そこの聖戦士、と声を投げられて、蒼は振り仰ぐ。
月下の城壁に座り込んでいるのは自分とは別の時間軸でこの場所に導かれた聖戦士であった。
「……エルム……さん」
「敬称をつけられるだけ、まだマシだと思うべきなんですかね」
嫌味を込めた言葉に、蒼は気色ばむ。相手は城壁を軽く跳躍し、地面を踏みしめたかと思うと抜身の刃を投げていた。
傍らの地面に突き刺さった剣に、蒼は息を呑む。
「取れ。それでハッキリする」
思わぬ言葉に蒼は言葉を彷徨わせていた。
「……どうして……」
「取れと言っている。決闘だ」
想定外の展開に蒼は何とかして収まらないかと思索を巡らせていた。
「そ、そんな事する意味って……!」
「意味とかそういう問題じゃない! 騎士団長に取り入って……目障りなんだよ!」
どうやら相手からすればそれが理由らしい。蒼はおっかなびっくりに突き立った剣の柄へと手を伸ばす。
これを掴めば、即座に決闘なのだろうか。
無論、今までの時間線でも兵術を習わなかったわけではない。しかし、ほとんどがオーラバトラーの戦闘訓練に割り当てられ、そして実戦での戦歴をほとんど挙げられなかった自分では、剣術もどこかおぼつかない。
しかし相手の闘志は本物だ。既に剣を構え、いつでも踏み込めるようにしている。
蒼は剣を取り、正眼に構えていた。
剣の心得は地上界で剣道の主将身分をしていたのみ。だがこの世界において、それは一分のアドバンテージにも成り得ない事を実感していた。
剣術の心得が多少あったところで、殺し合いの剣と、所詮は習い事の剣では雲泥の差が生じる。
自分が学んできたのは武ではなく舞。所詮は真似事の世界だ。
だがこの世界で尊ばれるのは、武術。そう、殺し合いの剣術だ。
自分は武に関して素人もいいところであった。武にルールもなければ、ましてや心得も関係がない。
ただの一刹那に、どれだけの魂を賭けられるかと言う、死狂いの精神。それこそが、このバイストン・ウェルでは重要視される。
戦いにおいて、必要以上の正当性など逆に邪魔な代物でしかない。
獣のように相手の喉笛を掻っ切るだけの器量と、そして野生だけが支配しているのが戦場だ。
真似事の剣術では相手をのす事は出来ない。それが分かっていてもこの時、踏み込んでくるエルムの剣を寸前で受け止めていた。
相手の剣は突きの構え。鋭い「点」の一打が攻め立てる。蒼は幸いにして打突を受け流す術はあったが、それでも殺意の波に呑まれないようにするのにはそれなりの研鑽が要った。
相手の殺気に中てられ、足腰が弱った瞬間、エルムは足を払っていた。無様に庭を転がった自分の眼前に、白銀の切っ先が突きつけられる。どう見ても王手の状況に、エルムはせせら笑う。
「これが桁違いのオーラ力を持つ聖戦士? 片腹痛い! 地獄蝶も見えていないくせに」
初めて聞く言葉に戸惑いつつ、立ち上がりかけて、鋭い言葉と切っ先が阻んでいた。
「弱いんなら、さっさと脱落してくださいよ。《ゲド》にでも乗って、ゼスティアに侵攻すればいい! そうして自爆して、少しは役立ってくださいよ、騎士団長の腰巾着なんて……!」
侮蔑の言葉に、蒼は何も言えなかった。自分には力がない。力がないから、二度もザフィールを失い、そしてジェム領の大勢の兵士を死なせた。その責を、自分だけが覚えている。自分だけが知っている。重責に、この時の蒼は立ち上がる事さえも出来なかった。
エルムは吐き捨てるように口にする。
「剣で勝てないのならば、立つ資格はなし!」
断じられた声音に打ちのめされた瞬間、警笛が領地を駆け抜けた。思わぬ形での警報にまさか、と見合わせた視線にエルムは手を払う。
「……僕じゃない」
「ゼスティアの機体だ! オーラバトラーが来るぞぉー!」
やぐらからの大声にエルムは駆け出していた。蒼も反対側へと駆け出す。確か、常に駐在されている《ゲド》がいるはず。その機体に乗れれば、と格納庫に赴いた蒼に訓練中であったのだろう、クラスメイト達がどよめく。
「城島さん……?」
「時間が、ない」
その一言で了承が取れた人間は誰もいないが幸いにして、起動状態の《ゲド》は眼前にあった。駆け寄ってコックピットに入っていたクラスメイトを押し出す。
「何を……!」
「敵襲。《ゲド》で出れば、まだ間に合う……」
結晶体を閉じ、正面に据えられた情報を処理しつつ、蒼は《ゲド》の最適化を行っていた。自身のオーラを注ぎ込むイメージを伴わせ、翅を高速振動させる。
飛翔した《ゲド》より拡大鏡で目にしたのは、城下町に火を点けて回る《ブッポウソウ》であった。
「……《ブッポウソウ》が三機。ならっ……!」
まだ勝てると、どうしてだか昂揚した神経が告げる。一気に距離を詰め、肉薄した瞬間に剣の濃口を切る。
居合いの抜刀に敵もうろたえたらしい。相手の右腕を付け根より断ち切っていた。続いて二の太刀が舞い、コックピットへと一撃を見舞おうとする。それを敵は察知したのか、あるいは危険予知の信号くらいは働いたのか、《ブッポウソウ》は急速後退し、一閃を回避していた。
舌打ち混じりに《ゲド》を前進させ、追い打ちをかけようとして、不意打ち気味のプレッシャーが肌を粟立たせていた。
《ゲド》に急制動をかけさせ、衣裳店に機体を突っ込ませる。色とりどりの織物を纏いつつ、反対側の道路へと躍り出た《ゲド》より蒼が目にしたのは、中空から仕掛ける射撃機の《ブッポウソウ》であった。
直感的に判断する。
あれに乗っているのは前回仕掛けてきた、女パイロットだ。
先輩騎士を討った相手――そう神経が断じた時には、《ゲド》の射撃機器へと合わせていた。《ゲド》の片腕に装備されたオーラショットが稼働し、振動を巻き起こさせつつ砲弾が中空の敵機を狙い澄ます。敵は後退しつつ着地し、腕を断たれた友軍機へと一瞥を向けていた。
『後退しつつ援軍を待ちなさい。強襲しておいてやられるなんてみっともないだけよ』
やはり、その声は以前の少女パイロット。蒼は踏み込み様に一閃を浴びせようとする。急速接近したこちらに、敵は素早く回り込み、濃口を切っていた。
互いに抜刀した刃が火花を散らす。
「そのオーラバトラー……、ゼスティアの!」
吼え立てて剣を打ち下ろした蒼に対し、相手は冷静なる太刀筋で応戦する。
『ジェム領に知り合いはいないつもりだけれど』
「言わせておけばっ……!」
振り払い、さらに追撃を見舞おうとして、敵は懐より炸薬を投げていた。誘引した爆発が《ゲド》の視野を眩惑する。
その隙をついての一撃を相手はコックピットへと浴びせかけようとして、不意に判じた習い性が携えた刃を斬り上げさせた。
刃と刃がぶつかり合い、僅かに後退したのも一瞬、蒼は拓けた視界の中で《ブッポウソウ》へと火線を咲かせる。
敵はジグザグに後退しつつ、二機でこちらの隙を探っているようであった。
蒼は敵機へと声を振り向ける。
「よくもまぁ……抜け抜けと。どうして街に火を放った! 彼らに非はないはずだ!」
そうだとも、フェラリオの王冠を奪い、そして身勝手な戦争を仕掛けてきているのは向こうのはず。確信めいた声音に少女パイロットが返答する。
『分かっていないのね。諍いっていうものは、非がある、ないで判断されるものではない!』
斬り込んできた《ブッポウソウ》に、蒼は《ゲド》で応戦する。剣戟が舞い、敵の肩口へと斬り込もうとした太刀に、敵機はすぐさま距離を取り、直後にもう一機が割り込んできていた。
片腕を失った一機より援護射撃が成される。
塞がれた形の蒼の《ゲド》に、《ブッポウソウ》の刃が迫る。
「……この……生意気に」
『教えてあげましょうか。オーラ力が強くたって、それはきっちり振るえればの話。闇雲な力っていうものは、いつの世だって邪魔なだけ!』
《ブッポウソウ》が背後より仕掛けんとする。蒼は《ゲド》に飛翔をかけようとして前方の機体が荷重をかけて防いだのを感知する。
このままでは斬り伏せられる、と感じた刹那であった。
弾けるオーラショットが《ブッポウソウ》の装甲を叩き据える。火炎を撒き散らしたのは真紅のオーラバトラーだ。
抜刀し、敵陣を退けんと高機動で攻め入る。その太刀筋に迷いはなく、何よりも洗練されている。
「オーラバトラー……《レプラカーン》」
《レプラカーン》は《ブッポウソウ》の陣営を崩し、その剣圧で敵に大きなプレッシャーを与えていた。
『何をやっているんです。こんな雑魚にかまけて……』
エルムの声に蒼は息も絶え絶えに応じる。
「……考えなしに出てしまったせいで」
『そんなだから……。まぁ、いいでしょう。戦いとはこうするものです。よく見るといい』
《レプラカーン》が切っ先を下げる。
敵機が陣営を建て直し、再び《レプラカーン》へと仕掛けていた。まず第一波となる敵の攻撃網を《レプラカーン》は軽く身をひねってかわし、そしてカウンターの太刀筋を浴びせかける。
コックピットへと正確無比に放たれた剣に敵がうろたえたのが伝わった。
『……使い手、ね』
『嘗めないでもらおう。この《レプラカーン》、エルム、勝負には逃げない』
剣を突きつけた《レプラカーン》に《ブッポウソウ》のパイロットは声にする。
『そう……。でもまぁ、この辺りが潮時ね。下がるわよ』
《ブッポウソウ》が急速後退していく。こちらの援護がやってきたのだ。
息をつく蒼にエルムが吐き捨てる。
『そんな太刀筋でよく前に出ましたね。恥ずかしくないんですか』
未熟なる太刀で戦いに打って出た愚を責められる。だが、あのままでは無事では済まなかっただろう。
ザフィールや他の騎士の《ドラムロ》が合流した時には、敵は完全に撤退していた。
『……苦々しいな。しかし、一機討ち取ったか』
『駄目ですね。……自害しています』
わざとコックピットの深くまで食い込まないように放たれた刃であったが、パイロットは既に死んでいると言う。ザフィールは検分し、そして指示を発していた。
『よし。ここは消火活動に移る。城下町を焼いた連中を許してはおけない』
消火活動に入る騎士団に対し、エルムの《レプラカーン》は城壁を目指していた。
「どこへ……」
『消火活動は地上人の領分じゃない』
そう言い捨てて、《レプラカーン》は飛翔していく。
『やれやれ。まぁ、言えた義理じゃないから仕方ないんだがな』
ザフィールの呆れ声も他所に、戦場を離れていく《レプラカーン》の背中を蒼は見据えていた。
彼がいなければ深手を負っていたのは間違いない。
――強く、なりたい。
初めて抱いた欲求ではない。しかし、これまでよりもさらに強く、さらに高みに至らなければ、これから先の未来を切り拓く事は難しいだろう。
「……騎士団長。お願いがあります」
『どうした? 《ゲド》の無断使用ならば問わないが』
「いえ、そうではなく。……わたくしに、稽古をつけていただきたいのです」