リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第七十三話 傀儡無知

 

 オーラバトラーの修復に必要な物資を募るのには限界がある。ユニコンを引き連れた行商人を道すがら呼び止め、近場の村へと続く道を尋ねていた。

 

「しかし、こいつぁ、立派なジェム領のオーラバトラーだ! 《ゲド》なんてそうそうお見かけ出来ねぇ」

 

「近くにオーラバトラーの修繕を出来る場所を探している」

 

「そりゃお前さん、ジェム領に行けばいいだろうに」

 

「……用向きがあってジェム領には寄れないんだ」

 

 そこから逃げて来たとも言えない。行商人はこちらを覗き込んで胡乱そうにした。

 

「……お前さん、敗残兵か」

 

 珍しくもないのだろう。ここはゼスティアとジェム領の中間地点。逃げおおせた兵士の一人や二人は見てきたクチに違いない。

 

 ははぁ、と行商人は大げさに驚いてみせた。

 

「一端の騎士って奴ぁ、もっと立派に散るもんじゃないのかね。生き恥なんて晒さずに」

 

 耳に痛かったが言い返す気力も湧かない。つい先ほどまで、全てを口にしたショックで、放心状態であった。ようやく、次に進まなければ、と言うところでこうして足踏みするのだから笑えもしない。

 

「……悪いこたぁ、言わねぇ。とっとと領国に帰んな。敗残兵なんてやってると、どこから山賊が襲ってくるか分かんねぇ。ここんとこも物騒だ。義勇軍を指揮した難民の群れが南から流れて来たってのを小耳に挟んだ。そいつら、略奪、強盗、何でもアリだ。あんたみたいな細腕の剣士なんざ、そいつらにかかりゃあ……」

 

「お陀仏だ、とでも言いたいのか」

 

 声を差し挟んだグランに行商人は怯え切っていた。

 

「あ、あんた……ゼスティアの、大将……」

 

「儂を知っておるのか。ならば、集落への案内くらいは出来ような? ジェム領にもゼスティアにも与しない村があったはずだ。身を隠したい。答えは?」

 

 凄みを利かせたグランの声音に、行商人はすっかりやられた様子であった。

 

「へ、へぇ。そりゃあもう、ございますとも。ついてきてくだせぇ。オーラバトラーは積載してくだされば、隠しますので」

 

 随分と態度が変わったものである。蒼はグランを仰ぎ、一礼していた。

 

「すいませんでした……」

 

 騙した事、そしてこのような情けない姿を見せた事、ない交ぜになった謝罪に、グランは鼻を鳴らす。

 

「貴君は生き残ろうとする意地がある。それが消えぬ限り、儂は共をするまでだ」

 

「私を忘れてない?」

 

 水浴びを終えたアルマーニが茶髪を括り上げながら歩み寄る。その姿に行商人が腰を抜かしていた。フェラリオは観るのも初めてなのかもしれない。蒼は出来るだけ行商人の目線に立った。

 

「我々を少し隠密に運んでいただきたい。それだけなのです」

 

「へ、へぇ。フェラリオとゼスティアの旦那となれば、そりゃあ、もう……!」

 

 自分は数にも入っていないか。それを自嘲したところで、ただ虚しいのみだ。蒼はユニコンの馬車に乗り合わせ、《ゲド》にほろをかける。

 

 行商人の生活源なのか、果物がうずたかく積まれていた。

 

 赤い果実は地上界で言うところの林檎に近い外見をしている。

 

「み、皆さんで果物は分けてくだせぇ! あっしには気を遣わないで!」

 

 ユニコンがゆったりとした歩みで大地を踏みしめる。蒼は等間隔の振動を感じつつ途方に暮れていた。

 

 このままうまく村に溶け込めたとしても、その先に待つのは《ソニドリ》の破壊。本当にこなせるのだろうか、と不安に駆られる。

 

 そんな蒼を他所にして、アルマーニは果実を頬張っていた。

 

「はい。アオも食べたら? おいしいわよ」

 

 つい数時間前までは塔に幽閉されていたとは思えないたくましさだ。いや、こういうところも含めて、妖精なのかもしれない。人心では読めぬ、神秘の存在――。

 

「エ・フェラリオ。この行商人の糧だ。そう容易く食っていいはずがない」

 

「そう言いつつ、貴方もお腹は空いているんじゃないの? さっき、湖のほとりで寂しそうに腹を押さえているのを見たわ」

 

「……卑しいフェラリオめ」

 

「そっちこそ。コモンもどき」

 

 いつの間にか、二人は軽口を交わせるようになったのだろうか。蒼はそれも分からないな、と陽光を仰いでいた。

 

 この地の空の果てには、フェラリオの棲む世界が広がっていると言う。

 

 まったく、人知の及ばない話であったが、しかし、事実なのだから始末に負えない。バイストン・ウェルには、人界と、妖精界、そして悪辣なる種族、ガロウ・ランの支配する世界がある。

 

 だが、ガロウ・ランと言う種族に関する知識も、グランを見るうちに変わってきている。

 

 彼がいくら末裔で、少し血を引いているだけとは言っても、コモン界で生き延びるのは処世術を要したはずだ。彼も彼で窺い知れぬものがあるはず、と、こちらが視線を注いでいると、グランは一瞥もくれずに答えていた。

 

「……聖戦士。そこまで見られても何も出んぞ」

 

 視線を読む術くらいはオーラに長けているのならば心得ていてもおかしくはない。蒼は羞恥に顔を伏せる。

 

「……まぁ、お主からすれば分からぬ事だらけであろうがな。妖精に関しても、儂のようなコモンに関しても」

 

「でも今間違いないのは、これはすっごいおいしいって事くらいかしら?」

 

 首を傾げてみせたアルマーニは、もう三個目に齧り付いている。さすがにがっつき過ぎでは、と諌めていた。

 

「アルマーニ。この人の収入源なんだから……」

 

「気にしないでって言っていたじゃない。それに、アオ。誤解しないでね。私、別にがっついているわけじゃないのよ。ただ……今までジェム領でもらってきた食事は味気なくって……。確かに、フェラリオに定期的な食料は必要ないわ。私達はオーラ力でもって、肉体を幾星霜の時間規模で維持出来る。でも、何も食べさせないのと、水と白湯でといた米しか与えないのは別よ」

 

 どこか、今までの処遇に不満があるようであった。ジェム領はそんな待遇であったのか、と蒼はどこか懐かしむ。

 

「それでもマシなほうであろう。フェラリオに餌が要らぬと言うのならば、水さえも与えない」

 

「それは拷問って言うのよ。知っていて? ガタイだけ大きいちっぽけな脳みそのコモンもどきさん」

 

「言っていろ。妖精の言葉は喧しくてかなわん」

 

 グランは馬車で寝転がる。アルマーニは舌を出してから、自分の肩を突いた。

 

「……見習えってわけじゃないけれど、蒼も休めば? 昨夜の戦いから不眠不休でしょう?」

 

「でも、わたくしは……」

 

「いいの。今はただの移動中なんだから。強襲されたらそこまでの運なのよ。だから、休みましょう? そのほうが、きっと、いいはずだから」

 

 アルマーニの言葉は自分の境遇を知って慮った声音が滲んでいる。今までよく、独りで戦って、という声音に蒼は自然と涙がこぼれ出ていた。

 

 大粒の涙に自分でもどうしたらいいのか分からない。

 

 たちまち困惑するアルマーニに、蒼は何度も首を横に振った。

 

「大丈夫。……大丈夫ははずだから……」

 

「そうは見えないわ。アオ! 貴女には私がついている! 今までザフィール騎士団長を、よく守ってくれたわね……。でも、私はエ・フェラリオ。もっと長い時間で、貴女に付き従えるわ。だから、今までみたいな孤独だとは、思わないで」

 

 きっと、アルマーニの今思いつく最大の言葉だったのだろう。だからこそ、余計に辛い。この世界の妖精にまで、自分は慰められるなんて、と。

 

 その時、横になっていたグランが不意に口を開いていた。

 

「……戦士にしか分からぬ修羅もある。フェラリオ、彼の騎士は時を渡り、二度も亡国の危険と隣り合わせとなってきたのだ。誰にも理解されずに……。その苦しみを、簡単に分かるなどと言ってはいけない」

 

「何よ! 貴方には分かるって言うの?」

 

「少なくとも、簡単に踏み入っていい話ではないのだけはな。聖戦士、儂はあえて、根掘り葉掘りは聞かん。だが、聞いて欲しい時には、聞き役くらいには徹しよう。それで構わないのならば」

 

 グランなりの気遣いか。蒼はその不器用な在り方が今は素直にありがたかった。

 

「えばっちゃって! 結局、何も出来ないのはお互い様じゃない」

 

 ふんとふんぞり返ったアルマーニの姿は捕らえられていた時には見られなかった瑞々しさがある。そうか、本来の彼女は奔放であったのか、と蒼は再認識させられた。

 

「……二人とも、ありがとう。でも、涙が止め処ないんだ。だから少しだけ……泣かせて欲しい」

 

 枯れるとも知れない涙だが、こうして生きている事を噛み締めるくらいには。

 

 自分はまだ、ただの少女であった。

 

 


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