リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第七十二話 戦線超域

 その言葉に松明を持つ兵士達が抗議する。

 

「何故です! 彼の者は裏切った!」

 

『……大義あっての行動だと、信じている。ゆえに、ここでは見逃す。行け。俺の気の変わらぬうちに』

 

 急速に凪いだザフィールの殺意に、蒼は喉元で涙が溢れ出しそうな自分を押し殺していた。ここで、泣けばきっとザフィールは悲しむ。だから、泣くまい。泣くのは、全部終わってからでいい。

 

「……本当に……」

 

 アルマーニの声を皆まで聞かず、蒼は飛翔していた。《ゲド》へと火矢が見舞われるが、どれもが掠めもしない。

 

 城壁を超え、暫く経った森の中で、グランが口にしていた。

 

「……よい師に出会えたのだな」

 

 ――師。そんな陳腐な言葉で言い表せるものか。

 

 自分は結局、今回もザフィールに助けられたのではないか。自分一人で戦い抜くと誓ったのは見せかけか。それとも崩れ落ちそうな我が身を自ら慮る愚直さか。

 

 ザフィールは声もなく涙していた。

 

 止め処ない熱を頬に感じつつ、アルマーニとグランが余計な言葉をかけないのだけが救いであった。

 

 ユニコンによる追撃もない。本当にジェム領を振り切ったのだと分かった時、蒼は涙の痕を擦り、やがて声にしていた。

 

「……ゼスティアに攻め入る」

 

 恐らく、気が触れたのだと思われたのだろう。二人が慌てて説得する。

 

「無茶よ! 一騎で何が……」

 

「儂もその言葉には賛成だ。フェラリオに同意するのは癪ではあるが、このままゼスティアに赴いたところで自決行為にしかならない」

 

「でも……わたくしは……」

 

「落ち着きましょう、アオ。貴女は少なくとも私と、この屈強なる……軍人に聞きたい事があった。そのためのジェム領脱出。違う?」

 

 問い質されて、蒼は自分の問題を棚上げにしなければ、二人の話を聞けない事に気づく。まだ、自分かわいさに嘆くのは早いのだ。

 

「……グラン中佐。あなたは……ガロウ・ランなのですか」

 

 どうしても、直截的な物言いになってしまう。だが、問わなければならないのならば言葉は少ないほうがいい。

 

 グランは一拍挟んだ後に、首肯していた。

 

「……ガロウ・ランの末裔。血筋はコモンだ」

 

「嘘おっしゃい。ただのコモンのオーラじゃない。三世代以内にガロウ・ランがいるはずよ。油断しないで、アオ」

 

「妖精風情が、吼えてくれる。儂の事を信じられぬのならば、何故逃がした。戯れにしては興が過ぎるぞ」

 

 ここは自分が逃げるわけにはいかない。蒼は一つずつ、解きほぐす事にした。

 

 誤解と、そして偽りを。

 

「……グラン中佐。あなたの事を、わたくしは知っているけれど、潜入兵じゃない。どこのスパイでもないんだ」

 

 その言葉にグランは絶句しているようであった。そして、その面持ちは苦渋へと変わる。

 

「我が身ながら、不実であったか……」

 

「無理もない。あの状況であなたの階級と所属を明らかに出来るのは異常でしかないから。わたくしもそれを最大限に利用した。……お互い様、とまではいかなけれど」

 

「アオは出来る事を全うしただけよ。悪くないわ」

 

「妖精に口出しが出来るものか。いたずらにオーラ・ロードを開く、もののけめ」

 

 二人の衝突は悪い方向に転がるだけだ。蒼は、ここでの手札の温存は意味がないのだと悟っていた。

 

 ザフィールにも背を向けた。最早自分は、どの国にも与しない。

 

「……二人に言っていなかった事がある。どうしてわたくしが、先回りしたような事を言えるのか、何故、予めある程度の事態の予測がつくのか」

 

「それは……優れたオーラ力の持ち主だからではないのか。聖戦士はオーラを操る術に長けていると聞く」

 

 グランの言葉も真っ当ではあるのだが、自分はそれに当て嵌まらないイレギュラーである。

 

「……語らなければいけない。わたくしが、見てきたものを……」

 

 長い話になりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルマーニは幽閉されていた塔では久しく梳いてなかった茶髪を梳いていた。思えば、水辺で身体を洗う事もなかった。相当に臭気がきつい事だろう。蒼に我慢させる事はない、と湖にたゆたうアルマーニは服飾を解き、水面に身を任せていた。

 

 半透明の素肌、白磁の四肢は擦り切れ、どこかやけっぱちな色に染まっている。

 

 無理もない。ほとんどの外出を封じられ、あの塔で繋がれていたのだ。それを解き放ってくれた騎士に感謝していた自分は、しかし、先にもたらされた言葉に狼狽していた。

 

「……フェラリオでも到達出来ない、三度目の生……」

 

 にわかには信じ難い。しかし、そうだとすれば全てを先回りする蒼の機転も裏付けられる。承服するのにはあまりにその在り方が苛烈であっただけだ。

 

 瞼を閉じていたアルマーニは、草むらが揺れたのを関知して、身体を翻す。

 

「……いやらしい。ガロウ・ランの末裔」

 

「血筋上は切れている。確かに三世代以内にガロウ・ランの血筋はいたが、軍属になる時に血縁は消し去った」

 

「……殺したの。野蛮人」

 

「勘繰るな、妖精。向こうから切ったのだ」

 

 樹の陰から声を発するグランにアルマーニは問いかけていた。

 

「……ガロウ・ランは闇の眷属。簡単に血縁を消せるし、同族も犯して殺す。そういう種族だと、聞いていた」

 

「間違ってはいない。野蛮なる我が闘争の血筋は、隠し切れないのも、な。だが難民兵としてゼスティアに売り込むのには分かりやすかった」

 

「呆れた……。貴方は結局、戦いしか知らないのね」

 

「妖精の身では理解は出来んさ。人界の複雑さは」

 

 そう言われて、言い返すだけの気力も不思議と湧かない。蒼の境遇を聞いたせいなのかもしれなかった。

 

「……信じるの?」

 

「義はある。信に足るとも」

 

「……荒唐無稽。妄想癖があるのかも」

 

「意外だな。貴君は理解者の側だと思っていたが」

 

 むしろ理解を求めていたのは自分だ。語るべき口も持たず、話すべき相手もいない、異端なるエ・フェラリオ。その境遇に少しでも陽が差したとすれば、それは蒼の存在に他ならない。

 

「……皮肉ね。反目し合うはずの種族がこんな形で結託するなんて」

 

「あの聖戦士の言葉に嘘はないように感じられる。だが……だとすれば奇縁なのは……」

 

「オーラバトラー、《ソニドリ》」

 

 紡いだ名前に、グランはむぅと呻いた。

 

「……知っているんじゃ? ゼスティアの兵士だったんでしょう。捨て駒とは言え」

 

「研究者達とは話してもらえなかった」

 

「信じるとでも?」

 

「……それはそちらの勝手だ。だが、儂は……その《ソニドリ》とやらを知らん。だから……彼女の力にもなれん」

 

「……意外ね。もっとガロウ・ランは薄情なものかと」

 

「血筋は薄れていると……! まぁいい。そのオーラバトラーが基点となって、彼の騎士を縛り付けているのとすれば、我々で出来る事も模索せねばなるまい」

 

「《ソニドリ》の破壊。でも、貴方は丸腰もいいところよ。攻め入ってきたオーラバトラーでも手土産にすれば違っただろうけれど」

 

「……何も言えんな。だが、不幸だな。死んでも死にきれんとはこの事か……」

 

「この魂の慰撫する大地……バイストン・ウェルで繰り返すなんて、それはとても……」

 

 それ以上は口には出せない。どうして、分かった風な事を言えよう。

 

「《ソニドリ》破壊が厳命ならば、儂は沿う。それがこの命を預けると言う結論だ」

 

「……そうでもなさそうだけれど。アオは、もしかするととっても、孤独だったのかもね。私達なんかよりも、ずっと……」

 

 死んでも死に切れず、そして輪廻の鎖に繋がれたまま、彼女は報われる時を待ち望み、そして今を迎えた。

 

 きっと、胸の内は穏やかではないに違いない。

 

 それでも、前を向こうとしているのだけは、評価しようではないか。

 

「……《ゲド》の修復を手伝いにゆく」

 

「最初からそうすればいいのに。妖精の柔肌でも観に来たって言うの」

 

「……癇に障るフェラリオだ。だが、そういう風に出来ているのだとすれば、我々も相当に歯がゆいな。こうして自分自身の問題で踏み止まる時点で、彼の騎士の心には触れられん」

 

 その独白にアルマーニは空を仰ぐ。天の果て、雲海の向こうにたゆたうフェラリオの世界が、今日は見えなかった。

 

 凶兆か、あるいは……。

 

「……いずれにせよ、《ゲド》を直さなくっちゃ私達にはどうしようもない」

 

「妖精は身体を休めておけ。元々、体力もない」

 

 吐き捨てた言葉であったが、これまでとは違うのが窺えた。

 

「……ガロウ・ランでも心配は出来るのね」

 

「そちらこそ。フェラリオでも人の心を知ろうとは、思えるのだな」

 

 決定的に溝は埋まらない。だが、それでも二人の胸にあったのは一つだろう。

 

 ――アオのために。何か一つでも……。

 

 

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