「いってきます!」
元気よく言って家を出た唯は時間に余裕をもっているためのんびりと歩いていた。
初代はその後ろをただ静かについていく。
「あの様子だとついてくるのかと思ったけど、学校まではさすがについてこなかったか…よかったのか悪かったのか…いや、良かったのかな」
唯はそんな独り言を呟く。
唯は昨晩ヴェルデが言っていた唯についての調査がすんでいるということについて考えていた。
彼がどの程度唯のことを知っているかはわからないが、恐らく唯にとっての根本的な問題についてまではわかっていないだろうと予想する。
それは子供のほんの些細な悪戯のようなもので、他人から見れば気にするほどのことでもないことだからだ。
(でも、私にとっては…)
そんなことをぼんやりと考えていたらカバンの中から振動音が聞こえてきたので学校もまだ近くないので安心してカバンの中から携帯を取り出してメールの確認をする。
「…え」
その内容に唯は思わず足を止めて携帯を凝視する。
メールの送り主は、ヴェルデからだった。
内容はいたってシンプル。
≪今日は君の一日の行動を観察しているから、そのことを忘れずに生活するように≫
思わず唯が周りを見渡してしまったのも仕方ないだろう、けれどどこにもヴェルデの姿はない。
唯は寒気を感じ自身の両腕をさすったが、なんとか気を取り直して歩き出す。
携帯の電源は落とし、カバンの中に入れる。
学校が見えてきたところで、唯は一瞬校門前にいる人物を見て怯みそうになった。
並盛中学校風紀委員会風紀委員長、雲雀恭弥。
唯の住む並盛町をこよなく愛しすぎていることで有名な男であり、そのくせ地元民でも容赦なく嚙み殺す、恐ろしすぎる愛情の持ち主。
おかげで町全体が雲雀恭弥には逆らってはいけないというルールができており、彼が町長をやった方がいいのではないかと雲雀の存在を知った時の唯は思ったのだが、いざ本人を目の前にするとその存在感、圧倒的な威圧感で、彼がどうして町長じゃないのか納得した。
どこの番長だよ。
しかし本人にそんな言葉が届いてしまえば、嚙み殺されること必至なので絶対に声には出さない唯であった。
唯以外の生徒たちは雲雀に挨拶をしてから足早に校門をくぐっていく、見慣れたいつもの朝の校門前の風景。
他の生徒と同じように唯も雲雀に「おはようございます」と挨拶をしてから足早に校門をくぐる。
雲雀は唯の方に一瞬だけ目を向けたがすぐに校門の外を監視する作業に戻ったので、何もやましいことはないのに唯は小さく息を吐き出した。
一般人ならば雲雀を目の前にすると緊張してしまうはずだ、少なくとも唯は緊張するタイプの人間。
しかしいつものことなので唯はすぐさま雲雀のことなど忘れて昨夜の宿題のことを考えていた。
一応、ヴェルデが書いてくれた公式の紙はカバンの中に入っているが、数学が苦手な唯からしてみれば厳しい課題である、10以上の公式を一か月で覚えきり、かつそれを諳んじれるようになれというのは何と無茶なことを言うのだ、というのが唯の意見だが、ヴェルデはそこのとこは容赦してくれないらしい。
ため息が唯の口からこぼれる。
憂鬱な気分で教室に向かうために廊下を歩いていると反対方向からやってきた女子たちとぶつかってしまう。
「あ、ごめんね」
「邪魔」
「迷惑」
女子たちはそれだけ言うとさっさと歩いて行ってしまったので唯は何も言えなかったのだが、唯は苦笑をこぼしてすぐさま歩き出してしまう。
初代は今にも飛び掛からんばかりの気迫をもって唯にぶつかった女子たちを睨みつけていたが、唯がまるで諦めているかのように笑って歩いて行ってしまったので目を見開く。
それから何かを考える素振りを見せると、初代はその場から姿を消したのだった。
***
教室にたどり着いた唯は自分の席にカバンを置くと、そこから教材を取り出していく。
そして、机の上には数学の教科書とノートを置いた状態で残りの教材やノートは全て机の中にしまい、筆記用具を置いたら机の横にカバンをかけて、椅子に座る。
教科書とノートを開き、そしてヴェルデからもらったあの紙も広げ、シャーペンの芯を出す。
唯は昨晩、どうしても解けなかった問題が一つだけあったので、あえてその時に解かず、学校で解いてみようと考えたのだ。
教科書と紙を見比べてみて、ノートに書いてきた問題文を見る。
(…やっぱり、わからない…いや、ん?まって、あれ?)
それはほんの小さな疑問と違和感。
問題文は長ったらしくつまり何を問われているのかわかりづらかったが、よくよく読んで教科書の方に目を移すと、そこに書かれている公式の説明と噛み合う部分が見つかる。
そして紙の方に目を移すと教科書の公式ともう一つ、使えそうな公式が見つかり、唯は思わず教科書でその公式の項目を探して説明文を読む。
それをかみ砕いて自分の中で理解していくと、昨晩解けなかった問題文がすらすらと解けていく。
(なにこれ…なにこれ!?あんなにできなかったのに、解ける!?しかも面白い!?)
唯は慌てて机の中にある問題集を取り出して、昨晩のところの先の問題を見てみる。
昨日までは謎の暗号文が並ぶ古代文字のように見えていたそれが、まるでゲームで出てくるクイズのように見えて唯はシャーペンを持つとゆっくり問題を解いていく。
(解ける…解ける!解ける!)
「あれ?朝から勉強?珍しいね、村さん」
唯はそこでようやく動かしていたシャーペンを止めて現実に戻ってくる。
そしてゆっくりと顔を上げると、少し息を切らした少年がいた。
「…相も変わらず遅刻ギリギリの君よりはましじゃない?」
「うわ、そういうこと言っちゃう?」
呆れた様子の唯に少年、沢田綱吉は苦笑いを返し、自分のカバンを自分の机…唯の席の前にある机の横にかけて椅子に座り体を横に向けて、椅子の手に片腕をかけて顔を唯に向ける。
「数学?げー」
唯の机の上の物を見て嫌そうな顔をする綱吉、唯は周りを見渡し綱吉に手招きするとまるでとびきりの宝物を見つけた子供のようにキラキラした目で綱吉と顔を突き合わせ、内緒話のように言った。
「新しい家庭教師が私の家に来てさ、その人にちょっと教えてもらったから自分でやってみたら面白くなっちゃって」
綱吉は信じられないものを見るような目で唯を見るが、その理由を分かっている唯は甘んじて受け入れている。
でも、と綱吉はニヤニヤ笑って言った。
「昨日まで数学は古代文明とか言っていたの、誰だっけ?」
「古代文明は後世の人たちに大事なことを教えるために存在するって知ってる?」
「難しい話はお断り」
「ならば今日提出の宿題は見せなくていいと」
「お師匠様、なにとぞご慈悲を」
「うむ、よかろう」
頭の上で手を合わせる綱吉に偉そうに胸を張る唯、ほぼ同時に笑いだす。
そこでチャイムが鳴り綱吉は慌てて前を向き、唯は机の上にある教材たちを片付ける、ちょうどよく教師がきてHRが始まった。
それと同時に入ってきた銀髪の少年の姿に主に女子の方から色のついた声があがる。
「HRを始める前に、まず転校生を紹介する、イタリアに留学していた獄寺隼人君だ」
本人からの自己紹介は無く、明らかに不良らしいその見た目に唯はげんなりする。
唯は元々の性格からこういったいかにもガラの悪そうな見た目の人間は苦手だったから、どうしても嫌な顔をしてしまう。
獄寺は先生からの紹介が終わると、黙って綱吉の横に立ち、ジッと綱吉を見ていたかと思えば舌打ちをした。
それから綱吉の机を蹴り飛ばすと謝罪もせずに自分の席に向かってしまう。
慌てる教師の声など無視し、自分の行動は悪いとは思っていない様子の獄寺に唯は片眉を上げた。
唯は立ち上がると、綱吉の机を元の場所に立たせる。
「あ、ごめん、ありがとう、村さん」
「気にしないで」
綱吉も慌てて椅子を直して座りなおすと、隣の席の男子から「知り合いか?」などと質問されている。
「し、知らないよ」
「でも、絶対不良だよ」
「気をつけろよー、この間のお前はすごかったけど肝心な時ドジなんだし」
「…うん」
綱吉はどうして自分だけあんな目にあったのか気になりこっそりと獄寺の方を見るが、何故か綱吉をじっと睨んでいるので綱吉は慌てて視線を黒板の方に向けて涙目で疑問符を浮かべる。
そんな綱吉の様子を見ていた唯は綱吉の隣に座る男子と顔を見合わせて、苦笑いを浮かべたのだった。