リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十二話 幽世現身

「他人の過去を喋るお喋りな舌は、斬り落とすべきですかね。騎士団長」

 

 いつの間にか、壁に背中を預けていたエルムが声にする。危うく本人の前で過去を詮索するところであった。

 

「居たのか。何か用か?」

 

「いえ、警告をしようと思って。地上人はあなた達コモンが思っているほど、純粋ではありません。どのような考えを巡らせているのか、分かったものじゃない」

 

 まるで吐き捨てるかのような物言いに、蒼は当惑する。その内実をザフィールが代弁していた。

 

「お前だって、地上人だろう?」

 

「ええ、その通り。だからこそ、同じ地上人は信用ならない。特に、オーラが強い奴は、余計に」

 

 睨むような眼差しに蒼は及び腰になってしまう。憎悪と怨嗟の入り混じった一瞥を振り向けて、エルムはザフィールへと言葉を発する。

 

「注意してくださいよ。オーラ力の強い地上人は災いをもたらす。ないほうがいい、災いを」

 

 その言葉振りに、まさか、と蒼は震撼していた。

 

「まさか、あなたもこの先の未来を知って?」

 

 そのような言葉が出てしまったのもこの時は仕方なかったのかもしれない。仲間が見つかったと思い込んでしまったのだ。しかし、エルムから注がれる視線はより怪訝さを増していた。

 

「未来を……? 何を言って……。聖戦士だからって驕らない事ですね」

 

 やはり、未来を知っているのは自分だけ。しかし、だとすればこの少年は自分にただ単に突っかかっているだけという事になる。

 

「……先の事が分からないなら、口を出さないで欲しい」

 

 自分でも傲慢な言葉であったと思う。だが、少しでも寄り道は避けたいのだ。無論、相手は快く思わなかったらしい。

 

 怒気を宿らせた瞳でこちらを睨む。

 

「……何なんですか、その物言い。本当に気に食わない。騎士団長は、どうしてだかあなたを買っていますがね、結局のところ目障りなんですよ。ちょろちょろと動き回って」

 

 その言葉を潮にして彼は去って行った。ザフィールは後頭部を掻く。

 

「……すまないな。悪い奴ではないはずなんだが……」

 

「いえ、分かっています。悪い人ではないから……」

 

 そこから先をあえて濁した。そう、悪人ではないから今に頓着し、そして暴言を吐ける。ある意味では純粋と言い換えてもいい。

 

 ザフィールもどこか察したのか、頭を振る。

 

「いがみ合いはよそう。何の生産性もない」

 

 その通りである。いがみ合っている暇があれば、今は少しでも未来をよくする事だ。蒼は提言していた。

 

「騎士団の戦力を増やせませんか? わたくしと同じ、聖戦士を使って」

 

「それは俺も考えたんだが、すぐには不可能だろう。四十人分の《ゲド》の量産だけで二か月は経つ。それくらい、慌てたってどうしようもないんだ」

 

 慌てたところでどうしようもない。それは真実だろうが、しかし自分からしてれば急務なのだ。

 

「《ゲド》である必要性もありません。《ドラムロ》でも……」

 

「おいおい、《ゲド》どころか《ドラムロ》の名前まで知っているのか? ……本当に何者なんだ、お前は……」

 

 圧倒された様子のザフィールに、お喋りが過ぎるのは自分のほうだ、と慌てて口を噤む。

 

「いえ、これは、その……」

 

「まぁ、召喚された聖戦士の素質もあるのだろう。オーラ力も強い。だから、俺は詮索しないが、そういうのに気味悪がる奴もいる、気を付けたほうがいい」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 未来が分かっているとはいえ、あまり喋り過ぎればともすれば予期せぬ改変をもたらすかもしれない。ゆえにこそ、慎重を期すべきであった。

 

 自分は、分かっている事が他人より多いとは言え、未熟には違いないのだ。

 

「だが、説明する手間が省けるのはいい。オーラバトラーの詳細を一から説明するのはなかなかに骨が折れてな。どうにも……地上界にオーラバトラーに類する兵器はないらしい。地上人がもたらしたはずの兵器なのにこれは奇妙と言えば奇妙なんだが……」

 

「ロボットに関する分野は、まだ進歩していませんから」

 

「ロボット……よく分からない言葉を使うんだな」

 

 そうか。コモン人からしてみれば、ロボットと言う単語さえも意味不明。地上の常識がこちらでは非常識などまかり通る。

 

 言葉を慎重に選ぶべきだと判じたばかりだが、常識からして疑わなくてはいけない場面も多いかもしれない。

 

「ところで……用と言うのは……」

 

 本題を切り出すとザフィールは頬を掻いていた。

 

「ああ。まぁ、言っちまえば新型機のテストを見てもらいたいんだ。さっきの《ゲド》の空中遊泳は見事だったからな。もしかしたら、オーラバトラーに関する審美眼があるかもしれない」

 

 素質を見込んで、か。蒼はそれさえも欺瞞なのだ、と自己嫌悪に陥ってしまう。

 

「……自分にオーラバトラーの見分けなんて」

 

「ついていただろ、今。《ドラムロ》と《ゲド》の違いが分かるだけ充分だ」

 

 ザフィールの歩みは研究施設へと向けられていた。研究施設ではまだ生きている強獣が飼われている。それぞれ、猛々しい咆哮を上げる強獣はオーラバトラー製造の格好の材料だ。特に重宝されるのはキマイ・ラグという種類だと言う。

 

 オーラバトラーの骨格部品が並び立つ湿っぽい通路を抜け、ザフィールが訪れたのは新型機の研究所であった。

 

「ああ、騎士団長。よく来てくださいました」

 

 強獣の血で汚れた白衣を持て余す研究者にザフィールは軽口を叩く。

 

「少しは洗濯でもしろ。いくら研究者身分とは言え、そんなんじゃ子供も女房も逃げていくぞ」

 

「ご心配なく。独り身ですゆえ」

 

 まったく、とザフィールは笑いかける。どこか平時の緊張を解いているようでもあった。

 

「……騎士団長は、馴染みが?」

 

「ああ、実は俺は元々、領主に召し仕えられた時には研究者志望だったんだ。言っていなかったか」

 

 それはこれまでの二度の未来でも聞いていなかった新事実だ。目を見開いているとザフィールは機嫌をよくする。

 

「おっ、そんなに意外だったか?」

 

「ですが腕が立つってのと、オーラ力の高さを買われてすぐに軍務に異動させられたんですよね、騎士団長殿」

 

 嫌味たっぷりの言い草にザフィールがなじる。

 

「何だとー。お前だって俺と同期だろうに」

 

 どこか楽しげにじゃれているように映ってしまう。ザフィールが本当に輝ける場所は、ともすれば戦場ではなく、こうした日陰の場所だったのかもしれない。

 

「しかし……強獣の血の臭いが……」

 

 この臭気には覚えがある。ガッターと呼ばれる強獣の臭いだ。見た目は凶暴そうだがあまりにも弱いために、キマイ・ラグと共に乱獲の憂き目に遭っている。

 

「まぁ、強いのは当然だな。ジェム領の研究施設は全部地下だ。だからこうして臭いが沈殿してしまう。おい、たまには換気しろよ。気分が悪くなっちまう」

 

「そんな事を言いましても、地下がとても都合がいいのですよ。オーラバトラーの部品の加工は多湿が好まれるのです。それに、地下はオーラが溜まりやすい。その滞留したオーラを吸って、よりオーラバトラーは強くなるんです」

 

「理論上ではそうでも、換気くらいはしろって言っているんだ。ったく……。しかし、新型機は進んでいる様子だな、この感じじゃ」

 

「ええ。大方骨格は出来上がりましたとも。後は肉づけの段階ですね」

 

 示されたのは漆黒の装甲を持つ、青い結晶体のオーラバトラー――。その姿を目にして、覚えず涙が頬を伝った。

 

 まだ「この時間」には健在な、ザフィールの乗機。そして、最後の最後、《ソニドリ》に刃を突き立てた誉れある機体でもある。

 

 涙した自分に皆が動転する。

 

「ど、どうなされました? 聖戦士様?」

 

「どうしたんだ? このオーラバトラーがおっかなかったか?」

 

「いえ……また巡り会えるなんて思いも寄らなくって……つい……」

 

 その名前を研究者が紡ぐ。

 

「……どこかで見覚えでもあるのでしょうか。オーラバトラー、《キヌバネ》。我が方の最新鋭の機体のはずですが……」

 

「情報漏えいか? だがまだ出来上がってもいない機体の存在なんて……」

 

「いえ、本当にそんなではないのです。そんなでは……」

 

 別の時間線でも相見えたこの機体に、蒼は勝手ながら運命を感じていた。

 

 最初の時間線では、ずっと先を行くのを見守る事しか出来なかった機体。それが、今、こうして完成を待ちわびて骨格を晒している。

 

「お前を呼んだのは他でもない。《キヌバネ》は未完成、だからこそ、出来るだけ完成品を研ぎ澄ましたいんだ」

 

 意図が分からず、蒼は問い返す。

 

「研ぎ澄ます……」

 

「剣を、持っていただろう? 俺と同じ剣だ」

 

 ザフィールが腰に提げた得物を示す。蒼はそういえば剣は没収されてしまったな、と思い返していた。

 

「あの剣……」

 

「俺の権限で取り返す事は出来る。だがその代わり……と言っては何だが、条件として。この《キヌバネ》の完成を、手伝って欲しい」

 

 わけが分からず蒼は聞き返す愚を犯す。

 

「手伝う……。《キヌバネ》の完成を?」

 

 だが自分が何もしなくとも《キヌバネ》は完成しザフィールの愛機となるはずだ。それを信じ込んでいるからこそ、意味不明なのであったが、ザフィールは微笑む。

 

「《キヌバネ》にはまだ誰のオーラも馴染ませていない。よちよち歩きの赤ん坊よりも危ういんだ。こいつのオーラを安定化させるのにはジェム領の技術だけでは足りない。どうにかして、俺のオーラだけで適性値まで振ろうとしたが、もっと効率のいい方法がある。俺とお前で、《キヌバネ》を理想のオーラバトラーに仕上げるんだ」

 

「理想の……オーラバトラー……」

 

 思わぬ言葉に唖然とする。ザフィールは《キヌバネ》の骨格に触れていた。

 

「こいつは俺の乗機になる予定だったんだが、お前の《ゲド》の乗りっぷりを見て、考えが変わった。俺一人で完璧さを追求しても、それは独りよがりだ。だが、誰かが客観的にオーラを注いでくれれば、もしかしたら違う結末になるかもしれない。それくらい、可能性に満ちたオーラバトラーなんだよ、《キヌバネ》は」

 

 どこか興奮した様子の声音に蒼は《キヌバネ》へと固めていた認識を改める。もしかすると今までの時間線でも、ザフィールは必死に自分一人で、オーラを練り、《キヌバネ》を完成に導いていたのかもしれない。そう考えると、そこに自分でも手伝いが出来るのは光栄であったが……。

 

「ですが……わたくしのオーラを混じらせれば、よくない方向になるかも……」

 

 その懸念をザフィールは快活に笑って吹き飛ばす。

 

「心配するなって! お前ならやれるさ!」

 

 どこから湧いてくるのか分からない自信。これこそがザフィールだと思い直すと同時に、どうしてここまでも「同じ」なのだ、と訝しむ。

 

 どうにも奇妙な符合が付き纏う。

 

 自分は何故、ジェム領の聖戦士として召し仕えられ、そしてザフィールとこのタイミングで出会ったのか。それそのものに、意味はあるのか。

 

 探り当てるのには、この提案を呑むしかない。

 

 蒼は迷いなく首肯していた。

 

「……お力になれるのならば、是非……」

 

「堅苦しいのはよせって。俺は、手伝って欲しいんだ。優れたオーラの使い手に」

 

 手が差し出され、蒼はおずおずとその手を握り返していた。

 

 

 


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