しければまるで遊離した言い草である。シルヴァーは頭を振っていた。

 

「……もう手遅れの事象。だから私達は争い合っている。せめて、ゼスティアに王冠が完全に根付いてしまう前に、土地を奪還すれば戦いは終わるはずだから。そのためのオーラバトラー、そのための聖戦士よ」

 

 だがその理屈が正しければ戦争を起こしたのはジェム領国が先なのではないか。

 

「……失礼を承知で。その王冠がどのようなものなのか、わたくしは知り得ません。ですが、民草を危険に晒してでも、それを奪還すべきなのですか? その戦いの果てに何が待っていても?」

 

 言葉に熱が帯びていたのは、やはり二度もザフィールの死を目にしたからなのかもしれない。彼は志に死んだ。この領国のために命を落とすのを是としたのだ。だが自分には分からない。彼がそこまで守りたかったものが。命を燃やし尽くしてでも、守り通さなければならなかった意地が。

 

 分からないがゆえに、こうして惑う。こうして問いを重ねるしかない。こうして、領主と会い、そして己の中に答えを見出そうとする。

 

 それが傲慢でも、それでも構わない。自分が納得出来ない道で戦うのはもう御免であった。

 

「……あなたには信じるものがあるのね。ザフィール騎士団長が私に言うのに、よく似ているわ、その口調」

 

「……騎士団長が……?」

 

 意外であった。自分の論調がザフィールに似ているなど。シルヴァーは雅に微笑む。

 

「ええ。何人兵士を殺せば気が済むのだ、と、叱責されたわ。子供の頃にはザフィールが怖かったくらいだもの。剣を取る兵士と言うのは、とても実直なのね。私にとっては領国のために死んだ兵士でも、彼からしてみれば杯を交わす戦友だった、と。何度も何度も……あなたの思っているような駒ではないとまで言われた事もあったわ。私には……そんなつもりはないのだけれどね。父が早くに死んで、何とかしなきゃって必死だった。何とか領国を保たなくては、って。……でも、見透かされていたのかもね。ザフィールはいつでも声をかけくれたわ。無理はするんじゃない、って……。その言葉がありがたかった。私は、だって生粋の籠の鳥。このジェム領からほとんど出た事もなければ、オーラバトラーの血潮舞う戦闘に参加した事さえもないもの。ただ……この城で待っているだけの、無力な張りぼてなのよ」

 

 その言葉には自然と重みがあった。彼女は、こうして領主を演じ、そして少女である事さえも抑圧して生きているのだろう。

 

 どうして、こうも生き辛い。

 

 ここはバイストン・ウェル、魂を慰撫する聖なる地ではないのか。

 

 ここでもわだかまりがある。ここでも、誰かが不幸になる。そんな事、耐えられるものか。

 

「……約束いたします。わたくしが必ず、ジェム領に勝利を」

 

 だから、彼女に誓えるのは身の自由やあるいは少女としての幸せではない。

 

 あくまで自分は聖戦士として職務を全うする。そのためには、戦って勝つしかない。それだけが、自分の示せる絶対だ。

 

 シルヴァーはしばらく呆然としていたがやがて口にしていた。

 

「ええ、武勲を願っているわ。アオ」

 

 ――騎士の誓いをここに。自分は恭しく頭を垂れていた。

 

 

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