次期門外顧問の私   作:ケロポケット

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母からの報告

ザンザス来日当日。

急遽始まった実験の数々はたしかに過酷だったが、唯は自分の成長具合を実感していた。

相変わらず死ぬ気水を飲んだあとの記憶はないがそれでも、自分の身体能力が上がっていることくらいはわかる。

そんじょそこらの毒を食らっても生きる自信しかしない。

電撃を食らっても死ぬ気はしないし、多少の度胸だってついた。

さぁどこからでもかかってこい、と唯は意気込みそわそわと落ち着きなく部屋の中を歩きまわっていた。

 

「そんなに気になるなら沢田綱吉のところにでも行けば嫌でも出会えるだろうさ」

 

パソコンに向かっているヴェルデが苛立たしげにそう言ってきたので唯はピタリと止まり、その手があったかと身支度を始める。

 

(あ、その前に)

 

唯はふと、まだヴェルデに休憩のためのコーヒーを淹れていないことを思い出し部屋を出てキッチンに向かう。

 

(いよいよ決戦だけど、休息も大事だし…先生ここ最近はあんまり寝てないみたいだし睡眠薬でも仕込んでやろうかな)

 

少し危険な考えをしながらキッチンに入ると、そこには先客が。

 

「…あ、お母さん」

「あら、あの子にコーヒー?」

「う、うん」

 

唯と髪の色だけが似ている若い母の目が、唯はどうにも昔から苦手だった。

 

「帰ってきていたんだね」

「深夜にね」

 

そこで会話は途切れる。

ポットに水が入る音が響く。

 

「あのね」

 

突然、母が声を発してポットを水道に落としそうになった唯は、慌てて母の方に顔を向ける。

しかし母は自分の持っているカップに視線を落としていて唯の方に顔を向けていない。

 

「聞いたわ、中学卒業したらイタリアに行くんですってね」

「…うん」

「…あの人は、私に何も説明してくれなかったわ、私、あの人の妻なのにね」

 

そう言って弱々しく笑う姿はどうにも庇護欲をそそるところがあったが、唯はゆっくりと視線をポットに戻し、水が溜まっているのに気づいて水を止める。

それからガス代にポットを置いて火をつけた。

 

「…あなたの、お母さんでもあるのにね」

 

ポツリと呟かれたそれに唯はなにも答えられない。

しかし母の言葉は止まらなかった。

 

「あなたは私にちっとも進路のこと話してくれないし、親子らしいこと何もしてくれない」

 

唯はギュッと手に力を込める。

 

「あなたが最近テストで良い点数を取ったのだって保護者会に行って知ったのよ?どうして言ってくれなかったの、お祝いだってしたのに」

 

唯は視線をポットから外さない。

 

「昔のあなたはあんなに良い子だったのに」

 

唯は、何も応えなかった。

 

「…」

 

沈黙が続いた。

母がどんな顔をしているかなんて唯にはわからないが、母にも唯の顔は見えていない。

 

 

「私ね」

 

 

「離婚することにしたの」

 

 

「明々後日にはここを出ていくわ」

 

 

「それじゃあ」

 

 

ポー。

 

ポットの音が唯の耳に大きく聞こえて、ハッと顔を上げて慌てて火を止める。

そして母が居た方を見たらそこにはもう誰も居なくて。

遠くの方で「いってきます」という声が聞こえてきたが。

唯はやっぱり何も答えることができなかった。

二つカップを用意して、コーヒーの粉をカップに入れてポットのお湯を注ぐ。

お盆に二つカップを載せてスプーンも二つ乗せ、ガムシロップとフレッシュミルクの入ったカゴも乗せてお盆を持つ。

二階に上がって唯の部屋に入れば、そこにはヴェルデが相も変わらずパソコンに向かっていて、集中しているのか、唯には気づいていない。

コーヒーの香りが、唯の鼻を通り、一つため息を付いた。

 

「先生、コーヒーを淹れたのでここにおいておきますね」

「ん」

 

雑な返事に苦笑しながら、ヴェルデのために用意された小さいテーブルにコーヒーの入ったカップを置く、ついでにガムシロップとミルクも一個ずつ。

唯は自分の机にもう一つのカップを置いてミルクとガムシロップを一つずつ開けて入れ、スプーンで混ぜる。

多分ヴェルデは何も入れずに飲むだろうが、念のため置いておくのが唯なりの気遣い。

部屋中にコーヒーの香りが広がるが、ヴェルデは顔をあげようともしないでパソコンに向かっている。

唯に背を向ける形となっているヴェルデを唯はぼーっと眺めた。

 

「何か用か?」

 

ふいにヴェルデが顔を上げずにそんなことを言ってきたので唯は相手に見えないのに慌てて首を横に振った。

 

「そうか、気が散るから出ていってくれないか?そのコーヒーを飲み終わってからでいいから」

 

素っ気ないのか優しいのかわからない言葉に唯は思わずクスクス笑い頷いた。

コーヒーを一口飲む、ほんのり甘いが苦いほうが目立つこの味に最初は随分と苦労したと唯は小さく笑う。

ブラックコーヒーに近く、けれどそれより少しまろやかで甘い。

でもコーヒーより紅茶派だった唯にとっては苦いものでしかなかった。

それがこんなに美味と思えるくらいに舌が慣れたのはひとえに自分に背を向ける家庭教師のおかげだ。

一年だ、たった一年でコーヒーの味のほうが好きになるくらい飲んできた。

されど一年、唯は自分でも美味しいコーヒーが淹れられるようになったと胸を晴れるくらいにはなっている。

カップの中のコーヒーはまだ少し残っているが、唯はふと、自分と同じようにたった一年で変わったもう一人を思い浮かべて、机にカップを置いた。

身支度を済ませ、携帯と死ぬ気水の瓶をカバンの中に入れ、紙袋も持つ。

 

「綱吉のところ、ちょっと様子を見てきます」

「そうか」

 

素っ気ないけれど返事をしてくれるようになっただけ彼も変わったものだと唯は返事すらしてくれなかった最初の頃を思い出す。

 

「いってきます」

 

自室から出ただけなのに唯はもう外に出ている気分になった。

返事は聞こえない、返ってこない。

それでも。

聞こえないはずの「いってらっしゃい」が聞こえた気がして、唯は浮足立って玄関から外に出た。

 

 

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