リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十六話 妖精幾星霜

 訓練していたのね、と口火を切られて蒼が唖然としているとアルマーニは窓を顎でしゃくる。

 

「見えるのよ、中庭が」

 

 ああ、それで、と蒼はアルマーニとの面会時間を確認していた。三十分の面会の中で、知るべき事、語るべき事を知り語らなければならない。それは思いのほか難しい。

 

「で? 何が聞きたいの?」

 

 相手はとうに分かっているのか、あるいはある程度の当て推量があるのか、落ち着き払っていた。

 

「……わたくしが何を言いたいのか、まるで予見しているような言い草ね」

 

「ある程度はね。オーラの風が告げてくれる。貴女、あの子と反目しているのね。空を舞う鳥が囁いてくれたわ」

 

 どこまで本気か、と疑っているとアルマーニは少女のように微笑んだ。

 

「冗談よ。でも、当たっているでしょう?」

 

 確かにエルムとの不和は解決せねばならない問題だろう。アルマーニならば彼の心を解きほぐす材料くらいは知っているのかもしれない。

 

「……彼もあなたが?」

 

「ええ。呼んだわ。この国に召し仕えられて最初の召喚だった。でも、如何にエ・フェラリオとは言え、召喚にはかなりの体力を消耗するのよ。中には一度の聖戦士を呼ぶのだけで、ミ・フェラリオに戻ってしまう者さえいるくらいにはね」

 

「……あなたにはそんな兆候はない。四十人も呼んだのに?」

 

「少し語弊があるようね。四十人、精査して呼んだわけじゃないのよ。まぁ、その中に貴女のような人間がいたのだから当たりを引いたと思うべきなのだろうけれど」

 

 詳しく聞く必要性がありそうだ。蒼は問い質していた。

 

「フェラリオは、呼ぶ人間を選べない?」

 

「半分正解。でも、半分は外れ。オーラ・ロードを開くのに、場所を選べないのは本当よ。だって、地上界の地理は一年……いいえ、一日でも違えば塗り替わっている場合だってある。そんななのに、妖精の世界の者達が正確な位置を把握出来ると思う? 案外、呼ばれた側は選ばれたって自覚が強いけれど、呼んだ側からしてみれば、何でこんな人間が、とも思うの。ああ、貴女は別よ。いい人間だとは思うわ」

 

「含むような言い草ね」

 

 アルマーニは一拍の逡巡を挟んだ後に、貴女ならば、と前置いた。

 

「いいでしょう。エルム・リムロード。彼を呼んだのは間違いだった、と私は思っている」

 

「間違い? でも聖戦士で、卓越した……技量を持っている」

 

 それは自分に突きつけられた殺意から鑑みても明らかだ。彼は特別だろう。間違いなくこのバイストン・ウェルでは指折りの戦士のはずだ。

 

 しかし、アルマーニの表情は曇っている。

 

「……得てして、自分を特別だと思っている人間の行動原理は二つある。他人のためか、自分のためか。後者の場合は最悪の結果さえも招きかねない。エルムを呼んだ時、ちょうどゼスティアとの大きな戦端が開かれていた。ザフィール騎士団長の前任者が軍を率い、聖戦士の力を見るためにゼスティアへと攻め込んだ」

 

 まさか、そんな事実があるなんて。震撼した蒼はその先を促していた。

 

「……それで、どうなったの?」

 

「言わずもがな、ゼスティア相手にそんな戦いが有効打ならば今頃関係性はもっとよくなっているでしょう。……惨敗よ。それも、敵にこちらの将を……討ち取られた。騎士団長が移り変ったのはその時。ザフィール騎士団長はその時の戦いで名を挙げ、今の地位についた」

 

 自分が一度も聞き及ばなかった事実に、蒼は絶句していた。アルマーニはさらに先を続ける。

 

「その時に……聖戦士として、今と同じ《レプラカーン》で先陣を切ったのがエルム。彼のオーラ力はかなりのものだった。でも……驕りが招いたのは軍隊としての敗北。ゼスティアとの国力の差を見せつけられた。さらに言えば、聖戦士は一人では意味がないのだと、実感させられた」

 

 まさか、と蒼は渇いた喉で紡ぐ。

 

「それで四十人以上を……」

 

 アルマーニは無言で頷く。何という事だ。その時点で優位を打てていれば、では自分達は呼ばれなかったのか。

 

 ならば、エルムが自分に向けている憎悪の正体は……。

 

「自分が特段に優れていないと言う、自負と自覚。それが彼の貴女への態度の全てでしょう。自分一人では納得いかなかったから、ジェム領は聖戦士を募った。それが一番に屈辱なのでしょうね。自分一人でいいはずだ、と言うのが彼の論法の根源だから」

 

 彼は自分一人ではどうしようもないと判断したジェム領そのものに有用性を問い質すために、あれだけ苛烈な物言いを選んでいるのか。

 

 しかし、もし呼ばれた順番が前後していれば自分とてそのような考えになっていなかったとは言えない。彼の怨嗟を笑えないのだ。

 

「でも……それでもわたくし達は……」

 

「ええ、不都合だし、それに不幸だとは、思っているわ。でも、貴女は真っ先に剣を取り、そしてオーラバトラーに乗った。他の四十名からしてみれば理解出来ないほどのスピードで、貴女はあらゆるものを習得しようとしている。それはどうして?」

 

 思わぬところで核心に迫る問いかけをしてくる。これだからフェラリオは侮れない。

 

「……少しでも未来をよくするために、よ」

 

「未来、ね。貴女もまた確証のない言葉を吐くのね。未来なんてジャコバ様くらいしか分からないじゃないの」

 

 妖精の女王でさえも不確定な未来を、自分は既に二度経験している。しかも、どちらも同じ存在が鍵となって。

 

 ――オーラバトラー、《ソニドリ》。あれをどうにかして破壊しない限り、ジェム領に勝利はあり得ないだろう。

 

 だが、そう考えれば、と蒼は熟考する。

 

 もし、今の段階で《ソニドリ》を破壊出来れば? その問いかけはしかし、不可能だろうという結論に至る。

 

 たとえ、《ソニドリ》を破壊するとしてもゼスティアの領土への強襲が必要だ。そこまでの兵力があるとは思えない。

 

《ブッポウソウ》を操る相手の女兵士も相当な手練れ。ともすれば、聖戦士の可能性もある。ここは慎重を期さなければ読み負けるのはこちらだ。

 

「……何を考えているの? アオ」

 

 問い質されて蒼は我に返っていた。こちらの顔を覗き込んだアルマーニは、その麗しいかんばせを伏せる。

 

「言えない事があるって顔。……私の事は話しているのに」

 

 不服だ、とでも言わんばかりのアルマーニを蒼は取り成す。

 

「す、すまない。わたくしは、でも……」

 

 アルマーニは直後、笑顔になって、なんて、とおどける。

 

「話し相手になってくれるだけ、正直嬉しいのよ。だって……他のコモンからしてみれば、私はただの妖精、ただの……召喚のための手駒だから」

 

 召喚するためだけに彼女はこの塔に幽閉されている。他の権利を全て剥奪され、それでも死ぬ事は許されず、そして生き永らえるしかない。

 

 それがフェラリオの常識から鑑みればどれほどの地獄なのかは推し量るしかないが、それでも彼女にこれまで、意義はほとんどなかったのだろう。

 

 使い潰されるだけの存在――そんなの……。

 

 覚えず拳をぎゅっと握りしめる。アルマーニはこれまであらゆる不条理を受けていたに違いない。それを少しでも解きほぐせるのならば自分の三回目のこの時間でさえも意味はあるのだろう。

 

「……アルマーニ。あなたの話を、わたくしに聞かせて欲しい」

 

「私の? ……このバイストン・ウェルの常識が通用しない、貴女が?」

 

「常識知らずだから。オーラについての使い方も、もし知っているのならば……」

 

 ザフィールの訓練に報いるために少しでも力と能力が欲しい。そのためならばアルマーニと少しでも友情を育もう。

 

 彼女も話し足りなかったのか、じゃあ、と言葉を継いだ。

 

「こういうのはどう? フェラリオの世界で言い伝えられている、転生者の物語」

 

「転生者……。それってアの国って言う……」

 

「何だ、知っているんじゃない。そうよ。一匹のミ・フェラリオが紡ぐ、バイストン・ウェルの戦乱の物語。この世界始まって以来の、コモンと聖戦士の起こした諍い」

 

「……確か、ショウ・ザマって聞いた」

 

「その聖戦士の名前だってコモンの間じゃ、まことしやかにって感じでしょうね。私達フェラリオの伝達手段ならばもっと正確に知れるのに」

 

「それはどんな?」

 

 アルマーニは一拍置いた後に、ふふっ、と微笑む。

 

「オーラを、私達は受信する器官がある。それはコモンにはない。身体の作りが違うのよ。オーラを感じる受容器官の中に、記憶をそのまま引き継げる器官がある。だから、私達はあの争いを、まるでその只中にいたミ・フェラリオと同じ規模で知る事が出来る」

 

 そんな特殊能力があるとは。蒼は瞠目していた。

 

「でも……そんなのコモンの人達は……」

 

「知っていたって、教える術はないわ。分からないんだもの。それに、このオーラの受容器官って言うのも、ミ・フェラリオの時には発達しているけれど、エ・フェラリオになると少し弱ってしまうの。だから個体数の少ないエ・フェラリオの歴史は綴られにくい。そもそも、ミ・フェラリオへの退化時に、記憶のほとんどは損なわれてしまう。だから、フェラリオ間でも記憶の齟齬はあるし、アの国のミ・フェラリオが特別であったのは、その後地上人に捕獲されたからよ」

 

 見知らぬ事実に蒼は息を呑む。それではまるで……。

 

「地上人の間には……バイストン・ウェルを知っている人間がいるみたいじゃ……」

 

 その疑念にアルマーニは何でもない事のように告げる。

 

「それは、その通りでしょ? 居るんじゃないの? もしくは、居ても巧妙に隠しているか、でしょうけれど」

 

 バイストン・ウェルを知っている人間が地上にいる。それだけでも衝撃であったが、三十年前に起こったとされているその争いは、この世界にどのような爪痕を刻んだのだろうか。

 

「……わたくしは、このジェム領から遠くに言った覚えはない」

 

 その言葉だけでも充分に怪訝そうであったが、蒼は続ける。

 

「教えて、アルマーニ。この世界はどうなっているの?」

 

 アルマーニは観察するようにこちらを見据えた後に、ふっと言葉を継いだ。

 

「……そんなの知って、どうするの?」

 

「分からない。分からないけれど、知らないままじゃ、きっと駄目なんだ。駄目だって、分かった」

 

 アの国で起こった戦乱も、今起こっているゼスティアとの争いも、何もかもは全て、バイストン・ウェルという世界の不理解から巻き起こった気がしないでもない。一体、この世界は何なのだ。

 

 そこから紐解けば、と思った蒼は直後のアルマーニの言葉に制される。

 

「……そんなの、フェラリオでも分からないわ。この世界はどうなっているのか、なんて」

 

 まさか。そんなはずがない。神秘を操る妖精には、この世界の果てだって分かっているはずではないか。

 

「意地悪しないで、アルマーニ。本当は世界がどうなっていて、何が起こっているのかくらいは分かるんでしょう?」

 

 しかし、アルマーニは冷淡に応じる。

 

「そんなのは分からないのよ。そして、知らないのよ。私達でもね。どれだけ高位のフェラリオでも、きっと知らないし、把握出来ないわ。この世界がどうなっているのか。……もっと言えば、たとえば八里先の土地に町があるのか、村があるのか、どのような領地があるのか……そういう事さえも、分からないのよ。これは絶対にそう。フェラリオでも定かではない」

 

「でも……さすがに地図くらいは……!」

 

 そこまで口にして、アルマーニは床の砂を綴る。その砂が書き綴った地図は、ところどころ虫食いであった。

 

「……こんなはずは……」

 

「でも、これが事実。アオ、この世界は未踏の地ばかり。あなた達、地上人の世界はもう、前人未到のほうが少ないってのは聞いたわ。それは、でもバイストン・ウェルとの齟齬でしょう。バイストン・ウェルは確かに、オーラバトラーと言う強力な兵器と、そしてオーラと言う力に溢れている。でもそれは、あなた達の世界にあると聞くもっと強力な兵器と、それに溢れている数多の悲しみとは大差ないの。オーラバトラーも、オーラも、何も全てが特別ではないのよ。……こう言うと、絶望するかもしれないけれど、聖戦士でさえも。オーラが高く、そしてコモンより強いだけの、ヒトに過ぎない。それは覆せないの」

 

 自分は所詮、オーラが少し強く、そして不幸にも召喚されただけの存在。妖精の神秘でさえも解き明かせない謎に満ちた世界――それこそがバイストン・ウェル。

 

 改めて、この世界は不可思議な神秘に閉ざされているのだと実感する。誰かの関知もなく、そして地上と繋がるのは万華鏡の道であるオーラ・ロードのみ。

 

 まさしく、この世界は不可侵の領域。オーラと魂が彩る異世界。

 

「……誰も、開拓しようなんて……」

 

「思わないでしょうね。そういうものなのよ。言ったでしょう? コモンは湖を渡る術さえも知らないの。そんななのに、どうやってこの世界を開拓するって言うの? 水や食料だって、決して豊かじゃない。それなのに、単独での開拓なんて自殺行為よ。それでも世界の果てを見たとしても、きっと絶望するだけでしょうね」

 

「……それは何で? だって地上ではそういう歴史があるから、世界は丸いんだって分かった」

 

「天動説……だったかしら。聞かされたわ、色々とね。でも、それだって数多の犠牲があってこそなのよ。コモンもフェラリオも、いたずらに犠牲は出したくない。それは根柢の精神からそうなの。だから、地上人の蛮行と相容れない部分はあるのかもね。ゆえにこそ、アの国での戦乱は起こるべくして起こったとも」

 

 地上人を招き、バイストン・ウェルに戦争を勃発させたのは地上人だと言いたいのか。蒼は覚えずいきり立って反発していた。

 

「……でもフェラリオやコモンだって。時間さえあればオーラバトラーを造っていたかもしれない」

 

「それはないわ。あり得ないのよ。私達には線引きがある。フェラリオの世界と、コモンの世界。それと……これはコモン人達が顔をしかめる内容だからあまり言いたくないんだけれど、闇の眷属、ガロウ・ランの世界。ほとんどその三つの世界で成り立っているの。だから、それぞれが侵略行為でも発しない限り、交わりようもないのよ。三つの世界がそれぞれ均衡をもって存在すれば」

 

「誰も、侵さない、か……」

 

 しかしその均衡を脅かすものこそが地上人――。導かれた結論に、素直に悲しいな、と感じていた。

 

 彼らは彼らの諍いを止めるために、地上人を召喚したのに、それが禁断への入り口となってしまっていた。かといって、もうオーラバトラーがなかった頃には戻れないだろうし、一度でも争いを覚えたコモンは、いずれは繰り返すのだろう。

 

「……持ち込んだのが、地上人であった。それだけの話なのよ。不幸だとすれば、このバイストン・ウェルに綴られる物語の中に、聖戦士は常に最上の存在として語られる事ね。彼らの愚かしさを教訓にしようと言うのは、なかなかないのよ」

 

 それはきっとエ・フェラリオだからこその達観だろう。コモンにそこまでの見識はない。

 

 悠久の時を生きる妖精でもなければ、このバイストン・ウェルを平定にも導けないのだろうか。それとも、それを達成するために、自分はこうして時間を繰り返しているのか。

 

 全てが不明のままであった。

 

「……アルマーニ。シルヴァー領主に会った」

 

「あら、よく許したわね、あの姫様」

 

「ゼスティアと戦っている本当の理由を聞いた。……フェラリオの王冠だと」

 

 声を潜めた蒼にアルマーニは頭を振る。

 

「情報を期待しての言葉だったのだろうけれど、申し訳ないわね。私にはその王冠に関しての知見はそれほどないのよ。王冠は、私の前にこの国に呼ばれていたフェラリオがもたらしたものらしいわ。この領地との恒久的な平和を望んでの品物だったって。どういうものなのかの実態は分からない。でも、フェラリオがコモンに物を贈る文化は根付いていないから、相当な恩義があったのでしょうね。その恩義に相当するだけの品物だったと推測すべきでしょう」

 

「恩義……。それをゼスティアは奪った。何故……」

 

 ジェム領の平穏を願った王冠を、他の領地が奪ってどうするのか。その問いにアルマーニは眉根を寄せた。

 

「こっちが知りたいわよ。戦いの発端が何だったのかなんて分からないまま、ただ地上人の召喚のために、このざまなんだから」

 

 アルマーニは片腕にはめられた手錠を掲げる。彼女は囚われの身。この塔から出る事さえも許されない妖精。

 

「……わたくし達を召喚した時に自由だったのは」

 

「自由じゃないわ。監視付きだし、さらに言えばちょっとでも勝手な事をすれば首をはねられていたのよ? それくらい、オーラ・ロードを開いて地上人を呼ぶって言うのはリスクが高いって言うの」

 

 これ以上の質問は無意味だろう。

 

 それに、ちょうど扉がノックされた。

 

「三十分経ちました」

 

 蒼は立ち上がる。アルマーニはひらひらと手を振っていた。

 

「また聞きたい事があれば何でも。聖戦士様」

 

 おどけた様子のアルマーニは少しでも他人と話せて気分が紛れているのだろうか。それならばまだいいのかもしれない、と蒼は感じるのみであった。

 

 

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