リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第六十七話 戦火開門

 

 剣筋が甘い、という指摘を受けて、蒼は呼吸を詰めていた。

 

 正面から向かい合うザフィールの正眼の構えに、蒼は下段に剣を携える。

 

 やぁっ、と言う一声で飛びかかるも、その動作は予見され、避けて見せたザフィールがすぐさま死角に潜り込む。

 

 オーラの死角、地獄蝶。少しでも可視化出来るように集中するが、意識の網がぼやければ今度は向かってくる剣に集中出来なくなる。

 

 オーラと剣の両方に意識を割くのは、まだ難しい。

 

 ぴたりとザフィールの剣が止まり、そこまで、と声がかけられた。

 

 二人して井戸水を呷り、ふぅと息をつく。

 

「出来るようになってきたじゃないか」

 

「まだまだですよ」

 

「それでも、呼んだばかりの地上人が俺と打ち合うか、普通」

 

 自嘲したザフィールに、蒼は視線を逸らしていた。このまま未来が進めば、あの最悪の光景がまたしても現実になるのだろうか。

 

 逆さ吊りの暗黒城。そして、ゼスティアの大軍に対し、劣勢を強いられるジェム領のオーラバトラー。呼ばれた四十名以上の聖戦士はほとんど死に絶えるなど、言えるものか、と蒼は拳をぎゅっと握り締める。

 

「……そういえば他の聖戦士は……」

 

「オーラバトラーの基本動作を覚えさせようとしているはずなんだが……」

 

 その時、不意に中庭から飛翔した《ドラムロ》がよろけたように城壁に頭から落下していた。兵士達の諦観の声が響き渡る。

 

「あーあ、何やってんだか」

 

 だが、呼ばれたばかりの聖戦士としてはまだ上々だろう。自分も一回目ではオーラバトラーをまともに動かすのに三か月を要した。

 

 現状、まだ一週間前後。最善を模索しているものの、どれが正解なのか分からない以上、やはり慎重にならざるを得ない。

 

「アルマーニュ・アルマーニからよく話を聞いているらしいな」

 

 どこかから嗅ぎつけたのか、ザフィールが問いかける。

 

「そりゃ、呼ばれた側ですから。理由くらいは知りたいですし」

 

「妖精の神秘は時として地上人を眩惑する。気を付けておけ」

 

 単純に忠言のつもりだったのだろうが、蒼からしてみれば、アルマーニも憐憫の対象である。わけも分からず四十人以上の聖戦士を呼ばれ、その責を問われているのだ。彼女はせめて自由にすべきではないのか。

 

「……アルマーニを、解放出来ないんですか」

 

 無理な注文だろう。しかし、ザフィールは真剣に応じていた。

 

「……気持ちは分からないでもない。コモンとフェラリオは交わらぬ運命とは言え、少しは慈悲を感じている部分もある。だが、それはやってはならないんだ。たとえば地上人を呼ぶ心得のあるフェラリオを野に放って、それをゼスティアに奪われればどうする?」

 

 思いもしなかった。いや、それが一番あり得るのだ。

 

 ゼスティアは常にこちらの同行に目を光らせている。もし、アルマーニを解放すれば、すぐにでも捕虜として捕縛するに違いない。

 

 そうなれば今の境遇よりももっと地獄に彼女は突き落とされるのは想像に難くないのだ。

 

「……すいません。想像力不足でした」

 

 自らの不明を謝ると、ザフィールは水筒を投げ捨てていた。

 

「アルマーニの意思ならば尊重するが、俺やお前が知った風な口を利くのが彼女からしてみても一番の屈辱だろう。ここは、単純ながらに分けるしかない。フェラリオと自分達は違う、と」

 

 それが精神衛生上いいのだろう。妖精の世界とコモンの世界は交わらない。そう断じる事が、自分達にとってもいいのだと。

 

「……アルマーニは、いつからここの?」

 

「俺が子供の頃には、既に、だった。妖精に時間の尺度は合うか分からないが、もう十年近くになるか」

 

 アルマーニはその間、孤独に耐え続けていたのだろう。それでも、彼女の痛みの半分も推し量る事は出来ない。

 

「騎士団長。戦いが終われば、関係ないんですよね? ゼスティアが降伏すれば」

 

「ああ、それはそうだが……。妙案でも?」

 

 問われて蒼は剣を構えていた。

 

「いえ、今は何も。その代わり、早く強くならなければ、と思いました」

 

 ザフィールは笑みを形作り、応じるように剣を構える。

 

「いい覚悟だ」

 

 やぁっ、と声が奔る。携えた剣にはまだ理想も、ましてや展望もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究施設に入った蒼は、もうすぐ六割ですよと言う声を聞いていた。

 

「《キヌバネ》の性能は折り紙つきです。ゼスティアなんて斬り飛ばしてくださいよ」

 

「焦るなって。俺だってこいつには慣れなきゃならん」

 

 ようやくコックピットブロックが固定され、《キヌバネ》は骨格の肉づけも得て、一端のオーラバトラーに近づきつつあった。

 

 しかし、と蒼は顎に手を添えて考え込む。

 

「どうした、アオ。何か不都合でも?」

 

「いえっ……、そういうわけじゃ」

 

「でも、考えなしじゃないって顔だ。何がある?」

 

 蒼は研究者の参照する数値を叩き出す機器を覗き込んでいた。

 

「これ、オーラ力の数値ですよね?」

 

「ええ。ザフィール騎士団長の数値ですが、何か?」

 

 記憶している《キヌバネ》搭乗時のザフィールの数値が、正しいのならば――。

 

「どうした? 俺の数値が乱れているか?」

 

「いえ、安定域です。聖戦士様、何かありますか」

 

「……いや、勘違いかも知れない」

 

 そう、勘違いだろう、と自分に納得させる。ザフィールはそのまま、動作を続行させる。

 

「しかし、《キヌバネ》、確かに凄いな。こちらの順応性が高い」

 

 腕や足を動かすザフィールに呼応して《キヌバネ》が追従する。その動作には曇りがないように見えるが……。

 

「《ゲド》の数倍のパワーゲインがあります。これなら、ゼスティアが相手でもあっという間ですよ」

 

 だが自分は知っている。これを凌駕する性能のオーラバトラーが既に相手方にはあるのだと。

 

《ソニドリ》の存在をしかし、ほのめかすのは危険だ。もし、敵がこちらの予想を超えてくるのならば、今こそ仕掛けるべきだろう。完成してもいない《キヌバネ》を晒すわけにはいかない。

 

 急がず、せめて安定まで見守る義務があるだろう。この機体に、二度も助けられたのだから。

 

「ですが、《キヌバネ》に使用する装甲が少し足りませんね。キマイ・ラグの備蓄だけでは、全身を覆うのは難しそうです」

 

 思わぬ言葉に蒼は戸惑う。今までの戦いで、備蓄不足なんて事はなかったはずだ。

 

「……そんなに足りないんですか?」

 

「ええ。これは久しぶりに狩りに行かなければ……」

 

「強獣狩りか。俺が先導するが……」

 

「いえ、ここは聖戦士軍団を前に出しましょう。なに、居てもガッターくらいなものです。《ドラムロ》と《ゲド》で固めれば、怖くも何ともない」

 

 コモンの常識では強獣に恐れ戦くのは最早時代錯誤なのだろう。しかし、初陣であのおどろおどろしい強獣と行き会って、正気でいられる者が何人いるだろうか。蒼はそれとなく提言する。

 

「……わたくしが行きます。聖戦士軍団は、今は少しばかり難しいかと」

 

「……アオがそう言うのならば、最小限でいいのかもしれない」

 

 この時間軸のザフィールの理解は得られている。それでも強獣狩り、と言うのはこれまでになかった流れだ。

 

「難しいんですか? 素材を得るのは」

 

「いえ、簡単ですよ。強獣の巣に仕掛けて、炸裂弾でもお見舞いすれば、視界がくらんだ強獣達なんて動く的です。《ドラムロ》でも十匹程度獲れるでしょうね」

 

 蒼は一考し、自分に充てられる機体の希望を言っていた。

 

「《ゲド》でお願い出来ますか? この間、《ブッポウソウ》と対決した奴で」

 

「そう言うと思って、聖戦士様用に調整してありますよ。あの個体の《ゲド》なら、聖戦士様のオーラ力に呼応してくれるはずです」

 

 ジェム領のオーラバトラー改良技術が相当高いのは、二度も死ねばよく分かる。《ゲド》を一晩で個人専用に仕上げるのは造作もないだろう。問題なのは、実際に戦えるオーラ力を持つ兵士があまりに少ない事。如何に兵器を量産出来ても、それを扱う人間の不足はどうしても賄えないのだ。

 

「兵力不足ってのが一番に手痛いですからね。キマイ・ラグは乱獲されて久しいですが、ガッターなら」

 

「循環パイプのパーツも欲しい。出来るだけ多くの、血管の太い強獣の素体さえあれば」

 

 バイストン・ウェルのコモン達に強獣への畏怖はない。ただの獣、ただの野生だ。その点では地上界よりも割り切りが潔い。

 

「では強獣狩りの編成を組もう。アオ、お前も来られるな?」

 

「ええ、もちろん。ですが先にも言った通り……」

 

「恐れ知らずの聖戦士にわざわざ配慮ってのもおかしな話だが、分かった。強獣狩りに組み込むのはお前と、俺達兵隊だけだ」

 

 そのほうがいい。しかし、いつかは争いに組み込まれる必定。ここである程度の運用は試しておくべきなのかもしれない。

 

「……志のある者は……」

 

「登用するよ。そうじゃなくっても人手不足だ。人材は出来るだけ遊ばせておく余裕はない」

 

 クラスメイトの中にもそろそろバイストン・ウェルに馴染んできた人間もいそうなもの。そういう人材を集めて早期に兵隊を組めば、ともすれば最悪の未来は回避出来るかもしれない。

 

 淡い希望を胸に、蒼は装甲がまだ完全に装着されていない《キヌバネ》を見やる。

 

「……もうすぐ、一端にしてやれる」

 

 その時には、共に戦おう、と心に誓って。

 

 

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