ジェム領の中にオーラ関知に秀でた者はそうそういないことを、自分は今までの経験則で知っている。だから、ゼスティアが何度も攻めてこられたのだ。
内側からの破綻など、余計に視界に入らないだろう。
蒼は一気に地下牢まで駆け進んでいた。しかし、やはりと言うべきか、屹立した影に息を切らしたアルマーニを下がらせる。
「……下がって」
「理解できないなぁ。アオ・キジマ。何故、フェラリオを逃がすような真似をする? 国家反逆罪ですよ」
「アルマーニが望んだ。それに、わたくしも。ならば、今はそれに従っていたい」
エルムは指を鳴らす。降下してきたのは赤い装甲のオーラバトラー、《レプラカーン》。
オーラバトラーとの生身での戦いは計算外だ。蒼は、ここでの撤退の術を考えていたが、エルムが用意したのは、自分の乗ったことがある《ゲド》であった。
まさか反逆者の肩を持つのか。困惑する間にも相手は口にする。
「勘違いしないでいただきたいのは、武器も持っていない相手を斬り下したところで、武勲にはならないからだ。《ゲド》に乗れ、アオ・キジマ。その誤った野心、ここで砕く」
どうやらエルムは言動に難はあれど、真っ当な騎士であったらしい。
――自分とは違う。彼は皮肉を吐いても、ジェム領に忠誠を誓っていたのだ。ある意味では愚直なほどに。
蒼は《ゲド》へと乗り込んだ。
特に細工された様子もない。本当に、一騎討ちを所望していると言うのか。
「……何故、ここまで義理を通す」
『義理? またしても勘違い甚だしいな。ここで討ったほうが得だと判断したから、《レプラカーン》で戦うまで』
「……生身の反逆者だ、殺せばいい」
『それだと張りがないんですよ。……否定したい相手を、ただただ武力で圧倒するのは、どこかね!』
彼もまた歪みの持ち主か。ある意味での同情を禁じ得なかったが、蒼は油断する気もましてや手加減するつもりもなかった。
「《ゲド》、わたくしのオーラを全開に設定する……」
操縦桿を握り締め、オーラ力を注ぎ込むイメージを伴わせる。四肢に循環した血液のオーラが《ゲド》の眼窩に生命の輝きを灯した。
『エルム、《レプラカーン》。反逆者を討つ!』
「アオ・キジマ。ここは進むために。……《レプラカーン》を迎撃する!」
互いに抜刀し、翅を高速振動させてまずは一閃を浴びせかかったのは蒼のほうだ。《ゲド》の剣筋が奔り、《レプラカーン》の頭部を狙い澄ます。
やるのならば短期決戦。それは絶対であった。
だが、その予見した間合いを、相手はすり抜けて下段より払い上げる。蒼は習い性のプレッシャーに任せ、《ゲド》を飛び退らせていた。
頭蓋が割られる限界すれすれまで、相手の剣を受ける戦法。《レプラカーン》は居合いを心得ている様子だ。しかし、居合い抜きは自分も得意とする戦法の一つ。
――心を静かに保て。湖に映る月のように。
正眼に剣を構え直し、蒼はそのまま挙動させる。《ゲド》が構えたまま、空間を駆け抜けていた。《レプラカーン》は足で払い、姿勢を崩そうとする。その行動を予見して飛翔した《ゲド》が直上より一撃を見舞う。
「もらった!」
『甘いんですよ、そんなのはねぇッ!』
頭上の剣を払った《レプラカーン》が後退する。その足元へと、《ゲド》は銃撃していた。
《レプラカーン》はもちろん、そのような粗末な照準の射撃など回避行動さえも取らない。当たらないと分かっているからだ。
『無暗やたらに撃ったところでッ。この《レプラカーン》は墜とせないッ!』
敵は再び踏み込んで剣を見舞おうとする。それこそが――好機であった。
一発、炸薬の詰まった弾丸を放つ。たった一発の炸裂弾が大地を割り、《レプラカーン》の足場を崩していた。
一瞬の隙だ。
逃せば次はない。
蒼は《ゲド》の脚力と翅に全身全霊のオーラを注ぎ込んでいた。向かう剣術は一つ。一刀の下にオーラバトラーを混濁させたくば、狙うのは生身と同じく眉間――頭蓋への必中攻撃。
蒼は刃で《レプラカーン》の頭部をへと一閃を入れる。全力を傾けた唐竹割り。果たして――《レプラカーン》の頭部装甲に、その一撃は入っていた。
人間のそれと同じだ。オーラバトラーも、機械とは言えオーラ力で動かす以上、人間の弱点はそのまま弱点となる。
頭を割られれば、機体を替えない限りは行動不能に陥るであろう。
蒼は肩で息をしながら崩れ落ちる《レプラカーン》を視界に入れていた。
エルムが手を抜いていたとは思えない。しかし、どこかで、彼もまた納得していなかったのは、刃を交えれば分かる。
『……情けは不要だ』
その一言に全てが込められている気がした。蒼はアルマーニをコックピットに招く。
兵士たちが騒ぎを聞きつけて包囲する前に、《ゲド》を高高度に飛翔させていた。
ジェム領の城壁を駆け抜け、地下牢へと続く回廊へと身を躍らせる。
「アオ……。本当にうまくいくの?」
「焚きつけた側が何さ」
こんな皮肉程度で済むのならば許して欲しい。自分は、忠義の騎士を斬ってまで進むと決めたのだから。
回廊内部に監視はほとんど行き渡っていない。
だからなのか、グランの囚われている地下牢には思ったよりも簡単に到達できた。
突然に現れた《ゲド》に相手は処刑を予感したのだろう。
「殺すのか」
「違う。生かしに来た」
コックピットを開いて言いやると、グランは目を見開く。
「潜入兵に……フェラリオが何故……」
「利害が一致した。だから次いでの用事だ。あなたを助ける。ゼスティアを止め、バイストン・ウェルの運命を変えるのならばこれしかない」
今は、これしか思い浮かばない。蒼は牢獄を破壊し、グランの鎖を断ち切る。
「……ゼスティアに向かうのか」
「それも込みで、考えなければならない」
さすがに三人乗りのオーラバトラーは重い。ペダルを踏み込んで蒼は《ゲド》を飛翔させる。しかし、先ほどまでとは雲泥の差の機動力だ。
誰かが追いついてくるはず。
その予感は、半分は正解で、半分は完全な想定外であった。
ジェム領の門前で、松明を掲げてこちらを睨む一団に、蒼は通らぬのも不義理、と降下する。
いずれにせよ、推進剤が持たない。
城壁を超えるほどの馬力も持たぬ《ゲド》では、彼らと対峙しない道はなかった。
松明を掲げた兵士達が、まさか、本当に……とうろたえる中で、たった一人の正統なる騎士がこちらを見据えていた。
その瞳に、顔を見せぬ失礼は返せないと、蒼はコックピットを開いていた。
「重そうだな、アオ」
どうして、こんな時にもそんな余裕のある言葉が吐けるのだろう。
ザフィールを前にして、蒼は委縮してしまっていた。
今、自分の行おうとしている事。そして、何を成そうとしているのかを、その眼差し一つで問い返される。
――本当に正しいのか。間違っているのではないのか。
ザフィールの眼はいつもそうだ。過ちに陥りかける自分を指し示す道標。煌々と道を諭す灯火そのもの。
だが、今は、違えた運命にまで灯火を差すのは非情というもの。
蒼は言葉少なに切り抜けようとしていた。
言葉を重ねれば重ねるほどに、自分ではザフィールを圧倒出来ないと感じたのである。
「エルムを下したのか。それはやはり、能ある鷹ほど、という奴かな。こっちにはいない生き物だが、いくつかの地上界の伝承で聞いた事がある。わざと能力をひた隠しにしてきたのか」
「そんなつもりはありません。……不義理を重ねたつもりも」
「だがエルムを倒せた。それは称賛すべきだろうかな。……俺の部下として」
「よしてください。わたくしにはもう……資格なんてないんでしょう?」
「分かっていてならば、俺にはお前を止める口はないさ。……何のつもりかだけは聞いてもいいか?」
「……領国同士の戦いは、どこかで濁されたものがある。わたくしはその胡乱なる真実を、自明にしたい」
「悪い言い草だ。もっとハッキリ言え」
「では……。何か、よからぬものが蠢いている。それはきっと、わたくしだけじゃない。騎士団長にもきっと危害を加える」
「まるで行き遭ったかのような言い草だな」
その通りであった。《ソニドリ》あれを止めなければ、二つの領国は互いに滅ぼし合うのみだ。
そして今、止めるだけのピースが揃おうとしている。
ガロウ・ランの末裔たるグランと、エ・フェラリオ、アルマーニ。この二人の紡ぐ真実を聞けば、ともすればこの因果にピリオドを打てるかもしれない。
この、間違った時の輪廻に、終着を。
蒼は言葉にしていた。出来れば下がって欲しい。そのための言葉を探っていたのだ。
「……斬りたくない」
どうにも、自分はザフィールを前にして及び腰になっているらしい。それもそのはず。ザフィールの後ろには、漆黒の装甲を纏いし、甲殻騎士が佇んでいる。
こちらの返答をあくまでも待っている彼の姿勢に、尊敬はあっても否定などするものか。
蒼は最後の最後まで、非情になり切れなかった。その言動に、ザフィールは一言だけ添える。
「……残念だ」
その身は後部に位置するオーラバトラーへと搭乗を果たしていた。ザフィールのオーラ力を受け、内側より青い炎のようなオーラが照り輝く。燻るオーラの青が結晶体を通し、その眼窩に生命を宿していた。
「……オーラバトラー、《キヌバネ》……」
完成したのか、という感慨さえも惜しい。今この瞬間、最大の敵として屹立する相手に、感傷など。
ザフィールの携える剣を模したオーラバトラー用の大剣を引き抜き、《キヌバネ》は道を阻む。
『いざ――』
「アルマーニ。それにグラン。……ちょっと無茶をやる」
コックピットを閉じ、《ゲド》を精一杯飛翔させる。しかし、その高度に易々と追いついてきた《キヌバネ》はまず、《ゲド》の足を引っ掴んでいた。
重量で遥かに勝る《キヌバネ》が組み付くだけでも、《ゲド》からしてみれば死活問題。翅の推力が落ち、自由落下に巻き込まれる前に、蒼は剣筋を奔らせていた。
狙うは頭部。それは揺るぎない。
しかし、そんな小手先を心得ていないほどの迂闊な騎士のはずもなし。
《キヌバネ》が剣を受け、そのまま返す刀を見舞う。
「対ショック姿勢を!」
二人に警告する時間さえも今は惜しい。蒼は奥歯を噛み締め、落ちた推力を持ち直すべく、翅にオーラを注ぎ込む。
《キヌバネ》によって振り回された形となる《ゲド》は、しかし空中で持ち直し、その頭部を持ち上げた瞬間、肌を粟立たせるプレッシャーを感じる。
覚えず半身になった《ゲド》へと、迷いのない太刀が浴びせられていた。
今、回避行動を咄嗟に取らなければ斬られていた――。
その予感に首裏に沸いた汗がどっと冷える。《キヌバネ》の払った剣を受けるが、《ゲド》と《キヌバネ》ではそもそものパワーが段違いだ。
オーラを注ぎ込める推力も違う。ザフィールの剣の重さを何倍にも引き上げた《キヌバネ》の一撃は、《ゲド》を城壁へと叩きつけていた。
一瞬のブラックアウト。しかし、直後には《ゲド》の身を翻させ、直感の居合いを抜く。
その太刀筋と相手の剣が弾き合い、火花を散らせた。暗礁の城下町に、二機のオーラバトラーの放つオーラ力と、互いの剣圧による火花のみが明滅する。
最早、問い質す愚を犯す相手でもない。
ここでの問答は全て無意味。ならば勝つしかない。勝つ以外にこの針の穴のような選択肢の活路を見出せるものか。
蒼は《ゲド》の人造筋肉の状態を見やる。まだ、動く。それだけで構わない。《ゲド》へと行動を叩き込み、操縦系統の導くダイレクトな感覚に、蒼は乱れた呼吸を整える
オーラ力がまだ自分の身体には宿っている。それだけで、充分なる戦う理由だ。
剣筋を払い上げて、《キヌバネ》の死角へと潜り込もうとするが、《キヌバネ》には死角などない。
分かっているはずであった。二度も見たのだ。ザフィールの操る《キヌバネ》は、《ソニドリ》を相手に善戦してみせた。それだけの能力のあるオーラバトラー。一騎当千の可能性に満ち溢れた機体である。羽ばたき、オーラの風圧をなびかせて《キヌバネ》が正眼に構えた剣を打ち下ろす。雷撃のような一撃に終わりを予見した。
だが、《キヌバネ》の剣は《ゲド》を割らなかった。
寸前のところで止まった切っ先に、声が震える。
「……騎士団長」
『……行け。勝負はここまでだ』