姿見の前で服装のチェックを行いながら、唯は髪を一つにまとめた。
そんな唯の姿を、唯が淹れたミルクティーを飲みながら眺めるヴェルデは静かに口を開く。
「死ぬ気水は持っていきなさい」
ギクリと肩を震わせた唯は一つため息を付いて、勉強机の上にある救急箱を開ける。
そこにぎっしりと詰められた瓶の一つを手にもつ。
青色の液体がキラキラと光る。
「…これ、水って説明しても納得してもらえないと思いますけど」
「なら今から飲んでいけばいい、効果は12時間続く程度には改良してあるし、お前もその負担に耐えられるようになっているだろう」
「それは…そうですけど…」
納得しきれていない唯にヴェルデは部屋の時計を見ながら告げる。
「そろそろ約束の時間なんじゃないか?」
ヴェルデの言葉で自分の腕時計を確認した唯は慌ててカバンを手に取り、しばらく迷ったがカバンの中に瓶を入れて、部屋を出て行く。
「いってきます!」
慌てて思わず出た大きな声に唯自身が驚く。
(あれ、私、今…)
立ち止まりそうになって時間がないことを思い出し、一歩玄関から外へ一歩出る。
「いってらっしゃい」
瞬間、聞こえてきた声に体が固まる。
思わず振り返るとそこには白金色の髪をした若い女性が立っていた。
「あ、うん…今日は多分夕飯までに帰ってくるね」
「ええ、わかったわ」
そう言って笑顔で手を振る彼女に唯も小さく手を振って今度こそ家を出た。
早歩きで時間を確認しつつ進みながら、心の中でため息をつく。
(今日は…随分ご機嫌だこと…)
先程の母の姿はどこにでもいる普通の母親の姿だ、なんの疑問の余地もない。
あれを見れば誰だって良い母親だというだろう。
千沙だって、彼女を見たときは唯の母だと確信し良い母だと褒めてくれた。
だからこそ、誰が思うだろうかと唯は面白くない気持ちで足音を荒くしていく。
ズボンのポケットに両手を突っ込んで、行儀の悪いこんな歩き方はきっとあの母親に叱られるだろうかと予想し、いやありえないと首を振って小さく笑う。
唯は、今日は機嫌の良かった母親の姿を思い浮かべたが、すぐにこれからの予定に心おどらせた。
(補習だと思っていたから今日は大変だろうなと予想していたけど…落ち込んでいたもんなぁ、多分それ、かな…)
ここ最近の出来事を思い出し、隣の席の少年の様子を思い浮かべる。
つい最近起こった出来事、並盛中学校の生徒を次々と襲う黒曜中の襲撃事件。
首謀者は未だに見つかっていないが、これまでの経験上唯には何が関係しているかの予想はついていた。
(…ボンゴレ十代目、か…さすがに巨大マフィアということもあって教育の力の入り方が凄まじいけど…ついこの間も暗殺未遂があったらしいし、綱吉も大変だなぁ)
何かと事件の中心にいることが多くなった彼に同情はするが、将来、非常時には彼の補佐をすることになると知ってからは強くなってほしいという気持ちも大きい。
自分がいくら強くなったって、補佐する人物が弱ければそれだけ自分の負担が増える。
唯としては、綱吉が死なない程度に強くなってくれるのが一番望ましいが、ヴェルデから教わったリボーンという赤ん坊はそこまで甘くはないらしい。
唯もこれまでの学校生活で度々その姿と言動を見てきたのでなんとなくリボーンの人となりは予想できる、情のあるヴェルデという感じだった。
まぁ、情がある時点でヴェルデとは反りが合わないだろうというのが唯の結論だ。
綱吉の最近の苦労もなんとなく知っていたので、励ます目的なのは確実。
純粋に友人として励ましたい気持ちはあったし、今回のお誘いは喜んで了承したのだ。
目的地が近くなり、同時に今まで頭に浮かんでいた人物たちが見えてくる。
自然と唯の頬も上がり、口を開いた。
「おーい、綱吉!」
呼びかけると、綱吉は驚いたように口を開くがすぐに笑顔で手を振る。
「村さんも来てくれたんだ!」
その顔にほんの少しの申し訳なさと嬉しさが見えて、唯は頷く。
「うん、いきなり電話きたから驚いたけど、ちょうど暇だったしね」
「勉強中とかだった?」
「ううん、一段落してお茶してたところ」
お互いにクスクス笑いあって、唯は他のメンバーの顔を見る。
「沢村さんも来てくれたんだ」
「はひ、知らない人ですね!はじめまして、三浦ハルです!」
ハルの存在は知っていたが会うのは初めてだったことを思い出した唯も慌てて自己紹介をする。
「こちらこそ初めまして!沢村唯です、綱吉とは前後席で一年の時からの付き合いです」
「そうだったんですね!ツナさんと前後席、羨ましいですー!」
唯は目を見開いてハルを見る、ハルの目に浮かぶのは唯のよく知る感情で、唯は思わずニヤリと笑って綱吉を見た。
「綱吉、笹川さんじゃ飽き足らずこんな可愛い子に好かれて、幸せ者め」
「誤解だよ!ハルはそんなんじゃない…っつか、京子ちゃんの前で何言ってんだよ!」
京子に自分の気持ちが誤解されると思った綱吉は慌てて唯の口に人差し指を当てて叫ぶが唯はニヤニヤとするのをやめない。
綱吉は「もー、違うって!」と続けるが獄寺が近づいて声を上げたのでその先が言えなかった
「十代目、そいつは…」
「俺が呼んだんだ、でもまさかくるとは思わなかったぜ」
獄寺の疑問に答えるように山本も来て、説明する、唯も頷いて綱吉の指から逃げるように一歩後ろに下がって笑う。
「去年の夏くらいに確かメアド交換したんだよね、綱吉と三人で偶然遊ぶ機会があったとき」
「なっ!聞いてねぇぞ!おい山本、なんで俺を呼ばねぇんだよ!」
「だってお前その時夏風邪引いてただろ」
「あ、ぐぬぬぬ」
噛み付いていた獄寺は山本の言葉で思い出したのか地団駄を踏む。
その様子が少し面白くて唯はクスクスと笑いながら綱吉を見て、その肩に乗っている赤ん坊に少し驚く。
「あら、リボーン君、その後家庭教師のお仕事は順調ですか?」
「まぁまぁだな」
「そですか、元気で何より」
「爺さん婆さんみたいな会話すんなよ、見た目的にさ」
綱吉の言葉に唯は思わず笑い、その間にリボーンは唯を見る。
あれから唯が暴走した姿は見ていない、恐らく本人は自覚して抑えているのだろう。
再調査は入念に行った結果、唯と千沙はとてもよく似た境遇であるが全く正反対の人生を歩んだ二人だった。
そのことを綱吉には伝えていない、本人の口から聞くほうがずっといいだろうと判断したのだ。
唯の手はもう血だらけではないけれど、日に日に傷の跡が目立ち、柔かった手は固くなっている。
固くなっていることは自覚しているのか、一年生の頃はたまにでも綱吉の手を握ったりしていたのに、あの暴走の日から一度も綱吉の手を握ろうとはしない唯。
リボーンは九代目との約束により、門外顧問に関しても口出しはできない。
彼らはボンゴレではないが非常時にはボンゴレに介入できる、実質ボンゴレの一員であるため、九代目は彼らへの手出しもリボーンに禁止したのだ。
だからこそ、そんな門外顧問のボス候補である唯の教育係であるヴェルデのことをどうにもできない。
反りの合わないあのイカれた科学者の実験に唯が苦しめられてきたのは確信している、それも一年も。
けれど唯は今こうして穏やかに同級生と笑い合えている。
(異常だ…全部知っているくせに笑ってやがる…隠しきれている…)
前のときも説明したがリボーンでも一瞬騙されそうになるその笑顔によって獄寺達はきっと唯が複雑な家庭環境の中育った現在進行形で苦しめられている人間だとは思いもしないだろう。
人を騙すことにかけてはこの中では一流だ、自然すぎる。
綱吉も恐らくあの事件がなければ今でも唯の境遇に気づくことはなかっただろう。
違和感を覚えることはあっても気付こうともしなかっただろう、心配はしたかもしれないが。
唯の笑顔の異常性にリボーンが内心何度目かもわからないため息をついていると、全員集まったことを確認した綱吉が声を上げる。
「それじゃあ皆移動するよー」
「はーい」
各々が返事をし、大所帯となってしまった一行は大移動を始めた。