まさか、と目を戦慄かせた蒼に、ギーマは笑みを浮かべる。
「……グラン。気に入ったぞ。懲罰は止めだ。あの高性能のオーラバトラー、《マイタケ》を失った代償は帳消しにしてやる。代わりに、分かっているな?」
グランは傅き、ギーマへと騎士の誓いを口にしていた。
「我が剣はゼスティアの御許に。どのような時であっても」
ギーマは首肯した後に、こちらへと一瞥を寄越す。
「よい、許す。だが、ジェム領の騎士は要らないな。両手を刎ねて見世物にしてやろうか」
血の気が引いた蒼にアルマーニが声を荒らげる。
「人でなし! ゼスティアの……畜生以下!」
「それは褒めているのかな、エ・フェラリオ。これより君は、我が方につく。嫌でもつく事になるだろうさ。わたしの下にはフェラリオを屈服させる術はあるのだからね」
例のフェラリオの王冠か。蒼は奥歯を噛み締めてギーマへと言い放っていた。
「……アルマーニを傷つけたら許さない。呪ってやる……」
「これは恐ろしい。オーラの高い者に呪われると末代まで続くからな。グラン、さっさとこの生意気な舌を抜いてしまえ。所詮は敵国の兵だ。この期に一人減らしても何ら問題はあるまい」
戦慄く蒼にグランは、恐れながらと声にする。
「この村で残虐行為に及べば、今日の宿すら危ういかと」
グランの忠言にギーマはわざとらしく思案する。
「……確かにな。まぁ、こんな寒村で宿を取ったのには理由があるのだ。グラン中佐、元々付き人の兵はいるのだが、貴様が居てくれるとなればより心強い。わたしの部屋の守りを頼もうか」
「御意に」
項垂れたグランに蒼は言葉を放っていた。
「グラン中佐……本当に……!」
「くどいぞ、ジェム領の女狗が。グランは我が方の騎士。貴様らが対等に口を利いていい相手でさえもない。《マイタケ》を失ったのは痛いが策はある。グラン、その者達を拘束して宿の地下へと放り込んでおけ」
無言のままにグランが屹立する。アルマーニが罵声を浴びせかけたが、グランは沈黙のまま二人分の体重を担ぎ上げ、地下牢へと放り投げていた。
アルマーニが柵に飛びついて抗議する。
「見損なったわ! グラン……所詮はしっぽを振るしか能のない、ガロウ・ランの血筋……!」
「言っていろ。貴様らは明朝をもって、ゼスティアに捕縛され正式に捕虜となる」
どこまでも冷徹なグランの声音に蒼は、希望はないのかと面を伏せていた。
アルマーニは何度も柵を蹴りつける。
「最低! 最悪! 天罰が下ればいいのだわ! ゼスティアなんて!」
「喚くな、エ・フェラリオ。安い命をより安くしたいのか」
その言葉を潮にして、グランは立ち去っていく。蒼は周囲を見渡していた。
抜け穴も見当たらない、完全な座敷牢だ。
アルマーニは抵抗をやめてふんと胡坐を掻く。
「なんて奴! 一瞬でも気を許したのが間違いだったわ!」
「……アルマーニ。わたくしに非はある。斬りかからなければもっとマシな処遇だったかもしれないし、ジェム領の騎士だと勘繰られもなかったかも」
「そうしたって、どっちにせよ、あのガロウ・ランとギーマ・ゼスティアは仲間でしょうに。なら、何で女子供を連れてって話になるわよ。どっちにしたって、あいつは裏切り者よ。恩知らず!」
散々喚き散らしたアルマーニは、最早罵声に割く体力と気力もないようであった。
無理もない。ようやく幽閉されていた身分から脱したと思えば、また牢獄に逆戻りだ。
蒼は剣だけは没収されなかったな、と思い手をやるが、やはりと言うべきか、堅牢なる鉄柵を叩き斬るほどのものではないだろう。それに、どっちにしたところでオーラ力が高くとも、そこまでの無策には出られない。
「……グラン中佐は……本当に……」
「裏切ったのよ。なんて、腐れ外道!」
アルマーニの瞳は少しだけ潤んでいた。信じた分、裏切りは辛い。それは身に染みてよく分かる。自分も、これまでの戦いが塵芥に化したのだとすればきっと折れてしまうだろう。
二度の死を経てもまだ立ち上がれたのは、ザフィールとこの二人のお陰でもあるのだ。それでも、やはりと言うべきか、ここでの敵将との遭遇は想定外。
心証としては手痛いものがある。
「……ギーマ・ゼスティア。見たのは初めてだったわ。貴女も、そうなんじゃ……」
疑問に蒼は応じる。
「……最初の時に見た」
それで通じたのだろう。そう、最初のバイストン・ウェルでの転生――最後の最後、オーラバトラー大戦まで行った時に、暗黒城の主として無数の敵兵を率いた将として目にした事がある。
――ギーマ・ゼスティア。闇の城を司りし、ゼスティアの長。
しかし、実際にはその性格までは把握していない。あそこまで冷酷だとは思いも寄らなかった。
「賓客って言うのがまさかゼスティアの主なんてね。巡り合せがよくないのかもしれないわ」
「……これからどうすればいいのだろう」
《ソニドリ》破壊のため、ゼスティアに潜り込むつもりがこんなところでご破算になるとは想定もしていない。蒼は剣の柄をぎゅっと握りしめる。
その手へとアルマーニの指先が絡まっていた。
「アオ……気を落とさないでって言うのは、無理かもしれないけれど、でも……全てが潰えたわけじゃないはずよ。希望は……どこかに残っているはず」
それが気休めだと彼女も分かっているのだろう。不安の翳った瞳に、蒼は頷き返していた。
希望は、まだ残っている――。
そう信じるしか、明日を展望する術は自分達にはないであろう。