案外、胆の太い人間はいたもので、クラスメイトからも十名ほどの志願者が出たと言う。このよくも分からないバイストン・ウェルで生き抜くのには、戦いが効率のいいとどこかで直感した人間もいるのかもしれない。
強獣狩りの編隊はユニコン・ウーの馬車によってパイロットが運ばれ、オーラバトラーは寝かした形で運搬される。
敵の強襲も加味して、いくつかのオーラバトラーにはパイロットが乗り込んだ形でわざと寝かせてあるものもあった。
自分の乗っている《ゲド》もそうだ。わざと寝かして、相手の奇襲を待っている。
等間隔の振動と共に通話が繋がれた。
『退屈しているか?』
コモンの兵士の声に蒼は応じる。
「別段」
『不愛想だよな、お前も。ザフィール騎士団長には心を開いているんだろ?』
「……そうでもありませんよ」
『どうだかな。女なんて』
わざわざ軽蔑するために通話を繋いだのだろうか。それならば、無用だ、と切ろうとして、相手は、待てと制していた。
『別にお前を侮辱するために繋いだわけじゃないさ。強獣に関する知識は?』
「ある程度。ガッターとキマイ・ラグ、それに他の小型獣もそれなりに」
実際その通りであった。一回目の時間軸で自分は強獣に関するいろははそれなりに教わった。相手はそれを訝しげに返す。
『地上界で教わるはずはないんだが……。まぁ、いい。ユニコンとかは、地上にも似たようなのがいるって聞く。そういうのはいいんだ。……ただ』
「ただ?」
『強獣狩りは俺達の領分だ。従ってはもらうぞ』
要は聖戦士とは言え、強獣狩りには一日の長がある自分達に対して対等以上に立ち回るな、と言いたいのか。
そんな小さな事、考えもしなかった。
「了解しました。わたくしは、ジェム領の方々よりも出過ぎた真似なんてしません」
『……そういう返事でいいんだよ。ったく、騎士団長も何で、女なんて。邪魔だろうが』
それを潮にして通話が切られた。相手も思っている事はそれ相応だろう。戦いの場に女なんてという価値観はあってもおかしくはない。そうでなくとも騎士団は男ばかりだ。
自分ばかりが騎士団長に可愛がられているという風に見られてもおかしくはない立ち振る舞いはしてきた。こういう風当たりも覚悟の上。
だが、それでも少しばかりの寂しさは募るもの。蒼は以前の時間線を思い返していた。
「……さっきの兵士、前の時間だったら、すごく気前がよかったのに……」
自分によく、大丈夫か、と問いかけてくれた。先輩騎士やザフィールほどではないにせよ、女だからと言って差別はしなかった。
それと同一人物、そして同一の声で女なんてと蔑まれるのはどこか納得が行かない。いや、これは単純に心の問題か。
同じ人間なのに、言動が違うのを、承服し切れていないのだ。
だが、相手からしてみればこれが初対面。こちらへの印象がぞんざいなのは頷ける話だ。
「……前の時間線の記憶は引き継げない。引き継いでいるのは、わたくしだけ……」
しかし、前回はどうして剣まで引き継げたのだろう、と蒼は鞘に仕舞ったザフィールと同じ剣を見やる。奇縁の剣、写し身の刃。だが、その原因は一切不明。
これではどうにもやり辛い一方だ、と嘆息をつく。
その時、先遣隊が止まったのを振動で窺った。
強獣の巣穴に行き着いたのだろう。
巨大な縦穴が大口を空けており、底から時折、咆哮が空へと吸い込まれるように響く。
強獣の巣穴はどれも似たり寄ったりらしい。洞窟に巣穴を持つ個体もいるらしいが、基本的に太陽光を苦手とするため、こうして湿っぽく、そして光の当たらない場所を好んで生息域にする。
それが何百年と降り積もり、こうして巨大な縦穴を形成するに至るのだと言う。
「さしずめ、強獣の歴史、か……」
巨大な縦穴へと降下するオーラバトラーが足並みを揃えている。自分は、と言うと、被せられていた布を取られ、《ゲド》が陽光の下で眼窩に生命の光を宿らせていた。
起き上がらせ、前衛の隊列に入る。
『アオ。分かっているとは思うが、出過ぎると如何にオーラバトラーとは言え、強獣にやられる事もある。まぁ、《ゲド》のパワーで押し切られるなんて事はないと思うが、油断はするな。来てまだ日が浅いんだ。強獣の野蛮さにはさすがに面食らうだろう』
『騎士団長、ハッキリ言えばいいんですよ。聖戦士とは言え、出来るのはオーラ力の強い、兵器を動かすだけだろ、って』
騎士団の兵士の思わぬ茶化しに、蒼はただただ閉口するばかりだ。ザフィールは認めずに続ける。
『油断はするな、それだけは肝に銘じておいてくれ。降りるぞ。ここはジェム領の狩り場だ。既に無数のトラップと、そして降下に必要な光源は確保されている。縄を伝って降りれば、オーラバトラーならば何の問題もない』
ザフィールは《ドラムロ》で荒縄を掴み、そのまま火花を散らせて降下する。
人間ならば手の皮が擦り剥けるような荒縄でもオーラバトラーならば抵抗もなく利用出来る。
蒼は改めて、このバイストン・ウェルに根付いたオーラバトラー文化を再認識していた。確かに人間ならば少しばかり面倒な事でも、オーラバトラーありきならば、支障はなくなる。
地上界における機械文明の広がりに近いようで、どこか別次元のように思えた。
次々に降下していくオーラバトラー隊の中でようやく自分の番が来る。
荒縄の強度を《ゲド》の指先越しに確かめ、オーラで手首を補強してから縦穴を降りる。
オーラバトラーのオーラに呼応するようになっているのか、縦穴を通過するごとに次々に光が明滅していった。
予め仕掛けたと言うトラップの一部だろう。
オーラの強い兵器が通過して初めて稼働する光源だ。
穴の中はごつごつとした岩石で占められており、湿っぽい岩肌は苔むしていた。青白い岩が光を照り受けて、どこか不気味に輝く。
そこいらの穴から白い触手のようなものを伸ばす存在が見受けられた。あれも強獣なのだろうか。ただただ、触手を伸ばしてこちらを窺っているようである。
蒼は縦穴の底を踏みしめていた。《ゲド》の内部オーラは安定しており、強獣相手に恐れるまでもない、と判じたその時、不意に《ゲド》の内側に固定されていたオーラ測定器が異常値を示す。
明らかに平時のオーラではない風圧が吹き込み、蒼は咄嗟に剣を構えさせていた。
「何か!」
声にした途端、先ほど不平不満を漏らした兵士の搭乗する《ドラムロ》が横転する。
何かに蹴躓いたのか、と感じたが、違う。横たわった《ドラムロ》の半身が焼け爛れたように融解している。
これは、強獣のせいなのか。構えた蒼は《ゲド》の間接照明を起動させた。
明かりの先にあった光景に息を呑む。
肩口に仕込んだ照明が照らし出したのは、先に降り立ったオーラバトラー達の骸であった。《ドラムロ》や《ゲド》が食い散らかされたように殺傷、否、虐殺されている。
こんな事をするのが強獣と呼ばれる存在なのか、と問おうとした矢先、プレッシャーの波が肌を粟立たせ、蒼は剣筋でその殺意を捉えていた。
相手がどのような化け物、悪鬼羅刹であっても対応するだけの頭を持っていた蒼は、この時に眼前に大写しになった影に、覚えず絶句する。
「……嘘。《ソニドリ》……」
《ゲド》の照明が照らした敵の頭部形状はまさしく、《ソニドリ》の生き写しであった。
しかし、機体色が異なる。灰色のカラーリングに身を包んだオーラバトラーは、携えた剣を乱暴に振るう。
《ドラムロ》から奪取した武装であろう。その剣筋の力任せの感覚に、蒼は直感する。
「……翡翠じゃない。じゃあ誰が……」
『アオ! そいつと打ち合うな!』
ザフィールの操る《ドラムロ》が割って入り、火線を咲かせる。灰色の《ソニドリ》の似姿が飛び退り、胸部装甲を捲り上がらせ、銀色の骨格を露にした。
直後、その骨格部位から赤黒いオーラが煮え滾ったように放たれる。拡散したオーラの波と共に通信網を震わせたのは少女の声であった。
『オーラディス、ヴェール!』
怨嗟の色のオーラを携えた不明機の動きは明らかに常軌を逸している。高機動で回り込んだ敵の速度に《ゲド》の反応速度を上げてギリギリ追従する。
抜刀して居合い抜き。それでようやく敵の一閃を受け止めた蒼に哄笑が浴びせかけられていた。
『やるじゃない! でも、そんなんじゃ、アタシと《ゼノバイン》は墜とせない!』
「この声……翡翠じゃない。それに、《ゼノバイン》……。そんなオーラバトラー……」
『聞いた事もないのは俺も同じだ! ジェム領の狩り場に理由なく踏み込むのは公約違反のはず! 他国の領土に土足で踏み入るも同義! 分かっているのか、灰色のオーラバトラー!』
吼え立てたザフィールに、灰色のオーラバトラーは動きを止めていた。
『……何でもないのよ。ちょっと……血が欲しかっただけ。だから強獣でも殺せば収まるかなって思ったんだけれど、とんだ三下揃いだったわ。やっぱり狩るんなら、獣よりも、人間よねッ!』
跳ね上がった相手にうろたえた蒼の《ゲド》をザフィールは突き飛ばし、《ドラムロ》の火線がいくつも舞い遊んだ。
しかし、敵を捉えるのには至らず、どれも空しく空を穿つのみ。それほどまでに敵は速く、そしてまるでオーラを我が物のようにして使う。オーラの扱い方が自分達とは別次元だ。纏うようにして、《ゼノバイン》と呼ばれた機体は飛翔する。
その手に構えた剣が煮え滾るオーラによって焼かれ、煤けた剣が打ち下ろされていた。《ドラムロ》の耐久力で受け止められる限界に近いオーラ力であろう。ザフィールの《ドラムロ》が軋みを上げ、降り注ぐ灼熱のオーラの雨に機体を焼かれていく。
「騎士団長!」
蒼は叫んで《ゲド》を前進させた。剣による打突を見舞おうとして、相手は即座に跳ねる。
こちらの動きが全て読まれているかのようであった。
『……つまんないオーラね、アンタ。打ち合うにしてももうちょっと張り合いのある子はいないのかしら。どいつもこいつも、《ドラムロ》に《ゲド》……三流よ』
「三流だと……嘗めてかかると!」
切っ先を下げ、下段に構えて打ち上げる。こちらと打ち合った灰色のオーラバトラーは緑色の眼窩に喜悦を滲ませたようであった。
『そう! そうよ! もっと憎みなさい! 憎めば憎むほど、少しだけオーラの質は上がる! ……でも、この程度。上昇値なんてたかが知れているわね』
不意に相手が力を抜くと、よろめいた《ゲド》の背筋に向けて剣が薙ぎ払われていた。
《ゲド》が姿勢を崩す。否、そうではない。《ゲド》の背筋が割られ、脊髄を剥き出しにされたのだ。表皮を破られた《ゲド》はオーラを保てずに自壊状態で膝を折る。
蒼は目を戦慄かせていた。
こんな事は――あり得ない。
「……何者なの……」
『言ったでしょうに。《ゼノバイン》だって。勝てるって見込みがあって戦う相手もいないわねぇ……。どれもこれも、オーラ値の低い、なんて三流のコモン達。雁首揃えるのはいいけれど、達しないんじゃ話にもならない』
『馬鹿にして……。《ゲド》! 動け!」
オーラを注ぎ込むイメージを伴わせるが、どれもこれも空回りするばかりで、《ゲド》の骨格にも、ましてや肉体にもオーラは宿らない。穴の開いた風船に息を吹き込んでも無駄なように、今の乗機にはまるでオーラが存在しなかった。
『残っているのは、そこの《ドラムロ》だけ? ……ちょっとマシだけれど、弱いわね。オーラがろくに使えないんだったら、生きていても死んでも同じよ。……さて、どうする? ここで死んじゃう?』
喜色に滲んだ声に蒼は呆然としていた。相手は何のために、いや、どうして自分達の前に現れたのか。
《ソニドリ》と同じ姿のオーラバトラーは何なのか。
問い質す言葉も持たず、直後の通信回線を震わせたのは、ザフィールの詰めた声であった。
『……俺が引き寄せる。アオ、お前は逃げろ』
思わぬ言葉に蒼は瞠目していた。
「出来ません! 相手は手練れです! 一人で立ち向かうなんて……」
『それでも! ここで全滅しちまえば、ゼスティアに勝つどころじゃないだろうが!』
張り上げられた声に《ゼノバイン》のパイロットがせせら笑う。
『なに? 痴話喧嘩? 他所でやりなさいよ、そんなの!』
《ゼノバイン》が煤けた剣を携えて《ドラムロ》へと猪突する。《ドラムロ》は剣で受け止めたものの、機体駆動系に軋みが上がっており、限界が近いのを窺わせる。
『アオ! お前だけでも上昇しろ! 引き付けているその間に!』
「出来ません! ……わたくしに、また騎士団長が死ぬのを……ただ見届けろって言うんですか……。また見ているだけなんて……!」
そんな事は耐えられない。蒼は《ゲド》にオーラを通し、剣に自身のオーラ力の粋を注ぎ込む。オーラの輝きを得た剣で《ゼノバイン》へと飛びかかった。
《ゼノバイン》は《ドラムロ》を突き飛ばし、即座に自分と打ち合う。
『憤怒のオーラってヤツ? そういうのも、面倒なだけなのよ!』
「黙れぇっ! わたくしは、未来を変えるために……ぃ!」
『未来を……? アンタもしかして、アタシと同じように、繰り返してるんじゃ……』
思わぬ言葉に蒼が面食らっていると、不意打ちの爪による貫手が《ゲド》の装甲を射抜いていた。
《ゲド》の半身が砕かれ、オーラが気化していく。
晒し出された蒼は眼前に佇む灰色のオーラバトラーに死を覚悟する。しかし、相手は攻撃を仕掛けてこなかった。
『……しらけた。ここでは殺さない』
飛翔した《ゼノバイン》が赤黒いオーラを纏い、高空へと一瞬へと至る。戦闘の気配が失せたが、強い血の臭気に蒼はむせ返る。
咳き込みながら、突き飛ばされた《ドラムロ》へと駆け寄っていた。
「騎士団長!」
結晶体を強制的に開き、無事を確認する。ザフィールは額を切ったのか血を滴らせていたが、瞼を開いていた。
「……アオ。無事だった、か……?」
「騎士団長……。よかった……」
安堵したのも一瞬、彼は状況を問い質す。
「……みんなは?」
蒼は周囲を見渡し、破壊されたオーラバトラーを見やって首を横に振る。
「そう、か……。残念だった……」
きっと、彼からしてみればその程度ではないはずなのに、ザフィールはそれ以上の言葉を重ねようとはしなかった。
何よりも、蒼はこの奇妙な遭遇を思い返す。
《ソニドリ》と同じ形状のオーラバトラー。しかし、乗っているのは翡翠ではない。
「……《ゼノバイン》。何なの……」
問いかけても、応えは彷徨うばかりであった。