リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十五話 太刀筋交錯

 

 大勢の騎士団員達がどうしてだか野次馬として囲んでいるのを、蒼は目にして困惑していた。

 

 ザフィールが後頭部を掻く。

 

「すまないな。秘密にしておくには口の軽い奴に当たったらしい」

 

「地上人の太刀筋ってのも見たいもので」

 

 悪びれもしない騎士団員にザフィールは注意を飛ばしていた。

 

「茶化すなよ。アオは必死なんだ。そうだろ?」

 

 問い返されて蒼は首肯する。今のままでは駄目だ、と感じたのは昨夜の戦いで明らかとなった。エルムにも勝てず、そしてゼスティアの侵攻にも難儀するのならば、強くならなければならない。まずはそれからのはずだ。

 

「よろしくお願いします」

 

「かしこまる事は……まぁ、あるか。剣を習いたいって言うんなら、真っ当と言えば真っ当だ」

 

 しかし、とザフィールは奇縁の剣を観察する。自分とザフィールの剣は全くの同じ。しかしながら持ち主が違えば、それは剣としての機能はまるで異なる。

 

 奇縁の剣とは言え、同じ性能を発揮するわけではない。

 

「アオ。まずは呼吸からだ」

 

「呼吸……」

 

「お前の呼吸法は確かに、他の地上人に比べれば少しばかり落ち着いてはいるが、それでもバイストン・ウェルの呼吸の仕方じゃない。バイストン・ウェルは地上からしてみれば深海のようなもの。まずは深く呼吸する事から始めろ。ここでは踏み込みに際しても、呼吸一つで差異が出る」

 

 深海の呼吸――。蒼は指示通りに深呼吸する。バイストン・ウェルの空気が肺に取り込まれ、どこか自分ではないものが内奥からしみ出すのを感じていた。

 

「次に、剣の構え。正眼は正しいが、見るのは剣ではない。オーラだ」

 

 それは、エルムも言っていた。地獄蝶がどうだとかいう話だろうか。

 

「地獄蝶……ですか?」

 

「知っているのか。そうだ。人体には無数の死角がある。その死角にはそれぞれ、オーラの蝶が顕現する。オーラの強い者ほど可視化出来るそれを、我々は地獄蝶と呼んでいる」

 

「人体の……死角……」

 

「アオ。お前の体表に見えている地獄蝶は、今、七羽だ」

 

 そんなに、と瞠目した蒼にザフィールは笑いかける。

 

「これでも少ないほうだ。素人はもっと多い。だが、地獄蝶は決定的な差ではない。見えたからと言って、ではそこに打ち込めば勝てると言うほどの単純さじゃないんだ。たとえば、死角があったとしても相手がそれを意図して見せている死角だとすればどうなる?」

 

 意図した死角。それは逆に、敵からしてみれば狙い通りであろう。そこに刃が来れば、想定通りに反撃が出来る。

 

「そう、思っている通り、想定した死角に斬り込めばこちらの首が飛ぶ。つまり、地獄蝶とは目安程度で考えていい。優れたオーラの使い手には可視化出来る、戦場での優位点の一つだと」

 

「それは、オーラバトラー搭乗時にも、ですか?」

 

 自分は見えたためしがない。ザフィールは呻った後に応じていた。

 

「……間違いではない。見える事もあると言う。しかし、こうした打ち合いの延長線上にオーラバトラー戦がある。何も格別に離れた事をやっているわけじゃないだろ? オーラバトラーによる戦いだって」

 

 確かに、実戦が疎かではオーラバトラーによる戦闘も疎かになる。戦いは、何もオーラバトラーによる戦闘経験値だけではない。敵と対面した時にどう落ち着くのか、どう対処するのかの組み立てはこうした生身の打ち合いのほうが色濃く出る。

 

「……打ち合いを」

 

「分かっているさ。焦るな。焦るといい事なんて一つもない。呼吸とオーラを見る事。そして最後には、オーラの流れに乗る事がある。たとえば吹き抜ける風だ。それに混じるオーラに逆らって刃を振るった場合」

 

 ザフィールが剣を払う。風切り音はどこか鈍い。

 

「そしてこれが、オーラの風の境目を縫った剣筋だ」

 

 次に払われた刃は先ほどの打ち払いとさして変わる事はないように見えて音が段違いであった。ヒュン、と鋭い太刀の音に蒼は絶句する。

 

「……そこまで違う」

 

「そりゃそうだろう。地上に木はあるよな? 木目に沿って切るのと木目に逆らって切るのとでは段違いのはずだ。それと似通っている。要は、オーラの流れを自らのものとする。オーラに逆らわず、それに準じて戦闘スタイルを変化させるんだ。無論、戦局によってはそんな最適は狙っていけない場合もある。向かい風のオーラに、剣を振るうような真似だってあるさ。そんな時に頼りになるのは、先に組み上げた二つだ。オーラをよく見て、深呼吸する。それだけで生存率は随分と違うはずだ」

 

「聖戦士殿ー。騎士団長の言葉が難しかったら俺達が教えるぜー」

 

 野次が飛んでザフィールはおいおい、と取り成す。

 

「真面目な話だよ」

 

「真面目ぶってますけれどねー、そんな好条件なんてないでしょ」

 

 兵士の言葉もさもありなんとでも言うように、ザフィールは肩を竦める。

 

「……言っている事も間違いじゃない。そんな好条件は……まぁ千回戦ったとして、そのうちの十回あるかないかだ。しかし、もしその十回に相当する戦いがあった場合、全力を絞れないのはどうかしているだろ?」

 

 蒼は深呼吸し、オーラを可視化しようとする。しかし、ぼやけるばかりで、自分の視界にはオーラが安定しない。

 

 凝視しかけて、ザフィールのオーラが変位した。彼の眼差しの先にあったのは、エルムである。

 

「お前も、こっちに来て鍛錬するか?」

 

「……ご冗談を。剣の鍛錬? まさか、負けたからってそんな真似を? ……イラつかせるのだけは一級品ですね、聖戦士」

 

「そう言うなよ。お前だって聖戦士だろ?」

 

 エルムはその言葉に心底嫌気が差したように言い放つ。

 

「同じ? 笑わせないでくださいよ。場数が違う。そんなのと一緒に剣を振るっていれば、馬鹿になりますよ」

 

 エルムは鋭い一瞥を寄越し、蒼へと忠言する。

 

「……勝てないからって、騎士団長直々の鍛錬の要求。これだから、女って奴は始末に負えない。手段を選ばないからな」

 

 その言葉を吐いてエルムは立ち去っていく。その背中にザフィールが言葉を投げていた。

 

「お前、嫌な奴だぞー!」

 

 エルムは振り返りもしない。その姿勢に兵士からも反感が出ていた。

 

「気に食わないですよねー。《レプラカーン》が強いのは認めますけれど」

 

「お前らもそう言ってやるな。いざとなれば背中を預ける戦士だ。聖戦士なら、それなりに矜持もあろう。分かり辛いくらいなのさ、それでちょうどいい」

 

 蒼はザフィールへと質問を振っていた。

 

「……エルムさんは、訓練みたいなのを?」

 

「うん? ……そういえばあまりしたところを見た事はないな。《レプラカーン》も一週間で物にした。天性のものだろうな。だが、クセもある。それを自分で見抜けていない部分に危うさも。しかし、あいつは人の話を聞かないからな」

 

 困ったようにザフィールは笑う。蒼はエルムと言う聖戦士の事を、そういえば何一つ理解していないのに気づいていた。

 

 前の二回だって、まともに言葉を交わした事はない。ともすれば、彼の強さに迫る事が、自分に出来る最善かもしれないのに。

 

「まぁ、エルムの事は忘れて。まずは呼吸法。そして、オーラを見る事だ。流れまでは読もうと思うな。一回に出来る事は限られている」

 

 ――一回に出来る事は限られている。その言葉は何でもないアドバイスのはずだったのに、この時の自分にはいやに響いていた。ループしている自分にとって、一回とはいえそれは絶対だ。だからこそ、一回に出来る事は所詮はその一回に過ぎない。そう、どれだけ吟味しても、一回は一回。

 

 ザフィールがこの先死ぬ運命にあるのも、ジェム領が全滅する恐れがあるのも、それは一回の数に過ぎない。

 

 やる気の質が削がれるかに思われたが、案外、逆であった。

 

 ――ならば、せめて一回を意義のあるものに。

 

 構えた蒼にザフィールは静かに笑みを湛えさせる。

 

「……やる気が起こったみたいだな」

 

 破、と吼えて剣を振るう。

 

 二つの相似形の剣が、交錯していた。

 

 

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