リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第七十話 暗黒魔境域

 牢に入れてから、蒼は改めてグランと向かい合っていた。

 

 やはり、前回、捨て身でゼスティアの軍勢を下がらせたグランその人だ。だが、この時間軸では何故、あのような巨大オーラバトラーを動かすに至ったのか。それを詳らかにしなければならない。

 

「……驚いたな。声でそうかと推測はしていたが、まだ少女ではないか」

 

「余裕はないものでね」

 

 応じるとグランは自嘲する。

 

「それはどの兵力でも同じ、か。……何故、儂の名前を知っている? 潜入兵にしては事前に伝え聞いていた姿形ではないな」

 

 グランがどのような情報を持っているのかは分からない。だが、自分の知り得るグランと言う男の素性を明かさせれば、相手は困惑する事だろう。

 

「ゼスティアの生粋の軍人、グラン中佐。オーラバトラー、《マイタケ》の運用は、如何にして?」

 

 うろ覚えの階級であったが、どうやら合致していたらしい。相手はふんと鼻を鳴らして応じる。

 

「せっかく、開発に成功したのだ。使わないでどうする? 遊ばせておく余裕もないのは知っていよう」

 

「それには確かに。だが、少しばかり過剰ではないのか。ゼスティアの領主の命にしては、あまりに迂闊」

 

 それは蒼が感じたそれそのものであった。単騎のオーラバトラーによる蹂躙。それは兵力の統率を主とする領国同士の争いではなかなかあり得ないからだ。

 

 たった一騎で何が出来る。

 

 それが戦いの最終局面まで至った自分の意見だ。最悪の事態に転がったとしても、一騎で出来る事はたかが知れている。

 

 しかし、オーラバトラー、《マイタケ》の能力は、その単騎戦力としては破格であると言ってもいい。

 

 多重積層構造の装甲に、この時代のオーラバトラーの火器としては珍しい、ミサイル携行火器。さらに言えば、オーラを纏った剣よりも硬い爪。どれもこれもコストを度外視した設計だ。

 

 ともすればあれがゼスティアの切り札か、と勘繰ったが、自分はそうではない事をよく知っている。

 

 ゼスティアの鬼札はあくまでも白亜のオーラバトラー、《ソニドリ》。

 

 その決定的な部分さえ違えないのならば、《マイタケ》との戦いとて前哨戦。あるいはゼスティアが送り込んできたこちらの戦力をはかるための試金石。

 

 実際、今攻められれば、ジェム領はまずいのだ。

 

《ゼノバイン》によって騎士団の半数以上を失い、聖戦士の教育もまともに行き渡っていない現状、攻め込まれればお終いであった。

 

 自分のハッタリが効くのも、それほど長い期間ではないだろう。ここは知り得る事はカードとして出しておくべきだ。

 

「ゼスティアに忠義を示しているにしては、《マイタケ》での特攻は少しばかり……いや、かなり強引に見えた」

 

「……潜入兵からしてみてもそうか。いや、実際に強硬策であった。それは認めよう。だが、この期に関しては、ジェム領の弱点を攻め入るべき、と判断が下るも致し方なし、と厳命が下った」

 

「それはゼスティアの……」

 

「連中は焦っている。儂のような門外漢にまで、あのような新機体をあてがうほどであろうからな」

 

 門外漢、と言う言葉が引っかかる。グランは忠義の兵士ではないのか。

 

 そういえば前回も、不自然な自己犠牲であった。あの状態で切り抜けるのは今にして思えば、忠義に殉じているのではなく、別の方向性……場当たり的なやけっぱちにも思える。

 

 ともすれば、と蒼は言葉を組んでいた。

 

「……あなたの経歴をジェム領では一切、差別しない」

 

 確信的なものがあったわけではない。だが、グランがゼスティアに完全なる忠誠を誓った騎士ではないのは、何となくだが分かっていた。

 

 グランは面を上げ、フッと微笑む。

 

「儂にゼスティアを裏切れと?」

 

「ジェム領にも居場所はある」

 

「馬鹿を言え。殺して回った虐殺者に、居場所などあるものか」

 

 その段階で、蒼は確信する。《マイタケ》による侵攻は、自分の退路を断つための決死の特攻。つまるところ、彼もゼスティアに居場所がない。

 

 ――だが、何故だ?

 

 問いを重ねる。オーラ力も強く、何よりも新型機を手足のように動かせる人員は、どちらの陣営からしてみても欲しいはず。なのにどうして捨て石のような真似をしたのか。

 

 その疑問だけが氷解しない。

 

 一体、グランは何を隠し持っているのか。解きほぐさない限りは、何も決定的な事は言えなさそうだ。

 

「……人道的配慮を心がける」

 

 その言葉を潮にして蒼は立ち去りかけて、グランに呼び止められる。

 

「……これは老婆心のようなものだが、出来得る限り、ジェム領からは離れたほうがいい。もうすぐ、大きな争いが起こる」

 

 その忠告は、自分を潜入兵だと信じ込んでの事だろう。蒼は振り向いていた。

 

「大きな争い? 何が……」

 

「あれは完成した。ゆえに、もうゼスティアに待つ必要性はなくなったのだ。だからこそ、言っておく。大勢死ぬ前に、ジェム領を離れろ。そうしたほうが巻き添えを喰らわずに済むぞ」

 

 巻き添え。そして、完成した、という言葉。蒼は自ずと、その名前を紡いでいた。

 

「まさか……《ソニドリ》か?」

 

 その言葉があまりに意想外であったのだろう。グランも瞠目していた。

 

「……極秘事項の名前を何故知っている?」

 

 これは関知してはいけない事項であったか。蒼は咄嗟に口を噤み、忘れてくれ、と身を翻す。

 

「今のは……単なる気の迷いだ」

 

 だが、と蒼は拳を握り締めていた。

 

 ――来るのならば来い。今度こそ、八つ裂きにしてやる。

 

 それだけが、ザフィールを二度も失った自分が言える、確固たる信念であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「捕虜の身元? 何でそんな」

 

 問われたザフィールからしてみれば意味不明なのであろう。蒼はしかし、語気を強くしていた。

 

「どうにも……ゼスティアの民らしくない。相手は本当に、ゼスティアの兵士なのですか?」

 

 蒼の詰問にザフィールは、参ったなと後頭部を掻く。

 

「相手の兵士がどこ出身かなんて俺でも分かるもんか」

 

「ですが、あの浅黒い肌に、独特のオーラがあります。何者かの憶測は立つのでは?」

 

 それに、と蒼は言葉を継ぐ。

 

「何者か知り得なければ、同じ事がまた起こります」

 

《マイタケ》の事を言っているのだとザフィールには伝わったであろうが、実際に思い描いたのはオーラバトラー大戦の風景であった。

 

 数多のオーラバトラーが飛び交い、互いに血潮を撒き散らすあの大戦に至るのはそう遠くないのかもしれない。ならば一つでも多くの確定事項を持っておくべきだ。

 

 ザフィールは周囲に人気がない事を確かめてから、耳打ちしていた。

 

「……あまり他言して欲しくないのだが」

 

「分かっています。相手も何を仕出かすか分かりませんから」

 

「……理解があって、と言うべきなのかな。いずれにせよ、看過出来ない事象として、グランと言う軍人がいる。そして、オーラバトラー、《マイタケ》も。あの戦術クラスのオーラバトラーは大したものだ。だが、うまく運用出来る兵士が居なくてね。《マイタケ》は解体され、《キヌバネ》の部品となる事が決定した」

 

 それは部品不足に喘いでいたジェム領からしてみれば吉報だろう。だが、それだけではないのだと予感する。

 

「グランと言う武人に関しての記録は……?」

 

 前回を経験していない自分以外は初対面のはず。ザフィールは案の定、首を横に振っていた。

 

「どうにも……分からない事のほうが多い。彼の出自、に関しても。コモンの出身地はある程度絞れるものだ。それこそ、オーラの質でね。だが……彼ばかりは少し異なる。オーラ力が導く彼の出自は……どうにも信じ難い」

 

「アルマーニが言ったのですか?」

 

 渋い顔をしてザフィールが首肯する。蒼はその先を促していた。

 

「何者なのです? それを明かさなければいたずらに兵の不安を煽るだけになります」

 

「それが……」

 

 ザフィールが濁すという事はそれなりの事実なのだろう。蒼は突き詰めていた。

 

「……他言はしませんから」

 

「では……。聖戦士……いや地上人は縁のない話かもしれないが、このバイストン・ウェルには、我々コモンと、そしてフェラリオだけではない。もう一つの種族がいる。蛮族で、とてもではないが対話が不可能な相手だ。その眷属とコモン人は長年に渡って争ってきた。絶対に分かり合えない魔、禁忌と呪術を主とする、闇の種族。バイストン・ウェルの歴史は、闇との対峙にある。コモンは彼らを忌避し、名前すら呼ぶ事を憚ってきた」

 

 前口上の後に、ザフィールは口にする。

 

「その名を、ガロウ・ラン。闇の眷属、ガロウ・ランのオーラに極めて近いものを、彼……グランから感じ取った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガロウ・ランに関して問い質しても、コモンは口を割らないであろう。

 

 ゆえに、訪ねていた自分はアルマーニと顔を合わせるなり、こうして利用するために会うのか、と少しだけ罪悪感に駆られた。

 

 だが当の彼女は話せる相手が楽しみらしい。

 

「あら、アオ。来てくれたの」

 

「……あまり長話は出来ないけれど」

 

「そうよね。城下町が襲われた。しかも、見た事もないオーラバトラーに。あのオーラバトラー、かなりの機体ね。ここの塔に幽閉されていても伝わってきたわ。オーラ力がとてつもない、コモンが乗っていたのでしょう」

 

 それはわざと遠回しにするように言っているのだろうか。あるいはザフィールから戒厳令が出ているのかもしれない。

 

「アルマーニ。分かっている事を教えて欲しい」

 

「分かっている事って。あのオーラバトラーが凄まじい相手であったくらいしか――」

 

「闇の眷属に関してだ」

 

 そう切り出すと、牢の前で佇んでいるコモンの兵士が殺気立ったのが伝わった。アルマーニもどこか慎重になる。

 

「……意味が分かっているの?」

 

「分かっていなければこんな事は問わない。アルマーニ。わたくしは所詮、地上人で……来たばかりの人間。だからバイストン・ウェルに根差した忌避や、そういうのは分からない。でも、知り得る事は出来る。何があったのか、いや、どういう暗黙のルールが降り立っているのか」

 

 きっと、問い質す事さえもタブーのはずだ。しかし、アルマーニは少し考える仕草をした後、すぐに応じていた。

 

「……どこまで知りたいの?」

 

「言えない、とは言わないんだな」

 

「アオのためだもの。貴女は私の理解者、そして有益な話し相手。貴女の必要な事なら何だって答えてあげたい。それが禁忌に触れるものだとしてもね」

 

 アルマーニはあくまでも対等な話し相手として自分を認識しているのだろうか。聖戦士としてではなく。いや、彼女からしてみれば聖戦士だろうが、コモンだろうがどうでもいいのかもしれない。自分を忌避しない相手ならば、この世の誰でも。

 

「……ガロウ・ラン、彼らはどこから来たんだ? コモンとどういう関わり合いで生きている」

 

「ナンセンスな質問ね。ああ、でも、コモン人は答えたがらないでしょう。それは禁忌だから」

 

「何で禁忌とされている」

 

「蛮族、ガロウ・ラン。彼らの言い伝えは古くにまで遡れる。コモン人のいるコモン界の下層、地下深くの闇の中で生きる邪悪なる存在。彼らは幾星霜の年月を、コモンとの対立で過ごしてきた。いいえ、ほとんどは対立にさえもならなかった。彼らとコモンは、言ってしまえば理の違う生命体。ゆえに、対立と言うよりも、棲む世界の違うだけの、別種ね。その別種に対して、コモンは恐れ続けていた」

 

「それは何故?」

 

 アルマーニは肩を竦める。

 

「コモンは戦うようには出来ていないのよ。だから、古くから聖戦士の逸話があった。彼らコモンが困窮し、そして疲れ果てた時、それを救済するのは地上界より訪れる聖戦士だと。そう、彼らは信じ込んでいたし、実際、聖戦士が解決した問題も数多くあったのでしょうね」

 

「フェラリオの価値観でも、実際のところは……」

 

 アルマーニは頭を振った。

 

「分からないわ。だって見てない事を見たように語るのには、それを経験したフェラリオが最低限でも必要だけれど、私の場合、ガロウ・ランとコモンの戦いの記憶はない。役に立てなくって申し訳ないわね」

 

「いや、いい。ただ……ガロウ・ランとコモンの人々は、交わらないものなのか?」

 

「そんな事をコモンに聞いてみなさいな。彼ら、ひっくり返るわよ。そして貴女は処刑される。魔女だってね。それくらい、ガロウ・ランとコモンが交わるなんてあり得ない話なのよ」

 

 だが、グランの出自はガロウ・ランの血が混じっているのだと聞いた。間違いないのならば、この世界に禁忌を恐れなかったコモンがいる事になる。

 

「……アルマーニ。もっと聞きたい事は山ほどあるんだけれど……」

 

「それを時間が許さない、わね」

 

「時間だ。それに聖戦士とは言え、そのような忌まわしい名前を口にするのは憚って欲しい」

 

 コモン人からしてみれば今の会話もあってはならない話だろう。蒼は立ち去りかけて、アルマーニに袖口を掴まれていた。

 

「アオ。貴女はどうしても、その歴史を紐解きたい。そして、何かを恐れている、違う?」

 

 脳裏に過ったのは白亜のオーラバトラー、《ソニドリ》。あれが完成したと言うのならば、自分はこんな場所で燻っている場合ではない。

 

 いずれ来るゼスティアとの闘争において《ソニドリ》は必ず弊害となる。ならば、完成直後に破壊するのが最も的確なはずだ。

 

「……アルマーニ。あなたにだけ言う。……近いうちにジェム領を離れなければならないかもしれない」

 

 囁きかけた蒼に、アルマーニは、そう、と瞼を伏せた。

 

「それは決められた事なのね」

 

「果たさなければならないんだ。そうでなければ……わたくしは何のために……」

 

 何のために繰り返しているのか。それを腰に提げた剣に問う。どうしてだか、この身と共に時間を逆行したザフィールの剣。写し身の剣は何を語りたいのか。何を――導くと言うのか。

 

「いいわ。アオ。それが貴女の望みならば、私は口を挟まない。ただ……これが果たされるのならば、貴女にだけ、望んでもいいのかしら」

 

「……出来る事は手伝いたい」

 

 アルマーニも孤独だ。だからこそ、手を差し伸べられるのならば、と思っていた。妖精は一つ頷き、小さく告げる。

 

「――私をここから連れ出して」

 

 蒼は目を見開いていた。アルマーニは、そのまま続ける。

 

「そうすれば、貴女の知りたい事、知るべき事を何でも話してあげる。貴女には、ただのコモンでは手伝う事なんて出来ない。でも、酔狂な妖精ならば、どう?」

 

「……本気で言っているのか」

 

 問い質した瞳に、アルマーニは首肯していた。

 

「ガロウ・ランについて話せるのも、ここでは無理があるわ。アオ、貴女が睨んでいるその人物と私を引きあわせてくれれば、もしかしたら……」

 

 望む結末に赴けるかもしれない。蒼は選択を迫られていた。コモンの兵士が急かす。

 

「何をやっている。如何に聖戦士とは言え、これ以上の狼藉は――」

 

「御免」

 

 蒼は剣を鞘に入れたまま、薙ぎ払っていた。コモンの兵士がうろたえたその時には既に昏倒している。

 

 もう一人の番兵が抜刀して斬りかかったのを、蒼は身をかわし、峰打ちで制していた。

 

 一瞬の交錯にアルマーニが唖然とする。蒼は彼女へと手を差し出していた。

 

「……走るぞ」

 

 この決断は間違いかもしれない。それでも、今は心に従っていたい。

 

 アルマーニは、何度も頷いた。

 

「ええ……ええ。貴女は私を守ってくれる騎士。私は、最後まで、貴女の武運を祈りましょう」

 

 その手を取り、蒼は妖精を縛り付ける鎖を切り裂いていた。

 

 

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