リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第七十七話 仇敵閃劇

「あいつ……最初からそのつもりだったのよ。だから、ガロウ・ランってのは!」

 

 暴言を吐くアルマーニを諌めようとして、蒼にはその資格もない事に気づいていた。どしてだろう。グランは信頼に足るのだと、勝手に思い込んでいた。

 

 だからこそ裏切られた時が辛い。裏切りには何度遭っても慣れないものだ。

 

「……所詮は女だから。座敷牢も堅いし、これでは何も出来ない……」

 

「あいつ、やっぱりすぐにでも殺してやるべきだったのよ! そうじゃないから……こんなざまに……」

 

 悔恨の滲んだアルマーニに蒼は慰めの言葉を振ろうとして、座敷牢の前に佇む影に気づいていた。

 

「……グラン中佐」

 

 その名を呼ぶとグランは暗い眼差しのままこちらを見据える。アルマーニが声を張った。

 

「裏切り者! 貴方、よくもこんな……!」

 

「静かにしていろ、鬱陶しいエ・フェラリオが」

 

 グランが剣を掲げる。まさか、と蒼が震撼した直後、その切っ先が捉えたのはアルマーニの掴む――鉄柵であった。

 

 眼前で咲いた剣にアルマーニが腰を抜かしているとグランは重々しい声音のまま顎をしゃくる。

 

「行け」

 

「どうして……。ゼスティアのために尽くすんじゃ……」

 

「……あれは暗君だ。教えられた通り、ゼスティアでは新型オーラバトラーの開発が進んでいた。その名を《ソニドリ》」

 

 紡がれた名称に蒼は震撼する。既に《ソニドリ》が準備段階に入っていると言うのか。

 

「その方の言葉が真実であるかどうか。それとも我が主の命が本当なのか、それは分からぬ。だが、分からぬからと言って捨て置いていい案件ではないのだと、それも判じた」

 

 鉄柵を切り裂き、自分達を促す。蒼は恐る恐る聞いていた。

 

「でも……あなたにはメリットがない」

 

「そうだな。ゼスティアに拾われた命として、やるべき事ではないのは分かっている。だが、しかし、この命は二度救われている」

 

 ハッとした蒼にグランは言いやっていた。

 

「あの牢から解き放ったのには勇気が要ったはずだ。その勇気、今この場で返そう」

 

「でも、わたくしは……。ただ、運命を変えたいだけで……」

 

「その一心で動けるのならばその方はもう立派な騎士だ。アオ。行け。行って未来を変えて来い」

 

 自らの手には写し身の剣が握られている。

 

 ――未来を変える。

 

 そのために、自分は剣を取ると決めたのだ。グランより剣を引き継いだその手には覚悟もあった。決して振り返らないと言う覚悟が。

 

 蒼はアルマーニの手を引いていた。アルマーニはグランの背中を凝視する。

 

「……礼なんて、言わないんだから」

 

「必要ない。エ・フェラリオ。アオを頼む」

 

「……貴方の事、散々闇の眷属だとかなんだとか言ったけれど、一旦は取り消すわ」

 

「要らん。ただ黙って行け。その道筋に、光あらん事を」

 

 蒼は駆け出していた。ギーマの手が回らないとも限らない。地下牢を飛び出し、二人が目指したのは岩石の中に隠しておいた《ゲド》である。

 

「《ゲド》なら、一晩あれば辿り着ける!」

 

「でも、アオ……。裏切ったグランは……」

 

 分かっている。グランの事を思うのならばしかし、ここは進むべきだ。

 

「……彼の信念に報いたい」

 

 その一言で充分であったのだろう。アルマーニは言葉を重ねようとはしなかった。

 

 村人達の突き刺さるような視線があったが、誰一人として声を上げる事はない。不干渉を貫くこの村ではジェム領の味方も、ゼスティアの味方もないのだろう。

 

 蒼は目的とする岩石地帯が目前まで迫った時、不意に感じたプレッシャーに、アルマーニを留めさせ、抜刀する。

 

 突き抜けた烈風を剣筋が受け止めた。

 

『……様子が変だとは思っていた。あの実直な軍人にしては、喋り過ぎだとも。だが、このような裏切り、誰が想定する?』

 

 飛翔するのはゼスティアの標準機、《ブッポウソウ》である。付けられていた、あるいはこちらの手を先読みしたか。蒼は剣を下段にオーラバトラーと向かい合う。

 

《ゲド》はすぐそこの岩石に仕舞い込まれている。

 

 この様子だと勘付かれたわけではなさそうだが、時間の問題であった。

 

『どうした? 生身ではオーラバトラーとやり合えんか』

 

「アオ! さすがに剣だけで、オーラバトラーを下すのは!」

 

 分かっている。無茶無策。しかし、ここで《ゲド》を手に入れなければいずれにせよ待っているのは――。

 

 蒼はすっと、剣を正眼に保っていた。

 

「アオ!」

 

『驚いたな、ジェム領の少女騎士。貴様、剣でこのギーマ・ゼスティアに敵うと思っているのか』

 

「……やってみなければ分からない」

 

『笑止!』

 

《ブッポウソウ》が剣を引き抜き、こちらへと急速降下する。その勢いはまともに受ければ切り裂かれるだけだ。

 

 蒼は身を転がし、かわしざまに一閃を見舞っていた。うまくいけばオーラバトラーの筋繊維くらいは斬れるかと思っていたのだが、やはり堅牢なる外骨格に守られた騎兵をたった一人で倒せるわけがない。

 

 翅を高速振動させて躍り上がった《ブッポウソウ》は銃火器をこちらに照準する。横っ飛びして火線を掻い潜るが、それでも危うい綱渡りだ。一発でももらえばこちらは致命傷。比して相手は一発や二発程度では蚊が刺したほどでもない。

 

 一発逆転の策を弄するのには、今全てが足りない。

 

 どうすれば勝てる? 否、どうすれば、この状況を打開し、未来を掴める?

 

 あらゆる想定が滑り落ちていく中で、蒼は《ブッポウソウ》の甲殻が茶褐色に染まっているのを発見していた。

 

 ――自分の記憶が正しいのならば、この状態の《ブッポウソウ》の問題点は……。

 

 最初の記憶だ。それも正しいかどうかは不明。だがそれに賭けるしかない。蒼は《ブッポウソウ》の剣筋を切り抜け、石を拾い上げていた。

 

 片手に掴んだ小石を《ブッポウソウ》の高速振動するオーラ・コンバーターに向けて放り投げる。吸い込まれた小石が乱反射し、《ブッポウソウ》はその直後、誘爆していた。

 

『何だと!』

 

「後期型に開発された《ブッポウソウ》の弱点は、オーラ・コンバーターの仕様変更だ。それまでオーラを放出する形であった《ブッポウソウ》だが、コモンの力を分散させるだけだと判断されたために、周辺のオーラと空気を吸い込む形へと変更された。だがそれは、同時に塵や異物でコンバーターが破損する恐れもあった。ただの小石程度でも」

 

『……貴様、何故《ブッポウソウ》の後期型の弱点を……!』

 

 知っているのではない。覚えているのだ。

 

 実際に向かい合って戦い、その末に勝ち取った弱点である。蒼は今一度、《ブッポウソウ》のオーラ・コンバーターに小石を投げる。相手は機体を翻してそれを回避したが、一瞬の隙が生まれたのは間違いなかった。

 

 岩陰に隠しておいた《ゲド》へと飛び乗り、蒼は瞬時に起動をかけさせる。オーラを放出し、《ゲド》が飛翔していた。

 

 手負いの《ブッポウソウ》へと《ゲド》が炸薬を用いて牽制する。

 

 敵は飛べないせいか、守りに徹するのを、蒼は弾幕を張って距離を稼いでいた。

 

「アルマーニ!」

 

 コックピットを開いて手を伸ばす。アルマーニの細腕を握り締め、コックピットへと導いた。

 

「アオ! あいつ、倒さないと……!」

 

「いや……今はその時じゃない」

 

 どのみち、この場所は国交の途絶えた寒村。相手からしてみてもオーラバトラー同士の戦闘は控えたいところだろう。

 

《ゲド》で飛び立ち、蒼は出来得る限り村から離れていた。グランの作ってくれた貴重な時間だ。精一杯引き離したと思ったところで、緊張の糸とオーラ力の頭打ちに達したのか、高度と推進力を下げた《ゲド》はそのまま草原へと降り立っていた。

 

 肩を荒立たせ、脱出の心地に身を浸す。アルマーニが額の汗を拭ってくれていた。

 

「アオ……。大変な目に遭ったわね……」

 

「グラン中佐が時間と策を用意してくれた。感謝をしてもし切れない」

 

 だが、当の彼は恐らくギーマによって処分されるのであろう。その予見に、蒼は沈痛に面を伏せていた。

 

「彼も……救えなかった」

 

「貴女のせいじゃない」

 

「でも、わたくしのわがままには違いない。《ソニドリ》を倒す……その一点だけで持っているのだから……余計に」

 

 性質が悪いのは自分のほうだ。奥歯を噛み締める蒼に、アルマーニは周囲の光景を目にしていた。

 

「穀物の食糧地ね。うまい具合に伸びた草が《ゲド》を隠してくれているわ」

 

 稲に似た植物が生い茂る平原であった。稲と違うのは明らかに丈が長い事と、実っているのが赤い実である事であろう。

 

「……どれだけオーラ力があってもこんな場所からゼスティアを目指すのは不可能よ。村を経由したから余計に場所が分からなくなってしまった……」

 

 どの方角にゼスティアがあるのか、それすら分からない。蒼は無暗に逃げた結果がこれか、と拳を握り締めたところで、不意打ち気味の熱源警告が劈いた。

 

 咄嗟の状況判断だ。

 

 飛び退った《ゲド》を焼き払ったのは黄昏色のオーラの瀑布である。

 

 灼熱のオーラに一瞬にして穀物の原が焼き払われる。

 

『またアンタなの。《ゲド》風情で、調子に乗って』

 

 眼前に立ち現れた存在に、蒼は息を呑んでいた。

 

「嘘、だろう……《ゼノバイン》……」

 

 片手に携えた剣をオーラで上塗りした灰色のオーラバトラーが、こちらを睥睨していた。焼け野原に降り立った《ゼノバイン》が剣を払う。怒りに満ちた剣筋だ。

 

『ジェム領の敗残兵? それとも、こんな場所に好き好んで現れるなんて……相当駆逐して欲しいみたいね! アンタ!』

 

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