「オーライ、オーライ。よし、そのまま装着しろ」
軽装の《ゲド》へと新たなオーラ・コンバーターが背面を保護する。出力値を調整するのにオーラ・コンバーターは必須だ。
ギーマは組み上げられていく新型オーラバトラーに、ふむと首肯していた。
「《ゲド》を内部骨格に据えて全く新しいオーラバトラーの製造。《ソニドリ》のデータもある。軽く、機動力に振っているのは何も間違いではない。……だが、いささか軽過ぎる、と感じるのは、君が敗北を味わったせいか?」
問いかけた先にいたミシェルが壁を殴りつける。
「……余計な勘繰りはよしなさい」
「だが、まさか負けるとは思いもしなかった。君も彼女も同じ地上人とは言え、場数が違ったはずだ。あの戦い……ほとんど一方的であった」
思い出しただけでもぞっとする。アンバーの操る《ブッポウソウ》がミシェルの《ドラムロ》へと果敢に攻め立て、《ドラムロ》の放った火線をほとんど至近距離で避けてみせる高追従性。
まさしくあれは聖戦士だ、と再認識したほどだ。
戦場の余波も、ましてや経験もないはずの素人がやってのけたにしては出来過ぎている。
「……わざと負けたのか?」
だからか、そのような物言いも出てしまった。しかしミシェルは鋭く睨み返す。
「まさか。手加減なんて微塵にもしていないわ」
「ではあれが……恐ろしい事に召喚した地上人の性能そのものだというわけか。凄まじいな」
「アンバーは元々、エムロードや私よりも適性があったのかもね。まさかただの剣の圧力で《ドラムロ》が一発で戦闘不能になるなんて……。あれは相当よ」
「自身の力を知らぬ者が、最も恐ろしい、か。あれほど臆病に振る舞っておきながら、戦いでは羅刹の如く……。ともすれば我が方にも毒となるやもしれん」
「でも、まずは《ソニドリ》とエムロードの奪還。これは絶対命令よ」
「存じているとも。《ソニドリ》は敵にむざむざと明け渡すには惜しいオーラバトラーだ。せめてもう少し、我が方での戦力にはなってもらおう」
《ソニドリ》はようやく生産に着手出来た新型のオーラバトラー。何も知らないまま闇に葬られるべきではない。
「……にしたところで、相手も焦っている。気づいていた? 《ゲド》なんていう取り回しの悪い機体を使ってくるって事は」
「ああ。予見していた通り、というべきか。相手も地上人を召喚したな。それも、一人や二人ではない。《ゲド》に乗せても惜しくはないほどの戦力……」
「あの編隊の動きはよかった。つまり訓練もされているという事」
「末恐ろしいね。まさか、敵のちまちました抗戦がここに来て徹底的になるなど」
「……やっぱり、まずかったんじゃない?」
窺う声音にギーマは頭を振った。
「我が方に優位に転がっているのには間違いないのだ。フェラリオの王冠があれば、あの国はいつまで経っても王位継承者の現れぬまま、時を漫然と過ごすのみ」
「誤魔化すのにも限度はあるのよ。ジュラルミンも、それにアンバーにも」
秘密を共有した間柄だ。同じ暗闇を湛えた瞳に、ギーマは言いやっていた。
「ジェム領国は我が国に攻撃してくる野蛮な戦闘民族の集り。そういう風に印象付けは出来ている」
「実際のジェムのコモンを見れば、嫌でも分かるわ。……エムロードがもし、真実を知ったとすれば?」
「その時には惜しいが、死んでもらうしかないだろう。なに、侵略国家には違いない。《ソニドリ》とエムロードの確保。それさえ成せればいい。加えてこちらにはアンバーと……あの機体の名前はどうする? 《ゲド》のままでは不都合だが」
「名前ならもう付けたわ。――《ガルバイン》。それが、あのオーラバトラーの名前」
皮肉な命名にギーマは苦笑する。
「《ガルバイン》、か。アの国で製造された、大戦を引き起こしたきっかけの機体にあやかったな」
「験を担ぐくらいはやっても罰は当たらないはずよ。まぁこれはジャップの文化だけれど」
「いずれにしたところで、《ソニドリ》とエムロードには戦ってもらう。戦い抜いてもらうのが、我が方の……」
そこから先をギーマは製造されていく《ガルバイン》へと目線をくれて押し黙る。黄色と紫の装甲を持つ新型は、静かにその瞳を倒すべき敵に向けているようであった。
グランは領主へと謁見の手続きを取っている途中に舞い込んだ報告に、目を見開いていた。
丸太のような腕が伝令した兵士の首根っこを掴み上げ、その膂力が締め上げた。
「何を言った? 貴様ら、何をしていたのだ! 逃がしただと?」
「も、申しわけありま……」
その言葉が終わる前にグランは兵士を投げ飛ばす。城壁に背筋を叩きつけた兵士が昏倒した。
「儂の《マイタケ》で出る! 準備をせい!」
赤い騎士の証であるマントをはためかせ、グランが命じる。だが、寄り集まった兵士達はそれを制していた。
「お止めください! 《マイタケ》が動けば民草は不安に駆られます! あれは目立ち過ぎてしまって……」
「ではどうしろと言うのだ! 地上人なのであろう? 並大抵のオーラ力では太刀打ち出来んはず! 誰が出ろと言うのだ!」
それは、と全員が尻すぼみになる中、凛とした声が響き渡った。
「どうなさいました? グラン中佐」
回廊から顔を出したのは帽子を被った騎士であった。口元だけが覗いている。
「地上人が逃げた! 儂が追う!」
「お待ちください。地上人相手ではさしもの《マイタケ》でも、無傷では済みますまい。騎士団が出ましょう」
その提言にグランは異を唱えた。
「《ゲド》の部隊など!」
当てになるものか、という声音に相手は怜悧な眼差しで返す。
「地上人の相手は同じく地上人で。それが流儀というものでは?」
そこまで言われてしまえば立つ瀬もない。グランは問いかけていた。
「……倒せるのだろうな?」
「我が騎士団、舐められては困ります」
名を呼んだ騎士の一人が前に歩み出た。地上人特有のにおいに、グランは顔をしかめる。
「《ゲド》で出ます。ザフィール様は」
「ともすれば、かもしれない。《キヌバネ》の用意をしておく。数名はこちらへ。他の者は脱走した地上人を追え」
踵を揃え、返礼した地上人の騎士達が脇を抜けていく。歩みを止めた相手が、ふと口にしていた。
「なに、グラン中佐ほどの武人をわざわざ出すほどではありませんよ。騎士団の名を上げるために、ここはお任せください」
囁かれたその言葉に、グランは拳を骨が浮くほどに握り締めた。
相手が去ってから、壁を殴りつける。軋んだ壁が怒りのオーラで陥没する。
「……地上人風情が。領主が弱気になっているところにつけ込んで」
「……如何なさいますか? さすがに騎士団任せなのも」
「言うまでもない。《マイタケ》では目立つ。道理は分かるとも。だが、《ドラムロ》ならば邪険にも出来まい」
「御意に」
兵士達が駆けていく。グランはそのまま自室へと戻ろうとして、階段で立ち竦んでいる影を発見した。
「……姫」
「グラン……、何があったの?」
緑色の長髪に、栗色の瞳。着込んだ服飾からは麗しい身分である事の証明のように燐光が棚引いている。
グランは平伏していた。
「シルヴァー姫。どうか、ご自愛を。貴女はあまりにも多くの地上人を呼んだ反動で、呼吸さえも……」
そう言っている間にもシルヴァーはよろめいた。グランが慌ててその身体を受け止める。
華奢な手足に、上下する胸元がここで息をする事さえも難しい事実を告げていた。
「お部屋にお戻りを。姫の御身体に差し障りがあれば、このグラン、一命をもって」
「グラン……ありがとう。でもそこまで思い詰めないで。……地上人の方々がいたのね。どうりで、オーラの濃度が高いはず……」
シルヴァーが激しく咳き込む。押さえた口元からは血が滴っていた。
「どうかご自愛を。今は成すべき時ではないのです。姫がいずれ戴冠なさる時を、民草は心待ちにしております。それまではお休みください」
「でも、グラン……。父上は、まだ……」
「領主様は我ら軍属には計り知れぬ事をお考えです。無論、姫様のお身体を考えていらっしゃらないはずがありません」
「そう……なのかしら。でも、こんなにオーラの強い地上人がいたら、……中てられてしまうわ」
弱々しく口にするシルヴァーにグランは付き従った。
「お部屋までお供します。今は、お休みください」
抱え上げたグランにシルヴァーは慈愛の微笑みを向ける。
「あなただけは……変わらないのね。この国で唯一の、誇りある聖戦士……」
「今はその称号は地上人の者達にあります。コモンである自分に、あまり期待はなさらぬよう」
「そう言って……あなたはいつもわたくしを驚かせてくれたわ。……今度も同じ、なのよね……?」
服飾を握り締めたシルヴァーの手を握り返したい気持ちはあったが、彼女は一領主の後継者。自分のような薄汚れた軍人とは住む世界が違う。
「どうか、お休みを。次の夢が、よい夢でありますように」
そう願う事でしか、この隔絶は埋められそうになかった。