リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第七十一話 叛逆聖戦士

 

 ジェム領の中にオーラ関知に秀でた者はそうそういないことを、自分は今までの経験則で知っている。だから、ゼスティアが何度も攻めてこられたのだ。

 

 内側からの破綻など、余計に視界に入らないだろう。

 

 蒼は一気に地下牢まで駆け進んでいた。しかし、やはりと言うべきか、屹立した影に息を切らしたアルマーニを下がらせる。

 

「……下がって」

 

「理解できないなぁ。アオ・キジマ。何故、フェラリオを逃がすような真似をする? 国家反逆罪ですよ」

 

「アルマーニが望んだ。それに、わたくしも。ならば、今はそれに従っていたい」

 

 エルムは指を鳴らす。降下してきたのは赤い装甲のオーラバトラー、《レプラカーン》。

 

 オーラバトラーとの生身での戦いは計算外だ。蒼は、ここでの撤退の術を考えていたが、エルムが用意したのは、自分の乗ったことがある《ゲド》であった。

 

 まさか反逆者の肩を持つのか。困惑する間にも相手は口にする。

 

「勘違いしないでいただきたいのは、武器も持っていない相手を斬り下したところで、武勲にはならないからだ。《ゲド》に乗れ、アオ・キジマ。その誤った野心、ここで砕く」

 

 どうやらエルムは言動に難はあれど、真っ当な騎士であったらしい。

 

 ――自分とは違う。彼は皮肉を吐いても、ジェム領に忠誠を誓っていたのだ。ある意味では愚直なほどに。

 

 蒼は《ゲド》へと乗り込んだ。

 

 特に細工された様子もない。本当に、一騎討ちを所望していると言うのか。

 

「……何故、ここまで義理を通す」

 

『義理? またしても勘違い甚だしいな。ここで討ったほうが得だと判断したから、《レプラカーン》で戦うまで』

 

「……生身の反逆者だ、殺せばいい」

 

『それだと張りがないんですよ。……否定したい相手を、ただただ武力で圧倒するのは、どこかね!』

 

 彼もまた歪みの持ち主か。ある意味での同情を禁じ得なかったが、蒼は油断する気もましてや手加減するつもりもなかった。

 

「《ゲド》、わたくしのオーラを全開に設定する……」

 

 操縦桿を握り締め、オーラ力を注ぎ込むイメージを伴わせる。四肢に循環した血液のオーラが《ゲド》の眼窩に生命の輝きを灯した。

 

『エルム、《レプラカーン》。反逆者を討つ!』

 

「アオ・キジマ。ここは進むために。……《レプラカーン》を迎撃する!」

 

 互いに抜刀し、翅を高速振動させてまずは一閃を浴びせかかったのは蒼のほうだ。《ゲド》の剣筋が奔り、《レプラカーン》の頭部を狙い澄ます。

 

 やるのならば短期決戦。それは絶対であった。

 

 だが、その予見した間合いを、相手はすり抜けて下段より払い上げる。蒼は習い性のプレッシャーに任せ、《ゲド》を飛び退らせていた。

 

 頭蓋が割られる限界すれすれまで、相手の剣を受ける戦法。《レプラカーン》は居合いを心得ている様子だ。しかし、居合い抜きは自分も得意とする戦法の一つ。

 

 ――心を静かに保て。湖に映る月のように。

 

 正眼に剣を構え直し、蒼はそのまま挙動させる。《ゲド》が構えたまま、空間を駆け抜けていた。《レプラカーン》は足で払い、姿勢を崩そうとする。その行動を予見して飛翔した《ゲド》が直上より一撃を見舞う。

 

「もらった!」

 

『甘いんですよ、そんなのはねぇッ!』

 

 頭上の剣を払った《レプラカーン》が後退する。その足元へと、《ゲド》は銃撃していた。

 

《レプラカーン》はもちろん、そのような粗末な照準の射撃など回避行動さえも取らない。当たらないと分かっているからだ。

 

『無暗やたらに撃ったところでッ。この《レプラカーン》は墜とせないッ!』

 

 敵は再び踏み込んで剣を見舞おうとする。それこそが――好機であった。

 

 一発、炸薬の詰まった弾丸を放つ。たった一発の炸裂弾が大地を割り、《レプラカーン》の足場を崩していた。

 

 一瞬の隙だ。

 

 逃せば次はない。

 

 蒼は《ゲド》の脚力と翅に全身全霊のオーラを注ぎ込んでいた。向かう剣術は一つ。一刀の下にオーラバトラーを混濁させたくば、狙うのは生身と同じく眉間――頭蓋への必中攻撃。

 

 蒼は刃で《レプラカーン》の頭部をへと一閃を入れる。全力を傾けた唐竹割り。果たして――《レプラカーン》の頭部装甲に、その一撃は入っていた。

 

 人間のそれと同じだ。オーラバトラーも、機械とは言えオーラ力で動かす以上、人間の弱点はそのまま弱点となる。

 

 頭を割られれば、機体を替えない限りは行動不能に陥るであろう。

 

 蒼は肩で息をしながら崩れ落ちる《レプラカーン》を視界に入れていた。

 

 エルムが手を抜いていたとは思えない。しかし、どこかで、彼もまた納得していなかったのは、刃を交えれば分かる。

 

『……情けは不要だ』

 

 その一言に全てが込められている気がした。蒼はアルマーニをコックピットに招く。

 

 兵士たちが騒ぎを聞きつけて包囲する前に、《ゲド》を高高度に飛翔させていた。

 

 ジェム領の城壁を駆け抜け、地下牢へと続く回廊へと身を躍らせる。

 

「アオ……。本当にうまくいくの?」

 

「焚きつけた側が何さ」

 

 こんな皮肉程度で済むのならば許して欲しい。自分は、忠義の騎士を斬ってまで進むと決めたのだから。

 

 回廊内部に監視はほとんど行き渡っていない。

 

 だからなのか、グランの囚われている地下牢には思ったよりも簡単に到達できた。

 

 突然に現れた《ゲド》に相手は処刑を予感したのだろう。

 

「殺すのか」

 

「違う。生かしに来た」

 

 コックピットを開いて言いやると、グランは目を見開く。

 

「潜入兵に……フェラリオが何故……」

 

「利害が一致した。だから次いでの用事だ。あなたを助ける。ゼスティアを止め、バイストン・ウェルの運命を変えるのならばこれしかない」

 

 今は、これしか思い浮かばない。蒼は牢獄を破壊し、グランの鎖を断ち切る。

 

「……ゼスティアに向かうのか」

 

「それも込みで、考えなければならない」

 

 さすがに三人乗りのオーラバトラーは重い。ペダルを踏み込んで蒼は《ゲド》を飛翔させる。しかし、先ほどまでとは雲泥の差の機動力だ。

 

 誰かが追いついてくるはず。

 

 その予感は、半分は正解で、半分は完全な想定外であった。

 

 ジェム領の門前で、松明を掲げてこちらを睨む一団に、蒼は通らぬのも不義理、と降下する。

 

 いずれにせよ、推進剤が持たない。

 

 城壁を超えるほどの馬力も持たぬ《ゲド》では、彼らと対峙しない道はなかった。

 

 松明を掲げた兵士達が、まさか、本当に……とうろたえる中で、たった一人の正統なる騎士がこちらを見据えていた。

 

 その瞳に、顔を見せぬ失礼は返せないと、蒼はコックピットを開いていた。

 

「重そうだな、アオ」

 

 どうして、こんな時にもそんな余裕のある言葉が吐けるのだろう。

 

 ザフィールを前にして、蒼は委縮してしまっていた。

 

 今、自分の行おうとしている事。そして、何を成そうとしているのかを、その眼差し一つで問い返される。

 

 ――本当に正しいのか。間違っているのではないのか。

 

 ザフィールの眼はいつもそうだ。過ちに陥りかける自分を指し示す道標。煌々と道を諭す灯火そのもの。

 

 だが、今は、違えた運命にまで灯火を差すのは非情というもの。

 

 蒼は言葉少なに切り抜けようとしていた。

 

 言葉を重ねれば重ねるほどに、自分ではザフィールを圧倒出来ないと感じたのである。

 

「エルムを下したのか。それはやはり、能ある鷹ほど、という奴かな。こっちにはいない生き物だが、いくつかの地上界の伝承で聞いた事がある。わざと能力をひた隠しにしてきたのか」

 

「そんなつもりはありません。……不義理を重ねたつもりも」

 

「だがエルムを倒せた。それは称賛すべきだろうかな。……俺の部下として」

 

「よしてください。わたくしにはもう……資格なんてないんでしょう?」

 

「分かっていてならば、俺にはお前を止める口はないさ。……何のつもりかだけは聞いてもいいか?」

 

「……領国同士の戦いは、どこかで濁されたものがある。わたくしはその胡乱なる真実を、自明にしたい」

 

「悪い言い草だ。もっとハッキリ言え」

 

「では……。何か、よからぬものが蠢いている。それはきっと、わたくしだけじゃない。騎士団長にもきっと危害を加える」

 

「まるで行き遭ったかのような言い草だな」

 

 その通りであった。《ソニドリ》あれを止めなければ、二つの領国は互いに滅ぼし合うのみだ。

 

 そして今、止めるだけのピースが揃おうとしている。

 

 ガロウ・ランの末裔たるグランと、エ・フェラリオ、アルマーニ。この二人の紡ぐ真実を聞けば、ともすればこの因果にピリオドを打てるかもしれない。

 

 この、間違った時の輪廻に、終着を。

 

 蒼は言葉にしていた。出来れば下がって欲しい。そのための言葉を探っていたのだ。

 

「……斬りたくない」

 

 どうにも、自分はザフィールを前にして及び腰になっているらしい。それもそのはず。ザフィールの後ろには、漆黒の装甲を纏いし、甲殻騎士が佇んでいる。

 

 こちらの返答をあくまでも待っている彼の姿勢に、尊敬はあっても否定などするものか。

 

 蒼は最後の最後まで、非情になり切れなかった。その言動に、ザフィールは一言だけ添える。

 

「……残念だ」

 

 その身は後部に位置するオーラバトラーへと搭乗を果たしていた。ザフィールのオーラ力を受け、内側より青い炎のようなオーラが照り輝く。燻るオーラの青が結晶体を通し、その眼窩に生命を宿していた。

 

「……オーラバトラー、《キヌバネ》……」

 

 完成したのか、という感慨さえも惜しい。今この瞬間、最大の敵として屹立する相手に、感傷など。

 

 ザフィールの携える剣を模したオーラバトラー用の大剣を引き抜き、《キヌバネ》は道を阻む。

 

『いざ――』

 

「アルマーニ。それにグラン。……ちょっと無茶をやる」

 

 コックピットを閉じ、《ゲド》を精一杯飛翔させる。しかし、その高度に易々と追いついてきた《キヌバネ》はまず、《ゲド》の足を引っ掴んでいた。

 

 重量で遥かに勝る《キヌバネ》が組み付くだけでも、《ゲド》からしてみれば死活問題。翅の推力が落ち、自由落下に巻き込まれる前に、蒼は剣筋を奔らせていた。

 

 狙うは頭部。それは揺るぎない。

 

 しかし、そんな小手先を心得ていないほどの迂闊な騎士のはずもなし。

 

《キヌバネ》が剣を受け、そのまま返す刀を見舞う。

 

「対ショック姿勢を!」

 

 二人に警告する時間さえも今は惜しい。蒼は奥歯を噛み締め、落ちた推力を持ち直すべく、翅にオーラを注ぎ込む。

 

《キヌバネ》によって振り回された形となる《ゲド》は、しかし空中で持ち直し、その頭部を持ち上げた瞬間、肌を粟立たせるプレッシャーを感じる。

 

 覚えず半身になった《ゲド》へと、迷いのない太刀が浴びせられていた。

 

 今、回避行動を咄嗟に取らなければ斬られていた――。

 

 その予感に首裏に沸いた汗がどっと冷える。《キヌバネ》の払った剣を受けるが、《ゲド》と《キヌバネ》ではそもそものパワーが段違いだ。

 

 オーラを注ぎ込める推力も違う。ザフィールの剣の重さを何倍にも引き上げた《キヌバネ》の一撃は、《ゲド》を城壁へと叩きつけていた。

 

 一瞬のブラックアウト。しかし、直後には《ゲド》の身を翻させ、直感の居合いを抜く。

 

 その太刀筋と相手の剣が弾き合い、火花を散らせた。暗礁の城下町に、二機のオーラバトラーの放つオーラ力と、互いの剣圧による火花のみが明滅する。

 

 最早、問い質す愚を犯す相手でもない。

 

 ここでの問答は全て無意味。ならば勝つしかない。勝つ以外にこの針の穴のような選択肢の活路を見出せるものか。

 

 蒼は《ゲド》の人造筋肉の状態を見やる。まだ、動く。それだけで構わない。《ゲド》へと行動を叩き込み、操縦系統の導くダイレクトな感覚に、蒼は乱れた呼吸を整える

 

 オーラ力がまだ自分の身体には宿っている。それだけで、充分なる戦う理由だ。

 

 剣筋を払い上げて、《キヌバネ》の死角へと潜り込もうとするが、《キヌバネ》には死角などない。

 

 分かっているはずであった。二度も見たのだ。ザフィールの操る《キヌバネ》は、《ソニドリ》を相手に善戦してみせた。それだけの能力のあるオーラバトラー。一騎当千の可能性に満ち溢れた機体である。羽ばたき、オーラの風圧をなびかせて《キヌバネ》が正眼に構えた剣を打ち下ろす。雷撃のような一撃に終わりを予見した。

 

 だが、《キヌバネ》の剣は《ゲド》を割らなかった。

 

 寸前のところで止まった切っ先に、声が震える。

 

「……騎士団長」

 

『……行け。勝負はここまでだ』

 

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