「あら、帰ってきたのね。アオ」
こちらを見やったアルマーニに、蒼は伏せた眼差しのままで応じる。
「……何かあったのね」
「……アルマーニ。この世界に、同じオーラバトラーは存在するの?」
「……何を。同系統の、と言う意味ならば」
「そうじゃなくって! ……違うけれど同じ、みたいなオーラバトラーは、いるのって聞いているの」
「……落ち着いて、アオ。何があったの?」
言葉を搾り出すのに時間が必要であった。だが、涙が止め処ない。冷静に説明するのには難しい。
膝を折った自分にアルマーニは優しく抱き留めていた。
思わぬ妖精の体温に、蒼は瞠目する。
――冷たいんだな。
そんな事を考えてしまう。
「よし、よし……。アオ、何があったのか、言いたい時まで待つから。私の話を聞いてくれるんだもの。貴女の話を、じっくり聞く、それくらいの権利はあるでしょ?」
蒼は涙が枯れてからようやく、強獣の巣穴で巻き起こった謎のオーラバトラーとの激戦を語る事が出来た。
しかし、どこまで話すべきなのか。まごついた蒼は、ひとまず「見た事のあるオーラバトラーによく似ている」とだけ濁す事にした。
《ソニドリ》の存在をいたずらに語ればゼスティアのスパイを疑われる。だが、ここで何も語らなければそれも不自然だ。
蒼は出来るだけ感情的にならないように、淡々と必要事項を口にする。アルマーニは素直に話を聞いてくれた。
「……まだ日の浅い貴女が、見た事のあるって言うからにはそれなりに印象のある……と考えたほうがいいのかしら」
思ったよりも聡い。疑われるか、と身を強張らせた蒼に、アルマーニは口にしていた。
「でも、よかったわ……。貴方が死ななくって」
思えばアルマーニとまともな話が出来るのは自分だけだ。自分が死ねば、彼女は一人に逆戻りなのだろう。
考えもしなかった、と己の不明を恥じ入る。
「……とても……強いオーラバトラーだった。わたくしと騎士団長だけ生き残ってしまった……」
またしても騎士団の兵士は減ってしまった結果だ。最悪の結果を導き出さなかっただけマシだと思うべきなのだろうか。
後衛に配備されていた聖戦士達――つまりはクラスメイトは一人も死なずに済んだ。だが、不信感を露にした者達も少なくはない。
中には、もうこんな場所は嫌だとパニックに陥った者もいるという。
戦えない戦士はどうしようもない。蒼は出来得るだけ人道的な配慮を、とザフィールに進言していたが、この困窮した領国での人道的配慮とは即ち、牢にでもぶち込んで、事なかれを維持する程度だろう。
それが窺えているはずなのに、人道的など笑わせる。
結局、自分の傷つかない道に逃げたいだけではないか。
悔しさに拳を握り締めた蒼を、アルマーニは優しく諭す。
「誰のせいでもないわ。だって、強獣の巣穴に別の国のオーラバトラーなんて」
「……警戒が足りなかった」
その言葉にアルマーニは頭を振る。
「アオ、貴女のせいじゃない。だから責めないで」
分かっている。あんな場所に《ソニドリ》と瓜二つのオーラバトラーがいるなんて誰も予想出来ない。しかも戦闘能力はともすれば《ソニドリ》以上かもしれない。
そんな凶暴性を秘めた敵の存在を関知出来るとすれば、それは経験しなくては不可能だろう。
「……でも、気になる名前だった。《ゼノバイン》って……」
「アオ、その名前が気になるのは理解出来るわ。あの伝説の機体、《ダンバイン》とよく似た名前……。恐らく、似ている、と思ったのは《ダンバイン》と、なんじゃないかしら。どこかで見た《ダンバイン》の姿と酷似していた、そうじゃない?」
《ダンバイン》は今のところ、どこでも見た事はないのだが、ここでの収まりがいいのはその結論であろう。
蒼は首肯していた。
「かもしれない」
「でも……《ゼノバイン》、ね。数奇な機体もいたものだわ。それに、赤黒いオーラ? 地上人のオーラじゃない。コモンのオーラでも……。アオ、フェラリオはオーラの痕跡を感じ取れる。貴女に残留したその《ゼノバイン》とやらのオーラ、間違いなく、血に塗れているわ。一人や二人じゃない。数百人規模の、虐殺者……」
そんな相手だったとは、改めて突きつけられると蒼は困惑してしまう。よく《ゲド》で立ち向かったものだ。その《ゲド》も半壊、今は別の《ゲド》をあてがってもらえるように指示されている。
「ザフィール騎士団長は? 何か言っていた?」
「いや、それが何も……。騎士団の兵士を失ったのが、ショックだったのかもしれない……」
「そんなタマかしら? ……いえ、これは失礼な物言いね。でも、そんな程度で参ってしまうのならば、このジェム領の騎士団長は務まらないはずよ?」
別の意図があると言うのか。蒼は問い質したい気持ちに駆られたが、アルマーニとて当て推量だ。自分以上に分かる事なんてないのだろう。
「アルマーニ。わたくしは出来れば仇討ちをしたい」
「間違えないで、アオ。確かに、《ゼノバイン》と言うのは強力なオーラバトラーだったんでしょう。貴女と騎士団長だけしか生き残っていないのが何よりの証明よ。でも、私達の敵はあくまでゼスティア。それを忘れないで」
討つべき相手を見誤るな、か。ここで怨嗟を募らせたところで、《ゼノバイン》に届く刃になるわけでもなし。
ならば、もっと合理的に考えるべきだ。
ゼスティアが攻めてきた時、自分はどう動くべきなのか。どのように立ち回るのが正解なのか。それを模索する事こそが――。
「……ありがとう、アルマーニ。冷静になれた」
「それならよかった」
アルマーニは微笑み、そして片手を上げて自嘲する。
「囚われのフェラリオでも、誰かの助けになれて光栄よ」
そう、彼女は囚われの身分のまま。それがよくなる事はないし、このままでは好転する事は決してないだろう。
蒼はそんな彼女を出来れば救ってあげたかった。こんな、残酷な運命に雁字搦めにする事はないと思ったのだ。
ここでもし、アルマーニをこの塔から出してやる事が出来たのならば――。
そう夢想した、瞬間であった。
領地に響き渡ったのは警報である。
まさか、またしても、と構えた神経にアルマーニが視線を巡らせる。
「ゼスティアの夜襲? それとも……」
今しがた話した《ゼノバイン》が彼女の心配の種になっている。蒼はゆっくりと、受け答えした。
「……アルマーニ。あなたは、死なせない。それに、みんなも、だ。もう、誰も……死なせて堪るか……」
一室を出て、塔を駆け下り格納庫へと至る。
その途上で兵士に声をかけられた。
「聖戦士様! 一体何が……!」
「問いたいのはこっちだ! 何が起こった?」
尋ね直した蒼に、兵士は狼狽する。
「分かりません……ですがよくない事なのは……」
疑いようもない、か。蒼は奥歯を噛み締め、格納庫に飛び込んでいた。聖戦士候補のクラスメイト達が当惑気味の視線を投げる。発進準備に入っていた一機の《ゲド》に、蒼は割り込んでいた。
「何を!」
「《ゲド》で出る! 敵の数は?」
「それが……たった一機のようなのです。でも、その一機はまるで小山のような大きさで……」
要領を得ない言葉を受けながら、蒼は《ゲド》を急発進させる。オーラを注ぎ込んで無理やり飛翔させた《ゲド》の躯体ががたついた。
「小山のような敵……? 分からぬ事を……」
視線を巡らせた蒼が目に留めたのは、城下町を踏みしだく、茶色の岩石であった。
否、岩石に見える部位は全て積層構造の装甲であり、岩肌の厳めしさを持つそれは蠢動し、中枢に据えた赤い眼光を滾らせている。
それは間違いなく――。
「オーラ、バトラー……あんな大きさの?」
覚えず自分自身に問い返す。オーラバトラーの大きさは千差万別とは聞いていたし、最初の戦いの時に無数のオーラバトラーは目にしていたが、今まで見てきたどの機体よりも大きい。
そして、その装甲の堅牢さよ。
城壁を守る駐在オーラバトラーが放った火矢を岩石の装甲を持つオーラバトラーは意に介せず、攻撃を受けた事さえも意識の外のようであった。這い進むかのように、その速度は遅くとも、それでも城へと真っ直ぐに向かってくる。その途中にある家屋を踏みしだき、木造細工の領民の備えを叩き壊していた。まさに抜身の暴力そのもの。
蒼は降下しようとして、昼間の《ゼノバイン》との戦闘がちらつく。不用意に降りて、逆にしてやられたのでは話にならない。
「どうすれば……」
《ゲド》の攻撃力では阻止にもならないだろう。そのような思いが掠めたその時であった。
赤い装甲のオーラバトラーが滑空し、敵の眼前へと勢いをつけながら着地する。
抜刀したオーラバトラーより声が迸った。
『ゼスティアの新型か……。通しませんよ!』
エルムの《レプラカーン》が打突の構えを取り、敵オーラバトラーへと眼光を飛ばす。
「前に出過ぎると……!」
『黙っていてください。役立たずは……』
そう言われてしまえば、不用意に立ち入る事も出来ない。《レプラカーン》の剣が跳ね上がり、岩石のオーラバトラーへとオーラを纏わせた剣閃を浴びせかける。
その必殺の一撃は確かに、装甲を打ち据えたが。
『……堅い』
打撃や剣戟はまるで意味がないかのように、巨岩のオーラバトラーが黒い爪を奔らせる。爪による軋り攻撃が《レプラカーン》の剣を打ち砕いていた。その破壊力は、ただのオーラバトラーの比ではない。
『……単純なパワー負け……? 馬鹿な……』
メイン武装を失った《レプラカーン》は携行火器で相手を遠ざけようとするが、それでも敵機は接近する。まるで、痛みや破壊の危険性を度外視した、前進のみを重視した、戦車のようなオーラバトラーだ。
その苛烈なる在り方に、蒼は閉口しつつ、城壁より複数展開した、騎士団の《ドラムロ》を視野に入れていた。
「来ちゃ駄目だ! こいつは、ただの……!」
その時、奇岩のオーラバトラーの赤い眼窩が輝き、装甲の継ぎ目が開く。内側に格納されていたのは、小型のミサイルだ。全身から発せられた突然の火矢の殺到に、《ドラムロ》は出鼻を挫かれ、そして迎撃されていく。
近づく事さえも容易ではない。
蛇に睨まれた蛙のように、眼前の《レプラカーン》は硬直している。このままでは、と判じた神経が《レプラカーン》へと剣を投げていた。
「エルム! これを!」
通信が正常に繋がったかどうかは定かではない。しかし、突き刺さった剣をどう扱うのかまでは忘れていないようで、《レプラカーン》はその剣を地面から引き抜き、今度は飛翔して岩石のオーラバトラーの背面を取っていた。
機動力では遥かに勝る事実から、まずは吟味すべきだと感じたのだろう。《レプラカーン》を操るエルムは、相手オーラバトラーの弱点を探ろうとしていたが、やはりと言うべきか、特筆すべき点は見当たらないようで攻めあぐねていた。
空中で、《ゲド》による接触回線を開く。《レプラカーン》へと、蒼は言葉を投げていた。
「迂闊な攻撃は! 危険ですよ!」
『黙っていてくださいよ……。中途半端な聖戦士は……』
「そういうものでもないでしょう! この敵は! 今潰さないと禍根を残します!」
その言葉にはさすがに頷かざるを得なかったのか、エルムは苦味を返していた。
『……何なんだ、あのオーラバトラー……』
「さっき、攻撃の瞬間に装甲が開きました。その時を狙って……」
『それくらいは織り込み済みでしょう。ただ単に目元に行くだけですよ。ただ……見る限りでは装甲も堅牢。それに、纏っているオーラも。コモンのオーラ力の色をしているのに、こんな出力値……』
エルムには相手のオーラが手に取るように分かるのだろう。分かるからこそ脅威を何よりも明確に感じ取る。自分は、と言えば、巨岩のオーラバトラーを見下ろすばかりだ。
「……あんなのって……。ゼスティアの?」
『そう考えるのが筋でしょうね』
「堅さが段違い……。あんな、オーラバトラーを用意するだけの兵力があるなんて」
『いずれにしたって、敵には違いないでしょう。墜としますよ!』
《レプラカーン》が加速を得て敵機へと肉薄する。
「危ないですよ!」
『戦場で危険や、そんなものにいちいち頓着していたら、何が出来るものか!』
奔った刃が装甲を打ち据えるが、やはりと言うべきか、傷一つつかない。敵オーラバトラーが《レプラカーン》へと爪で引っ掻く。
先ほどのように受ける愚は冒さず、《レプラカーン》は後方に飛び退り、距離を取る事で相手の出方を見ていた。
『……動き自体は緩慢。しかし油断はならず、ですか。まるで装甲車か重機関車……。だがこんな……コストを度外視した機体をゼスティアが造るって……?』
敵オーラバトラーが腕を振るい上げる。土くれを舞い上げ、怒りに震えたかのような攻撃に兵士達がうろたえたのが伝わった。
『こんなの……勝てるわけが……』
『勝てる! 弱気になるな! 敵の思うつぼだぞ!』
だがエルム自身もどこかで及び腰のはずだ。蒼は《ゲド》を飛翔させつつ、敵の弱点を探ろうとする。仔細に観察すればするほどに「あり得ない」構造なのだ。
――あんなものはゼスティアとの戦いのどん詰まり……「オーラバトラー大戦」にはいなかった。
そう、自分にはその記憶がある。あの最終局面で出てこなかったオーラバトラーならば、それは完全なる新型となる。
《ゼノバイン》と同じくイレギュラーだ。
だが、そう何度も想定外が出てくるのだろうか。蒼は注視し、袖口に仕込まれている通信用のワイヤーを射出する。敵の装甲面に接続されたそれから、パイロットへと言葉を投げていた。
「そのオーラバトラーのパイロット! 何が目的だ! ゼスティアの新型なのか!」
こちらの声に、敵パイロットが応じる。
『……ジェム領の聖戦士か。いずれにせよ、ここで儂を止められるか? この我がオーラバトラー、《マイタケ》の能力を。止められるのならば示せ。そうでないのならば、諦めるがいい。儂は抵抗心もない相手を殺すようなつもりもない』
その声音に蒼は見知った人物を思い返していた。
「……確か、その声……。グランとか言う……」
そう、前回の時間軸で、ゼスティアのために自ら身を挺した軍人、グラン。その声と同じなのだ。
相手はまさか自分の名前が看破されるとは思っていなかったのか、《マイタケ》と呼ばれたオーラバトラーを制止させる。
『……何故、儂の名前を……。何者なのだ』
ここでは被害を最小限に食い止めるために、自分の知識をフルに生かすべきだろう。いずれにせよ、現状ではどのようなオーラバトラーでも、この《マイタケ》一機を止める事も叶わないのだ。
蒼は唾を飲み下し、慎重に声にしていた。
「……わたくしは、あなたを知っている。どうしてなのか、聞きたくはないか」
『……儂の素性が割れているはずがないのに、何故、知っている? まさか貴様も、ゼスティアの潜入兵か?』
ここで聞き入れるべきは「貴様も」という言葉だろう。ゼスティアの潜入兵が、既にこのジェム領に隠れているのだと相手は無意識のうちに暴露している。
だが最大限に利用するべきなのは、その潜入兵を追い回す事ではなく、その名を騙ってここはグランを押し留めるべきだろう。
「……作戦に支障が出る。《マイタケ》の運用を停止するんだ」
『それが、本国の命令か』
ああ、と首肯すると、相手は《マイタケ》の攻撃網を緩めた。蒼は接近し、真正面から《マイタケ》を睨む。
赤い眼光のオーラバトラーと向かい合い、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……思ったよりも事態は難航している。《マイタケ》による破壊行為は現状、意味がない。いや、薄いと言うべきか」
『それは領主の言葉か』
これには乗るべきだろう。ゼスティアの領主は知らないが、相手がそう思い込んでいるのならば、最大限に活用する。
「そうだ。今、ジェム領を襲っても待っているのは《マイタケ》を完全に駆逐するだけの包囲陣。旨味はない」
この通信が他の兵士に聞かれていれば、自分も一巻の終わり。しかし、《マイタケ》への説得と、そしてハッタリは、ここでは効いたらしい。
《マイタケ》の腹腔が開き、中から現れたのは予想通りと言うべきか、浅黒い肌の軍人であった。
『アオ! そいつをやったのか?』
その質問に蒼は冷静に返す。
「条件次第ではこちらへの破壊活動に対する旨味がないのだと判断させました」
嘘ではない。ただし、これは時間遡行を繰り返している自分ならではの視点だ。
「……その方の聖戦士。何者なのだ」
「言いたい事は分かっている。問い質したいのも。ただ、現状のジェム領にはゼスティアにおいて、優位に回れる兵力がある。それを無視しての《マイタケ》の侵攻はただ単に失敗するだけに留まらない」
これもイカサマ。しかし、相手は名前を看破してみせた理由をどうしても知りたいらしい。ここでの無用な動きはしなかった。
追いついてきたザフィールの《ドラムロ》が率先して拘束する。
『アオ! こいつ……もう戦意は?』
「ありません。騎士団長、ここはわたくしにお任せください」
《ゲド》による拘束具を用い、蒼はグランを縛り上げる。だが屈強なる軍人の眼差しは死んでいない。それどころか、眼光は恐るべき光を湛えている。
少しでも嘘が露見すれば、それだけで攻勢が逆転するであろう。
蒼は《ゲド》のコックピットで嘆息をつき、やがて声にしていた。
「エルムさん。《レプラカーン》を下がらせてください。もう、大丈夫ですから。巨岩のオーラバトラーを拘束し、そのまま城内へと」
『……構いませんが、随分とあっさりと。……何か、勘繰られればまずい腹でもあるのですか?』
こちらにはないが、グランにはありそうだ。蒼は《ゲド》でグランを繋ぎつつ、これから先に待つであろう苦難を思案していた。