リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十一話 未来奪還

 

 ゼスティアに侵攻しない理由は今のところ地脈としての不利と、そしてオーラバトラーの決定的な不足。

 

 そして新情報として、フェラリオの王冠が相手側にあり、不用意な行動は出来ない事。

 

 これは思ったより攻めにくい、と蒼は実感する。戦略的優位だけならば覆せる可能性はあるのだが、相手は国益に直結する秘宝を手中に入れているのだ。

 

 ならば、ジェム領はあくまでも専守防衛に尽くすしかない。

 

 あるいは勝てる見込みのある強襲以外は選択すべきではないとも。

 

 ため息を漏らすと、解放されたクラスメイト達が庭先に集められているのが視野に入った。

 

「……城島さん……」

 

 一人の少女の突き刺すような視線に蒼は覚えず視線を背ける。自分だけ特別扱いなのが納得いかないのは分かっている。しかし、出来得るだけ優位に立ち回らなければ、この後に待ち受けているのは全滅だ。

 

 クラスメイト達は死に絶え、それだけではなくザフィールも殺される。

 

 あの白亜のオーラバトラー、《ソニドリ》に。そして、それを駆るのは自分の後輩、狭山翡翠――。

 

 どれもこれも遊離して思える事実だが、度し難い事にどれもこれも疑いようのない真実なのだ。

 

 経験してきた自分には分かる。

 

 どれもこれも、起こり得る。そして、身を滅ぼす毒をどう制するか。それにかかっている。

 

 ジェム領のこれからの生存率と、そして何人が意義のある戦場を生き抜けるかは、全て自分の行動にかかっているのだ。

 

 そう思うとやるせない。どうにも、戦略家気質ではないらしい。我ながらそこまで器用ではない事に嫌気が差すほどだ。

 

 その時、クラスメイトの一人が歩み寄ってきていた。兵士が制そうとする。

 

「お、おい! 訓練中だぞ」

 

「訓練なんて、関係があるんですか? 私達は被害者ですよ」

 

 それは、と言葉を濁した兵士を振り切り、クラスメイトの一人は自分へと鋭い眼差しを投げていた。

 

「城島さん、あなた、知っていたの?」

 

 その疑問もある程度では察せられた。ここまでうまく立ち回れるなんてあり得ない。事実、あり得ない事が起こっているのだが、それを彼女らに話したところでどうなる?

 

 自分が出来る事は、せいぜい一人でも死なせない事だ。彼女らを直接的に守る事は出来ないが、死なせないように努力する事は出来るだろう。

 

「……答えられない」

 

「そう、そうなのね。やっぱり……あなたって昔から気に食わなかった。私達をこんな場所に呼び寄せて! それで、聖戦士? ……あなた、死ねって言っているんでしょう!」

 

 罵倒は覚悟の上だ。しかし、こうも突きつけられると辛いものなのか。

 

 自分だって、被害者の側だ。聖戦士になりたくってなったわけでもないし、こうして時間遡行を繰り返して、死なない道を模索しているような特別でもない。

 

 自分だって、彼女らの側にいたっておかしくない。それでも、これは義務なのだと感じる。

 

 憎まれ役を買って出てでも、多くを生かす道を探す義務なのだと。

 

「……そう思ってもらっても構わない」

 

 乾いた音が残響する。頬に走った鈍い痛みに蒼は目線を伏せていた。

 

「生意気に! あんた、本当に人でなしね! だったら、さっさと戦場に行って、さっさと死んじゃえば? そうよ、あなたから死ねばいいのよ!」

 

 まさか、級友にそこまで恨まれるとは思っても見なかった。しかし、この立ち振る舞いを客観的に観ればその通りだろう。

 

 自分だけ特別扱いを受け、彼女らはわけも分からないままオーラバトラーのパイロットにされてしまう。

 

 そんな境遇、呑み込めと言うのが間違いだ。

 

「……心配しなくても、前には出る」

 

 抗弁のように発してしまった事に後悔してしまう。クラスメイトは侮蔑の眼差しで立ち去って行った。

 

「人でなし! 死んじゃえ!」

 

 どのような恨み節も甘んじて受けるつもりであったが、死ねと、こうもハッキリ言われるとさすがに辛いものがある。

 

 何よりも、仲間意識さえ持っていた級友に、どうしてここまで憎悪されなければならないのか。

 

 自分は恨まれてでも、この現状を変えるだけの義務があるのか。

 

 全ては、一回目に死ねなかったのが原因だ。そうだ、あそこで容易く死んでいれば、こんな事にはならなかった。

 

「……だったら、わたくしは前に出る。そう、前に出て、砲弾さえも恐れない……死神になってやる」

 

 そう口走る事だけが己を保つ拠り所となった。

 

 自分のオーラバトラーが別の訓練場に開け放たれている。どうやらアルマーニと話した事により、特別待遇を受けるようになったらしい。

 

 しかし、相も変わらずあてがわれたのは《ゲド》である。

 

 思わず整備士に問い質す。

 

「もっといいオーラバトラーはないんですか」

 

「これでも万全ですよ。……大きい声じゃ言えませんが、《ゲド》だって個体差があるんです。四十人の軍隊全員に同性能の《ゲド》なんて用意出来ません。出来るだけ、あなたにはいい機体追従性の《ゲド》を用意しました」

 

 なるほど。初耳であったが、《ゲド》にも個体差がある、というのは頷ける。同じ機体のはずなのに、容易に墜ちて行った仲間がいたのを思い返し、覚えず目頭が熱くなっていた。

 

 面を伏せた蒼に整備士がうろたえる。

 

「せっ、聖戦士様? どうされたんで……?」

 

「いや、何でもない。こうしたところで、生存率が変わるのだと思い知っただけだ」

 

「……し、しかし、アオ様でしたっけ? アルマーニ様とまるで対等に話したり、領主様への謁見を申し出たり……まるで初めてとは思えませんよ。まさか過去にも転生経験がおありで?」

 

 半分冗談なのだろうが、自分からしてみればもうこれで三回目であった。ならばそれなりにうまく立ち回るのが道理であろう。

 

「似たようなものだ」

 

「いずれにしたって、まずはオーラ力です。《ゲド》で計測しますんで、搭乗を」

 

 結晶体のコックピットが開け、蒼を導く。操縦桿を握り締め、オーラを注ぎ込むイメージを伴わせた。

 

 すると、《ゲド》の機体が飛翔し、翅を振動させてその躯体を軽く上昇させる。

 

 前回までよりも高く飛べる感覚に、蒼は急上昇からの加速をかけさせる。《ゲド》は滑空し、中空で剣を引き抜いていた。

 

 抜刀した《ゲド》がいくつかの剣戟で空を裂き、鞘に戻してから地上へと舞い戻る。

 

 その様子に整備士達は絶句していた。

 

「……すごい」

 

「まさか……一回目であんなに?」

 

 自分からしてみれば一回目ではないのだが、彼らからしてみれば最初に乗った《ゲド》で空中遊泳に近い芸当をやってのけた鬼才であろう。

 

 蒼は一拍息をついてから、声を振り向けていた。

 

「この《ゲド》はいい。かなり自分のイメージに近い動きを実現してくれる」

 

「いえ、それもこれも高いオーラ力の恩恵ですよ。……すごいな、ザフィール騎士団長が見たら仰天するんじゃないか?」

 

「ここまでやってのけたのは初めてかもしれません。エルム様だって、ここまでじゃなかった」

 

 エルム。因縁めいた名前に蒼は歯噛みする。そういえば彼とも不和も解決しなければならない問題の一つであった。

 

《ゲド》から降り様に乾いた拍手が鳴り響く。

 

 いつから見ていたのかザフィールがこちらへと歩み寄ってきていた。

 

「騎士団長……」

 

「見事な手並みだった。地上人はまさか地上でもオーラバトラーの訓練でもしたのか?」

 

 冗談めかした言葉に蒼は視線を背ける。

 

「いえ、そういうわけでは……」

 

「かしこまるなって。俺はただの上官だ。だが使える部下は使わせてもらう。来い。少し話がある」

 

 ザフィールからの直々の呼び出しに、蒼は緊張してしまう。しかし、これもよく考えれば一度目ではないのだ。

 

 どこか醒めた脳裏で蒼は返答する。

 

「はい。何だったでしょうか。わたくしの動きに問題でも?」

 

「まさか、百点満点を上げてやってもいいくらいだよ。《ゲド》は、オーラ力に左右されやすい、繊細な機体なんだ。オーラの気質が少しでも乱れれば、飛翔さえも難しい。そういう点で先ほどの空中舞踏、見事であったとさえ言わせてもらう」

 

「……どうも」

 

 素直に喜べないのはこれから先の運命を分かっているからなのかもしれない。これから先、ゼスティアと戦争を続ければ間違いなく、ザフィールは死ぬ。いや、彼でなくとも大勢死ぬのだ。

 

 その運命を、もしかすると変えられるかもしれない、と蒼は思い始めていた。

 

 白亜のオーラバトラーの操縦者は狭山翡翠。その事実だけでもザフィールに伝えれば、ともすれば最悪の未来は回避出来るかもしれない。

 

 口にしかけて、どう言えば、とまごつく。

 

 ――自分は未来を知っている。あなたはこのままでは死んでしまうとでも言うのか。

 

 馬鹿な。狂人の扱いを受けるだけである。

 

 しかし、どうにかしてザフィールの死の運命を変える方法はないもの、と思索を巡らせる。

 

 前回知らなかった事実を、自分はいくつか手札として持っている。

 

 フェラリオの王冠とゼスティアとの闘争の歴史。そしてアルマーニの真意。

 

 この二つでうまく立ち回れないか、と思案していた自分にザフィールは声を振り向ける。

 

「大丈夫か? 眉間に皺が寄っているぞ?」

 

 その言葉に覚えず、額を隠す。ははっ、とザフィールは快活に笑っていた。

 

「何だよ、深刻そうな顔をしたかと思えば、年相応の少女でもある。本当に、転生者と言うのは分かり辛いな。まぁ、エルムもそうだった。あいつも、最初は心なんて開かなかったからな」

 

 エルムの過去に切り込めるかもしれない。そう考えて口に出そうとしたその時、声が響いていた。

 

 

 

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